第48話 夏休みの学校での一コマ


「柑奈ちゃーん。こっち終わったよ〜」


「あ!万里先輩。こっちの花壇ももうすぐ終わりそうです。」


園芸部の今週の水やり当番は私と後輩の望月柑奈ちゃんでやることになっている。


「暑い〜〜。なんかこう時間になったらシャワーで水が出てくるみたいなの花壇に取り付けてくれたら楽なのにね。」


「それは、、、費用の関係でちょっと大変そうですね。あはは。」


「だよね。ははは。そうだ、柑奈ちゃん夏休みもうどこか遊びに行ったりとかした?」


「この前新潟のおばあちゃん家行ってきました。」


「へー!新潟かあ!こっちより涼しかった?」


「私もそう思ってたんですけど、意外と暑くて、、私的には同じくらいの体感でしたね。」


「そうなんだ〜。新潟行ったことないからいいなあ。美味しいものとかいっぱいあるイメージ。」


「あ、園芸部に美味しいお土産買ってきたので夏休み明け渡しますね。」


「え!やった〜!なになに?」


「んー夏休み明けまで秘密です笑」


「秘密かー、なんだろ。へへ、楽しみだな〜」


夏休み明けに美味しいお土産があると柑奈ちゃんから聞き、想像を膨らませながら柑奈ちゃんが水やりをした後の花壇を見渡す。


夏休みの水やりは暑くてこの季節には面倒な作業だが、水をやって花壇一面がキラキラして見えるのはなかなか綺麗な光景だ。

やはりまだ手動の水やりでもいいかなと思えてしまうくらいに。



・ ・ ・



「は〜!水うま!」


花壇の水やりを終えて今は柑奈ちゃんと部室へと戻る廊下を歩いている。


「塩分も取ってくださいね。」


ニコッと笑って柑奈ちゃんは塩レモンの飴をくれた。


「お〜〜ありがとう!気が利きますねぇ、柑奈さん。」


こういう痒い所に手が届くというかおばあちゃんのようなほのぼのする優しさに部活中いつも助かっている。

とにかく柑奈ちゃんといると癒される。


美術室兼園芸部室に着き部屋に入る。

今日は美術部の人は来ていなく、この部屋には柑奈ちゃんと私だけ。


部屋に入ると同時に空いていた窓から風が入り、カーテンと一緒にその近くに置いてあるイーゼルに掛けてあった布が舞い上がった。


「あ!布が」


舞い上がった布を捕まえて

布が被さっていたイーゼルを見ると絵が描かれたキャンパスが立てかけてあった。


「わ〜綺麗な絵ですね。」


「慎くんの絵だ。」


「あ、これ大和くんの絵なんですね。」


そこにあったのは前に写真で見せてもらった時の絵だった。

前見た時よりも少し手を加えているように見える。

慎くんもバイトをやりながらたまに美術室に来ているのだろう。


「万里先輩嬉しそうですね。」


「え?そう?あはは。」


「そういえば万里先輩と大和くんてどういう関係なんですか?」


「どういう関係かあ、んー昔からの友達って関係かな。」


「昔からの友達。」


「絵を描いているのをよく見てたんだ。」


「へ〜、昔から絵を描いてたんですね。」


「うん。色々あってこうやって途中経過とかを見ることがなくなってたんだけど、今は部活の部屋も一緒だし、近くで見ることができるってなんか良いね。」


「そうなんですね。昔よりもやっぱり上手くなってますか??」


「そりゃあもう上手くなってる!すごく!」


「それは嬉しくなりますね。」


「そうだね。よし、ちゃんと布かけて直しておかないとね。」


「はい。じゃあここだけ窓閉めておきますね。、、、あ。」


柑奈ちゃんが窓を閉めようをすると何かを見つけたのか外を見つめている。


「どうしたの?、、、あれ?水野くんじゃん。」


向かいの建物の窓から参考書などを持った水野くんの姿が見えた。

何人かも教室から出てきているので夏休みの特別講習を受けていたのだろう。


「気づくかな。」


何気なく水野くんに向かって手を振ってみる。


「水野先輩全然こっち見ないですね。」


「ほら、柑奈ちゃんも手振ってみよ。」


「え、私もですか?」


柑奈ちゃんの手を取り一緒に振ってみると何か動いてるのに気づいたのかこっちを向いてきた。

完全に見ているのでこれは気づいている。


「あ!気づいた!お〜い水野くーん。ほら柑奈ちゃんも。」


「え、、み、水野センパーイ。」


水野くんはこちらを向いたが手を振るとか何もジェスチャーをすることもなく、また前に向き直って歩いて行ってしまった。


「あ、行っちゃいましたね。気づかなかったのかな。」


「あれは絶対気づいてたよ。も〜恥ずかしがり屋だなあ。」


特別講習かあ。そういえば私も来週あったような、、、ん?講習といえば


「あ!そうだ。ロッカーに置きっぱにしてた参考書持ち帰ろうと思ってたんだった。取ってくる〜。」


「はーい。行ってらっしゃいです。」



* * *



園芸部の部屋に入り持ってきたお弁当を広げていると美術室のドアが開く音がした。

万里先輩が帰ってきたのかと思ったが園芸部のドアが開きそれは違う人物だということがわかった。


「お帰りなさー、、、え、水野先輩。お、お疲れ様です。」


「お疲れさまです。あれ、万里さんは?」


「あ、えっと、参考書取りに行ってます。」


「そう、ですか。」


少し残念そうだ。

さっきは何も反応をせず素通りしていたがやはり万里さんのことが気になってここに来てみたのかもしれない。


「もう少ししたら戻ってくると思いますよ。」


「、、、そう。」


「、、、今日はもう特別講習は終わりですか?」


「いや、あと二つあります。お昼ここで食べて次の教室向かおうと思って。」


「そうなんですね。、、、さっき手振ってたの気づいてました?」


「ああ、気づいてましたよ。」


「、、、そうですか。」


じゃあなんでかえしてくれなかったのだろう。

水野先輩らしいといえばらしいが、今の水野先輩だったら少し手を振りかえすみたいなことをしてくれると思っていた。


「なんで無視したのかとか思ってます?」


「え!、、、まあ、はい。」


「、、、なんか万里さんにイライラしたんですよね。何も知らないでお気楽に手を振ってきたのが。」


「何かあったんですか?万里さんと。」


「何もないです。何も。」


「、、、、、えっと、あの、私は応援してます。水野先輩のこと。」


「、、、、は?」


「水野先輩の気持ち、いつかちゃんと万里さんに届くと思います。」


「、、、もしかして見透かされてますか。これ。」


「多分、はい。なんとなく。」


「は〜〜〜〜〜。」


水野先輩はそのことについて何も話そうとはしなかった。

ただため息をついて、お弁当を開いておかずの卵焼きから食べ始めた。


なんでも話して欲しいとは思わない。

できれば聞きなくはないから。


でも水野先輩のことを応援したい気持ちに変わりはない。

好きな人にはそういう気持ちを大事にして欲しいから。


水野先輩のことは最初本当に苦手で、あまり関わりたくない先輩だと思っていた。

でも万里先輩を通して見る水野先輩は何か違って見えて、そんな水野先輩のことがだんだん気になってきて気づいたらあの苦手だった水野先輩に好意を寄せるようになっていたのだ。


私にとって二人は信頼できる先輩で、お似合いな二人だと思う。

考え方や価値観は違うがそんな二人が話しているのを見るのは面白くて楽しい。

付き合うことになっても今と変わらず上手くいくだろう。


もう少ししたら万里先輩が戻ってくる。

戻ってきても水野先輩は無表情でお弁当を食べ続け、万里先輩はさっき無視したでしょと水野先輩に言うのが分かる。

そして面倒くさそうにでも嬉しそうに水野先輩はなんとなくの理由を作って答えるのだ。


それまでは少しだけ味わっておこう。

水野先輩とお弁当を食べながら二人だけの時間を。


楽しい話も笑える話もしないのになぜか心地よい。

あと少しだけ大切にしたい。

この気持ちも、この時間も。



* * *




「おー、あったあった。この二冊は持って帰ろうかな。」


ロッカーから二冊の参考書を出して、それを持って美術室の方へ戻る。



『昔よりも上手くなってますか?』


『そりゃあもう上手くなってる!すごく!』


『それは嬉しいですね。』



さっき慎くんの絵を見て柑奈ちゃんはそう言っていた。


上手くなっていることも嬉しい。

でも一番嬉しいのは、慎くんが絵を描き続けていたことだった。

絵を描いてみたらと言ったのが自分だったから、自分を嫌いになったと同時に絵も嫌いになってしまうのではないかと少し不安だったから。


あの期間何を思って描いていたのかははっきりとは分からない。

でもどう言う形であれ続けていたことが嬉しかった。

慎くんが好きになったことをやめていなかったことが、私の中ではすごく嬉しいことだった。


だから今、夢中で描いている絵が完成するのを楽しみにしてる。

あ、夢中なのはバイトもかな。


頑張ってね、慎くん。


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