第43話 逃げていた足は近道を行く


(37〜38話の間ら辺の話です。時系列あとで少し調整します)


恋愛なんて馬鹿らしい。


フィクションの中でならいくらだって感動できるのはそれが現実では無いからだ。

物語では都合よく出会い、良い感じの波乱の展開がある。

お互いを好きになるという繊細で一番分かりにくいところも、物語なら順序立てられているから分かりやすく面白い。


そして恋愛特有の嫉妬も葛藤も物語だから綺麗に映る。

現実は綺麗なものにはならないだろう。

振られて泣いてそれでも好きだなんて、現実だったら地獄のような日々じゃないか。

そんなリスクを背負ってまで人を好きにはなりたくない。


そもそも、まず人を好きになる感覚がわからない。

なぜ好きになる。

どこを見て判断するんだ。


好きになったら頭の中はその人でいっぱいになるらしい。

目でその人を追って、目が合えば嬉しくなるらしい。


面倒臭い。

そんな労力は使いたくない。

自分の大切な時間をその人に奪われるなんて俺には考えられない。


好きなことを好きなようにやって、気分が赴くままに自由に行動するのが自分の中で一番大切にしたいことで譲れない。


それを脅やかすような人に出会うのは多分そうないだろう。

自分でそう感じていた。

今までそうなったことがないから。


でももし、そんな風になってしまったなら、

自分が自分じゃないみたいな気持ち悪い人間になるくらい心を奪ってくる人が現れたなら、


俺は全力で、逃げるだろう。




「あ、水野くんおはよう。」


「おはよう。」


「ほんとに来たんだ、水野。」


「うわ〜〜水野くんじゃん、久しぶり〜。」


図書館に入り万里さんを見つけ、その席の方へ近づいてみると他二人ももう席に座っていた。


「どうも。」


万里さんの隣が空いていたのでそこに座り自分も勉強の準備をする。


「水野くんと教室で話すのあんまりないからなんかおもしろーい。」


「そうですか。」


同じクラスの相模根梨乃がゆるゆるとこちらを見て喋っている。

いつもホワホワしてて気が引き締まらない。

喋り方なのか雰囲気なのか、動きもゆっくりで話しているうちに眠くなりそうだ。


「水野と勉強なんて初めてなんだけどウケる。」


今度は俺のクラスメイトであり部活仲間の森谷柚子が向かいに座った俺を見てニヤニヤと笑っている。


「なになに?え、もしかして陽心のこと好きなの?だからいきなり英語教えるなんて言ってきたの〜??」


正直この人は苦手だ。

遠慮という言葉を知らないのか言いたいことを恥ずかしげもなくズバズバと言って俺を苛立たせる。


「森谷さんて頭悪そうなことばかり言うくせに成績はいいですよね。」


「は?何?図星つかれてむきになっちゃってる?」


「むきになってるのはそっちでしょう。あなたが教えるの下手だから俺がここにいるんですよ。」


「な?!」


付き合うのは面倒なので勉強を始めよう。


「ちょっと陽心なんでこんなやつ入れたのよー!ちょっと教えるの上手いからってムカつく...!こいつが向かいの席なんて嫌なんだけど!」


とかなんとか向かい側からうるさい声で言っているのがよく聞こえる。


「お、落ち着いてゆず。水野くんも悪気があるわけじゃなくて」


「うるさい人が向かいにいるのは迷惑なので俺はこっちの席でやりますね。万里さんこれ解いたら教えて。」


「え、ちょっと水野くん。」


「もういいよ陽心!こんなやつ放っておこ!」


俺は万里さんの後ろの席に移動し、自分の勉強を始めた。

4人で座るより1人で机を有意義に使えるのはやっぱり良い。



始まって30分くらいして後ろから万里さんが俺の背中をトントンと叩いてきた。


「水野くん、終わったよ。でもあんまり自信ない。」


「それは分かってるから大丈夫。じゃあそっち行く。」


一回自分の勉強を止めて万里さんの隣の席に移動した。


「げ、水野。なんでこっちに」


「まあまあゆずちゃん。今勉強中だよ。」


「梨乃。ふん、分かったわよ。」


何か聞こえたような気がするが無視をして続けよう。


「じゃあ万里さん採点していくから一つずつどうしてそれにしたか説明してみて。分からないとこあったら聞いて良いから。」


「分かった。えっとこれは、、、」




「ねえねえゆずちゃん。ようちゃん、ちゃんと英語勉強してるね〜。」


「、、、いつもちゃんと勉強してるじゃん。」


「一つ一つしっかり理解してる。これは上達できそ〜。」


「水野に教えてもらわなくたって陽心はできるよ。」


「ゆずちゃん。ようちゃんを水野くんに取られていじけてるんだ。」


「別にそういうわけじゃ、、」


「ゆずちゃんはわかりやすいね〜。」


「、、、。」


なんだか向かいの方からすごい勢いで睨まれているのを感じる。

なんだ。何か用があるのか。


「万里さん」


「ん?」


「森谷さんが」


「ゆず?どうしたの?」


「、、、陽心、私の教え方分かりにくかった?」


「そんなことないよ!」


「じゃあ水野の方が分かりやすいんだ。」


「それは」


なんだか気まずい雰囲気になっているのは自分でもわかる。

面倒だな。分かりにくいんだってはっきり言えば良いのに。

そもそも森谷さんにどうこう言われる筋合いはないんだ。


「俺が見てられなかったからです。」


「え?」


「もうすぐ受験だし、一応それなりには万里さんも英語頑張りたいと思ってたから俺が無理やり教えてるだけです。」


「なんであんたがそんなに陽心のこと気にすんのよ。あんたには関係ないでしょ。」


「そんなに仲が良いわけじゃないけど、一応、、、友達だから。森谷さんみたいに友達のために教えたくて教えてるだけです。」


「、、、」


この雰囲気を宥めるためとはいえ我ながら恥ずかしいことを言ってしまって少し後悔している。

まあこうでも言わないと森谷さんにまた図星をつかれかねない。


「私ゆずにもっと教えてもらいたいことあるよ。」


「陽心、、」


「そこに水野くんが追加されただけで、ゆずにもいっぱい教えてほしいことまだまだある!英語だけじゃなくて数学も!」


「、、、それも水野の方が分かりやすいんじゃないの。」


「何言ってんの!私に解き方のコツ教えてくれたのゆずじゃん。あの時から私、数学はゆずに頼ろうって思ったんだよ〜!」


「、、、最初から頼ろうとしてる。」


「あはは、ごめん、笑」


「、、、、分かった。教える。、、、ごめんね、いろいろ言っちゃって、、。」


「ううん、いいんだよ!ありがとう、ゆず。」


なんとか収まったみたいだから早く勉強の続きをしよう。


「ねえ、水野。」


「、、はい、なんですか。」


「、、、英語はあんたに任せる。だからちゃんと陽心に教えなさいよ。」


「はあ、、分かりました。」


なぜか森谷さんが万里さんの親みたいな立場で言ってくる。

まあ認めてくれたみたいだし、面倒なことにならなかっただけよかったか。


「友達の水野くん。」


「、、、、、、なんですか万里さん。」


さっき俺が言ったことをからかってきているのだろう。やめてくれ恥ずかしい。


「ありがとう。」


「、、、どういたしまして。」




* * *




17時になり俺は今日図書館でやろうとしていた分の勉強を一通り終わらせていた。


「あ、そういえば陽心、梨乃!『さめないスープの味』っていう映画見た?


「なんか結構絶賛されてるみたいだよね!気になってる。」


「え〜どんな話〜?みたーい。」


「じゃあ今から行かない?ちょうど良い時間にやってるし。ね!息抜きにさ!」


「お、良いねえ」


「行こ〜!」


後ろの三人たちは集中が切れて映画の話をし始めている。


「あ、水野くん。」


後ろから万里さんが話しかけてきた。


「何?」


「今日はまだ勉強やってく?」


「いや、今日はもうここでやる分は終わったから帰るかな。」


「じゃあさこれからゆずたちと映画見にいくんだけど一緒に行かない?水野くん前にこの映画気になってるって言ってたよね。」


「ちょ!陽心!水野も行くわけ?」


万里さんのひとことで森谷さんは嫌そうに顔を歪ませている。


「俺は行かないよ。そのまま帰る。」


「どうして?」


「どうしてって、、、それは。」


俺は森谷さんの方をチラ見する。


「な、何よ。」


万里さんと映画は見たいがこの人がいるとなんかややこしいことになりそうで嫌だし、俺が行くと嫌がれそうで悪いから行かない方がいいような気がする。



「いいじゃ〜んゆずちゃん。水野くんも一緒に行こうよ。」


「ゆず、、、水野くんのこと怒ってる?」


「べ、別にもう怒ってないよ。それに私ダメなんて言ってないし。、、、見たいなら見れば?」


「そうですか。」


「水野くん、ゆずのお許しが出たよ笑 よかったね。楽しそうにこの映画の原作のこと話してたもんね。」


「、、、まあ、うん。」


「じゃあさっさと行こ!始まる時間近いし!あ、水野、私の隣には来ないでよね。」


「行きたくないので行きません。」


俺たちは広げていた参考書類を片付けて、図書館と同じ三階にある映画館に向かった。



* * *



4人で一番後ろで席へと座り、俺が一番端になり隣には万里さんが座った。


「万里さん。」


「ん?」


「映画、誘ってくれてありがとう。」


「そんなのいいよ〜。そういえば水野くんこの映画の話してたなあと思ってさ。」


話していると映画の予告が流れ始めた。


コメディやホラー、アクションやラブストーリー、面白そうな映画がたくさんある。


万里さんはホラー系の映画が苦手らしい。

顔はなんでもなさそうだが怖そうな映画の予告が流れるたび体をビクッとさせていた。

表情と一致しないその反応に俺は少しだけ笑いそうになっていた。


「今度はホラー映画でも行く?」


「!絶対やだ。」


「やっぱり苦手なんだ笑」


そして少ししてから映画が始まった。



・ ・ ・



エンドロールが終わり劇場が明るくなると隣にいる三人がはしゃぎ出した。


「もうまじ泣けたんだけど!あの別れ際の一言!」


「うんうん。あの雨の演出もよかったよね。ずぶ濡れになりながら抱きしめて、、きゃー!」


「料理も美味しそうだったね〜。2人がようやく一緒になるところであんな風に出されたら涙出ちゃうよ。」


見てみると三人ともめちゃくちゃ泣いている。

まあ感動したし泣くのも分かるが、泣きすぎじゃないか?


「やっば!水野も泣いてんじゃん!」


まあそれは自分にも言えることだった。


「え〜水野くんも泣いてる〜〜。いがーい!」


森谷さんと相模根さんが俺も泣いていることに気づき驚いた表情でそう言ってきた。


「いや、まあこれは、すごく感動して」


振り返った万里さんとも目が合う。


うわ、やばい。泣いてるとこ見られた。


「泣けたね。私もすごく、感動した。」


泣いてるのとからかうことも意外そうにすることもなく、涙を流しながらそう言った万里さんの笑顔は、とても綺麗に見えて胸が苦しくなった。

なんてことない場面でももう俺はこうなってしまうのか。


恋は盲目というのはこのことかもしれない。



* * *



「じゃあねー!陽心ー!」


「またね〜ようちゃんと水野くん。バイバ〜イ。」


「うん!じゃあね〜!二人とも!」


「、、、。」


映画を見終わり解散ということでそれぞれ別の方向なので駅で別れる。


「あれ?水野くんも電車だよね。」


「あの二人とは逆の電車。」


「そうなんだ。あ、そうだ。前感動するもの見たときはよく泣くって言ってたの本当だったんだね。」


「、、、そんなこと覚えてたんだ。」


「覚えてたよ。そのときは結構意外だったから。でもなんか意外じゃなくなった。」


「え、なんで。」


「水野くん結構序盤で泣いてたでしょ。」


「、、、。」


「終わった後もめっちゃ泣いてて。あ、水野くんてこういう人なんだって、私が知らなかっただけなんだって思ったんだ。だから意外でもなんでもなくなった。」


「、、、万里さんも人のこと言えないくらい泣いてたね。」


「だね笑」


自分の全てを見られたみたいでなんだか恥ずかしくなった。



俺のこと、もうあまり分からないで欲しい。




「じゃ、私もバス来そうだから行くね。」


「あ、うん。じゃあね。」


手を振って万里さんはバスロータリーの方へ向かった。


俺が乗る電車もそろそろ来る。

乗り遅れないように早くホームへ向かおう。




「万里さん!」


そう思ったのに俺は万里さんが向かったバスロータリーまで降りて、万里さんの名前を呼んでいた。


「水野くん?」




早歩きで万里さんの方まで近づく。


俺はそのまま万里さんを抱きしめた。


「え、水野くん、あの、、、私」


「好き



ダメだ。


こんなのダメだ。


抱きしめて告白という行為が頭に浮かび実行しそうになった足を止める。




「水野くん?」


ゆっくり万里さんの方まで歩いて近づいていく。


「あ、えっと、、、明後日、途中から雨降るみたいだから。傘、持っていった方が良い、よ。」


「え、あ、そうなんだ。それでわざわざここまで来てくれたの?」


「う、うん。あー、万里さん忘れそうだと思って。」


「ふふっ。へんなの笑」


「、、、まあ、そういうことだから。」


「うん!教えてくれてありがとう。」


「、、、じゃ。」


「バイバイ!」


俺は素早く後ろを向き、来た道を早歩きで戻る。


何やってんだ。


何やってんだよ俺。


あんなことしたら今まで隠していたことが何もかも無駄になる。

正気に戻れ。

俺はあんな感情的に動く人間じゃないだろ。

冷静になれ、冷静になれ。


結果的に抱きしめて告白という行為は静止できたが、あんなことを考えた自分に驚きを隠せない。


駅に戻り早歩きのまま改札に入る。

自分が乗る電車のホームへ行くと少し気持ちが落ち着いてきた。


昔、自分が自分じゃないみたいな気持ち悪い人間になるくらい心を奪ってくる人が現れたなら、俺は全力で逃げると思っていた。


その通り、出会った頃からずっと逃げていた。


でもあの子は何回も何回も俺の目の前に現れて混乱させてきた。

その度に何回も何回も逃げて。


「危なかった。」


今はもう自分ではないようなこのふわふわした感覚がなぜか心地よく感じている。

おかしい。面倒くさい感情だと思っていたはずなのに。

誰にも邪魔されず自分の好きなように自由に行動していきたいと思っていたはずなのに。


あの子といると自分では見えていない世界が見えるようで楽しくなって逃げていた足をつい止めてしまう。

今はもう自分から歩み寄るようにもなって、

そこで何度も思わされるのだ。


彼女のそばにいると、彼女に見つめられると、

温かく、こそばゆく、楽しく、嬉しい。


俺はもうこの感情からも彼女からも、

逃げられなくなっている。


次彼女と会うのは明後日の勉強会だ。

その時もそれ以降も感情的に行動することだけはやめてくれと、何度も自分の中で言い続けた。

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