第42話 過熱


「おい、下山田。これ帰り一人で持って帰ること考えてるか?」


「それくらいは大丈夫!今はいろいろ見てるから大和くんに持っててもらいたいの!」


俺は今右手に紙袋二つ、左手に袋三つ持っている。

まだそれほど重くはないが、後何個か持ったら重いと思うくらいの重量感にはなるだろう。


「あ!これも買っちゃおうかな〜。」


そんなことはお構いなしに服やら雑貨やらを見て可愛い可愛いと言いながら購入を検討しまくっている。

夢中で見ているようなので、俺は邪魔をしないように近くのベンチに座っていることにした。


ここには温泉や劇場、たくさんのお店があり半日いても楽しめるところだと思う。

こういうところは一緒に楽しさを共感しあえる友達と来た方が下山田にとっては良いような気がして、なんだか俺でごめんという気持ちになる。


「買い終わったよ〜!」


「またそんなに買って。」


「良いんだよ、まとめちゃえば!はい、荷物持っててもらってありがとね。」


そう言って下山田は自分が全部持つよと俺に手を差し出した。


「良いよ。帰りまで今持ってる分は俺が持っとく。流石に全部持ってると邪魔だろ。」


「え、良いの?」


「逆にこれ全部持った人が隣に歩いてて俺が何も持たないとか、なんかいたたまれなくなるわ。」


「そっか。じゃあお願いします。」


「それより、、、いや、、もう行きたいとこは見終わったのか?」


「んー、まだちょっと見たいかも。」


「そうか。」


「ねえ大和くんあっち見てみよ!」


下山田は楽しそうにまた歩き出した。



一通りモール内を見終わり下山田が行きたいと言った最上階のテラスに行くと眩しいくらいの夕陽がここをオレンジ色に照らしていた。

ガラス越しには周りの街並みがよく見える。

おしゃれな噴水の水の音と芝生で遊んでいる子供たちの声がなんだか心地良い。


「わ〜〜!綺麗!」


「ほんとだな。」


周りの街並みがよく見える方に下山田は走って行った。


「今日はありがとね!付き合ってもらっちゃって。」


「ああ、いいよ。いろんなとこ見れたし来れてよかったよ。」


「たまたま大和くんと来ることになっちゃったけど今度は加子とかと来てもいいかも。楽しかったな〜。」


「なあ、下山田。」


「何?」


「俺はもう、下山田と二人では出かけないことにする。」


「、、、急にどうしたの?」


下山田は驚くわけでもなくいつも通りの表情でそう聞いてきた。


「いや、ただ今日ここで下山田と色々まわっててそう思った。」


「え〜荷物持たせたこと根に持ってるの?」


「あ、それは違う。もし俺も下山田の立場だったら多分、、、下山田と同じようにこうしてるかなと思って。」


本当は自分のこと吹っ切れていないんじゃないかと有暮ガーデンに来てそう感じ始めた。


「こうしてるって?」


「、、、何か理由をつけて二人でどこか行こうとするかなって。」


「、、、なーんだ。バレてたか。」



どうして下山田はいきなり行きたいところがあると逆方向の電車に俺を引っ張り乗ったのか。

どうして圭介たちにここに行くと連絡することを止めたのか。

どうして付き添うだけの俺と来てこんなに楽しそうにしているのか。


ただのついでにしては何か引っかかるものがあった。


俺でも少し気まずく思っているのに、告白した下山田がこんなに普通で、そして楽しそうにしているのが不思議だった。


考えれば考えるほど気付かされる。

そんなことは自分がよく分かっていた。

俺も陽心とこんな状況になったらそうするからだ。


最初はもう吹っ切れているからこうやって普通に二人で買い物に行っても平気なのだと思っていたがよく考えたらそんなことある訳なかったのだ。

自分は特殊だと思うが、それでも好きだった気持ちをこんなに早く切り替えることが出来る人なんてそういないだろう。

他人と自分は感覚や考え方が全く違うものだが、長く思い続けたものを忘れることができるとすれば多分どんな人間だろうと、時間が必要になる。


俺が今よりももっと長い時間陽心のことを忘れようと考えないようにしていたら、もしかしたら忘れることなんて出来ないと思っていたその感情もだんだんと消えていったのかもしれない。


でも俺は、本能的に直感的にそうはしたくなかった。


忘れたいと思いつつ今の俺は再び一緒にいられることを望んでそれ以上を願って、陽心の隣にいたいという気持ちがまさっていたから。


その原動力になるのはやはり好意を寄せている相手の言葉や行動、存在になる。


だとすれば俺が言う言葉は、行動は、

その感情を薄れさせ忘れさせるようなものではないといけないと思った。



「大和くんて察しが良いというか、なんというか。」


「ちょっと自意識過剰で間違えてたらどうしようと思ってた。」


「はは!当たりだよ。もっと鈍感で良いのに。私の意図なんて気づかないで本気にしてヘラヘラ笑って私の我がまましょうがなく聞いて、また二人でどこか行ってくれれば良いのに。」


ガラス側の手すりに寄りかかって夕陽と街並みを見ながら下山田はそう言った。


「それは、もうしない。」


「分かったよ。もうこんなことしない。それにこれだってただの出来心だし、大和くんの気持ちよく分かってるから私だって早く忘れたいと思ってる。」


「そうか。」


「、、、あーあ、バレてたなんて恥ずかし。それにも気づかないでバカみたいだよね。」


「大丈夫だ。俺も同じ立場だったらバカになってた。」


「バカを否定してよ笑 まあやっとこれでちゃんと吹っ切れそうだよ。」


下山田は俺の方を見て笑顔でグーサインを出した。

いつも通りの笑顔でも、その心の中は分からない。

分からないから、今見たままの下山田の笑顔が心も同じだと願いたい。


「下山田、今日はありがとうな。」


「、、、、うん。あ、こんな二人で遊んでたら、お姉さん嫉妬しちゃうかもね。」


ニヤニヤと笑いながら下山田は俺をからかってきた。


「いや、陽心が嫉妬する訳ないだろ。」


「え?なんで?」


「え、だって俺のことまだ好きとかじゃないし。嫉妬なんかしないよ。」


「そうかな。」


「そうだよ。あいつは嫉妬なんてするような感じじゃないから。」


「ふーん。そう。」


陽心は俺みたいに切羽詰まっているわけでも余裕がないわけでも、俺しかいないだなんて思っているわけでもないのだから。


「、、、そろそろ帰るか。」


「、、うん。帰ろうか。」



* * *



有暮駅から俺と下山田は同じ方向の電車に乗って乗り換えの駅に向かった。

電車では先ほどまで話していたようなことは話さず、いつものようにただたわいも無い話をしていた。

少しして乗り換えの駅に着く。


「じゃあ私こっちの電車だから。荷物ありがとね!」


「ああ。」


下山田が買った荷物を半分持っていたのでそれを本人に手渡す。


「おお、結構あるね。」


「ほら重いだろ。こんなに買って。」


「全然大丈夫だよー!むしろこの重さが家で開ける楽しみの重さでもあるからね。」


「持って帰るとき気をつけろよ。」


「分かってるよ〜。」


「じゃあまた。」


「うん。じゃあね。」


下山田と別れ俺は学校近くの駅まで行ける電車のホームへと向かった。





反対方向へ向かった下山田遥はホームに行くエスカレーターに乗りながら自分が購入したものの多さに呆れていた。


「、、、おも。」


そう小さく呟いてため息を溢した。


嫌な重さは両手に持っているものだけではないことに自分自身で気づいている。



『俺はもう、下山田と二人では出かけないことにする。』



考えない。



『ちょっと自意識過剰で間違えてたらどうしようと思ってた。』



考えたくない。



『大丈夫だ。俺も同じ立場だったらバカになってた。』



思い出したくない。



『下山田、今日はありがとうな。』



好き。



「、、、大嫌い。」



誰にも聞こえない声で自分に言い聞かせるように弱々しく呟いた。




* * *




家の近くのバス停で降りて、自分の家へと向かっていると前の方から圭介と陽心の姿が見えた。


「あれ!おーい!慎!」


圭介は俺に気づき大きく手を振っている。


それに俺も手を振り返す。


「なんだ?二人してどうしたんだ?」


「ああ!今日親遅いから外食しようってなってさ!夕飯食べてないなら慎も行かね?」


「おう。行く。腹減った。」


「そっか!じゃあ行こうぜ。よかったな!姉ちゃん。」


圭介は陽心の方へ振り返りそう言った。


「え、ああ、うん。そうだね。」


俺は陽心の反応が少し気になり、陽心の隣を歩きながら聞いてみた。


「陽心。」


「ん?何?」


「俺、夕飯一緒に行ってよかったか?」


「え?なんで?」


「いや、なんか陽心の反応が少し気になったから。」


「あ、それは夕飯一緒に行けると思ってなくて少しびっくりしたというか、想定外というか。」


「ああ、いきなりだったもんな。悪い。」


「あ!そうじゃなくて誘おうとしてたけど、圭介からまだ帰ってきてないって聞いて、一緒に行けないのかと思ってたからびっくりして。」


「え、陽心が?俺を夕飯に誘おうと?してくれてたのか?」


「うん。」


え、まじか。大分嬉しいんだけどどうしよう。


「き、今日はどこに行こうとしてるんだ?」


「たまに行ってる近くのファミレス。」


「あそこのファミレスか。」


多分俺もよく使うあのファミレスのことを言っているのだろう。

ここから近いと言えばあそこしかない。


「慎くん。」


「ん?」


「最近ここの近くに新しいレストラン出来たの知ってる?」


「ああ、なんか出来たってのは親から聞いたな。」


「今度はさ、そこ行ってみない?ちょっと気になってて。」


「お、おお。行こう。俺も気になるし。」


気になるからというわけでは無いのだが、陽心に誘われて喜んで、なんだか気恥ずかしくてそう付け加えてしまった。


「よかった。じゃあ今度行こうね。」


「あ、おう。」


陽心を見るとえへへと照れくさそうに笑っていた。

それがとても愛おしくてしょうがなかった。



今ここでこの子を抱きしめたいと思うのはやばいだろうか。


今ここで手を繋いだら振り払われてしまうだろうか。


今ここで触れたいと思うのはおかしいのだろうか。



「新しいレストラン少し調べてみたんだけどね、」



好きだ。



「外観もだけど中もおしゃれでね、」



好きだ。



「メニューもいっぱいあって、」



好きだ。




陽心は俺の気持ちにどんな答えを出すのだろうか。




「おーい、何話してんだよ〜早く行こーぜー。腹減ったー。」


先に歩いていた圭介が少し遠くの方で俺たちを呼んでいる。


「今行くー!じゃ、行こうか。」


陽心が前へ歩き出そうとしたとき、なぜか俺は陽心の手を掴んでいた。


「慎くん?」


「あ、いや、これはその、」


自分でも無意識な行動に驚いて手を離そうとすると、今度は陽心が俺の手を掴んで引っ張った。


「ほら、行こう。」


笑顔でそう言って引っ張り、走る陽心につられて俺も走った。



この手をずっと、離したくはない。


この手をずっと、離さないで欲しい、そう思った。

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