第34話 自信と厳しさと少しの優しさ


「万里さん?」


「あれ、水野くん。」


「どうも、ここ座って良い?」


いつも通りの制服を着た水野くんは私の向かいの席を指してそう聞いてきた。


「ああ、どうぞ。」


「勉強してたんだ?」


「あ、ははは。ま、まあね〜。水野くんは学校行ってきたの?」


「ああ、制服だからか。いや、学校には行ってない。図書館で勉強するだけだから制服でも良いかなと思って。」


「なるほどね〜。水野くんも図書館で勉強してるんだね。」


「家だとあんまり集中できなくて進まないからね。」


「それは、分かる。」


水野くんは早速リュックから数学の参考書とノート、筆記用具を取り出して勉強を始めようとしている。


水野くんを見ると慎くんの言っていたことが思い出される。


水野くん、君は知らず知らずのうちに嫉妬されていたみたいだよ。

そういうことに全く興味なさそうな君がそんな風に敵視されていたと知ったら、多分何を言っているんだと言わんばかりに表情を歪めてため息でも溢すのだろう。

まあでも、誰かに嫉妬されるなんてなかなかできない経験だよ。

それくらいイケてるやつに見えたってことなのかな。


「何?ニヤニヤして。」


「いや〜?水野くんもやるなぁ〜と思ってさ笑 よ!イケメン!」


「は?何いきなり、気持ちわる。そりゃここに勉強しに来たんだからやるでしょ。万里さんも集中したら?」


「あ、はい。」


いつも通りの塩対応を受けて自分もさっきまでやっていた問題に再び向き直る。


「、、、万里さん、英語やってるんだね。」


「集中したらって言って声をかけて来るのはどうなんでしょうか、水野くん。」


「あ、ごめん。ちょっと見えたから気になって。」


「良いよ笑 そう、英語やってる。全然できなくて、もうどうしたら良いのかって感じ。」


「万里さん、ずっと英語苦手だもんね。」


水野くんは一年の時から一緒だから私が壊滅的に英語が苦手なことをよく知っている。

英語が苦手な私と違って水野くんは断然得意な方だ。


「ねえ水野くん。なんか良い方法ないかな。こうぼーっとしてても頭に入ってすぐ解けるようになる感じの。」


「あるわけないでしょ。そんなの。」


「え〜、水野くんならそこをなんとかできそうな気がするけどな〜。」


「俺はただぼーっとしてるわけじゃなくて勉強してるから覚えられてるだけ。」


「、、、だよね。は〜〜。」


勉強すれば良い。

覚えてできるようになるにはそれが一番手っ取り早くて最善だ。

勉強するなんてとても簡単なこと。

でも、やればやるほど分からない部分が出てきて、覚えたと思った文法や単語ではなく全く別の意味のことだったりしてまたそれでよく分からなくなる。

英語は積み重ねの勉強だって分かっているのに、一年や二年の時の英語をなんとなくでやってしまっていた自分が悪い。

それはそうなのだが、こうも膨大な量の単語と文法を覚えて、それでさらに短文や長文の問題を解くという途方もない道のりに嫌になり、やる気をなくす一方だ。

でもそんな我がままを言っている場合ではない。

やらなくてはいけないのだ。

そうでないと試験では使い物にならないから。


「どこか分からないとこあるの?」


水野くんは私がやっている英語の参考書を少し覗いてきた。


「んー、ここ。」


さっきまで苦戦していた問題を指で差すと、水野くんはちょっと見せてと参考書を自分の方に持って行った。

すると少し考えてから私の方に参考書を戻し、その問題の説明を始めた。


「どう?分かった?」


「、、、なるほど、そういうことなのかー。」


「なんか腑に落ちない顔してるね。分かり切ってないでしょ。」


「、、、どうしてこうなるのかがあんまりよく理解できてない。」


そう言うとその問題の前後関係だったり、どうしてこういう意味なのかも詳しく教えてくれた。


「お〜!なるほど!これってそういう意味だったんだ!私違う方の意味で捉えてた。」


「単語や文法の意味が全部わかってなくても前後関係でなんとなく分かることもあるからそこだけじゃなくて、周りの文章も少し読んだ方がいいかもね。」


「なんかそれ、先生も言ってた気がする。」


「言ってたよ。万里さんが問題の解き方忘れてるだけ。あと、分からないことははっきり分からないって言いなよ。そうしないと覚えられるものも覚えられないよ。」


「だって、、、せっかく説明してくれたから。私の勉強で時間を使わせるのはよくないなと思って。」


「万里さんて気使えるんだ。」


「失礼な。そりゃ気使うよ。みんな一応大変な時期なんだし。」


「別に気使う必要ないよ。教えることで勉強にもなるし、ずっと教えることに時間を割く訳でもないしね。」


「、、、そっか。」


ぶっきらぼうだけど一応ちゃんと教えてくれるのはとてもありがたい。


「まだなんかありそうだね。」


「え?いや、まあ、あると言えばあるけど、これは自分でなんとかしないといけないことだから。」


「もしかして、単語とか文法の覚え方に困ってるとか?」


「え、うん。」


「まあ、やっぱりそこだよね。問題を解くための土台みたいなもんだし。」


「うん。そうなんだよね。」


「じゃあ、ここに勉強しにきたときに俺が問題出すから、その範囲を勉強して来てよ。その勉強の仕方は今教える。」


「え、でも水野くんの勉強が」


「また遠慮?そういうのいいから。万里さん俺がそこそこ勉強できるの知ってるでしょ。」


「そ、そうだけど。」


こうはっきり言えるのは自信の表れだ。

確かにそれくらい水野くんは全教科しっかりできている。けど、


「自分の勉強を疎かにして欲しくないとか俺が勉強できなくなるんじゃないかとか思ってるんだったらそれ、失礼だから。」


「、、、。」


「こんなことだけで疎かにするわけないし、できなくなる訳ないでしょ俺が。」


「そう、だね。」


こうやってきつく言ってくるのは自分の勉強に対する自信があるからなのかもしれないが、水野くんなりの優しさなのだとも思う。

こう言わないと私がうんとは言わないから。


「じゃあ始めようか。」


「うん。お願いします。」


なんかいつになくやる気なのは英語が得意だからだろうか。

手際よく自分の鞄から英語の参考書を取り出して、何やらノートに書き始めている。


「なんか水野くん、できる塾講師みたいだね笑」


「、、、できる塾講師みたいな人が教えるんだからちゃんと頑張らないとね。」


「うっ、、、はい。」


勝手なイメージだが水野くんが出す問題はなんか難易度が高い気がする。

お願いしますとは言ったものの、なかなかスパルタなのではと少しだけ不安になってきた。


でも、頼もしくも思う。

こんなに努力していて頑張っている水野くんが教えてくれるなら、私も自信が持てるくらい英語ができるようになるような気がするから。


だから少しの間、甘えさせてもらおうかな。

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