第33話 働く、学ぶ


「お、田淵くん、お疲れ様。」


「ああ。大和くん、お疲れ様。」


次の日のバイトに行く途中、駅で田淵くんを見かけて声をかけた。


この田淵くんの無表情で何を考えているか分からない感はもう昨日で結構慣れている。

そして何気にもう一つ分かっていることは、かけている黒縁メガネの度が強いこと。

横から見るとそれがよく分かる。

まあそれが分かったところで何にもならないんだけど。


「今日は違う先輩が教えてくれるんだよね。」


そんなことを思っていると田淵くんがバイトの話題を出してきた。


「そうだな。なんでも出来ちゃう先輩って言ってたよなあ、どんな感じなんだろう。」


「真木咲さん分かりやすかったし、そのままでも良いのにね。」


「確かに。優しいし。まあ、、長くいるベテランの先輩の方が色々教えられるから交代って感じなんじゃないか?」


「まあ、そうなるか。」


田淵くんがそういう話をするのは少し意外だった。

教えてもらうのは誰でも良いと言いそうなくらいクールな感じだったから。


「もしかして、、、田淵くん緊張してる?」


「え?」


俺は田淵くんが先輩が変わることに緊張しているのかと思いそう聞いてみた。

もしそうだったらちゃんと初々しい面もあるのだと思い少し安心する。


「なんだよ。別に緊張してるわけじゃない。ただ変わらなくても良いと思っただけだ。」


「そうなのか。」


田淵くんはいつも通り顔色一つ変えずにそう言った。

少しは新人らしいところもあるのかと思ったのだが本当に見当違いだったらしい。ただの世間話みたいなものか。

新人同士緊張を共有できると思ったのにな。



* * *



店に着き素早く更衣室に入って着替えを済ませる。


従業員共有エリアに入るとそこには昨日は見かけなかった先輩がいた。


「「お疲れ様です。」」


「お疲れ様です。バイトリーダーの知村千秋(ともむら ちあき)です。よろしくお願いします。」


その人はキリッとした目元が特徴の端正な顔立ちと、しっかりと背筋が伸びた姿勢の良さが印象的だった。


「新人バイトの大和慎一郎です。よろしくお願いします。」


「同じく新人の田淵尚之です。よろしくお願いします。」


「大和くんと田淵くんですね。じゃあ早速。」


知村先輩は自分の制服からメモ帳を取り出してそこに書いてあることを読み上げる。


「朝に私と店長、料理長、で話し合ったことを今から言います。今日2人には主に、お客様の案内と注文受け取り、料理運び、飲み物の補充、合間にキッチンの見学をしてもらいます。」


昨日よりもやることや覚えることが結構あって大変そうだが、キッチンの見学や新しいことができるのは少し楽しみだ。


「今日は私が指示を出していくので、よろしくお願いします。」


「「よろしくお願いします。」」


少し楽しみだけど、また少し不安がある。

上手くできるか、しっかり覚えられるか、考えて動くことができるか、ちゃんと愛想よく接客することができるか。


まあまあ不安はあるが、多分、絶対上手くいくと自分で思うことにする。


そう思ってくれる人が自分以外にもいてくれるから。

上手く出来なかったとしても、今後に活かせるように努力すれば良いだけだ。


俺なら、やれる。


「じゃあ、早速やってみますか。」


真剣な表情の知村さんにフロアへ案内され、今日のバイトが始まった。



* * *



「ゆず〜、だめだ。この問題おかしいよ。全然分かんない。」


「あんた少しは自分で考えるってことをしたら?てか、まず単語と文法覚えなさいよ。」


図書館の窓際のテーブルに私、万里陽心とその友人の森谷柚子(もりたに ゆずこ)が隣同士で座っている。


ゆずとは1年の時に同じクラスになり、そこから仲良くなった。

部活も一緒で休日もよく遊ぶ関係だ。

しっかりしていて勉強もできて運動もそこそこできる。そして可愛い。

結構はっきり言うことは言うのでキツく見られがちだが、そういう真っ直ぐな性格は彼女の長所だと思う。

私の勉強をたまに見てくれる優しい子なのだ。


「だって一つ覚えてもまた違う意味の時もあって頭がついていかないんだよ〜。どうしてこんなに意味があるんだ。おかしいよ!」


「おかしくないから。一つ一つ覚えるんじゃなくて問題を解いていきながら使い方の違いを覚えていくの。」


「んーーー。」


「ほら、この参考書をバーっと何回か繰り返し解いてればササっと覚えてできるようになるから。」


教えてもらってる分際でこういうのは失礼だが、少しだけ、少しだけ、大雑把なのだ。

分かってる。私がちゃんと理解すれば良いだけなんだけど、もう少し、その、どうしてこうなるのかっていうのを教えていただけると良いんだけど、、。


「この参考書をバーっと、、、ですか。」


「何回かやって覚えていけばできるようになる!」


「覚えるのが大変なんだよね。良い感じに覚えられる方法ないかな。」


「それはもう意地で覚えるしかない!覚えれば良いんだから。」


「な、なるほど。」


何回か解いてればいつか覚えられるようになるのだろうか。

意味をそこまで理解してなくても覚えればなんとかなるのか。

とにかく単語と文法を覚えれば良いということなのか。


「疲れた。ちょっと休憩しよ〜。」


「あ!またそうやって、放棄して。手遅れになっても知らないからね。」


「ちょっとだけだよ〜。」


英語のことを考えると疲れがどっと出てくる。まあ少しずつ覚えていけば良い。


「そうだ陽心。今年も花火大会行くよね?」


「あ!、、ごめん、行くは行くんだけど、、その、一緒に行く人がいて、、」


「なんだーそうなのか〜。、、、もしかして男だったりして〜笑」


「えっと、、男ではあるんだけど」


「え、彼氏出来たの?」


「いや、彼氏ではないよ。友達だよ、友達。」


「もしかして誘われたの?」


「まあ、、、そうですね。」


ゆずはすごい勢いで質問してきた。


「え!まじで。あんたそういうの全然興味なさそうだったのに。で、好きなの?陽心は。」


「私は、まだ、今考え中で、、。」


「私はってことは、相手があんたのこと好きだってこと?」


「、、、とにかく私は今年は一緒にいけません!ごめん!」


「うわ、話そらした。まあ良いけどさ〜、梨乃とまた三人で行きたいねって言ってたのにな〜高校最後の花火大会だし。」


梨乃というのはゆずと同じく友達の相模根梨乃(さがみね りの)という女の子だ。去年の花火大会は梨乃とゆず、そして私の三人で行っていた。


「ごめんね。海行った時、手で持ってやる花火いっぱいやろ。」


「分かったよ。でも人の恋愛にはキャーキャー言うけど自分では恋愛なんて考えもしないようなあの陽心が友情より男を取るとはね〜」


とてつもなくニヤニヤしながら私を見てそう言ってきた。


「男だからってわけじゃないよ。ただその人が一緒に行きたいて言ってくれて、私も行きたいと思って、それに久しぶりにその人と花火大会に行くから嬉しくて。」


「久しぶりって前に一緒に行ったことあるの?」


「うん。幼なじみだから、弟とその人とよく行ってたんだ。」


「幼なじみ?!いやらし!」


「、、、。」


なぜ興奮気味なのかはよく分からないが、ゆず的には何かのツボに入ったのだろう。

どこら辺にいやらしい要素があるのだろうか。


「で、今回はその人と二人で行くと。」


「うん。そうだね。」


「ヘ〜〜、やば〜笑 ま、頑張ってよ。私たちは気楽に女同士で行って来るからさ。存分イチャイチャしてこい!手なんか繋いじゃったりしてさ!」


「いや、そういうことはしないから。返事もまだなんだし。」


「え〜?一緒に行くくらいなんだから良いじゃんそのくらい。その人の方はしたいと思ってるんじゃないのー?」


「そうだとしても返事してないのにそんなことするのはおかしいでしょ。なんでって思うじゃん。」


「めんどくさいな〜そういうのは流れと雰囲気でしょ!まあ、陽心には難しいか〜男女の距離感ていうのは。彼氏どころか好きな人もできたことないもんねえ。」


「ゆずだって彼氏はできたことないじゃん。」


「、、、それは良いでしょ別に。私は恋くらいはしてるから。とにかく良い感じになることを祈ってますよその人が。こんな恋も愛も考えないような陽心ちゃんを好きになっちゃったその人を私は陰ながら応援してます。」


「恋も愛も今考えてる最中だから。」


「あ、そろそろ私行くわ。陽心はまだ勉強してくの?」


「うん、もう少ししていこっかな。」


「そっか!じゃ、またね〜」


「うん!また!」


ゆずはこれから用事があるらしく今日はこれで解散になった。



一人になり、シャーペンを持ちながら参考書を眺めてぼーっとしている。

側から見ると勉強しているように見えるかもしれないが、私は全く別のことを考えていた。


『手とか繋いじゃったりしてさ!』


そんなこと考えたことなかったなあ。

昔はたまに繋いだりはしてたけど。

慎くんは私と手を繋ぎたいとか思っているのだろうか。


『好きだ、陽心。』


あの日曜日の出来事が頭の中で少し思い出される。


そりゃあ、、、思ってるか。


手を繋いだら、慎くんはどう思うのだろう。

私は、どう感じるのだろう。


何気なく自分の手を見て考えてみる。


「万里さん?」


「? あれ、水野くん。」


顔を上げると、休みなのにいつも通り制服を着た水野くんがそこにいた。

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