第32話 君がそう言うのなら
「お疲れ様〜!慎ちゃんと田淵くん、今日はどうだった?」
今は19時で今日はもうお店は閉店する時間だ。
俺と田淵くんそれと明希おばさんと真木咲さんが片付けが終わったフロアに集まっている。
「なんか一日が早かったです。覚えることもいろいろあって、、、バイトって大変なんですね。はは。」
俺は今日そんなに大したことをやっていないのに、すごく疲れきっている。
これが働くということなのか。姉がいつも疲れて帰ってきてソファーにダイブして爆睡したくなる気持ちが少し分かった気がする。
「まだまだ序盤よ〜。これからいっぱい覚えてもらうことあるんだから!田淵くんはどうだった?」
「まあ、今日は焦らずできたかなと自分では思います。」
本当に田淵くんらしい答えがきた。
「そうね!今日は二人とも本当によかったわ!まきちゃんも丁寧に教えてくれてありがとうね。出来る先輩って感じだったわよ〜!」
「そ、そうですかね。えへへ。」
真木咲さんは明希おばさんに褒められて嬉しそうに照れている。
「二人とも、今日は基礎的なことを覚えてもらったから明日からは違う先輩にもっと詳しいことをしっかりみっちり教わってもらうわね〜!」
「よ、よろしくお願いします。」
「よろしくお願いします。」
明希おばさんはいつもニコニコしているから表情からは分かりにくいが、しっかりみっちりという言葉を結構強めに言っていて圧を感じた。
もしかしたら明日はなかなかにハードなことをやるのかもしれない。
「じゃあ今日は解散!また明日もお願いね〜!お疲れ様〜」
「「「お疲れ様です。(!)」」」
* * *
俺と田淵くんは着替えを終え帰宅の準備もできたので部屋を出ると、別の部屋から私服の真木咲さんが出てきた。
何となく一緒に店を出て、三人で駅の方へ歩いている。
すると真木咲さんが今日のことについて話し始めた。
「私ずっと憧れてたんです。先輩として仕事を教えるの。」
「そうだったんですか。」
「だから今日は基礎的なことは私が教えたいって店長に頼んでみたんです。そしたらok頂けて嬉しくて張り切ってしまいました。、、、何か分かりにくかったところはありましたか?」
真木咲さんは心配そうに俺と田淵くんに聞いてきた。
「いえ、全然大丈夫でしたよ。むしろ分かりやすかったです。」
「俺も、同じです。分かりやすかったです。」
「そうですか....!それはよかった。何かあったら一応先輩の私になんでも言ってくださいね!」
俺と田淵くんの返事を聞いて真木咲さんは嬉しそうに笑っている。
「明日から教えてくれる先輩は厳しい時は厳しいですがとても分かりやすいし優しい先輩ですよ!しっかりお客さんのことを見てるし考えてます。たまに調理の方も手伝っていてなんでもできちゃう先輩なんです。」
「ヘ〜〜そうなんですか。調理の方も手伝ってるんですね。」
「はい。だからいろいろ学べることがたくさんあると思います。心配せずに頼っちゃってください!」
「はい、ありがとうございます。」
「ありがとうございます。」
今日のことや明日のことをいろいろ話しているとすぐに駅に着いた。
「じゃあ、今日はお疲れ様でした!また明日!」
「「お疲れ様でした。」」
田淵くんは電車で来たらしく改札の方に向かって行った。
俺はいつも通りバス停の方へ行こうとすると、自分と同じ方向に真木咲さんも向かおうとしていた。
「もしかして大和くんはバスですか?」
「あ、そうです真木咲さんもですか?」
「はい!私は6番のバスで、大和くんは何番ですか?」
「俺も6番ですね。」
「そうなんですね!あ!もうバス来てますよ!」
「ほんとだ。来てますね。」
「じゃあ乗っちゃいましょう!」
真木咲さんは階段を一段ずつ飛ばしながら降りていき、バス停の方まで軽やかに走って行った。
「あ、ちょっと、」
俺も真木咲さんの後を追いかけ小走りで階段を降りていく。
前を見るともうすでに真木咲さんはバス停近くのところにいて、手招きをしながら待っている。
ようやく俺も追いつき二人でバスに乗り込んだ。
「あ、後ろ空いてますね。座りましょうか!」
「そ、そうですね。」
息が切れてハアハア言ってる俺とは違い真木咲さんは元気に笑っている。
運動不足とはいえ一年でこんなに差ができてしまうものなのかと真木咲さんの元気な姿を見ると思う。
後ろの長い席になっているところに行き、端に二人で座る。
「はあ〜〜。真木咲さん、若いですね。」
「あはは!何言ってるんですか大和くん!ひとつしか変わらないじゃないですか!」
「まあ、確かに。」
「そういえば大和くん高校はどこなんですか?もしかして一緒だったりして笑」
「桜山高校ですよ。」
「え!私も同じです!ほんとに一緒だった。」
「へ〜そうなんですか!全然分からないもんなんですね。」
「まあ学年が違うとあまり会うことはありませんもんね。あ!部活は何か入ってますか?」
「俺は美術部に入ってます。真木咲さんは?」
「私は調理部です!調理室と美術室では場所が結構離れてるから、やっぱりなかなか会いませんね。そっかー、学校の先輩だったんですね。」
真木咲さんは俺が学校の先輩だとわかると何か考え出している。
「それなら、私大和くんのこと先輩って言った方がいいですよね。」
「え!いやいやバイトでは真木咲さんの方が先輩なんですから、そのままでいいですよ。」
「あ、じゃあ!バイトではくん呼びで、学校とかバイト以外では先輩呼びにするというのはどうですか?」
「んーなんというか複雑ですね、、真木咲さんが良いならそれで大丈夫ですけど。」
「じゃあ今は大和先輩で!」
「はあ、、。」
真木咲さんは笑顔で先輩と言ってきた。
バイトの先輩に先輩と呼ばれるのはなんか違和感があって頭がこんがらがる。
まあでも自分は何も変えなくて大丈夫だから慣れればいい話なのかもしれない。
「真木咲さんてバイト4ヶ月目ってことは高一なってすぐバイト始めたんですよね?」
「そうですよ!」
「平日にもやってるんですか?」
「そうですね。部活がない時はシフト入れちゃってます。」
「ヘ〜すごいですね。俺一年の時は学校とか部活に慣れるのに精一杯でした笑 今も全然両立できなそうだからバイトは夏休みだけってことになってますし。」
「全然すごくないですよ!調理部は週1か2くらいしかやらないし、どっちも好きでやってることで、楽しいんです。」
「楽しんで出来るのってなんかいいですよね。これ言ったら調理部の偏見て言われそうなんですけど、料理も上手そうですよね。」
「、、、やっぱりそう思いますよね。むしろ全然上手くならなくて困ってるんです、、。なぜか思ったように出来なくて、、異物ができてしまうんですよね、、、。」
真木咲さんは全身からどんよりとしたオーラを出しながらそう言った。
異物、、、そんなヤバいものを作っているのか、、、。
「いつかバイトでも調理してみたいんですが、今のままではダメそうで、、、あ!」
どんよりした表情から何か閃いたみたいで一気に明るい表情になった。
「大和先輩!ダメもとで頼んでもいいでしょうか。」
「、、、何を頼まれるかはなんとなく分かりますけど、、、腹痛くなるのはちょっと無理です。」
「だ、大丈夫ですよ!私味見してますがお腹痛くなったのは3回くらいしかないので!」
「、、、、。」
腹痛を起こした事実があることを自信満々に言われるとは思っていなかった。
「じゃ、じゃあちゃんと私が味見してお腹痛くならなかったら大和先輩にも味見してもらいたいです。客観的な意見を聞いてみたくて、、、お願いします!」
真木咲さんが深々と頭を下げて頼み込んでいるので、周りに座っている人たちが不思議に思ってチラチラと見てくる。
「わ、分かりましたよ。真木咲さん頭あげてください。」
「え!食べてくれるんですか!」
「んーーー、まあ少しだけなら。でも味見なら家族とか友達でも良いんじゃないですか?」
「、、、。」
真木咲さんは何も言わず静かに俯いてしまった。
今俺はとてもまずいことを聞いてしまったのだろうか。
もしかして、複雑な環境にいて味見をしてくれる人が周りにいないとか、、、。
「、、、みんな最初は食べてくれたんです。でもそれからはもう食べてくれなくなりました。」
「、、、。」
「家族も、最初は私が作る料理を食べてくれていました。でも、、もう耐えられないと作らないでくれと懇願されました、、、。」
複雑なのは味の方だった。
「だからもう頼る人がいないんです。お願いします!大和先輩!一回だけでも一口だけでも良いので食べて感想をください!」
さっき少しだけならと言ってしまったし、こんなに頼まれると断りづらい。
一応バイトの先輩だし断ってギクシャクするのも後で困る。
味がやばいのは分かったが、食べられないってことはないだろう。一回だけでも良いと言っているし。
「、、、、は、はい。あ、できれば本当に少量でお願いします。」
「本当ですか!ありがとうございます大和先輩!じゃあたくさん作ってきますね!」
満面の笑みが眩しく輝いている。
今少量でって言ったのは聞こえていなかったのだろうか。
「あ、私ここで降りますね!ではお疲れ様です。また明日!」
「お疲れ様です。」
真木咲さんは朝と変わらないテンションで元気よく挨拶をし、バスを降りて行った。
* * *
家の近くのバス停まであと15分くらい。
何気なく明日のことを考えながら窓の外を見ている。
疲れて眠くなってきたのか大きなあくびが出る。
今日は一日だったが明日のシフトは14時からなので朝は余裕があり嬉しい。
少し夜更かしして12時頃に起きてのんびり支度をするのもありだな。
明日は今日よりも大変そうだから気を引き締めていかないと。
、、、陽心も勉強頑張ってるんだろうな、、、。
意外とやる時はやるやつだから今も家で机に向かっているのだろうか。
それか英単語覚えられなくて圭介に八つ当たりしてるかもな。
そんなことを考えているとだんだんとまぶたが重くなってくる。
陽心、、、。
重いまぶたをうっすら開けて窓を眺めていると外のコンビニの眩しい光が目に入る。
「!!」
目に入ってきた光景に驚き、重かったはずのまぶたが一気に持ち上がる。
ぼーっと見ていたコンビニから今現在考えていたあの子が出てきたのだ。
すぐさま俺はバスの停車ボタンを押し、そのコンビニ近くのバス停で降りた。
「あれ?慎くん?」
バスから降りてコンビニの方へ行くと陽心が俺に気づく。
「お、おう。偶然だな、陽心。」
そんなわけないのだが、「お前を見かけたからバスから降りてきた」なんてはっきり言うのはなかなかに恥ずかしいので誤魔化した。
「とかなんとか言って、本当はバスに乗ってたら私を見かけて思わず降りてきちゃったんじゃないの〜?なーんちゃって笑」
「、、、、。」
「、、、え、ちょっと!な、なんか言って!無表情で黙られるが一番恥ずかしいやつ!違うなら違うって言って〜!」
「あ、いや、違くはないんだけど。なんか、、、。」
陽心は手で顔を覆って自分が言ったことについて恥ずかしがっている。
自分で言ったくせに恥ずかしがっている様子はなんというか可愛くて面白い。
正直驚いた。ちゃんと陽心が自惚れてくれていることに。
俺の好意を陽心はしっかり意識してくれているんだ。
「うん。当たってる。それなりにやばいしキモいけど、陽心の言う通り思わず降りてきた。、、、よく分かったな。」
「なんだ〜それなら早く言ってよー。私、一人で何言ってんだこいつみたいになっててすごい恥ずかしかったよ!」
「もっとそういうふうになってくれていいぞ。」
「今度は早めに対応してくれるとありがたいです。」
「ああ笑 それで陽心は今帰りか?」
「うん。駅前の図書館で勉強しててその帰り。見て!じゃがぼこの新商品の出し巻き卵味!家の近くのコンビニには朝見た時なかったから、こっちのコンビニにはあるかなと思ってきたんだ。そしたらこの通りゲットできました!」
自慢げな顔で、買ってきた新商品のお菓子を俺に見せてきた。
「出し巻き卵味か、、。よかったな、、。」
美味しいのかは分からないが自分から買うことはないだろう。
「歩ける距離だし、歩いて帰らない?」
「そうするか。」
俺と陽心はコンビニ近くのバス停を素通りし、いつもよりは少し長めの家までの道を歩き出す。
「慎くんはどこか行ってたの?」
「あ、そうだ俺、バイトすることになって。」
「え!バイト!何の?」
「俺のおばさんがやってる喫茶店で接客とか諸々の。手伝いみたいな感じだけどな。」
「あ〜!あそこでやってるんだ!どう?楽しい?」
「まあ今日は初日だからまだ分からないけど、いろいろ学べそうだからこれから楽しみではある。」
「そっか〜!それならよかった。今日初日だったんだね。お疲れ様です。」
陽心は軽く頭を下げてありがたい言葉をかけてくれた。
「おう。陽心も勉強お疲れ様です。」
俺も同じように軽く頭を下げて陽心に言葉をかける。
「うん、ありがとう。いや〜すごいねぇ慎くん。働いてるんだねえ。」
陽心はしみじみと俺が働いていることに感心している。
これはどういう感情なのだろうか。
「あのさ、、、、いつでもいいんだけど、もしよかったら来てくれないか?ちゃんと接客して美味しいもの出すから。」
「うん!行きたいな。慎くんがいらっしゃいませとかご注文の品は〜とか言ってるとこ見てみたい。笑」
「そこかよ。」
何だか面白がっているみたいだが、それも今だけだ。
俺が本気で接客したら、また来たいって思うくらいお前は夢中になるんだぞ。店にも、俺にも。
「来週あたり行っちゃおっかな。」
「来週か、全然いいぞ。」
来週になればそこそこはやれる事も増えて、いい感じに接客出来ているだろう。
うん。そうであって欲しい。
「いつシフト入ってるの?」
「一応来週は25、26、28、29になってる。もっと入るかもしれないけど。」
「じゃあ29に行こうかな。」
「おう。分かった。」
よし、29だな。いける。多分田淵くんくらいには手慣れてきてるんじゃないか?
そう思っていると陽心が俺の顔をじっと見ていることに気づく。
「ど、どうした?」
「慎くん、少し眠そうな顔してるね。今日はちゃんと寝るんだよ。」
バスに乗ってた時は凄まじい眠気に襲われていた。
陽心を見つけて目が冴えたが、今は会えて話せたことでなんだかほっとしてまた眠くなってきている。
今日は少し夜更かししようと思っていたが、早めに寝るか。
「ああ。早めに寝て、またバイト頑張るよ。」
「うん。がんばってね。」
バイト帰りいつもこうやって癒しをもらって、また頑張ってと送り出してくれたら最高だなと思うが毎回今日みたいな良い偶然は起こらないだろう。
陽心を見るとなぜか少し笑っている。
「なに笑ってんだよ。」
「だって、慎くんの目しょぼしょぼなんだもん笑」
俺は眠気で目をしっかり開けられていないようだ。
「明日はちゃんと目開けて働いてね笑 食器とかも扱うんだから。気をつけないと。」
「バイト中はちゃんと目開いてるわ。」
「ほんとかな〜笑」
「なんだよ、心配してるのか?」
「ううん。全然心配なんかしてない。」
陽心から言われた言葉が少し意外だった。
「少しは心配してくれてもいいんだぞ。」
「だって慎くんは、大変な時でも忙しい時でもなんだかんだやりきっちゃう気がするから。」
「、、、。」
「嫌なことがあったってやりたくなくたって結局頑張ってると思う。それで自分の疲れに気付かないのが心配かな笑。そこは注意するんだよ。」
そう見えるのはお前だけかもしれないな。
陽心がいるから、お前が近くにいるから俺は頑張りたいって思うんだ。
何をしてたって原動力はお前なんだよ。
「それに私の心配なんて意味ないくらい慎くんはどこにいても何してても絶対上手くやれるよ。慎くんがやろうと決めたことなら絶対上手くいく。」
陽心の心配が意味ないなんてことはないけど、そう言われるのは嬉しい。
お前が、上手くいくと言うのなら、多分どこまでだって俺は頑張れる気がする。
「、、、バイト代貯まったらまたどっかご飯行こう。なんか奢ってやるよ。」
「え!いいよいいよ!そんな!」
「俺が奢りたいから良いんだよ。」
「い、いいんですか?、、、なんでも?」
「おお。なんでも言ってみろ。」
「なんでもか〜〜、どうしよっかなあ。」
なんでもいいと分かると楽しそうに考え出している。
一回は遠慮するけど良いと言われるとすぐ甘えて懐に入ってくる。
こういうところも可愛らしいと思う。
「陽心。」
「なに?」
「あ、いや、、、なんでもない。」
今溢れそうだった感情を咄嗟に隠した。
少し前を歩いていた陽心が振り返ってその優しい瞳と目があった時すごく照れくさく感じたから。
日曜あれだけ好きだと伝え続けたいと言ったくせに、まだ恥ずかしさがあるみたいだ。
まあ俺が好きだってことを少しは意識してくれていたみたいだし、今日のところは見逃してやることにしよう。
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