第31話 成長していけるように


「じゃあ田淵くんは2番テーブルにこのオムライスとハムカツサンドを持っていってください!さっき言った通り笑顔で和やかに!」


「分かりました。」


田淵くんは2番テーブルに頼まれた料理を持っていくと真木咲さんに言われた通り、

笑顔で和やかにお客さんに接しながら料理を出していた。


「おお、やりますね。田淵くん。」


真木咲さんもできた接客の田淵くんを見て感心しているようだ。

料理を出し終え田淵くんは真木咲さんのところに戻ってくる。


「田淵くん!なかなかいい感じでしたよ!」


「ありがとうございます。」


田淵くんは真木咲さんに褒められても顔色一つ変えず当たり前のことをしただけだと言わんばかりのリアクションの薄さだった。


やはり田淵くんは手慣れている気がする。

初めてお客さんに料理を出すのに、あんな冷静に違和感のない笑顔で丁寧に料理を出せるものなのだろうか。

ここ以外で働いたことがないとしたら家が料理屋なのだろうか。

そう思うくらい様になっていた。


俺はというと、


「お会計お願いします。」


「あ!はい。少々お待ちください。えっと、、、860円のベーコン卵トーストと450円のアイスコーヒーで、合計9050円になります。、、、?!申し訳ありません。再度打ち直すので少々お待ちください、、。」


やばい860円に0一個足していた、、、。早く取り消さないと。

あれ、会計取り消すときはどこ押すんだっけ、えっと、どうすれば、、、


「焦らなくて大丈夫ですよ。ここを押してまたここを押せばやり直しができます。」


俺がレジであたふたしていると横からコソッと真木咲さんが教えてくれた。


「あ、ありがとうございます。、、、合計1310円になります。」


なんとか真木咲さんのおかげで会計をやり直すことができた。


「大和くん、私近くにいるんですから分からなかったらすぐ聞いて大丈夫ですよ。あと最初のうちはこのマニュアルを横に置いて作業した方が慣れるのも早いです!」


真木咲さんは笑顔でアドバイスをしながら、レジのマニュアルをレジすぐ横のお客さんが見えない位置に立てかけた。


「すみません、俺焦ってしまって。」


「最初は当たり前のことです!私だって最初は焦りすぎてお釣り渡すときに千円札と間違えて一万円札渡しちゃったことあるんですから!お客さんがすぐ気付いてくれました!」


真木咲さんは得意げに自分の失敗談を話してくれた。


「そ、それは大変ですね。俺も間違えないように気をつけます。」


「はい!気をつけてくださいね。じゃあもう少ししたら田淵くんと交代で料理運びやってみましょう!」


「分かりました。」


「すみませーん。」


「はーい!今行きます!」


真木咲さんは呼ばれてすぐにお客さんの元へ向かった。

楽しそうに生き生きと接客をしている姿を見るとなんだかすごいなと改めて思う。

俺もあんな風になれるのだろうか。


「どう?調子は。」


明希おばさんが俺の方に近寄ってきて微笑みながら今の調子を聞いてきた。


「んー、なんともいえないですけど、まずはマニュアルをちゃんと覚えたいと思います。」


「いいねえ〜!慎ちゃんは慣れてくるとめちゃくちゃで出来るようになるからおばさん楽しみ。」


「、、、期待はあんまりしないでください。」


多分何回かやれば慣れてはくるんだろうけど、それまでが大変だ。

夏休みの間だけということにもなっているしなんとか頑張っていこう。



* * *



「じゃ、大和くん。これ5番テーブルにお願いします!」


「わ、分かりました。」


田淵くんと交代し今は俺が料理を出す方にまわっている。

渡されたのはウインナーやピーマン、玉ねぎなど具沢山の綺麗なオレンジ色をしたナポリタンとミルクがついているアイスティー。

食べたら口のまわりにソースがべったりとつきそうなくらいパスタにソースがよく絡んでいてとても美味しそうだ。


それらを注意深くお客さんのテーブルまで持っていく。


「、、、お待たせいたしました。ナポリタンと、お飲み物のセットになります。ご注文は、以上でよろしいでしょうか?  あ、はい。では、ごゆっくりどうぞ。失礼いたします。」


なかなかいい感じにできたんじゃないかと自分で思いながら真木咲さんの方へと戻ると、


「大和くんよかったですよ!」


「そ、そうですかね。」


「少し笑顔と動きがぎこちなかったのも初々しくていい愛嬌が出てました!」


これは褒めてくれようとしているんだろうな。多分。


「二人とも私が最初に入った時よりもしっかりできていて、なんか焦りを感じます。」


「いやいやまだまだ全然真木咲さんには追いつけませんよ。」


「簡単に追いついてもらっちゃ困ります!私だってたくさん努力してやっとここまできたんですから!、、、まあ私も先輩にはまだまだ追いつけませんが、、、。」


ほっぺを膨らませたりしょんぼりしたり、動作と表情が忙しい人だな。


「真木咲さんの先輩だってたくさん努力したんですから、真木咲さんも簡単には追いつけないのは当たり前なんじゃないですか?」


「、、、大和くん、慰めてるんですか?それは。」


「あ、すみません。なんとなくそう思っただけで、、、。」


「後輩に慰められるなんて本当にまだまだですね。でも、それならもう先には成長しかないですもんね!一緒に頑張って成長していきましょう!」


弾けるような笑顔で真木咲さんはそう言った。

少なからずお客さんの中にこの人の前向きな笑顔を見て安心したり元気をもらったりして、また来ようと思ってくれる人がいるんだろうなと感じた。


「田淵くんも聞こえてましたか?」


「まあ。なんとなくは。」


レジにいる田淵くんも返事をする。


「田淵くんも一緒に頑張りましょうね!、、、あ!」


真木咲さんはコップの水が少なくなっているお客さんのもとへ行き、丁寧にお水を注いでいる。


俺もあの人みたいにここでやるべきことをしっかり覚えて成長していけるようになれるのだろうか。


いや、なりたい。ならないといけないんだ。


俺にはその少しの成長でも、上司や同期そしてお客さんよりも見てもらいたい人がいるのだから。

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