第26話 伝えたかった言葉
友達と駅で別れ、いつものバス停に行きバスが来るのを携帯の画面を見ながら待っていた。
見ているのは、昨日喧嘩みたいな感じになってしまった慎くんとのラインのトーク画面だ。
普通に何事もなかったかのように「明後日何時集合にする?」とメッセージを送るのは何か違う気がする。
ごちゃごちゃ謝るのは、なんか、、うざいだろうか。
こうしている間にも慎くんは一人で悩んでいるのではないかと少しだけ不安になる。
また前みたいに泣いているのではないか、、いや、それはちょっと考えすぎか。
ここまで考えるのは流石に自惚れすぎている気がする。
とは言え、不安にさせていることには変わりない。
、、、、、もし泣いていたら、、、。
私は慎くんの涙をあの時まで見たことがなかった。
中学生の時、圭介と慎くんと一緒に映画を見に行ったことがある。
その映画の内容は今はもううろ覚えだが、切なくて苦しくてでも優しさと温かさを感じてとても深く心に刺さった記憶はある。
圭介と私はこれ以上ないくらい号泣していた。
隣に座っている慎くんを見てみると、感動しているような顔はしていたが涙を流してはいなかった。
小学生の頃から近くで見てきたが慎くんが泣いたところは一度も見たことがなかった。
悔しいことがあっても、怖いことがあっても、痛いことがあっても、
部活、受験、卒業、どんなことがあっても、見たことはなかった。
余程のことが無い限り慎くんは泣かないのかもしれないと思っていた。
いつか見ることがあったなら、それは慎くんにとってとてつもなく重くて大きなことだと思うから、私はその時寄り添うくらいのことはしたいなと思っていた。
そして私は初めて彼の涙を見た。
いつも放課後に使っている美術室で、俯きながらポロポロと涙を流している彼を見た時、思わずそばに駆け寄ろうとした。
でもその時の彼の言葉を聞いて足が止まってしまった。
「、、、、忘れたい、もうこんな気持ち早く消えてくれよ、、、。早く、、早く、、、、俺を見てくれよ。
なんで、なんで俺は、、、、好きなんだよ、、、、。陽心、、、、。」
彼は私の名前を呼んで泣いていたのだ。
余程のことが無い限り泣かないのかもしれないと思っていた彼は、私のことを好きだという気持ちで泣いていた。
何が寄り添うくらいのことはしたいだ。
彼を傷つけて泣かせてしまっているのは私だった。
そんなやつが寄り添うことなんて出来る訳が無い。
泣いている彼に手を差し伸べることも出来ない。
その時彼の気持ちを感じながら私は美術室の廊下側の壁に寄りかかり座り込んで泣いていた。
泣くことしかできない自分に腹が立ってしょうがなかった。
あんなに近くにいたのに彼の苦しみに気づくことも出来なかった。
彼に一言好きだって言えば良いのかもしれないと思ったけれど、それは絶対にしてはいけないことだ。
彼に恋愛感情を抱いていない私がそう言ったとしても慎くんには絶対分かってしまう。それが嘘だということを。
それにそんなことを言うこと自体、彼に対して失礼だ。
そう思った私は間違った選択をしてもっと、彼を傷つけてしまった。
だからもう二度とあんな間違いはしたくない。
でも私はまた、、、
携帯から目を離し、空を見上げる。少しの雲と青い空、そして眩しい太陽の光。
それを見ながら、昨日言われたことを思いだす。
『お前見てたら俺と出かけるの楽しみじゃなさそうに思えたから。』
『陽心が嫌なら行かない方がいいし。』
そう慎くんに言われた時、すごく楽しみにしていた自分の気持ちを全部否定された気がして少しだけ腹が立った。
私は楽しみにしていたのに、どうしてそんなことを言うのか。
嫌なんて一言も言っていないのにどうしてそんな、辛そうな顔をしているのか。
そしてその後いろいろ言い合ってしまった。
「はーーーー。」
もう考えるのはこれくらいにして早く慎くんに明後日のことを送らないと。
無難に普通に。
【昨日はいろいろ言ってごめんね。慎くんが良ければ日曜予定通り出かけたいんだけど、どうかな?】
と送ると同時に慎くんからもメッセージがきた。
そのメッセージを見ると日曜に出かける気持ちは変わっていないことが分かった。
それを見てとても安心した。
すると次に電話をかけて良いかというメッセージが来た。
ちょうど良くいつものバスが来たが、バスに乗ることよりも早く慎くんと話したいという気持ちが前にきていたのでそのバスは見送ることにした。
電話で話していると慎くんは、これだけは分かっていて欲しいと自分の気持ちをちゃんと話してくれた。
《俺、陽心と出かけるのが嫌になったからああ言ったわけじゃないんだ。陽心と、、、2人で出かけたいってあの時も今もずっと思ってる。それだけは覚えておいて欲しい。》
それは分かっていた。行くのが嫌になったからあんなことを言ったわけじゃないって、そんなの分かってる。
でも慎くんの言葉で声で気持ちをちゃんと聞けたのは嬉しかった。
それくらい私は慎くんと出かけることを楽しみにしていたんだ。
二人で出かけようと言われた時、何だかすごく心がむず痒く恥ずかしい気持ちになっていた。
慎くんが私を意識していることを改めて実感できた時だったから。
その時私は断るつもりは全くなく、逆に慎くんと二人で出かけるのはどんな感じなんだろうとワクワクして楽しみだなと思っていた。
答えようとした瞬間、慎くんに腕を掴まれびっくりして慎くんの顔を見た時、とても真剣な表情で「断らないでくれ。」と言って私を見ていた。
その表情は今まで見てきた慎くんではないみたいな、なんて言ったら良いかわからないけれど、私はあの時すごく緊張してしまっていた。
その間目をそらすことができなかった。
緊張を落ち着かせようと思い一度目を逸らして落ち着かせてから、返事をすることができた。
あの時いつもの慎くんではないような彼を見てびっくりして緊張して、自分の気持ちを素直に言うことができなかった。
だから今度はちゃんと伝えないと。
慎くんが自分の気持ちを言ってくれたみたいに私も、
「あ、慎くん。あのさ、、、明後日、すごく楽しみにしてるね。」
日曜出かける前にこれだけは言いたかった。
ちゃんと慎くんにこれだけは、分かっていて欲しかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます