第8話 今までのこと、これからのこと



***


自分から逃げたのに、


追いつかないで欲しいと思ったのに、


発車しますとアナウンスが流れたとき


まだ扉が閉まらないで欲しいと願ってしまっていた。


***




陽心は何も喋らず窓の外を見ている。


勢いで陽心を追ってバスに乗り込んで隣に座ってしまったけど、、、大丈夫だろうか。


今思うと必死な形相で追いかけてくる男って単純に怖くないか。


いや弱気になったら負けだ。


絶対本当のことを聞きだしてやる。


「、、、」


どうする。まず何から言えば、、


あの時どうして俺を避けたのか。


直球すぎるか?


最初は陽心に何かあったのかを聞くべきか?


「、、、」


こうしている間にもバスは進み、お互いいつも降りるバス停に近づきつつある。


このままじゃまた陽心に逃げられる。


「、、、慎くん」


「、、!なんだ?」


ずっと無言のまま窓の外を見ていた陽心が俺の顔を見て名前を呼んできた。


まさかここで降りるなんていい出すんじゃ、、


「、、そんな身構えた顔しなくても、もう逃げたりしないよ。」


「そ、そうか。」


「ちゃんと言う。だからちゃんと慎くんも聞いてくれる?」


「そんなの当たり前だろ。ちゃんと聞く。」


「よかった。じゃあ海行こっか。」


陽心は柔らかい笑顔でそう言った。


「ああ、そうだな。、、、海?」



***



「うわ〜!綺麗!やっぱいいね!めっちゃ夏って感じ!」


「そうだな。」


いつもは駅のバス停からバスに乗るからあまりよく分かっていなかったが、俺たちが乗っていたバスは家の方を通り越して終点の海に行き着くようになっていた。


今はその終点の海に来ている。


空が青と黄色、オレンジに染まっていてそれが綺麗に海に映し出されていて見入ってしまう。


陽心とこの海に来るのは久しぶりだ。


小学生の頃はよく、、いや思い出に浸ってる場合じゃない。


陽心はもう逃げないって言ってたけどもしかしたらここに連れてきて誤魔化す気かもしれない。


信用してないわけじゃないんだけど、ここで逃がしたらもう後がないかもしれないから。


「陽心」


「ん?」


「こんなとこに来たって今度は絶対逃がさないからな。」


俺は真剣に陽心の顔を見て横に手を広げてそう言った。


「はは!何その手!笑 ここから通さないみたいな感じ?」


「あ、ああ。そうだ。」


「大丈夫だって!もう絶対逃げたりしないよ。ゆっくり話したいからここに来たんだ。あ!ねえねえここに座ろ。」


陽心は俺に手招きしつつ明るく笑って軽い足取りで砂浜に近い石段に座った。


陽心がこんなに明るく俺に笑いかけてくるなんて何年ぶりだろう。


単純に、


うれしい。


陽心が座っている隣に座り、横目で少し陽心の様子を伺おうとした時、不意に目が合ってしまった。


見てるとは思わなかったので驚き恥ずかしくなって、海の方に目をそらした。


外は暑いが少しひんやりとした海風が気持ちいい。


海のさざ波の音だけが2人の沈黙の中で流れている。


少しの間沈黙は続いたがすごく居心地はよかった。


「、、、、、今までごめんね。」


沈黙を破ったのは陽心からだった。


「、、、。」


「嫌なこと言ったり避けたり、、、本当に、、ごめんね。」


「、、、、どうしてあんなこと言ったんだ?」


陽心は俯いて膝に置いていた手をぎゅっと握りしめていた。


「慎くんが、、泣いてるのを見て、、、」


「え?」


俺が、泣いてた?


「慎くんから告白されて私は、振って、、でも慎くんはいつもと変わらずにいてくれた。」


「ああ。」


「それにすごく安心して私もこのままでいいんだって思ったんだ。でも、それが慎くんには辛かったんだよね。」


「え、、なんで、、、。」


「放課後に慎くんに用があって帰りに美術室に寄った時があったんだ。」


あ、、、


「その時」


「あーあの、すみません、、それ以上はちょっと恥ずかしいので、、。」


「、、、その時の慎くんを見たとき、自分が慎くんを傷つけていたことに気づいたんだ。」



あの日の前日、俺は学校で陽心を見かけて話しかけようとしたとき、その隣に男子生徒がいて陽心と楽しそうに話していた。


誰が見てもごく普通の仲のいい友達にしか見えなかったと思う。


でもあの時の俺はすごく怖くなったんだ。


普通のことだと言い聞かせてあの光景を早く忘れようと思った。


次の日、美術部は休みだったけど俺は美術部で出された課題を少しやっていこうとひとり美術室に残っていた。


そのときふと昨日のことを思い出した。


大丈夫。陽心とあの人は別にただの友達だ。


そんな不安になることなんてない。


、、、、、




、、、、今はそうでもいつか陽心に好きな人ができたら。





そんな考えがよぎり怖さが増した。



俺は今のまま友達のままでそばにいられれば、笑っていられればそれでいいって思っていたじゃないか。


彼氏にならなくなって、陽心に振り向いてもらえなくたって、友達としてそばにいることができる。それで十分じゃないか。


そう思っていたのに、、、。




陽心といるとき楽しいと思うと同時に、もやがかった気持ちが少しずつ俺の中に生まれていた。


そんなこと気にする必要ない。


すぐこんな気持ちは消えると思っていたから。




でも今になって欲が増しているのに気づいた。



いつか陽心に好きな人ができてその人も陽心を好きになって、、




嫌だ。



誰かに取られるなんて嫌だ。



陽心が誰かを好きになったらどうしよう。



このまま俺は友達のままでいるのか?



このままでなんていられないんじゃないのか?



でもそんなこと言って陽心を困らせて嫌がられるよりはずっとこのままの方が、、、



でも俺は、好きで、好きで



どうしたらいい?



そんな気持ちでいっぱいになった途端思わず涙を流していたことがわかった。


「うわ、、、なんだよこれ笑。うそだろ。」


涙は自分の意思に反して


「まじかよ、なんなんだよ。、、、、。」


ただただ溢れるばかりだった。


「、、、、忘れたい、もうこんな気持ち早く消えてくれよ、、、。早く、、早く、、、、俺を見てくれよ。」


早く消えて欲しいという気持ちと、どうか実ってくれたらという気持ちが交錯してもう訳が分からなくなっていた。


「なんで、なんで俺は、、、、好きなんだよ、、、、。陽心、、、、。」



誰もいない美術室だから気づかれていないと思ったけどまさか本人に見られていたとは思わなかった。


今じゃ考えられないほど女々しくて若くて恥ずかしすぎる。


それくらいあの頃は余裕がなかったんだろう。



「別にお前のせいじゃないだろ。俺が勝手に感情的になって、あんな恥ずかしいことを、、、うーわ、恥ずかしい。」


「私が安易に前と変わらず仲良くなんて言ったから。それで」


「俺がそうして欲しかったんだからいいんだよ。」


「でも!慎くんは時々少しだけ辛そうな顔してた。それに気づいてたのに私はどうしてかなんて深く考えないで、、、、。もっと私が一線引いていればそんな気持ちにさせることなんてなかった。だから精一杯嫌われるようにあんなことを言って遠ざけて、、」


「、、、。」


「慎くんはいつの間にか私を嫌いになってた。寂しかったけどそれでいいと思ったんだ。慎くんがまた泣くことがないなら。」


「、、、。」


「でもあの暑い土曜日、家までおんぶされたとき慎くんの優しさを感じて、昔みたいな居心地の良さとか安心感とかを思い出して嬉しくなった。それで普通に家に入れて食事なんかもして。」


「あの時は、前みたいに戻れた気がして、、、、俺も嬉しかったよ。」


「、、、その日寝てたとき聞こえた慎くんのあの言葉で、まだ私のことを好きなのかもしれないって思った。」


「!あの時起きてたのか?!寝たふりだったのか!?、、、嫌な女だな。」


「ちがうよ!まだ頭は全然起きてなくて!でも慎くんの声は聞こえたんだ。夢か現実か分からなかったけど。」


「〜〜〜」


あんなくっそ恥ずかしいことを聞かれていたなんてもう最悪すぎる。


前も今も恥ずかしいことばかり見られたり聞かれたりしているような気がする。


「さっき慎くんにどうして届けようとしてくれたのか聞いた時普通の答えだったから、あの時のは聞き間違いだったのかと思ったけど、、、そうじゃなかった。」


「、、、ああ。」


俺が思わず陽心の名前を読んでまた一緒にいたいと言おうとしている時に陽心は気づいたんだろうな。俺がまだ陽心を好きなことを。


「本当は、ずっと、、、ずっと、、、」


少し陽心の声が震えているのを感じ、ふと顔を見てみると目に涙を溜めて話をしていた。


「私あの時、早くどうして避けたのか本当のことをちゃんと話してまた慎くんと前みたいに戻りたいって思った。」


「じゃあなんで!」


「また前みたいに戻ったら!、、、、前みたいに戻ったらまた慎くんは辛い思いをする、、、そう考えたらまたあんなこと言ってた。」


「、、、。」




分かってない。




「遠ざけようと思って言ったのは自分なのに、面と向かって大嫌いはやっぱり辛くて寂しくなってそこにいるのがいやになって逃げた。」




本当に




「ごめんなさい。」



「本当にお前は俺のことを分かってない。」



「え?」




分かってないお前にもう全部言ってやる。


俺の気持ちを。全部。




「俺のことを気遣ってなんだろうけど、あんな避け方してどれだけ俺が傷ついたか分かるか。」



「、、、。」



「いつになっても恋が実らない虚しさで辛かったこともあった。でもそれよりも何よりも陽心と話せないこととか笑ったり一緒に歩けないことの方が辛かったんだよ俺は!」



「っ、、」



「そんなことも分からないのかよ。何年も一緒にいて。」



「、、、ご、ごめ、ん、、」



陽心はもう耐えられずボロボロと涙を流している。



そんなので許してなんかやらない。



「俺は、、俺はずっとお前が、陽心が好きなんだよ!」



両手で陽心の肩を掴んで俺はそう言い放った。


「、、、じ、自分でもおかしいくらいお前に惚れてて、、だから、俺とまた普通に喋ってくれよ。」


「でも、、でも私は慎くんを傷つけたんだよ!そんな人のことどうしてまだ好きなの?早く忘れればいいのに!」


「そんなの俺が聞きてえよ!忘れたくても忘れられなかった。お前の良いとこも嫌なとこもいっぱい覚えたままで、、。でもお前のこと嫌いになったよ。嫌いになったけど、、、それ以上にお前が好きなんだよ。」


俺は思っていることを全部陽心にぶつけた。

真っ直ぐ見つめていた陽心の目からは今も大粒の涙が溢れ出している。


「俺はお前とまた話したり笑ったり、一緒にいたいんだ。近くでまたお前のいろんな表情が見たい。」


「でも、でも、、そしたら、また、、、慎くん1人で泣く」


「もう泣かねえよ!恥ずかしい話をぶり返すな。、、、それにもう泣くほど余裕がないわけじゃない。お前の今の気持ちを知れたから。」


「で、でも、、私はまだ慎くんのこと、、」


「分かってる。だから今から俺をそういう目で見て考えろ。考えて考えて、それから教えてほしい、お前の気持ちを。」


「そういう目で、、、。」


「お前俺を男として見たことなかっただろ。」


「あ、、、うん。だって、弟の友達だし、私も親友だってずっと思ってたから、、、。」


はっきり言われてしまい、結構ぐさっと来たがここで怯むわけにはいかない。


「昔は陽心が俺を異性として好きじゃなくても一緒にいられるなら嬉しいし楽しいしそれで良いって思ってたけど、今はもうそれじゃダメなんだ。」


陽心は俺の言葉を聞きながらまだ涙を流している。



「だから、考えて欲しい。」



そう言うと陽心は涙を拭って大きく頷いた。


「慎くん、私を好きでいてくれてありがとう。」


「それは礼を言われても、、ただ本能に従っただけというか、、。」


「これからちゃんと考える。たくさん考えて、答えを出すね。」



「、、、忘れんなよ。」



「忘れない。絶対忘れないよ、、。ごめ、ね、慎く、、今まで、、ごめん、なさい、、」



「もう分かったから。ほらそんなに泣くなよ。」



「ごめ、、ごめんね、、嫌なこと言ったりして、ごめ、、、」



「、、、俺もごめんな。聞くの諦めて離れていって。」



「そん、なの、いいんだよ。私が、私が、わるくて、、ごめん、、ごめんね。」



もう陽心の顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


ごめんと何回も言って今も涙が止まらないでいる。


今まで溜め込んでいた気持ちが一気に溢れてきてしまったのだろう。


夕日の光が涙に反射してキラキラと頬を伝うのがとても綺麗で、なんだかすごく愛おしい気持ちになる。


こんなに泣いて、たくさん俺のことを考えてくれてたなんて思わなかった。


はっきり言って陽心が避けていた理由を聞いた時、それだけかと思って拍子抜けした。


もっととてつもない理由があるからなんだと思っていたから。


でもそれは陽心にとってはとても重大なことで、考え込んでしまうくらい大きな出来事だったのだとこの泣いている姿を見ると分かる。


それくらい俺のことを大事に思っていてくれたのだ。



これからどうなるか分からないけど自分なりになんか、まあ、こういろいろやって、陽心を振り向かせられたらいいと思う。


今はそれを目指していく。


俺の陽心を好きな気持ちが変えられないんだったら、陽心のこの恋だの愛だの考えない気持ちを変えればいい。


俺が変えてみたい。


それくらい好きだから。





* * *




「うわ、、すごい目腫れてる、、、」


家の洗面台の鏡に映っている自分の目を見てそう呟いた。


涙を流して拭ってを繰り返してこんなに腫れてしまったんだろう。


気持ち的にはスッキリしたがこの腫れ具合はやばい。


「明日までに腫れ引くかな、、、」




慎くんに、「ずっと好きなんだよ」とか「これから俺のこと考えてほしい」って言われたとき、


すごく胸の奥が熱くなった。


驚きと嬉しさが入り混じった変な感覚で。


でも多分この気持ちは感情が昂っていて


きっと一時的なものだから、


衝動的に思ったことを伝えるんじゃなくて、


しっかり考えて、慎くんと向き合って出した答えを


いつか伝えたいと思うんだ。



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