第7話 好きな人のこと

「戻って来ないか。」


そろそろ19時になる。

待っている間にやっていた今日の課題と筆記用具をしまい再び帰る準備をする。


そのとき美術室に向かってくるような足音が聞こえた。


「は〜、やっぱりここに忘れたのかなーーー、、、、え、慎くん、、」


足音はやはり陽心のものだった。


「なんだ戻ってきたのか。」


平常心を装って俺はそう呟いた。


「、、、まだ残ってたんだ。」


「あ、ああ。やることあってさ。もう帰るんだけど。、、、あとこれ忘れてっただろ。」


立ち上がりファイルと携帯を陽心に渡そうと手に取った。


「持って帰って渡そうと思ったけど、入れ違いにならなくてよかった。」


「、、、待ってたの?」


「いや、、、待ってないよ。」


さすがに待ってたとは言いにくい。来るまで少し待ってたなんて言ったら引かれかねないからな。


「、、、そっか。ありがとね預かってくれて。」


「、、届けられてよかったよ。」


俺は自分の中でもしかしたらと考えていた、一緒に帰るということが現実になって静かに喜びを感じていた。


「、、、ねえ、慎くん。」


「ん?」


陽心はどことなく複雑そうな顔をしていて今の陽心に少し違和感を感じた。


「どうしてこれ届けようとしてくれたの?」


「それは、、、まあ、、家近いし俺が持っていけば済む話だから。陽心にとっても学校に置いとくよりはいいだろ。」


意外な質問がきて少し戸惑ったが、普通にそれとなく答えた。


「確かに。そうだね。」


なんでそんなことを聞いてきたのだろうか。


(あのさ、そろそろ姉ちゃんとちゃんと話してみたら?)


自分の頭の中に圭介に言われた言葉が浮かんでくる。


俺が今ここで正直な気持ちを言ってちゃんと話をしたら、陽心はまた俺と普通に話してくれるかもしれない。


もしかしたら陽心も本当は普通に戻りたくてこんなことを聞いてきたのかもしれない。


「、、、陽心!」


そういう希望が浮かんで、俺は思わず名前を呼んでいた。


「どうしたの?」


「あの、、、俺、本当は、、」


「、、、。」


陽心は黙ったまま俺を見ている。


また一緒にいたいと陽心に言いたい。でもそれを言ってまたこじれたらという思いも残っていて、俺はなかなか口に出せずにいた。


「えっと、、、その、、、、。」



「、、、、嫌だって、面倒だって言ったよね。」



「え、、、」



「私は慎くんと必要以上に関わりたくないし、優しくされたり助けられたりするのも正直迷惑。」



「、、、」



「本当はこうやって2人で話すのも嫌だし、、、」



「、、、」




ああ。


俺は浮かれていたんだ。


久しぶりに陽心の家に行って一緒にご飯を食べられたことに。


家で過ごして陽心の優しさを少し感じられたことに。


美術室の隅の教室が園芸部の部室になって放課後はいつも顔を合わせられるということに。


圭介の言葉で陽心とまた、なんて簡単に希望を持ち始めて、


俺はただ1人で舞い上がって馬鹿みたいに期待していたんだ。



陽心は俺のことが嫌いなのに。



ほんと馬鹿みたいだ。



気持ち悪い。



もう嫌だ。



「こんな風に思ってる人のことなんて考えないで、慎くんにはもっと、、自分のことを考えた方が良いと思うから



「何自惚れてんだよ。」



「え?」



「俺がお前のことまだ好きだとでも思ってんのか。そんなわけねーだろ。」



嫌いなんだよ。



「、、、」



「だいたい優しくされたり助けられたりってお前がただそう思ってるだけだろ。俺は普通のことをしてるだけだ。相手がお前じゃなくてもな。」



嫌い。



「、、、」



「それに必要以上に関わりたくない?そんなの俺だって同じだよ。お前となんて一緒にいたくもないし話したくもない。」



俺は感情的になって一方的に言葉を言い放っていた。



「、、、じゃあ、私のこと嫌い?」



そんなの、、



「ああ。お前のことなんて大っ嫌いだよ!」



吐き出した言葉が美術室に響き渡る。


その言葉に陽心からはなんの反応もない。


陽心の顔をずっと見れずにいたが恐る恐る顔を見る。



「、、、、、そうだよね。、、よかった。」



少しの沈黙が流れたあと陽心はそう呟いた。


寂しそうな笑みを浮かべて。



「、、陽心」


なんで


「、、、、じゃあ、これありがとね。バイバイ。」


「あ、、おい!」


陽心はこの話を続けようとはせず足早に美術室を出ていった。



なんでそんな顔するんだよ。



意味がわからない。



俺のこと嫌いなんだろ。



もっと清々した顔しろよ。



なんで、、、



『うん、ありがとね慎くん。』


あの暑い日に家までおんぶをしたあと、陽心は笑顔で俺にそう言った。


その顔は嫌いなやつに向けるにはとても可愛すぎて、俺は何も言えなかった。



陽心は頑固で図々しくて横暴で、でも優しくて頼り甲斐があって可愛くて。


一緒にいるとすごく嬉しくて、すごく楽しくて、自然と自分の心が溶けていくような変な感覚があった。


本人には恥ずかしくて言えなかったけれど、あたたかくて素敵な人だなと思っていた。


そんな陽心がいきなり人を拒絶するなんて、思えなかったから何度も何度もどうしてなのかを聞いた。


なんの理由もなくそんなことをするなんて、考えられなかったから。


そう思ってたはずなのに俺は、、



「くそ!」



急いで陽心の後を追いかけようと美術室を出た。



本当はこのままなんて嫌だ。


もっと陽心と話したり、笑ったり、そばにいたい。


どうしてあんなことを言ったのか、本当のことを聞きたい。


もう俺といるのが嫌だからって簡単な理由を受け入れることなんてできない。


陽心を見ていれば分かることなのに、自分が嫌われたことに苛立って、怖くて、悲しくて、辛くて、


いつしか本当の理由を聞くのを諦めて見ようとしないで俺も拒絶した。


陽心のいろんな部分を知って好きになったのに、分かってたはずなのに、


なんで俺はまた...!



「陽心!」


「!」


少し前に陽心の姿を見つけ呼び止めようと名前を呼んだ。


それに気づいた陽心はまた急いで逃げていく。


「おい!待てって!」


走る陽心を全力で追いかけていった。


校舎を出た陽心は学校近くのバス停に停まっていたバスに素早く乗り込む。


もうすぐバスが発車するというアナウンスが流れている。


間に合え!!


ほぼ全速力で走って俺もあとを追ってバスに乗り込んだ。


[発車します]


俺がバスに乗り込んでから少ししてドアが閉まった。


「はあはあ、はあーー」


マジでギリギリ、、、全力疾走すぎてしぬかっと思った、、、


窓際にしれっと座っている陽心の隣に座る。


「、、、」


陽心は黙ったまま俺を見ようとしない。


「もう、逃げるのなしだからな。」


「、、、分かってるよ。」


まあ俺が通路側だからそう簡単には逃げられないんだけど。


バスは俺と陽心、あと何人かの生徒たちを乗せていつも通りの道を走っていった。

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