第6話 45分間の期待


「下山田のあの直球さすごいよな〜」


「なんだ、お前聞いてたのか。」


「そりゃ隣にいるんだから普通に聞こえるでしょ。」


そうだ。圭介が隣にいたんだった。

下山田との会話を聞いてたんなら遮ってそれとなく誤魔化して欲しかった。


「じゃあなんか言ってくれよ。あの圧力に耐えるの必死だったぞ。」


「、、、あのことで俺は何も言えないよ。」


「え?」


圭介は少し困った顔をして俺にそう呟いた。


「俺が姉ちゃんの弟で慎の友達だからって姉ちゃんと慎の関係をどうこう言う権利はないし、それに俺が誤魔化したところで下山田の追求は止まらないよ笑」


「それもまたどうにかして


「それに下山田には誤魔化せても、慎の中で姉ちゃんに対する気持ちは固まってるでしょ笑」


「は?いや、俺は、陽心のことは


「あのさ、そろそろ姉ちゃんとちゃんと話してみたら?」


圭介はいつになく真剣な表情をしている。

その顔は心配とか励ましとかではなく、なんというか、そのことについて話すべきだと言われているような気がした。


「、、、俺は、何度も話そうとした。何で素っ気ないのか、避けてるのか、聞いたのに陽心は何も言ってくれなかった。それでどうすればいいんだよ。」


「前は聞いたけど今は聞いてないだろ?」


「今聞いたって同じだよ。あいつの態度は変わらない。だから俺はもうそれを受けいれてるんだ。」


「は〜その気持ち悪い感情をずっと抱えていく気かよ。」


「おい。気持ち悪いはないだろ。」


たしかにずっと陽心を思って何年になるんだってくらいだけどさ。


「ちがうちがう!何でなのかとかそういうモヤモヤした気持ち悪い感情を背負ったまま好きでいるのかってこと!」 


「ああ、そっちか。」


「まあいいけどさ。慎が決めることだし。そういうことだから俺はその件に関しては一切口出しできないし対応もできないから自分でなんとかしろよ!」


「、、、そうだな。」


「じゃあ帰るか!、、、あ!やば」


圭介は帰る支度を終えて鞄を閉めようとしたときその中の何かを見つけて青ざめている。


「補習課題のプリント部活前に出し忘れてた、、、職員室行ってくる、、先帰っててー!」


「お、お〜じゃあなー」


そう言ってすごい勢いで美術室を出て行った。


まあ怖いからな、あの補修の先生。応援してるぞ圭介。



ちゃんと話してみたらか。


話したらどうにかなるのだろうか。


いや、話したところで何も変わらない。


もしそのことについて陽心にまたしつこく聞いたら今よりももっと関係が悪くなるかもしれない。


嫌いになるのも嫌われるのも


もうこれ以上無理だ。


このままでいい。




「あ!大和くん!万里くん知らない?」


支度を終え美術室から出ようとしたとき大山先生が声をかけてきた。


「圭介は補修課題のプリントを出し忘れてたみたいで職員室に行きました。どうかしたんですか?」


「それがね、園芸部の子たちが帰ったから部屋を閉めようとしたんだけど、机の下に忘れ物があってね。」


先生が手にしているのは陽心の携帯とクリアファイルだった。


「ファイルに入ってるプリントの名前を見たら万里くんのお姉さんのだって分かったの。携帯も多分そうだから万里くんに持って帰ってもらおうと思って。」


「なるほど。」


「万里くんここに戻って来ないよね?」


「荷物とか持って出てったから多分ここにはもどってこないと思います。」


「だよね〜しょうがない明日万里さんに渡すしかないか。万里さんこれ今日使う予定じゃないといいけど。」


「、、、、、あ、じゃあ」


やめろ


「俺が」


やめろ、言うな


「預かりましょうか?圭介の家近所だから持っていけますよ。」


、、、


「あら!そうなの?じゃあ頼んじゃおうかしら!万里さんもその方が助かるだろうし!」


「そうですね。あ、少しここにいてもいいですか?もしかしたら本人が取りに来るかもしれないし。」


「大丈夫よ!ありがとうね大和くん!じゃあよろしくね!」


先生からクリアファイルと携帯を預かり美術室を出る先生を見送って、もともと座っていた場所に戻りまた腰をかけた。


「はーーーー、何やってんだ。」


ほんと、こういうとこだよ俺。


何してんの。


これを預かってどうする。


陽心に届けて俺は何がしたいんだろう。


まあ家が近いし持って行くくらいなら全く問題ない。

先生のところに置いていくよりは俺が持ち帰って渡した方が陽心にとってもいいことだろう。


それだけならよかった。


ただの親切心だけならよかったんだ。


でも明らかに違う。


俺は本当にどうしたいんだ。



時計を見ると18時15分になっていた。陽心が途中で気づいて戻ってくるかは分からないけど19時くらいまでは待つことにした。


俺は待っている間考えていた。


もし陽心が戻ってきたら忘れたものを渡して、嫌々ながらも陽心は一緒に帰ってくれるだろうことを。


陽心が戻って来なくても家に持っていったら陽心が出てきて玄関で少し話せるだろうことを。まあもうすでに帰ったかもしれない圭介が出てきたらそこで終了なんだけど。


期待しか膨らんでいない自分がどうしようもない馬鹿なのは分かっているが今日はもうそれでいい。


関われることが何より嬉しいことを自分の中では隠すことはできないのだから。

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