第3話 溢れた想い


「お邪魔します」


陽心の家に入ると冷房のひんやりとした心地よい空気が、炎天下の中歩いて熱が籠った体を包み込んでくれる。


「うあ〜〜生き返るーーー」


陽心はワンピースの胸元をパタパタさせてひんやりした空気をその中に取り込んでいる。


「お茶でいい?」


「ああ」


キッチンに行き冷蔵庫を開けお茶を取り出しコップに自分の分と俺の分のお茶を注いでくれている。


こういう姿を見るとよく一緒に遊んでいた頃を思い出す。


「はい」


「ありがとう」


相当喉が乾いてたらしく2人してお茶を一気に飲みほした。


「ふ〜〜、あ、冷やしたいものあったら冷蔵庫使っていいから。」


「ああ、わかった。」


「あとコップかして。」


陽心は俺からコップを受け取りまたお茶を注いでくれている。


「はい。」


「、、ありがとう。」


「じゃ圭介起こしてくる。」


陽心は圭介を起こしに二階に上がっていった。


結構気まずくなるのかと思っていたが圭介もいるし何よりこの家に懐かしさを感じそれほど居心地の悪いものではないことに気付いた。


「どうなるかと思ったけど普通に過ごせそうだ。」


少しの懐かしさに浸っていると二階から降りてくる足音が聞こえた。


「わ!ほんとに慎がいる!家に来るなんて久々じゃん!」


「まあ、そうだな。」


圭介が一階に降りて来て早々俺を見て驚いて笑っている。

万里圭介、陽心の一個下の弟で俺とは同い年で小中高一緒の幼なじみ。

高校ではクラスも部活も同じだ。

陽心とは疎遠になっていたが圭介とは今でも仲良くやっている。


「今家の鍵がない状態で家に入れないんだ。だからちょっとここにいさせてもらってもいいか?」


「あったりまえじゃん!全然いいよ!でも姉ちゃんがあげるなんて意外だなあ」


「ほら、もう食べよ、お腹すいた。」


陽心はキッチン近くのテーブルで買ってきたものを出して食事の準備をしている。


「うおー!俺そうめん!」


「はいはい。」


俺は圭介の隣に座り自分が買ってきたものも出す。


「あれ?2人で一緒にコンビニ行ったの?」


圭介は俺と陽心が同じ袋を持っていることに気づき質問してきた。

そういうとこ気づくんだよなあこいつ


「行き先が同じだっただけで一緒には行ってない。」


「へ〜〜」


なんだよそのニヤニヤした顔。気持ち悪いな。


「そういえば今頃母さんたち博多のうまいもの食ってんのかなあ。いいな〜〜」


この土日は圭介と陽心の親と俺の親が4人で福岡旅行に行っている。


もともと親同士の仲がよく、昔はたまにお互いの親と俺らの8人でよく旅行に行っていた。

でも俺の姉が社会人になりあまり日程を合わせることができなくなったのと、まあ、その、俺と陽心が行こうとしなかったのもあり、今は親同士の4人でよく旅行をしている。


「福岡のお土産ってなんだろ。」


「あたし明太子頼んだ」


「俺はラーメンの詰め合わせ頼んだ」


「なんか2人ともしっかり頼んでんだな。」


たわいもない会話をしながら3人で食事をするのは何年ぶりだろう。


昔のことなんて思い出したくもないのに自分がこんなに懐かしく感じるなんて意外だった。


「そうだ、コロッケとメンチカツも買ってきたんだった。」


陽心はキッチンから皿を持ってきて買ってきた惣菜をそれぞれ皿に盛り付けた。


「さすが姉ちゃん!メンチもらいまーす。」


圭介は美味しそうにメンチカツを頬張った。


「慎くんも食べる?」


そう言って陽心はコロッケを箸で半分に割っている。


「いい。それ自分に買ってきたんだろ。」


「そう言うと思った。」


するともう一枚持ってきていた皿に半分のコロッケを乗せて俺のほうに置いた。


「だから、いらな」


「あげる。」


陽心は少し微笑んでそう言った。


「、、、。」


「ソースはこれ使ってね。」


コロッケとメンチに付いてきた袋のソースを渡される。


仕方ないからそれを受け取りコロッケにかけて食べる。

それは当たり前だがコンビニに売ってる普通のコロッケの味だった。


ムカつく。


「何?」


無意識に陽心を見ていたのかそれを本人に気づかれる。


「いや、、、口についてるぞ。」


「!!、、、」


不意に嘘をついてしまったが陽心は本気にしたのか恥ずかしそうにティッシュで自分の口を拭いている。



ただの気まぐれで優しくするなよ。俺のこと嫌いなくせに。


懐かしい雰囲気で忘れそうになっていたが陽心は俺が嫌いなんだ。

いきなりあんなことを言われてから俺も嫌いになった。

何懐かしがってんだ。

これはただ雰囲気に飲まれているだけで、関係は何も変わっていない。

陽心とこんな風に食事をするのは今日で最後だろう。



そのあと陽心は自分の部屋へと戻り俺と圭介はリビングでゲームをしたり、映画を見たりしていた。

圭介と遊ぶのはいつもどおりのことだから普通に時間は過ぎていった。

お互い今日はいつもより早起きだったので眠くなってしまい気づくと寝てしまっていた。


起きるともう夕方になったのか窓から強い西日さして眩しく感じる。

立ち上がろうとすると自分にタオルケットがかけられているのに気がついた。


「これ、、」


それと同時に陽心がソファーの端に座って寝ているのに気づく。


圭介は隣の部屋の畳に寝ていて圭介の上にもタオルケットがかけられていた。


「自分にはかけてないのに」


リビングに降りてきたら俺たちが寝ていたからかけてくれたのだろうか。陽心本人もいつのまにか寝てしまっている。


俺は立ち上がり自分にかけられていたタオルケットを陽心にかけた。


気持ちよさそうに寝ている陽心を俺は立って見ていた。



イライラする。


お前を見てるとムカついてイライラして嫌になる。


俺を避け始めたのにも俺以外にはヘラヘラしてるところも


好きだと言ったことも好きになったことも後悔してる。


嫌いで嫌いで


大嫌いなんだよお前なんか。


嫌いなのに


俺は陽心の頬に手を置き優しく頬をつまんだ。


「ん、、ん〜」


陽心は顔に違和感を感じたのか少し顔を動かすが全く起きない。


つまんだ手を離しその手を陽心の手の上に置いた。エアコンで体が冷えたのか手がひんやりしている。



何家に普通にあげてんだよ。


しかも無防備に寝て、こんなことするやつが近くにいるのに。


何の下心もないと思ったのか、俺が。



イライラする



嫌いなんだよ、、なのに、、、、それなのに、



「好きだよ、陽心。」




家に来たらって言われたとき気まずくなるかもしれないと思うと同時に普通に喜んでた。


少しの間でも陽心とまた同じ空間で陽心と過ごすことができるんだって。


どうしても忘れられない。お前の眩しさを。


何度もこの気持ちを早く忘れろ、諦めろって自分に言い聞かせてた。


でもだめだった。


好きなんだよずっと、、ずっと、


避けられて苦しくて辛くて、イライラするのに、大嫌いなのに、

どんなに時間が経っても好きなんだよ、お前が。


ぎゅっと陽心の手を握り寝顔を見つめる。


「ん〜〜」


陽心は寝返りを打って俺とは逆の方を向いてしまった。


「あー、何やってんだか、、、」


自分の行動がすごく恥ずかしくなって、頭をかきながら陽心から遠ざかる。


あー俺気持ち悪い。


陽心の方をまた振り返り自分に言い聞かせるように心の中で呟いた。


お前なんか、、、、嫌いだよ。


夜になり姉が家に帰ってきたことが分かり、俺も帰宅の準備をする。


圭介が玄関まで見送ってくれた。


「今日はありがとうな。ほんと助かったよ。」


「いいよいいよ!またうち来いよ!またゲームしてダラダラしようぜ!あ、姉ちゃん呼ぼうか?」


「いや、いいよ。」


「そっか。わかった。」


「じゃあな。」


「またな!」


聞かれてたわけじゃないけど、陽心と面と向かって顔を合わせるのはなんかいつもの気まずさとは違う意味で気まずい。


あんな風に気持ちが溢れてくるなんて思わなかった。


今日だけだ、今日だけ。


明日になれば陽心と会ってもいつも通りでいられる。


今日だけは。




* * *




頬に何か違和感を感じた。


なんだろう、夢なのか現実なのか分からない。


んーー今度は手の甲に温かさを感じたような。


「好きだよ、陽心。」


その言葉ははっきりと聞こえた。慎くんの声だ。


これは夢なのかまだ頭はふわふわしたままだ。


手の甲の温かさが増したような気がした。


なんだか恥ずかしくなり寝返りを打ち横を向いた。


よくわからないまま、また眠ってしまった。


起きた時にはもう慎くんと圭介は起きていて慎くんは夕飯の準備をしてくれていた。


慎くんは夕飯を一緒に食べている時もいつもと変わらなかった。


あれは夢だったんだ。そう思った。


慎くんが帰るとき、リビングで私に今日はありがとうと言ってくれた。


私は別にいいよとしか言えなかった。


その時に見た慎くんの表情が今もまだ頭に残っている。


もどかしそうで切なそうで、何か言いたげな顔だった。


私はとっさに目を逸らしてしまった。


あれは夢だったのか、、もし夢じゃなかったら、、、



私はあのとき、、間違ってしまったのかな、、、。



「慎くん、、、。」

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