4―6

「……」

〈……〉

 私達はかれこれ三十分は無言で宇宙港の中を移動しています。それもそのはず、いま私達のそれぞれの両腕には冬眠ポッドの端があり、総重量二百キロの物を運んでいます。流石のウェンズデイもこれだけの重量の物を軽々と運べません。私と協力してようやく牛歩といった所。

 加えて、これだけ巨大で目立つ荷物を運ぶとなると目立って仕方がありません。惑星エリスの宇宙港といえば一大物産エリアである下層と、宙域中の新鋭企業がビジネスを行う上層の二重構造になっている巨大な構造物。我々はその下層にいて、上手く人ごみに紛れていますが――

「視線ってさ、思っている以上に刺さるものなんだね」

〈とりわけウェンズデイの玄武は目立ちますからね〉

 宇宙空間を漂うこと四時間。私達は運よく通りがかった民間シャトルに拾っていただけました。「宇宙空間でヒッチハイクかい?」と信じられない物を見る目つきで見られましたが、これはまぁ……当然の反応ですね。

 エリスの宇宙港は二層構造、私達を乗せてくれたシャトルは観光が目的だったので船をここ下層部に停泊する事に。サマートランスポートのIDを見せればポートからそのまま上層に移動することができたのですが――任務の内容が極秘である事、私達の行動が相手に漏れている以上正規の手段は控えた方が良い事から私達は起動エレベーターの中心に存在する中央エレベーターに向けて移動しています。

 遠回りではありますが、中央エレベーターは上層と下層に限ればフリーパスで移動できます。上層にはサマートランスポートの営業所があります。そこでマスターから頂いた極秘任務のための権限を利用して積荷に紛れたり、空いているシャトルを借りることが出来れば、あと一回のワープで任務を終えることができる。そのために私達は宇宙港下層部をひたすら歩いているのです。

「こういうのってなんて言うんだっけ……ハンドキャリー?」

 星間運送業社はサービス業とはいえ、ことロケット野郎に関して言えば宇宙港の管制官や搬入先のスタッフ等、他人との接触が限定的です。一か月の内勤の経験でお客様にもまれた経験があるとはいえ、振り返ればウェンズデイがこのように大衆の視線を集める経験は初めての事。

 入管時に武装を没収されたとはいえ、玄武の外見が物騒な事に変わりません。それにツナギを着たアンドロイドと成金趣味の冬眠ポッドが加われば目立たない方がおかしい。ウェンズデイはおびただしい視線にうんざりして、視界が良好であるにも関わらずフェイスガードをスモークにして拒絶の意を示しています。

〈合っています。花丸をあげましょう〉

「いつもより声色が適当じゃない? 花丸って私は子供じゃないんですけど」

〈長文でない、マル・バツで返答せざるを得ない質問ですから。景気よく花丸にしたつもりです。それと、私はアンドロイドなのでいわゆるいつものノリで発声しています。そう聞こえないのであれば――〉

「あーあー……分かっているって……私が悪いって言うんでしょ! 船が無くなったのも、こうして重いものを運んでいるのも、悪目立ちしているのも全部私のせい。そうでしょ」

〈……〉

 慣れない環境がウェンズデイのストレスを増大させています。別に私はウェンズデイを責めるつもりはありません。むしろあの限られた環境を脱して、ここまで無事で配達を続けられているのですから結果だけ見ればサマートランスポート開業以来の偉業と言えるでしょう。

 一方で、ウェンズデイがドンドンやけっぱちになっているのも事実。普段であればどんな環境に置かれてもマイペースであるのが彼女の凄いところなのですが……元々何かに追い詰められていたのがここにきてピークに達しています。何かがきっかけで暴走しなければいいのですが……今回ばかりは極秘任務、いや、マスターの情報隠匿が悪い方向に出ていますね。

 せめて彼女の不安を和らげる事が出来ればいいのですが。アンドロイドである私はあくまでマスターの命令の下に動きます。お世話係とはいえ、サブマスターの権限を持つ限り私はウェンズデイが嫌がる事に干渉することが出来ません。ホノールの記憶さえあれば。「余計なお世話」が出来ないことがこんなに歯痒いとは。全くマスターには任務が終わり次第彼女を目いっぱい甘やかしてもらわないと私も演算のガス抜きが出来ません。

「……あと何分?」

 嫌がる顔をしながらも会話を続けるのはやはりストレスに押しつぶされないためでしょうか。

〈このままのペースだとあと三十分ですね〉

 私もできるだけ彼女の感情を逆なでしないようにあくまで事務的に答えます。MaiDreamシリーズにはご主人様を満足させるための音声パターンが備わっていますが、今は下手に声色に媚びを乗せても駄目でしょう。ここは守りに徹します。

 しかしながら、一度任務に就けば攻めに出ざるを得ないのはレッキングシスターズの宿命なのでしょうか――

「……⁉ ジウ! 後頭部、四時の方向から狙撃!」

〈!〉

 私は慌てて首を曲げます。そして回避と同時に弾丸が貫通する音と悲鳴が。

「ジウ!」

〈了解!〉

 私達はその場で回ると前後の位置を私が前に、ウェンズデイが後ろに入れ替えて走り出します。

 相手は我々の後ろから狙撃してくるようです。であれば防御力の高い玄武を着ているウェンズデイを後衛に配置するのが合理的。現に玄武は様々な角度から狙撃を受けても傷一つつきません。

 それよりも――

「キャッ!」

「ああっ……!」

 人混みの中で狙いが定まらないために周囲に余計な被害が。攻撃を躱せている面はありますが、これはあまりいい状況であるとは言えません。

〈ジウ!〉

「分かっている! でも……」

 これ以上被害を出したくないのはウェンズデイも同じ。しかし、人気のない場所に移動するには抱えている冬眠ポッドが邪魔です。これを放棄すれば攻撃は止むのでしょうがそれは任務を放棄するのと同じ。

 唯一救いがあるとすれば、相手もまた余計な被害を出したくない一心で、狙撃の精度を上げている事でしょうか。ウェンズデイが狙われているのを見て、周囲の観光客は我々からどんどん離れていきます。それに伴い後方の視界は晴れ、相手の銃撃はウェンズデイの頭部、心臓、関節部と破壊に特化した部位に絞られていきます。

「うっ……、ぐっ、んっ……」

 けれど、玄武は無事でもウェンズデイは痛みを感じないわけではありません。撃たれるごとに彼女は悶え、足元がもつれそうに。それでもポッドを掴んでは走る姿は「意地」の一言に尽きます。

 そしてウェンズデイが頑張れば頑張るほどに、相手はそれを超える手段に出る。

〈……ウェンズデイ! 今すぐ横に避けて!〉

「!」

 ウェンズデイのあまりの頑丈さに業を煮やしたのか、相手は暗殺にはとても似つかわしくないロケットランチャーによる砲撃を行ってきやがりました! 人混みでなければ直前に感知だなんて失態を犯さなかったのに……ここはウェンズデイの野生の直感に助けられました。

 命あっての物だね。ここは流石に避けざるを得ません。ウェンズデイとて素手でミサイルをどうにかできる能力は持っていません。

〈……ッ〉

「クソが‼」

 なんの対策も取れぬまま、ロケットは冬眠ポッドめがけて命中し、爆炎をぶち上げます。

 積荷が……人間の命が目の前で……。

「――‼」

「⁉」〈⁉〉

 爆炎の中から何か影のようなものが立ち上がり、それは音を立てずに狙撃手の方向へと飛んでゆきます。ウェンズデイの野生の勘とアンドロイドのセンサーでなければ反応できないスピード。何かは人ごみの間を「なんてことない」と電光石火で駆け抜けると――相手はあんなに近い位置にいやがりましたのか⁉――相手の方と頭部を掴み、そのまま蛇口でも捻るように頭部をあらぬ方向へ。暗殺者は呻き声一つ上げずに無残な姿で息絶えました……。

 煙が晴れて全貌が明らかになります。背格好は私と同じ、天使と見まがう色白でスレンダーな少女が裸で佇んでいます。そんな彼女の右腕にはねじ切った男の頭部が滝のように鮮血を流しています。少女はそれを見てもなんとも思わないのか、まだ冷気で体にまとわりつくショッキングピンクの長髪を振り払うのと同じ要領で体に着く血を「ばっちい」と飛ばしています。

「イヤアアアアアアアアアアアァ――――‼」

 いきなりそんな場面を目撃すれば騒ぎになる事は必至。他にも「警察だ!」「逃げろ」など叫んだり、好奇心のある野次馬が逆に撮影のために寄ってきたりと状況は混乱の様相に。

「……」

 そんな周囲の反応にも関わらず少女は表情一つ変えません。奇しくもウェンズデイと同じエメラルドグリーンの瞳を見開くと瞳孔を広げては周囲の気配を探り――

「――!」

 人混みの中を再び神速で動きます。自分の行動が騒ぎを起こす事を学習したのか、今度は首を捻じるにとどめて私達を狙っていた刺客と次々と殺していきます。

「……凄い」

〈……〉

 殺人マシーンと言う言葉がぴったりとあてはまる、あまりに正確な手際にウェンズデイも私も思わず見入ってしまいました。この混乱の中で彼女は殺意だけを頼りに一撃で相手を仕留めています。

「イヤーッ! 人殺し! 人殺しよ!」

「警察だ! 警察を呼べ!」

 しかしながらここは宇宙港。正当防衛の様相を示せれば殺しもやむなしと判断されるかもしれませんが、少女の行動はあまりにもシステマチックで一方的な虐殺。傍からは一般人を虐殺しているようにしか見えません。

 警察に連れ去られては護送任務に支障が出るのはもちろん、刺客がそちらに紛れているとも限りません。このままでは……。

「ストップ!」

「⁉」

 ウェンズデイの言葉に少女の動きが止まります。交差するエメラルドグリーンの視線、少女はスモーク越しのウェンズデイの表情をまじまじと見つめ、何かを見定めようとしています。

「私達と来て! このままだと厄介なことになる!」

 ウェンズデイもまた少女に向けて「信じて!」と力強い視線を送ります。ウェンズデイは少女に向けて真っ直ぐに手を伸ばし――

「……!」

 少女は頷くとウェンズデイの手を取りました。知性ザルで鍛えられたのか、ウェンズデイの人外に対する好感度は常人のそれをはるかに上回っています。いや、あるいは……。

「ジウ! 早く逃げよう! 今ならまだ人混みに紛れることができる」

「……ええ!」

 不幸中の幸いに、邪魔なポッドが無くなったおかげで私達の行動を制限するものはありません。目覚めた少女と一緒に私達は宇宙港の人気のない場所へ。

「早く、早く!」

「……」

〈……〉

 ウェンズデイと少女を先頭に、私はその後ろを追いかけます。互いの様子を確認するために時折交わされる両者の視線。私の演算が間違いでないとしたら、二人の瞳が外見的に一致しているのは一体何を意味しているのでしょうか……。

 マスター、あなたは今回の任務で一体何を企んでいるのですか。


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