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「これは一体どういう事なんだね!」
サマートランスポート本社コロニー。その社長室の中に怒号が響く。声の主はもちろん今回の護送任務を依頼したジオルド・エタニティその人である。ジオルドは加齢によって刻まれた皺を怒りでさらに深くし、鬼のような形相でメイファンを睨みつける。その迫力は立体映像であるにも関わらず、その場にいたメイファンの秘書であるマリーを涙目で怯えさせるほど。
「情報によればあの子を乗せたシャトルが消失したそうじゃないか! これではすべてが台無しだ! 私があの子にどれだけ時間をかけたと思っているんだ! あの子は……私の全てなんだぞ……‼」
叫んでも怒りが収まらないのか、老人は両手でステッキを握るとそれを二つにへし折った。ボリュームも当てつけに最大値に、木が裂ける音が生々しく社長室に広がる。
「社長……」
老人の怒気にすっかり当てられたマリーは琥珀色の瞳を揺らしながらメイファンに助けを求める。普段はのらりくらりとしているが、その裏でしっかりと策を練っているのがシャ・メイファンという女傑である。今までだって何度も一癖も二癖もある惑星企業国家のトップとやり合って来た彼女の事。目の前の老人の怒気を収める方法を知っているはずだと、縋る目で彼女を見る。
「まぁ、大丈夫なんじゃないですか? ジウはアンドロイドなので死の概念がありません。バックアップはありますし。それにウェンズデイの場合は殺そうとしても死ぬような子じゃありませんよ。
ミスターエタニティ。あなたが指名したレッキングシスターズは何があってもお客様に荷物をお届けにあがる我が社自慢のロケット野郎です。まっ、ここは一つお茶でも飲んで落ち着きましょう」
そう言うとメイファンはデスクの引き出しからウイスキーのボトルとグラスを取り出し、肘をデスクに乗せながら中身をだらしなくグラスなみなみに注ぐ。そしてボトルを勢いよくデスクに置くのと同時にグラスの中身を飲み干した。浅黒い肌に赤みがさし、上気したため息を一つ「ぷはー」と吐くと両足をデスクにほおり投げ、体を椅子深く預けるその様子は緊張からあまりに離れたものだった。
「シャ・メイファン! 君はこんな状況で……っ全くふざけているのかね!」
「まさか、私は至って真面目ですよ。真面目にアンフェアな状況に『やってらんねー』と意思表示しているにすぎません」
「アンフェア⁉ こちらはすでに多額の前金を振り込んでいる。この状況で損をしているのは明らかに私だぞ!」
「いいえ、ミスターエタニティ。私達ですよ」
メイファンは口元に人差し指を立てて「しーっ」と沈黙のポーズを取る。彼女の態度にさらに気分を害したジオルドは彼女に怒りをぶつけようと口を開くが――
「ミスターエタニティ、今あなたはどちらから通信していますか? おそらくそちら側から情報が漏れている可能性が非常に高い。我々がこうして話しているだけで相手に情報を与えています」
「――⁉」
メイファンの指摘にジオルド翁は慌てて手で口を塞いだ。
「思い当たる節があるようで」
「……見ての通り私は老体だ。自分の世話を全て自分で行う事が出来るわけでは無い。一応周りは信用のおける人間で固めているつもりではあるが……それでも他の親族が入り込む余地が無いわけでは無い。なるほど……長年それなりの情報網を創り上げてきたつもりが……もはや手綱を握れなくなっていたのか……」
ジオルドは深くため息をつく。いくら人目を避けて秘匿通信を使ったり、依頼内容を文書で送ったりした所で漏れるときは漏れる。その事を覚悟していないわけでは無かったが、いざ現実に起きてしまうと、老人はやはり自分が権力の一線からどんどん離れている事を嫌でも実感した。
「まあ、なんとかなりますよ。娘さんは必ずお届けします。私の娘たちはどんな逆境も破壊する。それが唯一の取り柄ですから。ミスターエタニティ、どうぞ安心してください。あなたの期待通り、こちらにもまだ切り札は残っていますから」
メイファンは一転して営業スマイルを浮かべる。その笑顔には自身の不利な状況に対する不安が一片も見受けられない。これだけ徹底したものを見せられては老人も不満や不安を言う気に慣れない。彼は一言「頼んだぞ」と告げるとお辞儀を一つして通信を切った。
「あー……。終わった」
「社長大丈夫なんですか? 一大財閥の遺産相続争いを覆す可能性がある隠し子の護送任務だなんて……どの星間運送業社が引き受けても戦争に巻き込まれるような案件受けちゃって。
ミスターエタニティの情報が正しければ、試作機とはいえダイバーⅡの破損で前金吹っ飛んじゃっているじゃないですか……」
「それは大丈夫。成功報酬が入ってくればお釣りが返ってくるから。それにウェンズデイとジウの無事に比べればたかが機械の一つ潰して構わない。むしろいつも通り壊してくれて元気な証拠じゃないか」
「社長はお二人の事を信じていらっしゃるんですね」
「もちろん。マリーちゃんだってあの二人、とりわけウェンズデイがあの程度の事で死ぬ奴だって思っていないだろう」
「……確かにそうですけど」
あの程度、とメイファンが何の気なしに言った言葉を受けてマリーの背筋に寒気が走る。確かに、マリーの知る範囲においてウェンズデイは体力、戦闘知識、持久力に回復力が常人のそれをはるかに上回っている事を理解している。とりわけ最近においてはメイファンがわざと危険な任務を与えては、彼女の性能のテストをしているのではと疑うほどだ。
「マリーちゃんにだけ教えるけど、今回の依頼ではね……私の娘がどこからやって来たのか、その情報も報酬に含まれているんだ」
「はあ……」
「私はね、あの冬眠ポッドを見た時にこの依頼は絶対に受けるべきだって、そう直感した。他の星間運送業社が手を出せない依頼? 上等。これを成功させれば会社の評判はますます上がるし、何よりも喉から手が出るほど欲しかった情報が手に入る。マリーちゃん、準備を頼むよ。この依頼はどんなことしてでも成功させるからね」
メイファンの瞳には彼女の言葉が伊達や酔狂でない勝利への確信が込められていた。娘二人への信頼はもちろん、サマートランスポートの総力をもってすれば解決できない問題は無いという自信。
それだけの物を見せつけられればマリーもまた社長秘書として奮起せざるを得ない。彼女はこれから取るであろうメイファンの行動を予測し、最適な選択肢をタブレットに提示する。
「彼らを使うとなると本当に戦争になりますよ」
「そりゃもちろん。ウチの娘に手を出したんだからそれなりの報いは受けてもらわないとね」
あとは頼んだよ。メイファンはそう告げるとマリーをその場に残して社長室を出た。
すれ違いざまにマリーが見た彼女の横顔は、獲物を目の前に舌なめずりする野生動物さながらの好戦的な笑顔であった。
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