3―4

 なんて息巻いていたけれど、私達の行動は中断せざるを得なかった。

「……?」

「始まった」

 まるで明かりのスイッチでも切るように太陽がものすごい勢いで沈んでいく。青空はあっという間に黄金色、紫色に変色したかと思うと星明りをちりばめた青の深い黒へと、夜の様相へと変わってしまった。

「すげえだろ」

 流石百日以上住んでいるだけあってショーンさんは余裕の表情だった。確かに、世の中には太陽が三つあったり、惑星自体を恒星に変えて光源を確保したり、開き直って人工の明かりだけで恒星の光りを利用しない惑星があるって勉強した事があったけど……ここまで極端な環境の星は初めてというか――

「てか寒い……」

 あれだけ暑かったのに、潮が引いたみたいに寒さが襲ってくる。宇宙服越しに感じる気温の変化は五~七度ってところ。いきなりの変化に宇宙服の方も気温の補正が追い付いていない。

 そして何よりも厄介なのは視界の変化。これがリゾート地であれば満天の星空の下で恋人とロマンチックなひと時を過ごすのだろうけど、生憎空は森の緑で覆われていて星明りの恩恵を受けることが出来ない。私の両目もそれなりに夜目は利くけど、ジウみたいな赤外線センサーがついている訳じゃない。宇宙船や宇宙港、コロニーであれば構造にセオリーがあるけど、ここはどこかも分からないジャングルの中。下手に動いたらせっかく見つけた水源だって見失ってしまう……。

「……仕方がない」

「おいお嬢ちゃん?」

 私はショーンさんの事を無視して近くの大木の下に腰を下ろした。胡坐の姿勢のままジウごと背中を大木に押し付ける。

「すぅ……」

 思えばこの星に降りてから気を張りっぱなし。両目はここにたどり着くまで使い通しでさすがに疲れた。今頃ママは高級リゾートのホテルでディナーか、ふかふかのベッドを楽しんでいると思うと――バカンスが分からない私もさすがに羨ましくなる。

 何をしても気分が落ち込むのであればいっそのこと寝てしまうのが一番だ。生まれながらどこでも寝られる能力があるのはこんな時にはありがたい。私も、スイッチを切るように睡眠の中へと沈んでゆく。

「……」

〈……〉

「…………」

 だけど私は、この場に人間が二人いる事実に意識を払わなかったのを後悔する羽目になる。

 他人の荷物に手を出させてしまうほど、極限状況に追い詰められた人間は容易に獣になるのだと――

「はぁ……はぁ……」

 瞼の薄い膜の奥から荒い息遣いが聞こえる。近づいてくるのは生地が焼ける匂いに垢に生活臭……。

「ははは……」

「……?!!」

 ぼんやりと目を開けると、そこには鼻の下を伸ばしたショーンさんの姿が。ショーンさんはそのまま両手で私の胸を――

「いやぁ!!!」

「ゲッ! 起きていやがったか!」

 反射的に立ち上がってそのまま足を振り上げる。左足に内臓を打った感覚が広がると大きな塊が川の中へと大きな水しぶきを立てて落ちていく。

「ゴホッ……ゲエッ……減るもんじゃねえし、いいじゃねえか!」

 声の方向から強烈な光が差してくる。男は生きていた電子機器、ライトのようなもので私を照らして追いかけてくる。その両目は血走っていて鼻息も荒い……怖い!

「……っ!」

 普段の私であればこんな海賊でも無いただの人間一人に怯えることなんて無い。ジウと同じで素手で解体する事だって出来る。で殺して来たスコアだってその辺の宇宙軍よりも高い。

 それなのに私は無様に森の中を光に追いかけられていた。だって……だってなんだか両胸が気持ち悪い‼ 触られたのがなんで、なんでこんなに怖いの‼

「いやあああああああああああああ――」

「待て! 待ちやがれ!」

 レイガンで応戦? いや、数少ない貴重な武器をこんな所で……だったらナイフ? 嫌だ! あの人に近づくなんてジウやママに叱られても絶対に嫌だ!

 たかが触られたくらいで悔しいけど、私は追われる側に甘んじたまま森の中を駆け巡っていた。足腰には自信があるけど、振り切れず、後ろをしっかりと取られてしまっている。他にも便利な道具を持っているのか、それとも人間の欲望がそうさせるのか相手はしっかりと私の後ろを捕えていて……。

「待てや!」

 光源はしっかりと私の背中に張り付いている。このままじゃ……。

「⁉ なんだ! ギャッ――」

「!」

 その光が悲鳴と共に不意に消えた。再び森に闇が戻ると「ギャギャギャ!」と大量の鳴き声と共に辺りが騒然と動き始めた。

「止めろ! なんだお前ら! お嬢ちゃん助けてくれ!」

「!」

 人を襲おうとして「助けて」だなんてなんて厚かましい人だろう。けれど、ここで何もしなければ私も人間じゃ無くなる気がして……気づけばクイックドローでレイガンを腰だめに構えると声の方向へ引き金を――

「⁉……ッ……」

 引き金を引くと同時に右手が光ると焼けるような感覚が……。仕組みこそ単純だけど、レイガンだって電子機器だって言えなくもない。ジウの腹部で保管していたはずなのに、それは役目を果たすことなく自身を溶かして地面にしたたり落ちた!

「ああああああああああああああああああああ――」

「ギャギャギャギャギャギャギャギャギャギャ――」

 絶叫と鳴き声とが不協和音を響かせる。そして音は唐突に消えた。

「……ギャ?」

 闇の中で目が合った。私はとっさに照らされていた時に見えた野球ボール大の石を掴むとその方向へ思い切り投げた。

「ギィ――」

 グシャリと嫌な音を立てて何かが倒れる。ここで舐められてはいけない、私はエメラルドグリーンの瞳いっぱいに殺意を浮かべ、姿勢を低くしてはその辺にある物すべからく気配の方向へ投げていく!

 気づけば日の出を迎えた。日没と同じ、今度は紫から黄金、青へと強烈な恒星は空の色を変化させては森の中へと日を差し入れる。

「……なに……これ……」

 目の前にあるのは一つはショーンさんの死体……だと思う。残った骨から判断するとそう考えるのが妥当だ。その有様は凄まじいもので、全身のお肉はもちろん、頭部も勝ち割られては脳まで喰らい尽くされている……。不謹慎だけど骨付きフライドチキンの残飯を連想してしまうほど――ショーンさんは喰らい尽くされていた……。

「……ん」

 そして死体は他にもある。私が投げたあれこれが原因となってある物は頭部、ある物は腹部に致命傷を受けていき途絶えた獣たち。

 全身を覆う灰色のモコモコとした体毛。頭部とおしりだけは毛が無く、真っ赤でしわくちゃ。この特徴だけならジウに見せてもらった地球の動物図鑑のニッコー・ザルに似ている。こんなビーチリゾートよりも北の山奥の温泉地の方が似合いそうなお猿さんだ。

 けれど、息絶えた彼らは一様に口元を臓物で真っ赤に染め、口元からは鋭い牙が覗いている。手足の爪もナイフの如く発達していて愛らしい印象からはかけ離れている。何より驚くべきはその体長サイズで、ゴリラのあいのこみたいな、一二〇センチはある巨体……。

 こんな獣に襲われたらひとたまりもない。人間よりも背が低いからって彼らは全身が発達した筋肉みたいな体をしている。戦闘に自信がある私だって、一頭ならともかく集団で襲われたら……。

 多分この水源は彼らの縄張りだったんだ。スクラップ置き場みたいな動物が嫌がりそうな場所にいたおかげでショーンさんは彼らとの遭遇を回避できたのだろうけど、ここにきて私について来た事が裏目に出たんだ。

 人の不幸を笑うわけじゃないけど、なんて運が無い人。そして私も……一難去ってまた一難、今まで動物に遭遇しない方がおかしかったんだ。きっと彼らは宇宙服を着ている私と違って涼しい夜の時間だけ行動する。限られた時間で行動するからこそ、鮮やかな手口を身に着けたに違いない。

「……考えろ……考えろ……」

 なにも対策を立てなければその末路は目の前の骨。私は少なくともあと六日は生き残らないといけない。

〈ウェンズデイ……〉

「ジウ……大丈夫……私なら……出来る」

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