3―3

 真っ白な砂浜の上で青空の下、燦々の日光浴を楽しむ。なんて言うとママが楽しんでいるはずの南国のバカンスみたいではある。確かに状況だけ見ると海辺から延々に広がる純白の砂浜と適度に白い雲がトッピングされた燦々の青空。これに奥に広がる南国の森の緑が加わるとセレブのプライベートビーチにでも来たように錯覚してしまう。

 でも、ここにはビーチパラソルや冷たいドリンクといった気の利いたオシャレな物は無いし、そもそも人気だって……何も無い。気温は体感三十八度前後ってところだろうか。宇宙服で防御していなかったらあっという間に体力を持っていかれそう。私はどちらかといえばアウトドア派で体を動かしたいタイプだけど、わざわざこんな所にやってきて肌を焼きたいって人の気持ちが全然分からない。大気圏内は安全かもしれないけど、下手に疲れる場所にいるよりも刺激的な宇宙にいる方が絶対に楽しい。

 ジウも暑いせいで回路がこもってしまったのか無口に。ザッザッザッ、と足が砂浜に埋まる音だけが周囲に響く。柔らかくて気持ち悪い……。そう言えば、堅い地面以外を歩くのは初めてかもしれない。普段は宇宙港ばかり歩いているし、コロニーの中だって基本的に建物しか使っていないや。意外だけど、二年間あちこちに行っておいて大気圏内、自然あふれる環境に来たことは無かったんだ……。

 こういう時ジウが正気であれば砂浜が何で出来ているのか、なんで太陽が必要なのかをきちんと解説してくれて、こんな環境でも生き残る方法を教えてくれるはず。でも事故のせいでポンコツに……。自分の直感には自信があるけど、改めて初めての場所で自分の力だけでやるしかないのだと思うと……。

「はぁ……」

 不安しか無い……。

 砂とテンションのせいで足がひたすらに重い。それでも私は砂浜を渡り切って森へとたどり着いた。まずは日陰と、次は水源の捜査だ。これだけ立派なヤシの木が生えているんだから川とか湖とか、最悪穴掘って井戸をつくったり、味の保証はないけどヤシの実を割ったりすればいい。

 森の日陰は土がしっかりしていて、かなり落ち着く。私はジウごと背中を樹に押し付けるとそのまま地面に座り込んだ。

「ほっ……」

 上陸してまだ五分と経っていないのにすごく疲れた……。視線を左に向けるとそこには砂浜と海に浮かぶロケットの姿が。三五メートル級と宇宙船としては小型のそれは自然環境にそぐわないせいもあってものすごく大きく見える。それでも、推進剤が尽きたそれが活躍する機会は無い。なんだか不法投棄でもした気分だ。

「あ~~~~」

 暇だ。

 救援を待つにしろ、水源や食料を探すにしろ、大自然は雑然としていて何から手を付けていいのか分からない。むやみやたらに森の中に入っていっても……選択肢が多い事は自由度を増やしてくれるけど、それは効率からは外れること。エメラルドグリーンの瞳はサバイバルに向けて順調に研ぎ澄まされているけど、私の本能は材料やキッカケが無いとその真価を発揮できない。対象が無ければ壊す事も出来ないのだ。

「……」

 いっそのこと寝てしまおうか。最悪一週間であれば携帯食料で食いつなぐことが出来るし、代謝も落とせばそれだって十日程度保たせることが出来る。波の音もいい感じに睡眠を促してくれるし……。

「………………」

「おい、あんた――」

「⁉」

 腰のホルスターからクイックドロー。私は声のした方向へとレイガンを向けて――

「待った! 落ち着いてくれ! 俺は襲う気は無い!」

「……?」

 声だ。それも人間の。私は引き金に手をかけるのをやめるとバイザーごと頭を叩いて意識をハッキリさせる。

 目の前に現れたのは男性だった。私より少しだけ背が高くて、星間運送業社のロゴマークの入ったポロシャツを着ている。シャツは年代物というか、あちこちがほつれていて、ズボンも同じような感じ。日焼けも凄い。まるで紛争地帯で生活していたいで立ちで――

「あなたも遭難したんですか?」

「そうだ! ゲートを入ったらいつの間にかここに不時着して、ここで生活している。敵じゃない事が分かっただろう? だからその物騒な物を下ろしてくれないか!」

 まだ味方だと分かっていないのに銃を下ろせと言われても……まぁ、こんな痩せたおじさん一人なら素手でも壊せるし、私は言われた通りにレイガンをホルスターにしまった。

「はぁ……生きた心地がしなかった」

「他に人はいるんですか?」

「いや……いない……」

 私という人間に会ったことで安心したのか、男性はそこから堰を切ったようにしゃべりだした。

 男性の名前はショーン・スティール。主にQ―61宙域で勢力を伸ばしている星間運送業社「クロマ運送」のロケット野郎だった。

 正確な日数は覚えていない――百を数えた所で諦めたらしい――けど相当な日数をこの星で過ごしているようで、二十七歳と紹介されたのに、日焼けが凄まじいせいでもっと老けているように見える。ショーンさん曰く、この星の昼は平均二十時間で夜は四時間程度しか無い。そのため日陰にいなければ容赦なく肌を焼かれて体力を持っていかれるようだ。

「開き直ってバカンス気分を楽しんでいたのがバカだった……。俺も宇宙服が使えれば……」

 ショーンさんもノーマルだけどストレッチタイプの宇宙服を常備していたようなのだけど、私と同じで亜空間の影響によって電子制御の機械を封じられ、仕方なく着の身着のまま陸地に降り立ったとのこと。

「でも……百日以上どうやって過ごしたんですか? 水も食料も、平均的な貨物シャトルの範囲を超えているはず」

 私がそう質問するとショーンさんは「ついてこい」と森の奥へと案内を始めた。強烈な太陽光線を阻む熱帯雨林が作る日陰は砂浜と比べると程よい湿度で過ごしやすい。これなら、ここでじっとしている分には体力を温存できそうだ。

 そんな森の天井がいきなり途切れ、天井の空いたドームのような、開けた場所にたどり着く。

「これが……俺がこの星で生き延び続けて来れた理由だ」

「これって……」

 ショーンさんが指さす天井の下、太陽光線を浴びて森林のフィトンチッドを焼き焦がすような強烈なけれど慣れ親しんだ鉄の匂い――私達の目の前には大量に折り重なった宇宙船のスクラップの山がそびえたっていた。

 ショーンさんはこの星が何らかの空間的条件が重なってワープ航法で利用する数多くの亜空間と繋がっていると予想した。その証拠にそれぞれの船の外装にはバラバラな宙域で活躍する星間運送業社のロゴが入っている。

 多くの宇宙船はいきなり山の上に落下するので、対ショック体勢を取れずに衝突して爆発。パイロットで生き残っていたのは幸運にもこの山で最初の一隻だったショーンさんだけだったようだ。

「お嬢ちゃんが海に落ちたように、他にもスクラップが山になっているスポットがある。ど派手な落下音が鳴る度に俺はそこに移動しては、スクラップの中から水と食料を拝借してきたんだ……」

「そんな、人の荷物ですよ⁉ それも他の同業者の……それを宇宙海賊みたいに手を出すなんて、ロケット野郎としてのプライドは無いんですか⁉」

「仕方がないだろう! 俺だって一週間待てば救援が来るって思っていたんだ……それが十日過ぎて一か月、三か月……百日待っても誰も来なかった! この惑星にはだれもやって来やしない。だったら棚ぼたとでも思って、どうせ誰も使うやつはいない、自分のために使うのが人情ってやつじゃないか!」

 ショーンさんが言わんとする所は分からなくもない。私だって「なんだって壊していい」と言われたら喜んでこの目に映るものを壊しつくすだろう。

 でも、それをやらかしたら、大事な一線を越えてしまったら……二度と人間に戻れない気がする。

「……」

〈……?〉

 私は背負ったジウから垂れ下がる手を握った。ジウを連れて来たのは正解だった。ショーンさんには悪いけど、私はママやジウから教わった人間性を失いたくない。記憶の無い動物だった最初の二年よりも、面倒だけど思い出に溢れている仕事を初めた二年間の方がウェンズデイとして生きている気がする。それが無くなれば私はきっと何かが違ってしまう……。

「おい! どこに行くんだ!」

「……」

 これだけ日陰や植物があれば最低限の水分は朝露や木の根から取れそうだ。スクラップに頼らない水源を探すのは充分に出来そう。

「待てよ! たった二人の人間だろう!」

「……」

 なんて魅力的な言葉。人間、そう、この星には人間が足りない。でも、私の両目が警告する。この人と一緒にいる事は良くない結果を招くと。

「待てよ……」

「……」

 迷わないように、サバイバルキットに入っていたナイフで目印を付けながら歩くこと三時間。意外にもショーンさんは私の後を息を切らしながらもついてきている。日焼け跡は伊達じゃない、体力だけは立派にガテン系のロケット野郎並みにあるらしい。

〈……水音〉

「……!」

 耳を澄ます。すると……私にも聞こえる! 何処かで何かが流れる音が!

「おい! いきなりなんだ!」

 外野に音を消されたらたまった物じゃない。私はかすかに聞こえるそれを目指して全速力で駆けだした。立ちふさがる蔦や枝などの障害物はナイフでねじ切り、岩場を蹴り上げ、一目散に――

〈マイナスイオンが発生しています……〉

「そうだね、そうかも……!」

 今回は運が良かっただけかもしれない。それでも、ジウのおかげで私は川を見つけることが出来た。水源を確保することができたのだ!

「こんな場所が……」

 ショーンさんは川を見てひたすらに驚いている。きっと山と山の間でじっとしていて、森の中を深くは探していなかったようだ。これを機にショーンさんも人間らしさを、プライドを取り戻してくれたらいいのだけど……。

「よし……」

 ヘルメットのバイザーを開けて私は頭から川の水の中へと口をつけた。

「~~~‼」

 自販機のミネラルウォーターよりも冷えていて美味しい! 今まで苦労して歩いて来た分、達成感の味わいは格別だった。

 物事は初めの勢いが肝心。水さえあれば人間一週間は何とかなる。

 次の目標は食料だ!

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