3―2

「……ん……」

 目が覚めるとそこは眩いばかりの青。一見、亜空間の中をまだ彷徨っているのかと思ったけど、あの中は一面張り付いたかのようなライトブルーで、今見ているような、碧や透明に揺らいだりするような物じゃない。ざざーん……ざざーん……と心地いい音も聞こえてくる。

「ここは一体……」

 キャノピーを開けようとして、一旦意識が切り替わる。例え見た目に綺麗でも、未知の惑星にやって来たのであれば、そこは真空の宇宙空間と同じ危険性がある。知らない所に降り立つならまずは宇宙服。私は寝汗でぐっしょりと濡れたツナギを脱ぎ捨てるとシートの裏に収納されている戦闘用宇宙服に袖を通し、対になっているヘルメットを被る。

「……あれ?」

 宇宙服とヘルメットは首元で接触すると装着者のスタイルに合わせてボディースーツのようにストレッチが働く仕様だ。だけどどれだけ両者のセンサーを接続させても宇宙服は密着しようとしない。私はダルダルな宇宙服のまま汗まみれでのたうち回る。

「てか暑くない? クーラーは?」

 外が暑いのと、ロケットのシステムが落下の衝撃で一時的に止まっているのとでコックピット内の気温は夏真っ盛りの三十八度を超えている。どうりで汗もかくわけだ。この惑星はひょっとしたら恒星に近いのかもしれない。

 現状把握のためのシステムの復旧に、ジウの再起動に、何よりエアコンのためにまずは宇宙服を着なくちゃいけない。けど、とっさの戦闘でかなりの防御を誇る対レーザー加工が施されたそれはダルダルでフィットしないまま。袖が余っていたら気密性に運動性に問題だらけだ。仕方ない、私はロケットの格納スペースに向かって予備のノーマルな宇宙服を着る事にした。これも外見はボディースーツ状で運動性に優れているのだけれど――

「……ふんっ!」

 私の場合胸がつっかえて競泳水着レベルに着替えるのが難しい。まったく、おっぱいが大きくても戦うのに着替えるのに邪魔ったら仕方がない。

「ふう……」

 胸をスーツの中に潰し込むとようやくひとごこち。行動を始めることが出来る。私はコックピットに戻るとコンソールを操作してロケットのシステムを呼び出した。これで船と連動したジウも同時に目が覚めるはずだ。

〈おおおおおおおおおはようございまままままままままっまままままま――〉

「⁉――」

 挨拶は元気な方がもちろんいいけど、寝起きにしては異常過ぎるそれをジウは発した。碧眼を見開くとジウは金髪を振り乱しては〈今日の朝ごはんは金星です〉とか〈ヤマダ様のボウズは三センチに成長しました〉だのひたすら変な事を壊れたラジオみたいに垂れ流して――基が美人なだけに怖い怖い怖い!

「一体何がどうなっているのさ⁉」

 コンソールを再び操作する。その中で、私はモニターに表示された画面もまたジウのように滅茶苦茶である事に気が付いた。あらゆる文字は文字化けしていて、画面も砂嵐とブルースクリーンとスクリーンセイバーがまじりあった前衛芸術みたいな表示に。時折正気に戻ったかのように正しい画面を見せるけどそんなの一分に一回あればいい方で何もかもが電子ドラッグを垂れ流している!

「ひょっとして……」

 私はシートの裏にぶち込んだ戦闘用宇宙服を思い出す。

 あの亜空間の異常のせいなのか、この惑星に落下した時の衝撃のせいなのか、原因は分からないけどあらゆる電子機器がイカレてしまっているに違いない。それも精密機械であればあるほど被害は深刻だ。

〈お客様、全裸での素潜りは危険です。パンツは頭部にしっかりと着用してください〉

「うわぁ……詰んだ……」

 大宇宙時代、人類は銀河系に進出すると我が物顔で開拓を始めたけど、それは科学技術の恩恵を前提にしていて……決して事故が無いわけじゃない。宇宙で運送業を行う上で遭遇するトラブルの第一位が、技術を悪用した海賊船との遭遇なのだとしたら第二位は迷子・遭難だ。

 目的の惑星に行くときにしっかりとした航路のデータが無ければ途中で推進剤が無くなって宇宙を漂流したり、宙域の重力異常で得体のしれない惑星に引き付けられて墜落したり……ワープ機関の故障で永遠に亜空間の中をさまよったり知らない惑星に出るトラブルがある事は宇宙船の免許を取る中で何度も勉強した。カジュアルに宇宙船を運転できるようになったからって、やっぱり宇宙はまだ人類にとって危険なのだ。だからこそ宇宙船の運転は免許制だし、その整備士や航路の開拓使は高給取りとして引く手あまたなのである。

 それも技術の向上でだいぶ危険性を減らせたのだけど……何万分の一の確立、今回ばかりはハズレくじを引いたって事に――

「こんなことなら素直に寝過ごしていればよかった……」

 普段のジウならこんな時〈後悔先立たず〉とか堅い事を言いつつ私を慰めてくれたのかもしれない。でも、今の彼女は画面の砂嵐と同じで意味不明な事をわめき散らすだけのポンコツ。慰めの言葉一つ口に出すことは不可能だろう。

「それでも……使い道はまだある」

 私はジウのツナギに手を伸ばすとそのジッパーを思い切り下げた。

〈そ、そんな……主人が見ています……〉

 こんな時に限ってシチュエーションに合ったセリフとか……。いや、私は人形相手にムラムラするような趣味は無いし。

 MaiDreamシリーズは人型だけど、その本質はお世話ロボット。AIこそ頭部に存在しているけど、本来であれば人型だからって人間と同じようにを配置する必要なんてない。

「……これを壊すのかぁ」

 ツナギを引ん剝くと、ジウのシンデレラバストを包む白い下着が露わになる。製作陣の美少女を作ろうとしたこだわりは尋常じゃない。Fox Tailはヘッドセットじゃ無くて関節部とか、あからさまにメカバレになる部位にするべきだったと思う。作業の邪魔だからって下着も脱がすと桜色のバストトップが……。ジウたちが禁止された理由が分かる。見た目が人間過ぎると本当に機械扱いしにくい。

 だけど、私にはこのソフトなハードの中身が透けて見える。

「……!」

 エメラルドグリーンの瞳からスーッと意識が引き締まってくる、あの破壊の感覚が私の中で広がると私はジウのおへそに両腕を突っ込んでそこから腹部を割いていく。

〈!!!!!!!!!!〉

 ジウの、MaiDreamシリーズの駆動系は本当に優秀で、最小限のパーツで最大の動きを発生できるように設計されている。そのためなのか、彼女たちの腹部には人間で言う所の内蔵が無い一種の空スペースになっているのだ。

「……! あった!」

 Iの字に真っ二つに割かれた腹部を探ると、私は目的の物であるサバイバルキットを引きずり出した。

 私達が今回乗り込んだ宇宙船には、普段乗っているシャトルのようなが無い。ロケットはある程度の貨物スペースを確保した以外はスピードを最優先にしたもので、この機体であれば例え宇宙海賊と接近しても振り切れる、そんな設計になっている。今着ているノーマルタイプの宇宙服みたいな非常用の装備はあるけど、以前宇宙海賊と戦闘した時みたいに人間武器庫になれるほどは……ママ曰く比較的安全な宙域を行くのに一々重武装していたら相手の心象も悪いし、コストも良くないらしい。

 それでも何かあった時のためにママはジウの中に一週間分の携帯食料と簡単な薬と武器として小型のレイガンが入ったサバイバルキットを入れてくれている。

 宇宙で遭難した時の救助の目安は一週間。どんな宇宙船も惑星周辺に届くレベルのSOSを発信できる装置が備わっている。漂流者も所在の分からない惑星、それを全開にしてどこかの宇宙船が救助に来てくれる確率はかなり少ないだろうけど……それでも一週間は落ち着いて待っていられると思えば心に余裕が出来る。

「その肝心なSOS信号も何とかしないと……」

 自分が乗る宇宙船の構造は大体理解している。ジウが出す一般常識の問題は点数がよろしくないけど、この手の自分の生存に関わる事であれば私の頭脳はその辺のAIよりも優秀だ。天才だ!

「ココと……ココ。あとあそこも……全部カット」

 亜空間が電子機器のどんな部分にどのように影響を与えたのか、詳しくは分からないけどモニターの文字が読めるようになる時はあるし、ジウだって正気っぽい動作をする事もある。私は備え付けの工具でコックピットのコンピューターの回路を一つずつ点検すると、明らかに駄目な物はバールで粉砕して、使えそうなやつを無理やり繋いでいった。うーん……壊して良いものは本能的に分かるけど、無理矢理ダイエットしているみたいで我ながら不安になるな。

 エメラルドグリーンの瞳が導くまま、回路の約半分がスクラップ同然に積み上がっていく。繋ぎ合わせた回路だって銅線がむき出しだけど本格的な材料が無いのだ。これでベスト。全てはスイッチを入れてみれば分かる。

「えいっ!」

 回路のカバーを閉じて船の電源を再起動。

「……お!」

 するとモニターが一カ所だけしか点灯しなかったけど、それなりに読める文字でコンピューターが復活した。やっぱり破壊は正義だ。どんな問題も一旦壊してからのスクラップアンドビルドで解決する!

 私は早速船のSOS機能を全開にした。バッテリーの残量だとあと一か月は信号を発信し続けられそう。

 次に船を発進させることが出来るか駆動系のチェックも始める。この船はロケット型で、空に向かって飛ぼうとすれば専用の発着スペースが必要になる。コックピットから見える景色は海しか無くて、とてもそんな便利な物があるように見えないし、文明がある惑星であれば私達の不時着に気付いてすぐに駆けつけてくれているはずだ。それに横倒しで着水している状態から大気圏を超えられるほどの推進剤の残量も無い。この船はあくまで宇宙用。大気や重力といった邪魔者は運用の計算に入っていない。

「……とりあえずちょっとした距離なら動かせるのか」

 周囲をサーチすると陸地らしい反応が表示された。ちょうど推進剤を使い切ればたどり着ける距離……いやどうせ宇宙を飛べないならこの船に使い道は無いし……水と食料は一週間分しかない。SOS機能の限界である一か月を生き延びようと思ったら現地で補給が出来る方が……それに――

〈イタイ! お腹が真っ二つうつつつっつ――ウェンズデイは人の心がななななな――〉

 こんなジウと狭いコックピットの中で一週間も一緒にいられると思わない。

「ああもう‼」

 私は航路を設定し、船を自動操縦にすると――

〈みぎゃ⁉〉

 再びジウの腹部へ両手を突っ込んだ。

 私のエメラルドグリーンの瞳は今冴えに冴えている。この一か月間内勤で大人しくしていた分、私は猛烈に暴れたくて仕方がない。

〈うぇんづでい、やめなさ――〉

 変なタイミングで正気に戻られてももう遅い! 今私は一週間、一か月、いやもしかしたら……とにかく極限状況に置かれようとしているんだ。普段の冷静で頭が良いお姉ちゃんみたいなジウならともかく、壊れた声でわめき続けるポンコツアンドロイドなんていて欲しくない。

 サバイバルキットを収納していた柔らかい腹部をはぎ取り、むき出しになった背骨の骨盤近くの根元から引きちぎって上下の接続を断ち切る。船のコンピューターと同じ、余分な機能のダイエット。

 ジウのハードであれば工具なんて要らない。私は最初の二年間、物心がつく前にもう何度もジウの事を壊している。ジウの体であればどこに何のネジを使っているのか、肌を柔らかくしている素材の配合率にいたるまで全てを理解している。エメラルドグリーンの瞳はもはや彼女を一瞥するだけで設計図を見ているように微細な部品を丁寧に分解し、私の手は大胆に彼女を解体してゆく。

 いつの間にかジウの体は胸部から上を残して全てバラバラに……。内側からボリュームも強制的に絞ったので頭部からはぼそぼそと聞こえるか聞こえないかの声しか出ない。

「…………」

 流石にやりすぎただろうか。壊すことにあまりに熱中して……。

「⁉」

 軽い衝撃が船体に響く。コックピットからは白銀に輝く砂浜が。どうやら船は私の命令通りに力を使い果たして陸地にたどり着いてくれたみたいだ。

「…………」

 後悔と共に、力がみなぎって来る感覚が湧いてくる。そうだ、私が飛び込もうとしているのはどんな危険があるか分からない、前人未到の惑星だ。基本的な精神スタンスはワイルドであるに越したことはない。

 それでも残った理性で、コンソールを操作し、外部の大気組成などを調べる。すると、驚くべき事に大気も重力も標準的な地球型惑星と一致する結果が出た。やたらに惑星開発をしてこの世にテラフォーミング出来ない惑星なんてないと豪語する宇宙開拓時代。だとしても、宇宙にはまだ手付かずの惑星の方が圧倒的に多いわけで――不時着した惑星が人間に適している可能性なんて何万分の一どころか何億分の一の確立……。

「ふぅ……」

 それでも宇宙服は脱がない。バイザーを開けるのは食事の時とか最低限で良い。用心に越したことは無い。外に出る時も、キャノピーの隙間をギリギリに、いきなり何かが入って来ないように……。

〈うぇ……ん……ず……〉

「……」

 ジウの碧眼は私の解体のせいで焦点が合っていない。色だってカメラの光源を絞ってしまったのでくすんでいる。

 それでも彼女を見ると心が惑わされるのは四年間片時も離れたことが無いからか。

「……」

 私は船にジウの位置情報を受信するように設定した。こうすれば救助にきた船がロケットを発見した時に船が無人では無く、私達が陸地にいるって事を教えることが出来る。

 それが済むと私は紐でジウの上半身を背負うように体にくくりつけた。宇宙服のバックパックに胸に、上半身が窮屈なことこの上ないけど……ジウがいない事には落ち着かないのだから仕方がない。

「はぁ……」

 これだとキャノピーを思いっきり開けないといけない。果たしてリモコン操作で閉じる事は出来るのだろうか。

「まぁなるようになるよ」

 期待半分、不安も半分。私はコンソールでキャノピーを思い切り開けるとコックピットから飛び出し、両足でしっかりと砂浜の上に着地した。

 長い長い、サバイバル生活の始まりだ。


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