第三話 遭難です
3―1
〈ウェンズデイ! 早く! 残り時間まであと一分もありません!〉
「分かっているって!」
私はツナギのジッパーをあげながら肩掛け鞄を揺らしてそこからカロリーバーを取り出しては銀紙を割いて中身を口に押し込んであーもう‼
私の家でありサマートランスポート本社の業務用宇宙港には貨物用の宇宙船がずらりと並んでいる。どれも整備は万全で今すぐエンジンを吹かして宇宙空間に出られる状態でスタンバイしている。
そんな宇宙港の奥に一際人の手がかけられている宇宙船が一機。円錐形、ロケットタイプのそれは急かすようにキャノピーを開け、エンジンは暖気の状態で、ゴウゴウと熱気を吹かしては視界を歪めている。
「お嬢ちゃんたち、早く! これ以上は待てない! エンジンがイカれちまう!」
私は走りながら整備のおっちゃんに頭を下げるとジウを抱えて思いっきり飛び上がる。
〈ちょっと!〉
口こそ戸惑っているけどジウはすかさずヘッドセットからコードを引き抜く。そしてコックピットに飛び乗るとコードをロケットのコンピューターに接続。私もシートベルトを装着して準備は万端だ!
発進のシグナルはすでに青に……してもらっている。ロケットはいきなりエアロックへ運ばれると、安全確認もそこそこにため込んだ熱を周囲にぶちまけて発進した。
「間に合った……」
〈いや、かなりギリギリですから。寝坊しておいて……あなたに社員の自覚はあるんですか〉
ジウは両目を赤く発光させながら殺人マシーン顔負けの形相で私にすごんでくる。
「本当にごめんって……だってまさか寝坊するなんて思ってなくって……」
〈はぁ……確かに、超絶健康優良児でやがりましたウェンズデイがまさか動画鑑賞にはまるとは私でも予想できませんでしたから〉
「あはは……」
確かに動画を観るのにハマるなんて私も思ってもみなかった。内勤でコトリさんの応援動画を観て以来、寝る前にタブレットで動画を観ることがある種の習慣になってしまったのだ。慣れない内勤の仕事の中、寝る前にコトリさんの動画を観ることがどれだけ心の支えになった事か……。内勤はモンちゃんの炎上効果で一か月間てんやわんや。落ち着いた日なんて一日として無かった。それはもう、ソラジマ所長のあたまに立派なハゲが出来る程で日々の慰めが欲しくなるのが人情ってものでしょう。
そして、晴れて内勤を終えた私達は昨日一日のお休みをいただいて、久しぶりの自室のベッド、コロニーに広がるママの匂い、これが落ち着かない訳がない。そして翌日からロケット野郎に戻れると思えば……リラックス効果は抜群で私としては珍しく、人生で初めての寝坊をしたのだった。
〈まぁ、動画鑑賞とはいえほとんど流し見って……ちゃんと見ているんです?〉
「いやぁだって……本当に面白い動画って一握りじゃん。てかジウ、なんで私の視聴スタイルを知っているの⁉」
〈新しい趣味を社長に報告した所、教育に悪いものを見ていないかチェックしてくれと頼まれたんです。幸いその手の物は集中して見ていないようで安心しましたが〉
「私にプライバシーは無いの⁉」
〈フィルタリング機能は健全ですよ〉
何を見ているかをジウに知られてもなんともないけど……それをママに報告されていると思うと……前々から思ったけどママは過保護過ぎない⁉ 別に物事の良し悪しくらい私だってもう判断できるのに。
〈案外勉強に関わる動画は集中してみているんですね。とはいえミリタリー系ばかりですが〉
「ねえジウさん。そろそろイジるの止めてもらえませんか。充分反省しているからぁ……」
〈ふむ……だったら今日の問題は直近に視聴した動画と、遅刻した事で怒られている理由に搦めて出題する事にしましょう〉
ジウはそう言うとタブレットに私が最後に視聴した動画「ワープゲートの簡単解説」を表示させ、別枠に「ワープゲートについて概要を述べよ」といつも通りの問題も表示させた。
「うーん……」
人類が手に入れたワープ航法技術は人類の宇宙進出を成し遂げた素晴らしい技術だ。けれど、どんな技術も万能で無くそれはワープ航法だって例外じゃない。
今でこそ惑星と惑星の間を移動する事は当たり前になっているけど、本来であれば星と星の間は何光年という凄まじい距離が存在する。そんな二点間を亜空間でつなげてショートカットするのがワープ航法の原理らしい。
長距離のショートカットは陸路でも海路でも、距離が長くなればなるほど難しくなるもので、例えば銀河系の端から端までワープするとなると、宇宙船に装備させるワープ機関だけで一〇〇〇メートル級の戦艦五個分ととんでもない大きさになってしまう。
実際そんなワープ能力を備えた超ド級の宇宙船は存在しているのだけど、そんな規模の宇宙船を持てる組織は限られている訳で、誰もが燃費の悪い船を持とうとは思わない。だからって身の丈にあった宇宙船を使い続けていても行動範囲は一定宙域に限られてしまう。さらなる利益の獲得のため、惑星企業国家にとって小型の宇宙船のままで様々な取引先と交流できる技術は緊急の課題だった。
そんな中で考案されたのが「ワープゲート航法」だった。原理としては宇宙船一隻が行って来た二点間をショートカットするための亜空間の演算、亜空間の解放と安定化とを船の内部に搭載させるのではなく、スペースコロニーのような外部装置として宇宙空間に設置するもの。外見は巨大な輪の形をしていて、起動させると亜空間のライトブルーが内側に充満することから「ワープアイ」とも呼ばれている。
このワープゲートの利点は船が備えるワープ機関が備える本来の空間跳躍距離を超えた移動はもちろん、輪の面積は一〇〇〇メートル級の戦艦が一度に百隻入れるほどに大きいので、大量の物資を宙域間で取引できるようになった点にある。惑星企業国家念願の超長距離輸送インフラが完成したと言えるだろう。
欠点があるとすればゲートは限られた二点間しか移動できないのと、ゲートの解放には凄まじくエネルギーを消費するので決められた時間しか開かない事だ。元々欲張りなくらい長大な距離を短縮しようとしているのだからまあ、使用制限については分からなくもない。むしろ人間の欲望が銀河の端から端まで繋いでしまった事に素直に驚くべきで、惑星企業国家の銭ゲバが技術まで躍進させたと思うとお金儲けも馬鹿に出来ない。
ただ、莫大な維持コストにかこつけてケチな運用をするゲートも存在するわけで――私達が普段とは違う高速ロケットを使っているのも、ジウが私の寝坊にささくれ立っているのも今回使うゲートが標準時間で二十四時間に三回しか開かない、田舎のバスみたいなスケジュールで運用されているゲートを使うからだった。
「ウチもさ、もっとすごいワープ機関を搭載した船を増やさない? ダイバーの解析は進んでいるんでしょ? こんなお金持ちの貯金箱みたいな装置を使わなくてもいいようにするべきだと思うんだけどなぁ」
〈九十点です。概要としては完璧ですが、あまり生々しい感想を書かないこと。一応会社でもゲートを建造してみる事を検討しているようですが、さすがに一企業があのような巨大建造物を作る事は難しいですね。コストがかかりすぎます〉
問題を解いているうちにロケットはいつの間にかワープゲートまで到着していた。周囲には私達と同じように長距離移動のために宙域中からやって来た宇宙船でいっぱいだ。私達と同じような星間運送業社の船に、レジャー目的の大型客船、個人所有の小さな船など目的も船のサイズもまちまちなごった煮が一斉にゲートの前で整列している様は壮観と言っていい。私も思わずため息が出てしまう。
そして、それだけの船を一度に移動させてしまうゲートは本社のスペースコロニーの二回りは大きいんじゃないかってくらい大きい。ママだってあのコロニーを中古で手に入れた訳で……確かに見た目にコストがかかることが分かってしまう。日に三回しか使えないのも誇張じゃないのかも……。
いや、こんな所で反省してどうする私。大体寝坊したのはママと朝ごはんを食べられなかったのが悪い。娘のせっかくの外勤復帰だって言うのにママは今日から一週間のバカンスで惑星一つがプライベートプラネットの南国風のビーチでたっぷり休養を取るって……。
「一年に一度くらい女社長でも母親でもない、一人の女としての時間が必要なのさ」
なんてメッセージを残してママは昨日のうちからコロニーを出発していた。ママは今頃真っ白な砂浜の上にシートを敷いて青空の下燦々の日光浴を楽しんでいるはずだ。私に葉それの何が面白いのか分からないけど、普段の習慣はこんなところでも崩れておかげで寝坊。レッキングシスターズ、自分の生活リズムまで壊して本当になんなんだろう。
愚痴っている間にゲートはその瞳を順調に開いてゆき、周囲はライトブルーの光でいっぱいになった。私達は普段通りにコックピットのスモークとサングラスで視界を守るとそのままゲートの中へと入って行く。ゲートの基本的な運用は宇宙船でのワープ時の移動となんら変わらない。私達は青いトンネルの中をひたすら真っ直ぐ進むだけで良くて、亜空間を安全に移動するための計算や空間維持の演算などを全てゲートがやってくれる。無駄な演算をしなくて済むからジウとしてはこの移動方が好みらしい。
そんな至れり尽くせりな環境だったからか、遅刻せずに間に合った事も相まってすっかり気の抜けた私達は襲い掛かる異常に気付くことが出来なかった。
「………………⁉」
私は先頭を走る宇宙船の一隻が目の前でいきなり消失したのを見てしまった。
ゲートの行先は固定で、私達の船団は一斉にゲートの向こう側の宙域に出る事になっている。だから、私達が途中でバラバラになる事はありえない!
〈ウェンズデイ、後方でも宇宙船の反応が続々消失しています!〉
コードで船に接続し、船そのものになっているはずのジウが思わず本体の方の顔を驚愕で歪めているほどこの状況は異常だ。
確かに初期のゲートは亜空間のトラブルを頻発させていたけど、銭ゲバな惑星企業国家が不良品を使い続ける訳がない。事故の頻発は企業の名声に関わる事で、長期で見ればそれは会社の価値を損なう事になる。複数の惑星企業国家が合同で運用しているゲートなら尚更、それぞれが泥をかぶらないように、客が使う製品には細心の注意を払う。彼らは相手がお客様であれば利益のために絶対に手を抜かない。
と言うことは、これは純粋に事故・非常事態だ。何度も言うけどワープ航法は万能じゃない。ゲートじゃなくても、船に内蔵されたそれだって事故を起こす事はあるのだ。不幸にも私達はその何万分の一の確立を引いてしまった事に……。
「!」〈!〉
なんて悠長に考えている場合じゃない! ジウは周囲の船が続々と消失している事をアナウンスしているし、私は私で体に強烈な下向きのGがかかっている事を感じていた。ワープでは推進ジェットの方向、前に向かうのが普通なのに――私達はこの青い空間の中を真っ直ぐ落ちている⁉
「姿勢制御は⁉」
〈無理です。空間の干渉が強すぎて……物理的な力でゲートの向こう側へ振り切る事は……〉
「だったら……亜空間の、ワープ機関を稼働させてとにかく近くの惑星に飛ぶとか!」
〈いきなり無茶な!〉
「このまま亜空間の中をわけのわからない状態でいるよりマシでしょ!」
言い争ううちに体はどんどんシートに押し付けられて、呼吸するのも苦しくなる。いつもながら手元が見えにくいのはもちろん、こんな状態じゃコンソールをいじるのも難しい。
〈確かに何もしないでいるよりは……やるしか――〉
ジウの声が途切れると同時に、Gはピークを迎え、ロケットの推進力をねじ伏せると真っ逆さまに落下する感覚が。あまりの急激な変化に耐G訓練を楽にこなせる私の意識も限界を迎えた。
ブラックアウトする視界の中、最後に見えたのはこんな絶望的な状況でも燦然と輝くライトブルー――
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