2―5
「!――」
荒々しい声の前にウェンズデイの涙が引っ込み、我々を庇うようにその方向へと飛び出します。
〈え、なに何⁉〉
〈この声はまさか……〉
通用口に繋がる扉、それを内側から蹴破るように太めの足が飛び出します。ダルマのような頭部に血管を浮かべ、苛立ちをまき散らす巨漢は――
〈モンちゃん……っ〉
そう言えば、忙しさに営業所一の爆弾がいる事をすっかり忘れていました。いや、だとしても、カプセルの回復能力を考慮してたった五時間での回復。人の不幸は蜜の味とでも言うのでしょうか、それとも栄養をため込んだ肢体のおかげなのか、モンちゃんの額と左腕の骨折は完治しているようで、威嚇するように体を大きく震わせながら我々の方へ迫っていきます。
「やいやいサマートランスポートってのはヤクザみたいな奴しかいねえのか! 客の腕を折るわ、クソ狭いところに閉じ込めるわ、何だよ! 少しからかっただけでやりすぎなんじゃねえのか、ああん‼」
厄介者のモンちゃんが現れたことで店内にいるお客様は一斉に店を出ます。彼はどれだけ嫌われているのでしょうか。ウェンズデイが言った通り、威力業務妨害を申請できるレベルです。
「こうなったら……ジウ、コードAで一気に攻め込もう。ヤクザを追い出すのに本気を出さなくてどうするの」
〈ウェンズデイ、コードAの発動条件はご存知でしょう。この状況では……〉
そう、コードAはあくまでマスター権限を持った人間が生命の危機に陥った場合に発動できる限定解除。現状、サブマスターでありマスター権限と同様の資格を持つウェンズデイは生命の危機にさらされているとは言えません。保護の対象を営業所と拡大解釈しても、先ほどまでに売り上げた利潤のおかげで――組織とはえてして個人を無視できるほど大きなものです――モンちゃん程度が発生させるマイナスは帳消しどころか無視できるほど。
我々の沿革を知っているのであれば、アンドロイドに付き物の限定解除を相手が知らないはずがありません。モンちゃんはお客様の立場であるのをいい事に、姉妹たちを小突いたり、壁を叩いたり、ともすれば攻撃を掠め……限定解除が発生するギリギリを考慮しながら嫌がらせを続けます。
今朝のように、ウェンズデイも反撃したくて仕方がありませんが――この数時間の内勤体験で彼女は『あらゆるお客様に荷物が届く喜びを』のモットーを学びました――むやみやたらに攻撃しない事の重要性を知った今、ウェンズデイは歯を食いしばって耐えています。
「なんだよ、急にしおらしくなって……俺の腕を折った威勢はどこに行ったんだ? レッキングシスターズさんよぉ!」
我々が一転何もしない事にモンちゃんはますます増長し、営業所の物を叩きながらその様子をスペアのカメラで映してゆきます。ネットワークにアクセスすると、その様子は彼のチャンネルで生配信され……どこまでも卑怯な奴め……。
〈あなた……あの迷惑系Pチューバーのモンちゃん⁉〉
「あ?」
モンちゃんの視線がコトリさん――が入ったイーへと向けられます。
「おいおい、『一日所長』だってよ。いいところに責任者がいたじゃねえか。おい! この落とし前、どうやってつけてくれるんだ!」
モンちゃんはイーの方へ砲弾のように迫ると彼女の襟を持ち上げて睨みつけます。
〈あなた自分がやっている事分かっているの? こんな人に迷惑をかけて信じられない〉
「はっ、アンドロイドは人間に奉仕する道具だ。だから人間様が何やってもいいのさ。それにみんな俺が炎上する事を望んでいるんだよ! みんな俺を通してスッキリしたいのさ。だったら、俺が漢を見せなかったら意味がねえんだよなぁ‼」
なんと滅茶苦茶な事を言っているのでしょうか。しかし、ここまで壊れた人間に理性を求める方が難しいのでしょう。モンちゃんはイーの中に人間が入っている事を理解していません。彼の拳はイーの左頬を強かに打ち、彼女はフロアに倒れます。
「ギリリッ!」
鋭い歯ぎしりの音と共にウェンズデイが立ち上がります。
〈ウェンズデイ!〉
「もういいよジウ。レッキングシスターズは壊すの専門。私を理解してくれる人もいるって理解出来た。それだけで充分。大事な人を守れなくて……何のために私の力があるのさ」
そのままウェンズデイは拳を固めて構えを作ります。それを見たモンちゃんの下卑た笑み……。
〈……⁉ 止めなさい!〉
「ジウはこの状況を黙って見ていろって言う――」
「へぶぅ――」
「⁉」
ウェンズデイの気持ちは理解できなくもないです。いくら数値の内では無事でも、情として我慢が出来ない事はあるでしょう。
しかしながら、私が言った〈止めなさい〉は、こんどはウェンズデイに向けたものではありません。
〈こ、この体どうなっているの……?〉
拳を繰り出したのはコトリさんの肉体であるイーです。
イーも姉妹同様にコードAが埋め込まれています。誰かのための肉体である経験を積んで来た事により、彼女の限定解除の条件は特殊化し「使用者の生命維持に限定して」その解放が自動で行われるようになります。人間を乗せてきたことで過保護に成長したのか、それとも――人間の意思に関係なく強権を解放するところから自分を人間と勘違いしているのか――何がともあれ無口な姉は姉妹で一番やりすぎる傾向に……。
「な、何をするんだ……!」
〈いや、体が勝手に……ジウさん! これどうなってんの⁉〉
「……」
〈……〉
イーは無表情のまま左腕でモンちゃんを抑え込み、右手でヘッドセットからコードを引き抜くとそれを彼のサングラスに接続させます。それに内蔵されたコンピューターをハッキングすると……今まで非公開にしてきた彼の悪行の数々を、計算から導き出した被害金額を乗せて次々とPチューブへ投稿させていきます。動画はあっという間に拡散し、収益のライセンスのはく奪はもちろん――
「止めてくれ! それ以上俺の名前で動画をあげないでくれ!」
因果応報と言うべきでしょうか、イーは虎の子であるモンちゃんの個人情報、住所からDNAデータまで投稿し終えると、アカウントを書き換え、モンちゃんが自分自身の手でこれらの動画に手出しできないようにしてようやく解放したのです。
〈うわ……ひょっとして、私、凄いところを見ちゃった⁉〉
「終った……俺の人生……何もかも終わりだ……」
対照的な反応を見せる動画投稿者二人。
「ねえジウ、今回は私達悪くないよね! ね!」
〈イー……あなたって姉妹は……。知りませんよ、騒ぎがここまでの範囲になると……〉
いきなりの事態の変化に追いつけない私とウェンズデイ。それに追い打ちをかけるように、先ほどの動画を観たと思しき野次馬が営業所を取り囲み、ついでに荷物を届けようと手続きに入ってきます。が、私達はとてもお客様対応が出来るような状態では無く……せめてメモリを、物理的にメモリを増やして……。
「な、なんだこれは⁉」
結局騒ぎの収束は所長の残り勤務時間ギリギリまでかかりました。その後も、動画をみて冷やかしにきたお客様の増加で営業所はてんやわんや。私達もイー、もといコトリさんの取材とお見送りに、増援部隊の姉妹の受け入れに、研修どころでは無く、我々の勤務時間もまたあっという間に過ぎたのでした。
時刻は二十時、マンスリーマンションに戻るとウェンズデイは夕飯を詰め込み補給を済ませるとシャワーを浴びでリフレッシュ……そして魂の抜け殻のようにリビングのソファーでグッタリしているのでした。
〈寝るならベッドにしてください。だらしないです〉
「ジウだって今私がどんな気持ちか分かるでしょ。ちょっとは甘えさせて……」
〈まあ、分からなくもないですけど……〉
しかしながら、彼女をふてくされたままにするのもお世話係としては命令に矛盾するようで……でも、初仕事で活躍したかったウェンズデイの気持ちも分からないわけでは無く、まったくこの状態を解決する方法は何かないでしょうか……。
〈ん?〉
営業所のウェンズデイのメールアカウント、そこから一通のメールが私へ転送されます。差出人は……。
〈ウェンズデイ、やはりご自分のベッドへ向かって下さい〉
「ジウ……さすがに強引なんだけど……」
苛立つ彼女の顔に私はメールを表示させたタブレット端末を差し出します。
「!」
それを認めるとウェンズデイは一目散に自室へ。
差出人は今回巻き込んでしまったコトリさんからでした。メールにはアイドル記者である彼女のホームページのリンクがあり、そこには弊社で体験したおもてなしの数々とレッキングシスターズの活躍が。彼女はウェンズデイとの約束を、私達のための記事を書く約束を守ってくれたようです。
動画にも、コトリさんに会社の名誉を守ろうとするウェンズデイの姿がバッチリ映っており、コメント欄も珍しくレッキングシスターズへ好意的な物がズラリ。おそらくウェンズデイはそれを見て、私に見せたくないレベルのだらしない笑顔を浮かべていることでしょう。きっと今日の気づかれも吹っ飛んで……単純なのがうらやましいやら……。
〈やれやれです〉
メイドロボとして、お世話係として主人の面倒を見る事は大変極まりない。
けれど、そんな面倒な彼女の幸せに一つ貢献できる事はアンドロイドの冥利に尽きます。
〈明日も仕事なんですから、夜更かしだけはしないでくださいね〉
本日の仕事はもうないでしょう。私はそれだけウェンズデイの端末にメールするとスリープモードへ移行します。
ウェンズデイではありませんが、本日は良い夢とやらが見れそうな勢いです。それでは皆様おやすみなさい。
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