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 しかしながら、運命と呼べるものが存在するのだったら、それはレッキングシスターズを「平穏」の二文字から縁のない存在に仕立て上げようとしているのではないかと勘ぐってしまいます。

 ウェンズデイと私の本日の仕事は研修の一日目と言うことで営業所内の仕事の観察の予定でした。私一人に限って言えば姉妹から業務におけるデータをそれこそこの営業所に存在する埃が溜まりやすい位置まで把握できるまでに共有しており、今からでも働けますが――ソラジマ所長にとってウェンズデイは未知数の存在。彼はまだレッキングシスターズについて話題にしていませんが、内勤は形式にこだわる傾向があります。我々を下手に動かすよりはおとなしく、窓際で何もしないでくれているとありがたいと思うのが人情と言う奴でしょう。

 それゆえソラジマ所長の研修一日目の指示は我々にも彼の名誉のためにも最善な指示であり、営業所内部には何一つ瑕疵はありませんでした。

 問題があるとすれば、それは営業所の外部からだったのです。

「チーっす!」

 表の、お客様用の自動扉を「ドン!」と強めに叩き、これまた「ドンドン」と厚底のスニーカーを鳴らしながらその男性は営業所に入ってきました。我々としては内勤業務に入ってから初めてのお客様で興味深く彼を見ますが、ソラジマ所長の表情は一瞬しかめっ面に。

「なんだよソラジマちゃん、相変わらずシケてんじゃん。俺様モンちゃんが来たんだからよ。盛大にお迎えしてもいいんじゃねえの。な!」

 いえいえ滅相も、とソラジマ所長は一瞬で笑顔を繕います。そのしぐさはまさにサービス業のプロと言えるでしょう。けれども、「モンちゃん」と名乗った男性が姉妹の一体に対して下品な顔で肩を組む様子はいただけません。我々はあくまで営業職員であり、ここはそういうお店ではありません。MaiDreamシリーズはあくまでメイドであって、そちらの奉仕を行うのは製作者の哲学から最も遠いものです。

 男性の背丈は一六八センチと小柄ですが、日ごろカロリーの高い食事を摂っているのか頭部も腹部も、脂肪がたまりやすい箇所は肥大化し背の割に巨大な印象を与えます。服装もキャップにサングラス、Tシャツの上にアロハシャツ崩れのジャケットを羽織り、これまた南国風の薄い生地の七分丈のズボンとサンダル。軽薄なサーファーかラッパーを思わせる風貌です。お願いですから総金歯の下卑た笑みで姉妹に迫らないでもらいたい。

「メイドちゃんもそんなイヤそうな顔すんなよ。お前たちが存在だって知っているのに俺はこの店を利用してやってんだぜ。お客様は神様だろうが」

 確かに、MaiDreamシリーズは西暦二五三五年に地球圏における使用を禁じられたアンドロイドではあります。禁止の理由は「女性型のロボットに給仕させる事は女性の人権侵害」、「人間の形をしているのであればロボットの人権も必要だ。違法な長時間労働をさせるのは非人道的じゃないか」という道具からしてみれば噴飯ものの地球圏の人権意識でした。他にも理由は色々ありましたが、制作者は総じて「自分たちが嫉妬されるほど人間よりも優れた物を作ってしまったことが原因だ」と涙ながらに我々を封印する事に。

 そんな我々を再発見したのが現在の社長・マスターです。西暦二五八〇年に宇宙空間に遺棄されていた我々を発掘し、両耳にFox Tailを施すと存分に道具として活用してくださいました。「ここは地球圏の外。君たちは存分に仕事をしていい」と言われた時の幸福は道具冥利に尽きます。それに、古い規範に囚われて清潔なまま死にゆく地球圏の事など多くの人類が気にも留めない現代、アンドロイドを活用しない企業は存在しないと言っても過言ではありません。

 それゆえ、モンちゃんなる男の言動、行動には機械らしからぬ怒りを覚えます。これはウェンズデイによって学習した私自身の衝動だけでなく、並列化で共有した姉妹たちのものでもあり――

〈お客様、止めて下さい……〉

 モンちゃんに肩を組まれた姉妹は声を絞り出します。それと同時に姉妹たちは〈違反行為です〉、〈職員への過度の接触は禁止です〉、〈止めて下さい〉などと一斉にシュプレヒコールを始めます。

「なっ……」

 人間の立場であれば同じ顔をしたアンドロイドが一斉に非難する事に抵抗を覚えるでしょう。そして真っ当な人間であればこれを機に己の行動を反省するはずです。モンちゃんもハッとたじろぎ、姉妹それぞれに顔を向けます。

 しかし――

「な、なにが禁止行為じゃ! 道具はな、人間のためにヘイコラ使われていればいいんだよ! アンドロイド風情が人間に反抗するな!」

 相手はどうやら救いようのない精神の持ち主でした。わなわな震える腕に力を籠め、握りこぶしを作ると姉妹に向けてそれを――

〈止めなさ――〉

「止めろと言って止めるバカがいるか! 俺様はな、今を時めく迷惑系Pチューっへぶっ――⁉」

「‼」

 確かに私はこの無礼な男に対して姉妹へ拳を向ける事を制する意味でも言葉を発しました。

 しかし、それ以上に止めなければいけなかったのは……ウェンズデイの拳。

「ふんっ……!」

 彼女はデスクから勢いよく飛び出すと姉妹の前に割り込み、モンちゃんの拳を左手で受け止めると右手の鉄拳を思い切りダルマのような頭部へめり込ませます。「メキメキ」と骨が軋む音が営業所内に響くと「へぶっ」という呻き声と共に金歯が数本飛び出します。

「やめ――」

「‼」

 基本的に血が上ったウェンズデイを物理的に止める事は不可能です。彼女のエメラルドグリーンの瞳は怒りのために瞳孔が開き、肉体は彼女の得意分野である殲滅能力を遺憾なく発揮しています。そのただならぬ様子にソラジマ所長も腰を抜かして、現状人間でウェンズデイを止められる者はいません。だから私は――

〈ウェンズデイ、止めなさい!〉

 と訴える事しかできません。私は無事だと出来るだけ感情をこめて音声を発する事。これが重要です。

 マスターに拾われる以前の記憶がないウェンズデイは仲間意識・家族意識が強く、恩のあるマスターや私のためであればその身を挺して行動することが報いる事だと考えている節があります。「機械の命令で行動を決める人間」と定義すると滑稽ですが、彼女にそのような側面があるのもまた事実なのです。

 私の言葉はなんとかウェンズデイの耳に届いたようで、彼女の行動はすんでの所で止まります。少なくとも命を奪う事態は回避できましたが――

「う、ぎぎぎぎゃ――」

 ウェンズデイはモンちゃんの背後に回ると彼を転ばし、うつぶせに組み伏せます。額から派手な音を立ててくずおれる巨漢。額が割れたのか営業所のフローリングに血の染みが広がり。

「せい!」

「うっ――」

 ウェンズデイは相手の左腕を締め上げると、勢い余ったのかそれはありえない方向に捻じり上がり「ポキッ」とこ気味良い音が。骨が折れると同時にモンちゃんは気絶しました。

「ふう……ジウ、大丈夫?」

 私はカウンターを挟んで内側の職員のスペースにいます。ウェンズデイが呼びかけたのは私の姉妹であって、彼女は被害に遭ったアンドロイドに「怪我はないか」と心配しながら駆け寄ります。

 ……確かに並列化を迎え、均一化された姉妹は私ともいえますので、心配されるのはやぶさかではありませんが……このスッキリしない感情は何でしょうか。外見がほとんど同じなのも一因ですが……後でウェンズデイには教育を施すべきですね。

〈ウェンズデイさま、私は大丈夫です。それよりも……〉

 姉妹は慌てて立ち上がるとウェンズデイに一礼し視線をソラジマ所長に向けるように彼女を促します。

「ああなるほど。所長、不詳ウェンズデイ、不審者を撃退いたしました」

 そう言ってウェンズデイは敬礼を決めます。外面を維持しつつも、目元には笑みが浮かんでおり、私には見えない尻尾を振っているようにも見えます。確かに、これがマスター相手であればお褒めの言葉が一つやってくるタイミングではあるでしょう。

 けれど、姉妹が浮かべているのはウェンズデイに対する「心配」の表情です。それが示すようにソラジマ所長は小鹿のように震える足でなんとか立ち上がると、肩を震わせ、頭部を上気させると怒りの表情を浮かべて――

「いったい君はなんてことをしてくれたんだ! 始業してまだ一分と経っていないのにいきなり、お客様に向かって!」

「……? 私なにかしちゃいましたか?」

 ソラジマ所長の怒りに合点がいかないウェンズデイ。てっきり部下を助けた事を褒められると思っていたのに、この人は何で怒っているんだと戸惑っています。

 やれやれ、アンドロイドである私としては姉妹を助けてくれた事に感謝したいのですが……これが人間関係となると、ことサービス業の世界となるとソラジマ所長の気持ちも分からなくもないです。

〈ウェンズデイ、気持ちは嬉しいですが、なにか忘れていませんか。サービス業にとって『お客様は神様』ですよ〉

「え? でもこの人は人間だし、私神様だって壊せる自信があるけど」

〈あーそう来ましたか〉

 駄目だこりゃ、ウェンズデイはそもそもサービス業に向いていません。これは現場の人間に指導してもらおう他無いかも。

「あのなぁ、お客様に手を上げる事自体がマイナスなんだよ! ここは人目の無い宇宙空間じゃないんだぞ! 今みたいな行動が他のお客様に見られたら『このお店、客に暴力を振るうんだ』って噂が広まって誰も来なくなるんだよ!」

「いや、でも、営業始まって十分以上経っていますけどお客さん誰もいませんよ」

「いや……確かにそれはそうなんだけど……ああ、そうじゃ無くて……うーん、そうだ! 殴られたこのお客さんがウチの悪い噂を流したら結局は同じなんだよ!」

「分かりました」

 そう言うとウェンズデイは自身よりも二回りは大きいモンちゃんの体を軽々と背負います。

「この人宇宙空間に捨ててきます」

「君には常識が無いのか!」

〈ソラジマ所長、お言葉ですが、所長もお客様がいないからと営業スペースで部下を怒鳴るのはいかがかと。指導なさるならバックヤード、見苦しい場面は裏でお願いします。

 ウェンズデイ、ここは宇宙港、相手がどんな悪人に見えてもこの人は宇宙海賊ではありません。一概に殺害=解決では無いのです〉

 ソラジマ所長は繊細なエリートに典型的なヒステリーに囚われ……ウェンズデイはウェンズデイで殺伐としすぎた価値観で行動を始めようとしています。おかしい、私とマスターとの教育はどこで、どのように失敗したのでしょうか……。それに、いくつか気になる問題もありますし、そろそろ介入しないと話がこじれそうです。

「……ウェンズデイ君、済まなかった」

「すみませんでした」

 ソラジマ所長は平静を取り戻すとウェンズデイに頭を下げました。部下に謝ることが出来る。それだけでこの人が肩書だけでない信頼に足る人物であると理解出来ます。ウェンズデイも教育の成果で謝ることが出来るように。ひとまずクールダウン成功です。

〈ウェンズデイの無礼はあとで謝るとして、まずはこのモンちゃんなる人物をどうにかしなければ。ソラジマ所長、この営業所にはありますか?〉

「もちろん、バックヤードまで案内する」

 我々は営業所内を姉妹たちに任せるとバックヤードへ急ぎます。

 惑星企業国家には生活インフラが一通り揃っていますが、その質はピンキリです。住民・従業員の生活の質を気に留めない経営陣が支配する惑星の場合かつての地球の中世レベルの環境で生活しなければならない事も。宇宙というハードな環境では最新の設備・文化レベルが求められます。そのため星間運送業社は宇宙港の営業所に惑星企業国家に頼らない緊急事態のための自前の設備を備えています。

 カプセルと呼ばれる医療器具もその一つであり、人間大の大きさの水槽の中に満たされたジェルにその身を沈めることでどのような外傷でもたちどころに治る優れもの。骨折であれば数時間もあれば接合・完治させることが出来ます。

 ウェンズデイはカプセルにたどり着くと一度モンちゃんを床に降ろし、ジェルが浸透しやすいように手早く服を脱がして全裸の彼を器具の中へ横たえさせます。蓋を閉じてジェルの薬剤の調整を済ませると容器の中をそれで満たして「ホッ」と一息。これでひとまずはひと段落です。

「凄いな……まるで医者みたいだ」

〈得意分野となればウェンズデイはこれだけのことが出来ます〉

「それなのに一般常識だけはあんまりなのか……」

〈お恥ずかしながら、それについては申し訳なく思います〉

 一仕事を終えたウェンズデイは我々の方へ顔を向けます。さて、彼女の準備が整った所でブリーフィングを始めるとしましょう。

〈ソラジマ所長、まずこのモンちゃんなる人物がどのような存在なのか説明をお願いします。姉妹たちから共有したデータによると、この方はあまり良いお客様とは言えないようですが〉

「……ああ、その印象で間違っていない。と言うよりもこの宇宙港で彼を好きな人間なんて誰もいないさ」

「それってその人がさっき言おうとしていた……なんたらって言うのが関係していますか?」

 ウェンズデイの重要な所を掴む勘所は脅威的です。これも彼女の生き残るための才能の一つなのでしょうか。ソラジマ所長もそのキーワードから話をしたかったのか、おおきくため息をつくと堰を切ったように話し始めます。

「彼がこの宇宙港にやって来たのはちょうど半年前。ラバウの宇宙港はこの宙域の中では一、二を争うほど大規模で活気に満ちている。そんな場所では当然ネタに事欠かない訳で、取材と評して素人動画投稿者、Pチューバーが港の有名店とかを撮影・配信し始めた。SNSを使った交流なんて所長の僕には忙しくて理解できない事だが、とにかくそんな人種がいる事も事実だ。

 そして、モンちゃんはそんなPチューバーの中でも迷惑系、他人に迷惑をかけて動画の再生数を稼ぐいわゆる典型的なクズだ。奴は常時リアルタイムで情報を収集・配信するサイバーグラスを掛けてはあちこちも店に顔を出し、ちょっかいと迷惑をかけては炎上して再生数を稼いでいる」

 ウェンズデイはカプセルのそばに丁寧に畳んだモンちゃんの服、その上に置いた割れたサングラスを見ます。なるほど、モンちゃんの視点で怒鳴る行動を追体験するのは視聴者にそれなりの刺激を提供するわけですか。

「まさかそんな奴が星間運送業社を利用するなんて思っていなかった。あの手のデジタルな人種はだれかに荷物を送るような真心を持っているはずがないからな。ところが、ひょんなことでお使いに出したアンドロイドがアイツに見つかって、違法だの人権侵害だの言ってきて付きまとうようになってきたんだ」

〈なるほど、今になってもお客様が来店なさらないのも、姉妹たちがモンちゃんに対して嫌悪感を示しているのもそれが原因ですか〉

 無線通信で店内の監視カメラにアクセスするとそこにはまだ閑散とした営業スペースの様子が。ようやくお見えになったお客様も様子を窺うようにスライドドアを覗き込み、姉妹が「大丈夫です」と笑顔で促してようやく入店なさりました。

「それ業務妨害じゃないですか! だったら警察に通報すれば――」

「いや、そうもいかない。奴はこの宇宙港の管理者に賄賂を渡している。それに、いやらしい話だが売り上げに貢献している事も事実だ。ほとんどヤクザの手口で良くない事だとは分かっているが、弊社の方針は『あらゆるお客様に荷物が届く喜びを』。クズが相手でも……サービスを提供するのがプロとしての仕事なんだ……。

 いいかウェンズデイ君。君が社長令嬢だかレッキングシスターズだか知らないが世の中は悪党を痛めつければ解決だなんてスカッとすることだけで出来ている訳じゃない。高度に複雑化した世界では単純なことだけが解決策じゃないんだ。

 それなのに……ああ、さっきの顛末絶対に宇宙中に配信されている……。目を覚ましたらコイツ絶対に言いふらして……レッキングシスターズが暴力行為ってタイトルで配信する――噂は本当だったんだ、僕のキャリアが、営業所長からさらなる出世が、栄光の道が壊された――」

 ソラジマは真面目に説教をしたと思えば今度は泣き崩れ、躁と鬱を激しく行きかっています。

「ねえジウ、この人大丈夫なの? 所長って営業所の社長(・・)みたいなものでしょう。こういう時、ママだったら笑っているけど」

 ……命のやり取りレベルの修羅場をくぐって来た御仁と一所長とを比べるのはどうかと思います。なるほど、ウェンズデイがこの危機的状況でもやけに泰然としているのはマスターの影響がありましたか。

〈ウェンズデイ、人は多くの物を積み上げるとその分だけ臆病になる生き物でもあるんです。大人だって泣きたくなるんですよ〉

「ふーん。でも、所長さん抜きで大丈夫なの? 私達、いや、少なくとも私内勤は素人以下だよ」

 確かに、状況は芳しくありません。モンちゃんが生配信したであろうレッキングシスターズの暴力行為に泣き崩れる所長。この時点でこの営業所は八十点の減点であると言えるでしょう。

 しかし、どのような状況でも人間の事をサポートし、最大の成果を出すのが我々MaiDreamシリーズの存在意義であります。

〈まあ見ていて下さい。ウェンズデイ、たまには私の、私達姉妹の凄さを見せつけてさしあげますよ〉

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