第二話 業務を円滑に行うための裏方業務・内勤編

2―1

 時刻は標準時刻で四時五十五分。スリープモード解除。コンディションの簡易チェックを開始……問題なし――

〈起動します〉

 両目・メインカメラに色彩が表示されるとこれが人間で言う所の「起床」なのかと考えます。まあ、スリープモードとは銘打っておりますが機械的には標準時間における二十四時間稼働し続けている訳で……アンドロイドに睡眠の概念があるわけではありません。

 この機能を与えたマスター・社長の考えはよく分かりません。電力の省力化では無く、人間らしさの追求のために余分な機能を、しかも働かない機能を追加するのはいかがなものかと。我々道具は効率的である事こそが至上の命題であるはずなのに。

 しかしまあ、現在のサブマスターである彼女をお世話していると人間という生き物がいかに「非効率的」であるかを思い知らされますが――

 私はサブマスターであり、マスターから託されたお世話の対象が寝息を立てているであろう寝室へと歩みを進めます。彼女は私の事を家族同然に思っているようですが、親しき仲にも礼儀あり、三回ノックをして「入りますよ」と一言。

 時刻は四時五十八分。平時であれば彼女はまだ睡眠状態に入っている時間。

「……」

〈……〉

 まず目に飛び込んでくるのは床にぐちゃぐちゃに落とされている掛け布団。悪夢でも見たのか、単に寝相が悪いのか、幸せそうに涎を垂らしているのを確認するとおそらく前者でしょう。

 ベッドの白いシーツいっぱいに手足を、褐色の素肌をさらけ出す様子は男性であれば「艶やか」だと評価するのでしょうが、お生憎様、お世話係である私にしてみればだらしないの一言に尽きます。服装も運動性を重視した白のスポーツブラにおそろいのパンツの下着姿。豊満な胸元が零れ落ちそうになっているのも減点対象です。

 初めから色が抜け落ちたかのような見事な白髪のセミロングもグシャグシャに振り乱し、この人は寝ている時まで暴れないと気が済まないのかと思わされます。確かに、戦闘はあなたの得意分野ではありますが……保護者としては寝ている時くらい落ち着きを覚えて欲しいところです。

「……ジウ?」

 サブマスターの健康チェックを兼ねた観察をしている間に時刻は五時ちょうどを迎えます。

〈おはようございます、ウェンズデイ〉

 サブマスター・ウェンズデイは五時になるとスイッチでも入ったかのように目を覚まします。これだけの醜態をさらしておきながら彼女が二度寝した記録は一度もありません。エメラルドグリーンの瞳を点灯させるがごとく起床する様は人間よりも機械に近いのではと思わされます。

「ふわ~……。なんだか今日はよく眠れた気がしないなぁ……」

 そう言いつつ、カップの位置を整え、ベッドメイキングを始めるウェンズデイ。教育の成果を感じます。これは人間で言う所の「達成感」なのでしょう。

 しかし私は容易には彼女を褒めません。ウェンズデイはすぐに調子に乗るタイプで、その結果が今の待遇に繋がっているのです。そもそもベッドメイキング自体社会人としての当たり前のたしなみ。ここは心を鬼にして、グッと堪える時。

〈と言うと?〉

 私はあくまで平静を装いつつ「雑談」を続けます。

「枕が変わると全然ダメ。もう落ち着かない」

 ウェンズデイは「鏡はどこだ?」、「櫛はどこに?」と呟きながら身だしなみを整え始めます。

「枕どころじゃないや……そう言えば、ここ私の部屋ですらないし……」

〈登録上、ここは間違いなくウェンズデイ、あなたの部屋ですよ〉

「そうなんだけどさぁ……」

 癖の無い素直な髪質のおかげで彼女の白髪はあっという間に元のストレートへと戻っていきます。そして彼女は鏡に映る自身の表情を見ると自嘲気味にため息を一つ。

 そう、私達が今いるのはポイントS―28に浮かぶ本社スペースコロニーの自室ではありません。

 先日ウェンズデイと私はとある輸送業務の遂行中に宇宙海賊に遭遇し……周辺宙域に少なくない被害をもたらしてしまいました。その埋め合わせのためにマスター・社長が命じたのは一か月間の内勤への異動。どうやらマスターとしては私達「レッキングシスターズ」の悪評が収まるまでおとなしくしてろ、とおっしゃりたいのでしょう。

 レッキングシスターズ。ウェンズデイと……不本意ながら私に付けられた不名誉極まりないあだ名。私達、と言うよりも本質的にはウェンズデイ一人が原因なのですが、彼女が何かしらの任務に就くたびに何かしらの「破壊」にまつわる被害を発生させ続けてきた事からつけられたそれは周辺宙域で聞かない者はいないレベルで広がってしまっています。

 我々が現在いるのは同宙域内の惑星企業国家・ラバウの軌道エレベーター内に存在するマンスリーマンション。辞令を下された直後にやけを起こしたウェンズデイは頭に血が上ったまま私を抱えてシャトルを飛ばし、宇宙港からこのマンションまでたどり着くと今日まで不貞寝をしていたのです。

「やっぱり落ち着かないなぁ……」

 ストレスがまだ解消しきっていないのか、それとも普段とは異なる制服に身を包んでいるからなのかウェンズデイは鏡の前でひたすら首を傾げます。

 今回ウェンズデイが身を包んだのは内勤の制服。ワイシャツの上に紺のブレザー、灰色のパンツに身を包んでマニッシュに仕上げています。かくいう私もマリー女史を見習って今日は緑を基調にしたスカートタイプのスーツでウェンズデイと格好をそろえています。

 何故男性の制服を選んだのかを問うと「こっちの方が蹴りやすい」とのこと……あなたおとなしくするって目的忘れていません……?

 ウェンズデイの顔だちはまだ幼く、人間離れしたエメラルドグリーンの瞳も相まってネクタイを締めあげた姿は見ようによっては中性的。孫馬子にも衣裳、普段の外勤のツナギ姿からしてみると、初々しい新入社員に見えなくもありません。

 ……もっとも、制服越しにも存在感を見せつける豊満な胸元のせいでフェミニンな印象から逃れる事は出来そうにありませんが。

「あ、ジウまた私の胸見てる」

〈見てません〉

「嘘。何かあるごとにジウが私の胸を見ているの、大きいとそういう視線に敏感になるんだから」

 なるほど。ウェンズデイは他人に胸を見られる事に不快感を覚えていると。

 ウェンズデイは見た目こそ十六歳の少女ですが、この年齢は外見から推定されたもので、正確な物ではありません。彼女は四年前にマスターがとある惑星で拾って来た捨て子です。両親もそうですが、拾われた当時の彼女には記憶も、言語も、人間社会で培われるであろう人間らしさに関わる物事がごっそり抜け落ちていました。ウェンズデイという名前もマスターが適当に付けたもので、今でも彼女が何者なのかハッキリとした事は何一つ分かっていません。せめてレッキングシスターズと呼ばれる所以になっているその殲滅能力の出所さえ分かれば正体を掴めるのではと推定しているのですが。

 当時マスターの社長秘書として活動していた私はウェンズデイと出会ったことで、いきなり彼女付けの教育係に異動になりましたMaiDreamシリーズとしては本来の用途ですから驚きはありませんでしたが、そこからの四年間は彼女のお世話でかなり濃密な時間と経験値を獲得したように思われます。ウェンズデイも飲み込みがいいのか二年もすれば十四歳相当の知能を獲得し――言語と戦闘分野においてはすでに弊社の戦闘部隊を凌駕しています――仕事に従事した二年間で、まだまだ抜けはあるものの、現代の十六歳と同等の人格に成長しました。

 まだまだ四歳程度の子供だと思っていたウェンズデイが「恥じらい」を覚えている。ッこれは大きな前進……。

「あ、ひょっとしてジウ、自分がペタンコなの気にしているんでしょう」

〈気にしていません〉

「間髪入れずに否定するあたり図星だと思うね」

 さっきまでの恥じらいはどこへやら、ウェンズデイは胸を張るとその姿勢のまま私へと迫ってきます。

〈まさか、我々MaiDreamシリーズはこの姿で完成系。この計算されつくされたデザインこそが人類の理想なのです〉

 私もまた――ウェンズデイに比べれば大抵の女子がそうだと思いますが――胸を張って彼女を見上げます。

 MaiDreamシリーズは、かつて人類の母星であった地球に存在した極東に位置する国家の科学者が立ち上げた「夢のような究極のメイドロボを作るクラウドファウンディング計画」によって生み出されました。

 動機こそふざけた物ですが、この計画で生み出された我々は人類が生み出した数々のアンドロイドの中でも至上の物であると自負しています。外見はあらゆる人類がうらやむ金糸のごとき金髪とサファイアを磨いたような碧眼を備え、陶器よりも滑らかでいて自然な肌触りと温もりを持つ白い肌に、体長は一六〇センチと高すぎず低すぎずの従者として絶妙な高さ。

 アンドロイドである事を外見的に分かりやすくするために、機械の特徴の表現を義務付けられた「Fox Tail」である、両耳に埋め込まれたヘッドセットとのバランスこそ気になる所ではありますが、それでもこの外見こそがメイドの極限。どだい胸を大きくする必要は一ミリもありません。我々はセクサロイドではなくアンドロイド。確かにMaiDreamシリーズには理論上様々な能力を付与できる拡張性能がありますが、胸を盛った所で動きの邪魔でしかありません。元来メイド服とは――今はスーツですが――主に欲情を抱かせないための物。バストの大きさはつつましやかなものでちょうどいいのです。

 とまあ、こんな説明ウェンズデイが拗ねて私に当たって来るごとの、都合八十九回目のやり取りなので音声には出しません。

〈そんな事よりも、準備が出来たのなら朝食にしますよ。すでにマスターからは「準備万端」とメッセージをいただいています。一日は朝食を摂らないと始まりません〉

「あ、逃げたな」

 わざわざ威嚇してくる動物に突っ込んでいくほど私は愚かなアンドロイドではありません。私にはまだ朝の仕事が残っています。

 雑談を続けながらウェンズデイに今日の予定を伝えつつ、私は彼女をリビング兼ダイニングへと誘導します。彼女を椅子に座らせ、冷蔵庫の中から朝食を用意。

〈ウェンズデイ、何度も言いますが本当にこんなもので大丈夫なんですか〉

 私が彼女の前に差し出したのは軍用レーション。栄養価はお墨付きで、これは彼女が自身の給料の中から購入した物なので文句を言う筋合いはないのですが――

「いいのいいの。ジウだってわざわざ私一人分の朝ごはん作るの面倒くさいでしょう」

〈私は確かにメイドロボですが、お世話係であってあなたのコックではありませんよ〉

「機能を拡張すれば料理だってつくれるくせに。まあ、お互い面倒な事は無しって事。それに、きちんとした料理ってなんか胃にもたれるというか……こっちの方が『おふくろの味』って言うのかな。食べていて落ち着くの」

 ウェンズデイがやって来たばかりの頃を思い出します。まだ言語すら習得できていない、彼女が獣同然だった頃。何を与えても口に入れようとしないウェンズデイの好みを把握するのに一週間かかりました。機械である私に食事の概念は無く、まったく人間の頑なな好みと言うものは理解に苦しみます。

 まあ、究極栄養さえ整っている物さえ食べてくれればなんでもいいです。私はウェンズデイが最低限の人間性を維持できるように食器を用意し、そこにレーションを盛りつけるように指示します。「缶詰のまま、銀紙のまま食べるのがオツなのに」とぶつくさ行ってきますが却下します。礼儀作法は普段から当たり前のように行わないと身につきません。カロリーバーをナイフとフォークで食べる様は想像するとシュールですが……この際やむを得ません。

 それと並行して私はテーブルに埋め込まれたモニターを立ち上げ画面がウェンズデイと対面になるように固定すると私を経由して通信チャンネルを接続させます。

「お、ようやく繋がった‼ ウェンズデイおはよう。なんだ、珍しく寝坊したのかい?」

 モニターにマスターの姿が表示され、声が部屋中に広がります。

「おはようママ。慣れない制服だったから準備に手間取っただけ」

「なにお前またそんな物食べているの? 一応社長令嬢なんだからもっと良いもの食べればいいのに」

「いや、それはママにだけは言われたくない」

 モニターの中、マスターの手前に映るのは発泡スチロールの容器とその上に乗せられた割りばし。両者の隙間からは湯気が漏れ、タイマーの音が鳴り響くとマスターは割りばしをテーブルに置いて蓋を剥がします。

 ウェンズデイが反抗したのも頷ける、マスターの本日の朝食はカップ麺でした。

「またそんな粗食……ママは社長なんだからもっと良いもの食べてもいいのに」

「社長だからこそたまには粗食を食べたいんだよ。昨日は取引先のお偉方とディナーで舌が疲れたんだ……。味におべっかに……口周りの疲れを取るのはこれが一番なの」

 メガネを曇らせながらずるずるとカップ麺をすするマスター。言葉通り目元には化粧では隠しきれない疲労の色が。灰色の髪は寝癖のためにうねりにうねり、頭部に嵐が生えたようになっています。寝起きなのか、服装も胸元が大胆に開かれた赤いパーティードレスで、裾などがだらしなく乱れています。

 マスターはポイントS―28を中心に各宙域の物流を担う星間運送業社・サマートランスポートの社長であり、画面からはその多忙さがうかがえます。昨日も夜の時間一杯まで会食と言う名の営業を行い、ご自身の身だしなみを整える間もなく疲労のために寝てしまわれたのでしょう。

「こんど休みが取れたらさ、何か美味しいもの食べに行こうよ。私とママともちろんジウと、マリーさんも誘ってさ。私この間行った星で良いステーキ屋さん見つけたの」

「お、社長に休みを要求しますか。平社員の癖に態度がデカいぞ」

「社員の前に社長令嬢だもん。ママにワガママを言うのは娘の特権でしょ」

「ははは、確かに。でもマリーは家族じゃ無くね」

「ほら、マリーさんにはいつもお世話になっているし。そのお礼。だから女子会。会社風に言うなら社員研修……いやプチ慰安旅行みたいな」

「ぷはははは……慰安旅行はウケる。なるほど、部下にそう言われちゃ社長としても検討せざるをえないなぁ」

 それでも、寸暇を惜しんでモニターの前に立ち、無線で私を呼び出したのは日課である娘との朝食のため。

 マスターが育児休暇を取得出来たのはウェンズデイを発見してからの二年間です。その期間だけは一日中家族として過ごせることが出来ましたが、いざ社長として現場に復帰すると家族のための時間どころかプライベートすらないほどに多忙。社長秘書であった私をお世話係として異動させたのも、ウェンズデイを社員として奉公させているのも、社長の立場を利用してウェンズデイを自身の監視下に置きたいという親心からであります。周囲からは女海賊とその剛腕で怖れられていますが、内部を知る私からすればただの親バカであると評価できるでしょう。

 寝起きの寝癖に、食事の趣味、ウェンズデイは一七〇でマスターは一七五の高身長でスタイルの良い――ついでにお二人とも胸元が豊満です。どうでもいいことですが……――体で姿勢よく席に着く様子。同じ釜の飯を食べると他人でも似ると言います。二人の間に遺伝子上のつながりはありませんが、こうしてみるとこの義母娘おやこは実に似ていると思わざるを得ません。

 時刻は六時三分。二人の朝食を導いた所で私の朝の業務はひと段落。人間と異なり食事を摂る必要のない私はそれが終わるまで待機です。

「ふふふ」

「ははは」

〈……ふふ〉


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