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ポイントS―28。そこはうちの会社、サマートランスポートが拠点を構える宙域で数多くの惑星企業国家が密集している宇宙の一等地だ。
その本部は廃棄されたスペースコロニーを改装したもので、昔ママがコロニーにしては二束三文で手に入れたらしい。このコロニー一つが会社の本社であり、社宅や宇宙船の修理ドックといった社用の設備はもちろん、シネコンやブティックなど外部の一般企業も入り込んで小型の惑星企業国家さながらの生活空間にもなっている。
宇宙港に人質を保護してもらい、ついでに荷物を納品したすぐ後に私達は休む間も無く本社に召還されて――
「なんてことしてくれたんですか!」
社長室で怒られていた。
「ひぃ……」
〈申し訳ございません〉
部屋中にヒステリックな叫び声が響く。その声に私は思わずたじろぐ。対照的に隣のジウはアンドロイドらしく最敬礼の九十度のお辞儀で謝罪の意を示していた。こういう時機械的な動作が出来るのは羨ましい……。
恐る恐る目を開ける……。
「ウェンズデイさん! ちゃんと話を聞いているんですか⁉」
私達に向けてそう叫ぶのはウチの会社の社長秘書であるマリー・グリーンヒルさんだ。亜麻色のロングヘアを仕事用にお団子にまとめ、赤いフレームのメガネから琥珀色の瞳がキリリと覗く。緑を基調としたスーツでキッチリと固め、ハイヒールを履きこなす様子はいかにもデキる女性って感じで、これで十八歳と(推定だけど)私とたった二つしか変わらないというから驚きだ。宇宙は広い。
「もう! あなた達はどうしていつもいつも派手なやらかしをしないと気が済まないんですか」
普段であれば内勤の男性から毎日のようにデートのお誘いを受ける美貌を振り乱しては次々と叫び声をあげる。この社長室が防音をバッチリキメていなかったら彼女のソプラノが仕事場中に騒音レベルで広がっていたに違いない。
「前回は惑星ギルダンでの違法植物群輸出未遂、前々回は小惑星スイリュウでの対消滅装置起動事故、その前は……イタイ、イタイ……お腹が痛い……」
「あの……マリーさん……怒るのがストレスならもう止めません……?」
「誰のせいで怒っていると思うんですか!」
マリーさんは頬を膨らましながら(不覚にもかわいい)胸元に抱えるタブレット端末を私に向けた。
「今回の被害、物理的な損害で言えば過去最大の五百億クレジット! 破損個所を使えない事で生じるメルボの経済的損失は推定でその数十倍に……これ全部会社が弁償する事になるって考えただけで――ウェンズデイさん、いくらあなたが社長令嬢だからってその立場は社内外でなんでもやっていい特権じゃないんですよ! あなた一人が行った行動がこの宙域で働くサマートランスポートの総員約五〇万人を代表しているって何度言ったら分かるんで……イタイっ……お腹が……胃が……」
「それは……分かっていますけど……」
タブレットには今回私達が引き起こした被害の総額と、私達……レッキングシスターズの事が書かれたネットニュースが表示されている。記事には私達が海賊退治で宙域の平和に貢献した事や人質を解放した人道的な側面なんて一文字も割かれていない。どれもこれも私達の悪評で塗り固められている。
「今回は正当防衛なのに……」
〈ウェンズデイ、それが罰を受ける側の態度ですか。私はあなたの教育係として四年間こう教えたはずです。悪い事をしたら『ごめんなさい』。仕事での不祥事は『申し訳ございませんでした』。いくら納得がいかなくても外に出ると言うことは頭を下げなくてはいけない環境に出会うかもしれない事なんです〉
ジウはお辞儀を解除するとサファイヤブルーの瞳を真っ直ぐ私に向ける。
〈マリー女史は何もあなたが憎くて叱っているわけではありません。メルボの政府から拘束されることなくこうして真っ直ぐ帰ってこられたのも、現状小言程度で済んでいるのも会社が方々の手を尽くしてウェンズデイ、あなたを守ったからです。本来であれば首を切られた上でメルボで私刑にかけられてもおかしくない所だって事を、聡いあなたであれば十分に理解出来ているはずです〉
「……」
私を見るジウの瞳が柔らかいものになる。マリーさんも「そうですよ」と追随するようにまなざしを……この後悔を誘うアメとムチはズルい……。
「……申し訳ありませんでした」
色々言いたいことはあるけど、確かに宇宙港を巻き込んだのは大失態で……ここは頭を下げるべきだと思った。私はジウが見せたのと同様の九十度の最敬礼を見せる。
「ふう」〈ふう〉
安堵のため息が二つ聞こえる。どうやらこれで二人は納得したみたいだ。
「別にウェンズデイが謝る事無いんじゃないかな」
「社長!」〈社長!〉
弛緩しかけた空気が一気に張りつめる。顔を上げるとジウとマリーさんは目線だけで人を殺せるような形相で声の主を睨んでいた。
〈せっかくウェンズデイが謝罪を覚えた所で〉
「いや、だってねぇ……」
そう、ここは社長室。私に処分を告げるのはマリーさんだけでなくもう一人、サマートランスポートの女社長であり私の
灰色のウェーブがかかった腰までのロングヘア、その前髪をかき上げると丸メガネ越しに悪戯っぽいネコ目が露わになる。タブレットから顔を上げて私達の様子を一瞥し「おわった、おわった」と呟くと会社の前進である私兵団のオリーブカラーの軍服の胸元を開いて思いっきり息を吐く。私よりも二回りは大きな豊満なそれが露わになると、ママはさらなるリラックスのために軍用ブーツごと足をデスクに放り投げた。
「今回の一件はウェンズデイ一人のミスとは言えないしねぇ」
「社長! それが部下の不始末をたしなめる態度ですか。格好もだらしない……」
「だってほら、叱るのはマリーちゃんとジウがやってくれちゃったでしょ。余った私としては甘やかすくらいしかやることが無いじゃない」
そう言うとママは社長室の大モニターにマリーさん同様今回の顛末を示した内容を表示した。
「……ママ、これって……」
けれどその内容はマリーさんが見せたタブレットの内容と大きく異なる。それに気づくとママはニヤリと口元に笑みを浮かべた。
「ジウが収集した情報によるとあの海賊団は『ダイバー』なる次世代のワープ技術を使って約二年に渡って略奪行為を繰り返していた。長時間亜空間に潜伏する能力で宇宙軍の戦艦含めて好き放題略奪、各惑星のVIPをさらって人質にした上に凌辱。極め付けは能力と彼女たちを盾に周辺の惑星企業国家との間に略奪協定を結ぶ始末。
絶大な権力を持って地球を離れたはずの惑星企業国家がたかが百数人人規模の海賊一団に手玉に取られただなんて一大スキャンダル、誰もばらされたくない。これをネタに交渉した結果、口止め料として宇宙港の賠償の免除と、向こう五年あの宙域での輸送の独占権を手に入れた。
いや~レッキングシスターズはいい仕事をしてくれたよ。今回のやらかしでだいぶ儲けた」
「「……」」〈……〉
流石私兵団時代から女船長と呼ばれて来ただけはあると言うか……御年三十八歳(外見は二十代後半と見まがうばかりの美魔女)、伊達に修羅場はくぐっていない。交渉のやり口は今回殲滅した海賊さながらだけど――
「ママありがとう! 大好き!」
「こらこら、勤務時間中は社長と呼びなさい」
「ありがとうございます社長!」
ママに抱き着こうと迫ると、ママもまた私のために大きく腕を広げてくれた。ひし抱き着くとママの落ち着く香りに包まれる。ママなら私の仕事を評価してくれるって信じていた! ああ、素敵なママに拾われて私は幸せ……。
「ところで社長、今回引き渡した船長の件でして……懸賞金はいくらになりました?」
あの衝突事故の中で驚くべきことにキャプテンのおじさんは生き残っていた。戦艦が予想以上に頑丈だったのか、本当に運が良い人だ。おじさんは不名誉な情報を拡散させないため、ダイバーにまつわる情報を吐かせるために現在メルボの政府に拘束されている。
異次元の最新技術の手掛かりを持った重要参考人。そんな彼を引き渡した功績は少なくないはず。懸賞金は相場の二倍あってもおかしくないかも――
「0クレジット」
「え?」
「だから、0クレジット」
ママは私の肩を掴んで引き剥がすとタブレットを操作してその画面を私に突きつけた。
「メルボを含む惑星企業国家はダイバーにいいようにやられて以来、自分たちの失態を隠すためにあの海賊団のデータを抹消した。ゆえに、現時点における懸賞金は存在しない事になっている。だからウェンズデイの懐にはびた一文入ってこないよ。
それと、ウチの会社とあの宙域との間で結んだ協定もまた表には出ない裏のもの。実社会的には苦しい事にレッキングシスターズに処分を下さなくっちゃいけない」
ママは再びタブレットを自分に向けるといくつかのスワイプ操作を行った。それと連動するようにジウがデータを受信して、ヘッドセットが緑色に光る。
〈辞令を取得。翌日付でウェンズデイとジウの両名を外勤から内勤へ異動とする〉
「そんな、内勤⁉ 宇宙船の操縦とドンパチは⁉」
「なにアンタまだ暴れたりないの?」
「そういうわけじゃ……ただほら、私って体を動かすことが得意なわけで、一芸採用みたいなものだったじゃん! 内勤……内勤って……」
「いやいや、得意分野で暴れられるからマズいのよ。本当だったら謹慎や数か月の減給である所をこれでも大目に見てあげているんだから。
ジウから今月の成績表を受け取ったよ。相変わらず日常生活における数学が全然ダメ。これが爆薬の調合だったら教科書よりも上の答えを出せるのに……本当に才能が偏っているね。
ま、他部署への異動も社会人の立派な勤めだ。明日からしっかり頼んだよ」
じゃ、私は営業に出るわ。ママ、いや社長はそう呟くとマリーさんを引き連れて社長室を出て行った。本来ママは多忙なわけで、私達の辞令のためにここまで時間を取ってくれた事は十分すぎる愛情だとは思う。
でも――
「ジウ~~~……」
〈マスターの決定事項は絶対。覆りません〉
「そんな~~……」
ジウに抱き着こうが泣きつこうが状況が変わるわけじゃない。持って生まれた星のめぐりのせいなのか、レッキングシスターズにはトラブルが付き物。今度こそ、今度こそはいい仕事をしたと思ったのに……。
ああ、お仕事って難しい……。
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