第20話8

 僕は母に電話した。年明け早々の僕からの電話に対し、母は新年のあいさつ電話だと最初思っていたようだ。僕は父に関する昔の身内などからの手紙やハガキなどは保管していないかと母に訊ねた。


「その前に言うことがあるんと違う?」


「あ、新年あけましておめでとうございます」


「新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。父さんに代ろうか?」


 母はこういった順番をおろそかにしてはいけない性格でもある。


「うん。代わってくれる」


 そして僕は父にも新年のあいさつを電話にて伝え、相変わらず口下手な父は照れた口調で僕に対する新年のあいさつと僕の家族が元気にやっているかなどをあのいつもの口調で。まるで電話の向こうでの父の姿が安易に想像出来るほどの言葉と口調だった。そして再度、母に電話を代わってもらう。スマホからは母の大きな声で「もっと話せばいいのに。なんですぐに代わるの」という父に対する言葉が聞こえてくる。


「もしもし。ほんまにしょうがないなあ。あの人は。それで、なにやったっけ?」


「父さん宛に送られてきた父さんの身内からの手紙やハガキなんかがあればと思って。そういうの母さんは大事に保管するタイプだったし」


「うん。大事に保管してるよ。多分探せば家のどっかにあると思うよ。でも…。どこにしまってるやろうかなあ?ちょっと家中ひっくり返してみないと分からんわ。時間はかかるけどそれでもええ?」


「うん。新年早々、大変なことをお願いしてるけどよろしくです」


「ほんまやで。新年早々、年寄りをこき使うか?お年玉でも貰わんと割に合わんよ」


「そうやね。また、いつもみたいにお金振り込んどくよ」


「何言ってんの。冗談やん。我が子にお年玉貰うほど母はとっしよりちゃうから」


 こんな感じで母はいつも電話を切らせてくれない。母との電話はいつも長電話になる。僕がほとんど帰省せず、顔を見せないのが理由なのは僕自身が一番分かっている。

 それから一か月も経たずに僕の手元に小さな段ボールが届いた。中に詰められた父宛の古い手紙やハガキの束。これらがどんな役割を果たしてくれるのか。これらの手紙やハガキにもひとつひとつ、確実に意味があり。僕の『三十年の往復切符』もまた、精巧でたくさんの部品がそれぞれしっかりと噛み合ってこそ初めてその列車を走らせてくれるわけであり。

 僕はその母から送られた意味のある大切な部品のひとつひとつと時間をかけて向き合った。会社からは極力、定時で帰宅するようにし、休日もなるべく家族との時間とそれらの時間とのバランスを上手に。去年、僕が感じていた「いつかやるよ」的な考えは消え、母から受け取った『三十年の往復切符』で走る列車がどんどん加速していくのを感じていた。

 僕は父宛に書かれた手紙やハガキの差出人住所をすべてノートに書き写し、そのすべての住所へ手書きの手紙を書いた。僕のアナログな部分がそうさせた。効率を考えればパソコンで文章を書き、同じものをプリントアウトして送ればいい。けど、それでは手紙は届くけど、大事なことが届かない気がした。ちなみに手紙の内容はこうだ。


・僕が父の息子であること


・父は僕どころか長く連れ添った母にさえも自分の生い立ちを一切語らないこと


・僕は父がどのような環境で育ったのかや母と出会う前の父はどのような人だったのか知りたいと思っていること


・どんなことでもいいので父に関わる何かを知っているのならばそれを教えて欲しいこと


 僕はその内容の手紙を二十三通書き、簡易書留で送った。

 結果はそのほとんどの手紙が『宛先不明』で戻ってきた。それは当然予想出来たことだ。僕は確率にかけた。ただの一通でいい。その一通が届けば、と。そうすれば僕の『三十年の往復切符』で走る列車はきっと目的地へ大きく僕を導いてくれるはずだと思っていたから。帰宅してポストを確認するのが日課となった。嫁に「手紙は届いてないか?」と尋ねることが日課となった。ポストの中へ勝手に投函されるチラシやダイレクトメールが多い日は見落とさないように気を付けた。僕は知っている。列車は時に一時停止することもあるし、バックすることもあることを。都会と田舎の電車や列車の両方を知っている僕は、あれだけ正確な時間通り、同じ線路を共有しながら多くの電車や列車が走ることをみんなは当たり前だと思っているけれど、実はとてもすごいことであると思っている。それでも人は毎日利用しているそんな当たり前が、たまに人身事故だとか、駆け込み乗車なんかのトラブルで少しの遅延が起こるだけでストレスや怒りを感じる。駅員さんを怒鳴ったり、損害賠償の言葉を使って文句を言ったり。逆に「時間通り動いてくれてありがとう」と言ってる人なんか見たことがない。だから僕は心の中でしか本当の喜怒哀楽を表現しないのだろう。

 それは雨がすごく降っている日だった。僕の自宅に一通の手紙が届いた。

 僕の『三十年の往復切符』で走る列車は再び動き出そうとしていた。

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