第19話7
結局、僕はあれから何の進展もなく、無駄に日常だけを繰り返した。心の片隅には確実に存在している『三十年の往復切符』。僕はいつしか「別にお尻が決まっている案件ではないじゃないか。義務があるわけでもないし。そもそも考えてみればハードルもかなり高い案件でもあるし」と考えるようになり。後回し的な考えというより、
「行けたら行くよ」
「いつかやるよ」
みたいな。
そんな誰もが日常でよく使う上辺の言葉に似たような感じになっていた。そして僕は新年を迎えた。実家にほとんど帰省しない僕は自宅で家族と正月を過ごす。大晦日には紅白を見て、初日の出なんか、昔は見に行ったりしていたけど今はもうそれすら億劫になり、「日の出は毎日当たり前に見れるものであり。雨の日や曇りの日は見れないものだし。同じ日の出に特別な日はない」と言うようになり。正月もいつもの休日と同じように起き、嫁が用意したおせち料理とお雑煮を家族と食べる。そしてコタツで寝そべりながらテレビとスマホを弄る。スマホはラインに「あけましておめでとう」スタンプや短い新年のあいさつメッセージが送られてきているからそれらをチェックする。僕はそれらに既読をつけるが返信はしない。理由は単純で、僕はこれを送ってきた人たちにはすでに紙の年賀状を送っているからだ。リナックスパソコンが好きな僕はデジタルな人間だと思う。でもこういう年賀状という文化は割と好きであり。それにもちゃんと理由があって。それも単純で、紙の年賀状は紛失したりしなければいつまでも手元に残せるからである。僕は二十年以上前に貰った年賀状もいまだに大事に保管している。嫁が僕宛に届いた年賀状を持ってきてくれた。年々、貰う枚数が減っていくのを感じる。出す枚数は変わらない。僕のデジタルな部分が解析すると減った分はそのままラインのメッセージに変わっただけで、人との繋がりは大きく変わらない。僕が言うのも変な表現になるけれど、律儀に送ってくれた少ない枚数の紙の年賀状を一枚ずつ見ていく。それでも少ない紙の年賀状の大半がプリンターで印刷されたものだ。子供の写真をプリントしているものが多い。そんな中、何もプリントされていない白紙の年賀状に住所からすべて手書きでびっしりとメッセージが書かれた年賀状が一枚。両親から送られたものだ。連名になっているけれど母が書いたものだと分かる。父はこういうことを一切しない人だ。書かれている内容。
「タバコは体に悪いから本数を減らすように。出来れば止めるように」
「親もいつまでも元気ではない。もっと顔を見せに帰ってきてもいいのでは?」
去年も一昨年も同じような内容だった。子供にも僕は紙の年賀状を書くように教育している。それはいつまでも思い出として手元に残り、相手にとって将来、大事な宝物になるよと言って。いつもと変わらない感情で両親からの年賀状を見ながら、心の隅にある『三十年の往復切符』の存在を意識する。「なんとかしないとなあ」ぐらいに。そして数少ない届いた年賀状をめくっていく。そして僕は少し驚く。僕の両親以外からもう一枚の白紙の年賀状に手書きのものが。送り主の名前を確認する。どこかで聞いたことのあるような、ないような。裏面をめくり、書かれた文章を読んでみる。兄が結婚した女性の弟らしい。僕のアナログな部分が反応し、僕はコタツから脱出し、自分の部屋の机の一番下の引き出しを開け、兄の結婚式の座席表を取り出した。こういうのを僕は大事に保管している。名前を確認する。やっぱりあの女性の弟さんだ。僕は返事を書かないとと思いつつ、今の時代にこうやって白紙の年賀状に手書きの人がいることに好感を覚えた。まだ未記入の年賀状は余っている。返事を書こうと思った瞬間だった。僕の持つ情報に閃きという、宿命ではなく運命的と表現するのが正しい考えが。『運命』とは文字通り『運ぶもの』であり、複数存在し、それに辿り着くにもすべて理由があると僕は思っている。だから僕がその考えに辿り着いたことを運命と表現する。
「父も父方の誰かから年賀状や手紙など過去に受け取っていないだろうか?少なくとも僕が幼い頃、電話で父の下の名前を呼び捨てにした男がいた。それならあの時代はラインどころかメールもなかった。ファックスも確か無かっただろう。プッシュホンどころかダイヤル式の黒電話の時代だった。それなら伝達事項は主に電話か手紙やハガキになるはず。父はそういうものはどうでもいいと思って保管などしてないだろうが、母の性格ならそういったものはすべて大事に保管しているのではないか?」
一時停止していた僕の『三十年の往復切符』が導く列車が再び動き出す。
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