第14話2

 あの日からまたいつもの日常に戻った僕は、仕事上での付き合いで会社の人間と仕事上がりに行きつけの居酒屋で飲んでいた。酒は本当に人を饒舌にさせる。僕も嫌いな方ではない。アルコールで催し、トイレに行き、普通に用を足してテーブルに戻る。ふと、ある考えが頭の中を過った。


「父は会社の人間と飲みに行ったりはしなかったのか?」


と。


 毎日、夕方五時半に決まって帰宅し、犬の散歩に行き、六時には学習塾を営んでいた父。昔の会社でも残業はあっただろう。酒の誘いもあっただろう。それらを全て断り、毎日定時に退社する父を見て、いろんな陰口もきっとあっただろう。


「付き合いが悪い」


「全く残業をしない」


 僕が働いている環境で父のような人間がいれば確実にそう言われる。顔色を窺い、定時になって仕事も残ってないのに周りに気を使って帰らない。人によると思う。図太い神経の持ち主や空気の読めないもの、また、今どきのゆとり世代なら自分の時間と会社の時間をしっかりと分けることも出来、仕事は収入を得る手段の一つと割り切ることも出来るのだろう。しかし父の時代はまだ「パワハラ」だとか「モラハラ」だとか「働き方改革」のような言葉はなかったはずである。しかも田舎の狭い町。人の噂は面白いように脚色されて流れる町だった。僕はその日の夜、寝室のベッドの中でそのことをずっと考えていた。いつもなら酒を飲んでも仕事のことや家族のことを考えたり、次の休日の予定を考えたりするのに。きっと「貧しさ」がまずあって、父は自分の給料では家族の生活を賄えなかったから副業で学習塾をしていたのだろう、と、ぼんやり想像したことはあった。そのために会社を定時であがるのだろうか?父の仕事は公務員ではない。それに酒を嗜む父が外で一滴も飲まない(交通手段がカブだったこともあるが)ことがあるのだろうか?忘年会や新年会、歓迎会など会社での飲みの席は絶対にあるはずだろう。それに父には友人らしき人間は一人もいなかった。誰かが家を訪ねてくることもなかった。その逆もなかった。あの頃、幼かった僕でもそれは分かる。友達の父親や母親がよく友達と飲みに行く話を聞いたり、家族ぐるみで付き合いがあり、仲のいい知り合いのおじさんたちとどこそこへ行ったという話もよく聞いたりもした。父は常に犬か母としかいなかった。そんなにうちは貧しかったのだろうか?コツコツと金を貯める必要があったのだろうか?確かに僕は家を出るまで金で困る思いはしなかった。でも父ほどの学歴なら、会社での給料だけで家族を養えたはずだろう。何故?他人と接するのが苦手だからなのか?いや、そんな人間はたくさんいる。それでも大人になると人付き合いは避けられない。僕が当時の父のような生活を送れと言われても絶対に出来ない。細かい記憶を辿っていく。

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