第13話1

 あの日から僕は父の過去を想像するようになった。想像することは実際に口にしなければ自由であるとも思っている。兄の結婚式で初めて見た父の涙。喫煙所で見た饒舌さ。そして何よりも徹底して倹約家だったはずが死ぬ間際の犬に扇風機で風を送ってやる姿。全てが僕の知らないことばかりであり、想像も出来ないことであり、昔の父に何があってあんな風に変わってしまったのか。それらが僕の頭の中をどんどん支配する。

 僕は今まで両親に対してこう思っていた。


「父は生き方が不幸で、母は人生が不幸なのだ」


と。


 社会に出て、仕事をし、この国で生きていると大なり小なり、理不尽なことは日々降りかかる。まだ今の仕事を始めたばかりの頃は若さもあり、情熱的に取り組んでいた。会社と学校は全く違う。思っていることも感じたことも口に出せない。過程が大事だと教わってきたが、実際には結果がほぼ全てとなる。どれだけ頑張って会社に貢献しても手柄を横取りされることも、全然何もしてない人が評価されることもよくある。それらを自分の中で消化出来ずに信頼できる人に愚痴り、話を聞いてもらうだけでも心はその場では軽くなるが、まるでしっかりと締めなかった水道の蛇口から「ポトリ、ポトリ」と一滴ずつ、長い時間をかけてどす黒いものが心の中に溜まっていく。そしてそれらに拘ることがとても馬鹿馬鹿しいことだといつしか僕は気付き、他者に理解を求めるのを放棄することを選んだ。父が何も語らないのはそれと同じようなことで、結局、それらを誰かに喋ったところで理解されることはないと、理解を放棄したのだろうと僕は思っていた。そして、そんな父と長く連れ添い、それでも父の過去を全く聞かされていない母。だから僕は両親を自分の中でそう表現していた。それに、そんなことは大人になれば誰だって似たような経験を誰もがする。人によってそれらを発散させるやり方を持っているし、酒の席で上司や部下問わず、仕事上での付き合いであったり、プライベートでの付き合いでもそういう話を聞かされることもよくある。逆に僕から見ていて、「この人は本当にそういうことを表に出さないな」と思う人も多い。

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