第5話 本当のこと



それから、お姉さんはバスケ部に語り掛けていた。


「あの日、美和ちゃんはとてもうれしそうだった。まるで別世界の住人になってしまったかのような喜びようで、きっとあなたと付き合うつもりだったと思うわ」


バスケ部は真剣な様子で聞いている。


「でも、あなたは踏切近くで車同士の事故に巻き込まれて亡くなってしまった」


「美和ちゃんはすごく悲しみ、それからずっと、何日も何か月も落ち込んでいたわ」


バスケ部は歯を食いしばっているようだった。


「あなたのお墓参りも行って、あなたが目指していた高校に進学した。あなたの死は確実に美和ちゃんに影を落としたわ」



バスケ部は下を向いていた。



「そんなときに高校で出会った彼と同じ大学に進学して、大学卒業後その彼と結婚したわ」


「その彼は美和ちゃんのことをよく支えてくれて、悲しませないよう美和ちゃんに尽くしていたわ。もうあなたの死の悲しみを忘れたかのようだった。美和ちゃんも明るさを取り戻していったわ」


「でも、結婚前に美和ちゃん、私にそっと言ったのよ。『彼には内緒だけど、明日お墓参りに行って結婚の報告してくる』って」


バスケ部の顔と足元はいつの間にか濡れているようだった。


「知っています。僕のお墓に彼女が来てくれたこと。それが僕が彼女に会った最後でした。でも彼女はそんなことは言ってなかった」


「…あなたを気遣って何も言わなかったのかもね」


「そんな…。彼女は何も言ってくれなかった、言ってくれればよかったのに…。ただ晴れやかな顔で手を合わせただけで…だから、彼女が結局どう思っていたか分からなかった」


「結婚の報告なんてしたらやっぱりあなたを傷つけてしまうと思ったのかもしれないわね…」


「うぅっ…」


バスケ部はやっとのことでこらえていたが、ついにはダムが緊急的に放流するように泣き出してしまった。。


「でも、あなたを好いていたこと、いつまでも忘れていなかったことは事実よ。そうじゃなきゃお墓参りなんて行かないわ」


バスケ部はもう涙で返事もできない。


「そこからは、その子が伝えた通り、出産のときに亡くなった。美和ちゃんは幸せだったと思うわ」


お姉さんが話し終えると、しばらくみんな押し黙り、きっと数十秒も経っていないだろうがもっと長く感じられる沈黙の時間が過ぎていった。


ふいに駄菓子屋のおっちゃんが「ありがとう」と言った。


みんながおっちゃんの方へ振り返った。



「娘のことを思い出したんだ。なんだか温かい気持ちになってね。おかしな話なんだが、誰かが娘を思いやってくれているようなきがしてね」


僕もお姉さんも涙を流さずにはいられなかった。






僕とバスケ部は神社に戻った。


和服のおじいちゃんにバスケ部は言った。


「彼女の気持ちが分かったから、もう満足しました。ありがとうございました」


「いや、私は何もしてないよ。そこの子どもだろうよ」


「そうか、ありがとな」


僕はさっきの悲しさと今の誇らしさとでよくわからない気持ちだった。


対照的にバスケ部は晴れやかな顔だった。


その時、バスケ部の姿がだんだんと薄くなっていった。


バスケ部はもう一度「ありがとう」と言ってそこから消えてしまった。


完全にバスケ部の気配が消えたのを感じ取って僕はおじいちゃんに聞いてみた。


「え、バスケ部の兄ちゃんは?」



「あの世へ行ったんだよ」


「え」


「本来行くべきとこに行ったってことだ。まあ最終的にはあいつ自身が選んだことだ」



僕は詳しいことはわからないが、もう二度とバスケ部の兄ちゃんとは会えない予感だけは分かった。





辺りは薄暗くなった。


帰り道、踏切に差しかかった。


いつものおじさんがいた。


珍しくおじさんの方から話しかけてきた。


「俺が悪かったんだ」


僕は突然のことに意味が分からなかった。


「さっき、和服の姉ちゃんが来てよ。全部あなたのせいだと言われちまって。考えれば考えるほど、全くその通りで、何も言えなかった。ああ俺がここで事故さえ起こさなければな…」


おじさんの言ったことはやっぱり意味が分からなかったが、それ以上の話も無いようだったので僕は帰ることにした。


家に帰った僕は、今日のことを思い返していた。


それを原稿用紙に書くことにした。


書いてる途中、やはり僕は気分が沈んできた。


そして最後まで書いたとき、ふと、すべてを理解した。


踏切のおじさんがバスケ部を殺したんだ。


僕の心の内側からどす黒い雲が大量に沸き上がり、のんきな世界が一気に暗く深刻な世界に変わっていった。


なんなんだ、この気持ちは。






息子はさっきから熱心に原稿用紙に鉛筆で何やらを書いている。


しかも結構な枚数だ。


自由研究のテーマは小説か?


そうならこれは将来小説家になれるな。


将来の息子を想像して心の中で少しにやけた私は思わず息子に声をかけた。


「小説すきだったのか?」


「小説ってなあに?」


「自由研究に物語書いてるんだろ?」


「ああ、これね。違うよ。全部本当のことだよ」

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自由研究 makura @low_resilience

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