第2話 神社にて


神社で、夏祭りがある。


僕は友達と待ち合わせして、お母さんから千円もらって祭りに来た。


様々な屋台が並び、夜の空と対比して、色とりどりの提灯や電灯が日常とかけ離れた綺麗な、はかない空間を作っていた。


僕はうきうきして、しかしどこか寂しい感じがしていた。



人だかりがすごく、僕は友達とはぐれてしまった。


僕はあたりを探したが見つからず、神社の本殿の脇に来た。


そこでは、茶色の和服を着たおじいちゃんが何かを飲んでいた。


「お、なんだ、お前も飲むか?」


おじいちゃんは話しかけてきた。


「なになに?」


透明の液体、なんか臭い。


「まあ飲め飲め。神輿に乗るより酒飲んでるほうがずっといいぞ」


僕は恐る恐る、一口飲んでみた。飲むというよりもぺろっと舐めるのに近い感じだ。


苦いような、臭いような、なんだか僕には美味しくない。


こんなのをこのじいちゃんは美味しそうに飲んでいる。


「おー、いいぞいいぞ、うまいか?」


「まーずーいー」


「あははは、まだ早いか」


おじいちゃんはなんか喜んでいる。


僕は聞いてみた「自由研究って知ってる?」


「自由研究?なんだそれは?」



「学校の宿題で研究するんだよ」


「ほぉ。何を研究するんだ?」


「自分で決めなきゃいけないんだ」


「なら、明日またここに来い」


「え」


「いいから、いいから来いって」


がはははと笑いながらおじいちゃんは言った。






翌日、僕は暇で仕方なかった。


お母さんが言ってきた。


「自由研究決まったの?」


あ、そうだ。神社のおじいちゃんが来いって言ってたんだった。


「まだー。行ってきまーす」



神社についた。


空高くでは雲がゆっくりと動いている。


時折太陽が雲に隠れて明るくなったり、暗くなったりする。


住宅街の庭の木にいるのかセミの声が聞こえる。ミンミンゼミだ。


神社につくとセミの声はもっと大きくなった。


本殿の脇に和服のおじいちゃんはいた。


「おお、来たか」


「うん」


「研究しがいのあるのを連れてきたぞ」


そこにいたのは、中学校の校門にいたバスケ部のエースだった。


「お前は、こないだの子供」


「あ、幽霊だ!」


「失礼な。いや、合ってるか」


「じいちゃん、どういうこと?」


「こいつは現世に未練たらたらだから、こいつの話をまとめれば立派な研究になるだろ。こいつも伝えたいことがあるみたいだし一石二鳥だな」


「この子どもに話したところで無駄だろ」


「全く話さずに、現世にとどまり続けるよりはましだろ?」


「まあそうか」


「こいつの話をまとめればまあまあ研究になるだろ。まあ未練を話してみ」



バスケ部の話をまとめると、こんな感じだった。


バスケ部は小学校のころからバスケットボールをしており、中学でもぐんぐん頭角を現していた。


しかし、3年の最後の夏の大会。チームは県大会を順調に勝ち進み、これに勝てば全国大会出場となるところまできたが、エースは試合の直前に交通事故で亡くなった。


県大会決勝の数日前にいい感じになっていた子に告白したが、返事を保留されて、大会後に返事を聞くことになっていた。


最後の大会にも出れず、またチームはエースを失って戦意喪失した。

エースのあいつがいないなら出る意味がないとチームは思ったが、試合は行われた。


結果は散々だった。試合が始まってもチームは集中を欠いた。

それぞれが普段の実力を全くと言っていいほど出せず、失点の度に士気はさらに落ちていった。

大差で大会を終えた。


告白した子からも返事を聞けず、突然人生が終わってしまってこの世にとどまり続けている、ということだった。


正直、僕にはなんとも実感の持てない、深刻さを想像できない話だった。


「最後の大会に出られなかったのは、もうどうしようもない。その大会はもう終わってしまってるんだからな。だけど、あの子の返事を聞かずには死んでも死にきれない。だから、お前聞いてきてくれないか?」


「え、自分で聞けばいいじゃないの?」


「普通の人には俺の姿も声もわからないだろ」


「あ、そっか」


「あの子の家は駄菓子屋なんだ」


「へえ」


「頼む!返事を聞いてきてくれ」


おじいちゃんはずっとニヤニヤしていた。








翌日。きちんと約束を覚えているなんて僕らしくもない。


夏休みっていうのは長いものだな。こう暑いといつもの距離も倍になったかのように感じられる。


僕はそう思いながら駄菓子屋へ行った。


いつもおっちゃんは笑顔ある。


「こんにちは」


「いらっしゃい」


「おっちゃん、バスケ部のエース知ってる?バスケ部のエースが告白した子が駄菓子屋やってるんだって」


おっちゃんはしばらく黙っていた。


「おっちゃん?」


いつもと違って困ったような弱ったような顔つきでおっちゃんは言った。



「バスケ部のエース君はわからないが…おじさんには娘がいてな。もうその娘も死んじゃったんだ」


「え…。ごめんなさい」


悪いことを聞いてしまったことには僕も気が付いた。



その話に圧倒された僕はもう一度、ごめんなさいと言って今日は帰ることにした。


去り際におじちゃんは大丈夫だよ、またおいで、と言ってくれた。


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