消せない約束

「サラさんお久しぶりです。私のこと覚えていらっしゃいますか?」

 黒真珠のネックレスをした黒ドレスの女が私に話しかけてきた。

 瞬時に女の顔を社のデータベースと照合する。ドナ・カーター、新興のバイオSd社のCEOで、一切のサイバネを持たないナチュラリスト。記録によると私とは初対面だ。

「すみません。私、物覚えが悪いもので」

 これだからパーティというのは嫌いだ。有象無象が手を尽くして、3B社のCEOである私に擦り寄ろうとしてくる。私はドナをブラックリストに放り込んだ。

「あら、残念。でしたら、これから面白いものをお目にかけますわ。そうしたら思い出していただけるかも」

 ドナは自分のネックレスの黒真珠を一粒引っ張った。ネックレスが崩壊し、バラバラと黒真珠が床に落ちていく。意外な展開に呆気を取られていると、女が黒真珠を摘んだままの手を大きく振った。招待客たちの首が次々と落ち、その断面から鮮血が噴き上がる。

 一瞬にして、パーティ会場の中で、首が繋がっているのは、私と目の前の女だけになった。悪夢的光景に、私はただ立ち尽くした。

「ネックレスの紐に単分子ワイヤーを仕込んだ。これならX線検査でもひっかからない」

 女は黒真珠を見せびらかすように掲げた。黒真珠から伸びる極細糸が僅かに光を反射しているのが見える。

「こんなことをしても無駄。私たちには……」

「バックアップがある。知ってるよ。電脳貴族さまの特権。7箇所のデータバンクにリアルタイム送信されてるんだろう」

「ではなぜ」

「私はただ約束を果たしに来ただけだよ」

 ドナは肩をすくめた。

「考えたことはない?データ化された人格と記憶。もしそれらが知らない内に書き換えられていたとしたら。なあ、サラ。本当に私のこと覚えてないのか?」

 ドナのことは記録にも、記憶にもない。だが、確かにドナとどこかであったような気がするのも事実だった。ドナは手首につけた腕時計を確認した。

「ん、時間だ。こっち来て見てみろよ。特等席だぜ」

 私はドナに従い、窓際に寄った。空の高みにある飛行船から見る夜景は、確かに美しい。

「あれが3B社の本社ビル。データバンクの一つだな。あと3、2、1」

 本社ビルから爆炎が噴き出す。爆破解体された本社ビルは、瞬く間に瓦礫の山と化した。同時に、7箇所のデータバンクへのリンクが途絶える。

「面白いもん見れただろ?」

 ドナは恋人が愛をささやくように、私の耳に口を寄せていった。

「これからもっと面白くなるぜ。サラ」

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