第43話
「ただいまぁ……」今日はさすがに“りょう”も来ていませんね。防犯上いつでも玄関の電気は点いています。
「………お帰りなさい……」ささやくような小さな声がクローゼットから聴こえます。
「…今日は調子が良いの?」スーツを脱いでクローゼットにかけるついでに扉を開けて中を覗きます。お忘れかも知れませんが、以前紹介した『イタズラが過ぎて人形供養に出されて危機一髪だった』市松人形です。すっかり人間不信でうちのクローゼットに『引きこもり』していました。そろそろタンスに座っているのにも飽きたのか、こちらに両手を伸ばしてきたので、抱き上げてソファーに座らせます。すっかりボサボサになった髪を櫛でといてあげると、ようやく顔をあげました。
「……何か飲む?」アヤカシですから食事は不要ですが、飲み物は摂取できますからね。
「……うん……ほうじ茶ある?」丁度先日京都の『小袖の手』から届いたお茶セットがあるはずですね。可愛らしいお干菓子も添えましょう。
「…………おいし。」小さな手に抱えた湯呑みを美味しそうに飲み干して、市松さんが呟きます。
「そろそろ引きこもりにも飽きたんじゃない?」久々に明かりの下に出たせいか、若干着物の傷み具合が目につきます。創られてからアヤカシになるまで最低限でも百年、彼女は確か明治の初めの生まれですからね。
「……ねぇ…服、買ってあげようか。…」飲んでいるお茶のパッケージが着物柄だったので、ふと思いつきました。テーブルにノートパソコンをだして、『人形の服』で検索してみます。遠慮して横目に見ていた市松さんも、予想以上に沢山の衣装を目にしていつの間にか瞳を輝かせて前のめりです。操作方法だけ教えてあとはじっくり自分の好みを探してもらいましょう。
「…………あたし……これがいいな…」一時間後、市松さんが指差したのは、和服ではなく何と、『ビスクドール用ドレス』でした。
「……サイズ、計ってみようか。」メジャーを渡すと、市松さんはとことこと寝室に入って行きました。しばらくしてメモを片手に戻ってきたので、サイズを確認すると、何とかドレスは着れそうです。下着や靴などの小物も一緒に『カートに入れて』ついでに和服も一式注文しておきましょう。
「………凄い……今のでお買い物出来ちゃったの?……」『ネット通販』初体験ですかね。あまり詳しく使い方を教えると、若干危険な気がしますね。『引きこもり』と『ネット通販』は相性がいいですからね。
「また欲しいものあったら私に言ってね。」一応釘を刺しておきましょう。パソコンの電源を落として、変わりにテレビのリモコンを市松さんに渡しておいて、私は明日からの『女子会』のための荷造りを始めましょう。
明日はY市内のホテルを予約してありますが、明後日は多分くりちゃんちで雑魚寝になるでしょう。おしゃべりのネタがつきるまで『喋り倒して』そのまま雑魚寝が例年のパターンです。人間社会に『溶け込んで』生活するのもそれぞれ苦労がつきませんからね。年に一度でも『本音』でおしゃべりするのは楽しみです。もちろん皆日本各地を転々としてますからね、それぞれが現在“棲んで”いる地域の手土産も楽しみの一つです。次に“棲む”所の情報にもなりますから。
「眠くなったらテレビと電気消してねー。」久々にみるテレビに釘付けの市松さんに声をかけて、ソファーで寝ても大丈夫なように毛布を渡して私は寝ます。うちに来た当初は『人間』に対する恐怖心が勝って『テレビですら』見られなかった市松さん。回復する兆しは嬉しいものです。社会復帰の道のりは遠いですが、寿命があるわけではありませんからね。気長にいきましょう。
朝です。午前中に部屋の掃除をすませて、手土産を買いにいきましょう。市松さんは結局ソファーで寝ていますが、掃除機にも反応しませんので、そっとしておきましょう。玄関の鍵を閉めて、車で20分程の所にあるケーキ屋さんに到着すると、既に駐車場は六割ほど埋まっています。店寄りの駐車場を一台分占領して大型バイクが停まっていますね。『ケーキ屋にバイク………』ケーキの持ち帰りには向いてなさそうです。
「いらっしゃいませー。」赤レンガ造りのメルヘンな店内に入ると、 もうすぐやってくるクリスマスの飾りが迎えてくれます。
「お決まりでしたらどうぞー。」冷蔵ケースの生ケーキも魅力的ですが、今日は店内壁沿いの『焼ドーナツ』です。12個入りを一箱手にして会計の列に並びます。
「おぅ。今日は休みか。」列の前に並んでいた革ジャンの男性が振り返りました。
「……!!小池さん!?」遠目にも浮き上がっていた『ケーキ屋』に『革ジャン』がまさか知り合いだとは思っていませんでしたので、驚きのあまりドーナツの箱を取り落としそうになりました。当人は他人の視線など何処吹く風で平然と焼きドーナツの箱を三つ抱えています。視覚への『違和感』という衝撃がスゴいです。まぁ、イートインコーナーでこの格好がケーキ食べてるのにくらべたらマシですか。そういえばこの人甘党でしたね。
「……いや…これは嫁さんと娘が食べるっていうからな……その…こないだの紅茶に合うっていうからな……」いい年したおぢさんが顔を赤らめてモゴモゴ言い訳してますね。だれですか?今『カワイイー!』なんて呟いたの。気の迷いですよ。絶対。
「……そうですか。オススメした紅茶がお気に召されたようで光栄です。」それにしても三箱。絶対自分もがっつり食べますね。
出発前にオモシロ映像で若干消耗しましたが、一度帰宅して、着替えて荷物を持って、最寄り駅から電車で出発です。市松さんには、さっきのケーキ屋の焼菓子を三つ、置き土産しておきましょう。
らくちゃんの住むK県Y市の新幹線停車駅は、のぞみはほとんど停車しませんので、新幹線の発車時間帯はリサーチ済みです。目的の電車に乗って、車内販売の飲み物を購入してから、先日本屋で買ったY市のガイドブックをめくります。
『………確かこないだのメールに地図が添付してあったような……』案の定ですがガイドブックにはらくちゃんちは載っていません。まぁ、収益は元々関係ありませんからね。彼女の場合。『餌』を誘き寄せるための『舞台装置』ですから。とりあえず最寄り駅までの道のりをガイドブックで確認して、駅前のホテルに入って一泊、明日観光がてらで彼女のお店を探しましょう。
「……まもなく新Y浜に到着致します……」久々の遠出でガイドブックに夢中になりすぎました。身支度して慌ててホームに降りて、目的地に向かう電車に乗り換えます。今回のホテルは、らくちゃんち最寄り駅の沿線Mみらい線の駅前です。部屋にチェックインして、ひとまずらくちゃんに到着のお知らせをメールしておきます。ホテルの案内を見ると、最上階にバーが有るようなので、そこで水分補給して明日に備えて休みましょう。
朝です。昨夜のホテルのバーラウンジは、夜景がなかなか見応えありましたが、客層が若干“チャラかった”ですね。『若めの女性』が独りで呑んでいたら『義理でも声を掛けないと…』的な輩の多いこと。おかげで
「……ふぅ。こんなもんかな。」何年ぶりかに訪ねた中国茶専門店は、以前よりも若干店構えが開放的になっていましたが、店内のテーブルでの試飲はまだ健在でしたね。おかげでじっくりと吟味しながら納得のいく買い物ができました。買い込んだ中国茶を抱えながら、近くの老舗中華レストランの飲茶専門店で、少し休憩します。現在時刻は14時過ぎ。そろそろ荷物を回収して、らくちゃんちに向かいましょう。
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