第41話
儀式の決まりごとに『意味』を求めていくのが『人間』という生き物です。
「……そうですね……。式場に火葬場から戻るという行動の理由としては、まず、通常の仏式でご葬儀された後に、本来ならば亡くなって七日後に執り行う事になっている『初七日法要』というものを、ご遺族の負担軽減のために葬儀の後に同日繰り上げて済ませてしまうという方々が多くいらっしゃいますので、そちらの印象が強いでしょうか?この場合、『戻る』ことに儀式的な意味合いがあるのではなくて、法要のために式場に戻っていることになりますね。」なんとなく聞き齧った知識でうろ覚えなイメージから、何らかの儀礼的な意味合いがあるのかと思われたんですね。
「…あぁ、そういうことなんですか。僕はてっきり『火葬場の行きと帰りの道を違えないと亡くなった人が付いてきてしまう』的な迷信かと思っていました。」実際には『魂』は亡くなった瞬間に身体から抜け出しているんですけどね。私のご飯『魄』だけが残ってます。人の目には見えませんけど。
「…じゃあその、『戻って法事』は、仏式しかやらないんですか?」
「神式のお葬式でも『十日祭』という儀式が繰り上げて同日になることが多いですね。」
この地域のお葬式は八割が仏式、残りの二割のほとんどが神式ですから、葬儀参列したことのある人はどちらかのイメージを持っています。
「あとは、参列者を労う意味合いで、法事の後にお食事を振る舞う習慣がございます。」
「…来てくれて有難う御座います的な?」
「……そうですね。今までお世話になりました。故人亡きあともお付き合いお願いいたしますという意味合いもありますし。」天涯孤独な親子だったようですから、親族の付き合いが無ければいわゆる『法事』という行事も未経験の世界でしょう。ピンとこない様子で、首を傾げるK島氏。ですが、私が危惧しているのは、売り上げ的な観点ではありません。参列者は一般的に出棺までの見送りで御散会です。親族は火葬場に同行して収骨しますが、よほど親しくなければ友人がそこまで付き添うことはレアケースです。つまり、『親族のいない』K島様の場合、たった一人で火葬場に向かい、たった一人で収骨をしてたった一人で家に戻るということになるのです。物凄く寂獏感のある絵面ですよ。状況を把握していないK島氏は、当然どういう事になるか判っていないと思いますが、私はせっかく故人様のご友人が多いのならば、お金はかかってきますが、『ひとりぼっち』ではなく、『賑やかに』息子さんを囲んでもらうほうを推したいですね。故人様に面識はありませんが、そんな孤独はお望みではないでしょう。そこまで考えて、私は聞き忘れに気付きました。
「……あの、先ほど故人様のご友人関係についてはご確認させて頂きましたが、K島家のご親族様はどうなさいますか?」思い込みで勝手に『シングルマザーの子育て奮闘』からイメージが暴走しました。いかんいかんと軽く頭を振っていると、ふとK島氏の様子がおかしいのに気付きました。住所録を手にしたまま固まっています。
「……どうされました?」親族の話はご葬儀の場合時にデリケートな話題になり得ます。
「………あの……。母はいわゆるシングルマザーで、看護師をしながら僕を育ててくれました。なので、僕は父の名前も顔も当然知らないし、今聞かれて初めて母の親族も全く知らないというのに気付きました。」手元の住所録をもてあましたようにパラパラとめくりながら、呟くK島氏。私も子育ての経験は皆無ですが、職場の同僚達女性陣の奮闘ぶりは数多見て来ています。TVでも雑誌でも取り上げられる“ワンオペ育児”は、“夫”が居るのに“居ないのと同じ位役に立たない”という意味合いで、本当に居ないのとは又更に訳が違います。しかも母方の親族にも心当たりがないとすると、文字通りの『孤軍奮闘』ということですね。
「……それは……お母様凄い方ですねぇ…」思わず面識のない生前の彼女に尊敬の念を抱いてしまいました。K島氏は少し驚いたような表情になり、はにかむように微笑みます。
「……そう、ですかね。僕はあまり実感はありませんが、そう言って頂くと改めて嬉しいですねぇ……」手持ち無沙汰ぎみに持っている住所録をまためくります。と、一枚の変色した紙が挟んであるのが、私の目にとまりました。
「…あ、すみません。今のページ…よろしいですか?」K島氏の許可をもらって住所録をめくり、先ほどの目にとまった紙を見つけて取り出します。
「………?何でしょうか?……」かなり黄ばんで変色し、所々にシミの浮き出た非常に薄い一筆箋のようです。和紙のようなので、今まで朽ちずに残っていたのでしょう。二つ折りになって軽く貼り付いていますが、透かして見ると内側に何か文字のようなものが書いてあります。
「……何か書いてありますね……」K島氏も文字に気付きました。
「…開けてみてもよろしいですか?」許可を得て、劣化している紙を慎重に開いていきます。
「……………。」中には万年筆と覚しき流暢な筆跡で、住所と名前、そしてただ一行“何か不足がありましたらこちらまで。お元気で”。親族や身内からというにはそっけない一文、名前も筆跡も男性のものに見えますね。なかなかデリケートな手紙が出て来てしまいました。一緒に覗き込んでいたK島氏は、そのまま固まってしまいました。
「………どうされますか?」私としては、後々の相続や役所の諸々の手続きを考えて“連絡するかどうか”を尋ねたつもりでしたが、
「……棺にいれてください。」やはり、人間の思考回路というのは時折予想の斜め上をいきますね。
「……ご連絡、されなくてよろしいですか?」自身のルーツに繋がる情報の可能性があるものですからね。普通なら一足飛びに『処分』とは言えない気がしますが……。K島氏を見るとやはり、動揺が見られますね。念の為、後程こちらでコピーをとっておきましょう。葬儀の時の精神状態というのはやはり独特なもので、若干正常の範囲内のギリギリを揺らいでいることが多いものですから。一見冷静に振る舞っていても判断力などに影響が出ています。以前も故人様で素晴らしい着物のコレクターのお祖母様のご葬儀で、由緒来歴を知らない喪主様の指示で棺掛けに使った『故人様の気に入った着物』が、実は『人間国宝』の一点物だったというのが、出棺直前に着物仲間のご友人からの指摘で判明して、間一髪の所で火葬から救出という事件がありましたからね。危うく時価数百万円が灰塵に帰する所でした。何を副葬品とするかも、トラブル防止策を講じて置かなくてはなりません。この用紙の保管の仕方からしても、別に『秘匿』しておこうという強固な意思は感じられません。ただ無造作に挟んで、多忙な日々の生活に紛れて忘却の彼方に…といった風にも見えますね。
「…失礼ですが、そちらの住所録等にはご親族の記載は無さそうですか?」直接関わりが無くても、記録位は残してあるかも知れませんし。念の為、確認していただくべきでしょう。K島氏は何やら呟きながら、住所録のページを捲っていきます。
「……あれ?……ここだけ…?」一ヶ所でふと手が止まりました。前後のページを何度かめくりながら、住所録の綴じた所をじっと見ています。
「…どうかされましたか?」なんとなく予想はつきはしますが、一応聞いてみましょう。
「……はい。ここなんですが…」住所録のあいうえお順に並んだ見出しの『か行』の中程のページの根元部分を開いて見せてくれました。
「……これは…破いた跡がありますね。」しかも、乱雑に『破りとった』というよりは非常に慎重に、ページを傷めないように『切り取った』という印象の切り口です。そのため今まで、全く違和感を覚えませんでした。
「……破いた、というよりは切り取ってある感じですね。」私がそう補足すると、K島氏は、
「……多分、母は改姓していませんので、順番的にはこの辺りに同じK島が入るはずですからね……」額に手を当て、呟くK島氏。
「…徹底してますねぇ…」自身の親族との繋がりも断ったうえでの、『覚悟』のようなものが感じ取れますね。
「…母は負けず嫌いでしたからねぇ……」
「連絡先が不明であればご親族の参列は難しいですね。」親族の参列が無いようならば、式場の座席の配分も考え直さなくてはいけません。親族席の最前列に喪主様だけぽつんと座るのは寂し過ぎます。
「母の働いていた病院の看護師仲間のほうに先ほど連絡しましたら、皆様出棺までは参加して下さるそうですが。」私は脳内シミュレーションで、親族の代わりに喪主様側に職場の同僚を配置して、一般席に合唱関係者と配置を修正します。
「故人様の職場同僚様は、何名程のご予定ですか?」住所録から書き出したメモを数えて
「とりあえず母と仲のよかった人達で、参加の確定している定年リタイア組が13名と、まだ現役で働いているので確約は出来ないけど参列希望の同僚が6名ですね。」病院関係者あるあるですが、急患が入ったら“総ての予定が吹っ飛ぶ”という奴ですね。
「…そちらの皆様に、参列のお礼も兼ねてお食事を差し上げながらお母様の想い出話等をお聞きになることも出来ますよ?」別に『会席』を必ず付随させなくてはいけない訳ではないんですが、このまま出棺して散会した場合、『たった一人で霊柩車に乗り込んで、火葬場に向かい、たった一人で収骨する』という状況になります。その映像のイメージの寂獏感があまりに強烈すぎて、どうしてかそれを“回避”したくなりました。『意地』と『根性』で子育てしてきた故人様も、そんな孤独な葬儀を喪主様に味わってもらうことは望んでいないと思いますし。できれば『出棺見送り散会』ではなく、火葬場まで同行して頂いて、喪主様を囲んでお母様の話を賑やかに…というのが理想的です。身内を亡くした孤独を味わうのは、一人の自宅に帰ってからでも十分ですよね。
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