第40話

事務所に戻ってパソコンの見積書を開きます。現時点でのお見積もりは、仮算定の想定人数で計算します。形式としては、『ごく親しい友人をお招きしての“友人葬”というタイプ』に近いものになりそうです。祭壇も仏式ではありませんので、生花祭壇となりました。概算すると合計で80万円ほどで何とかなりそうです。あとは流通部門に問い合わせて“チューリップ”の相場を確認すれば、なんとか見積書が提案できそうです。パソコンで明細の入力を片手間にしながら、電話で直接流通部門に生花祭壇の仮発注と、献花の相場問い合わせをしましょう。

「…はい、H葬祭流通センター桂木です。」電話に出たのは発注部門担当のベテラン女性社員さんですね。ベテランというだけあって、勤続20年(浅田店長と同期らしい)という噂ですが、声質がいわゆる『アニメ声』のせいで、実年齢を全く想像できないという“特技”があるかたです。事情を知らない人が聞くと『子供?』と驚くこともあるとか。もちろん仕事はきちんとこなす、非常に優秀な人材なんですけどね。

「お世話になっております。H葬祭鶴羅です。現在お見積もり中のK島様ですが、生花祭壇『胡蝶』のご希望で、献花をチューリップでお考えです。見積書作成に概算で金額が欲しいので、仕入れ価格をお調べ頂けますでしょうか?」

「……あー……。はい。胡蝶は現在在庫で対応可ですね。チューリップは………、色指定あると高くなるよー。」キーボードを叩くおとが受話器ごしに聞こえます。

「そうですね。でも、今回K島家の故人様は“カラフル”な色味をご希望されてまして」

「あー。それなら大丈夫。現時点での当社の在庫が、“赤、黄色、ピンク、オレンジ”で、もし必要なら“白”もすぐ発注するから、在庫一掃セールってことでうちも助かるかもー。祭壇には花首下がるからチューリップ使えないしねー。見積もり価格送りまーす。」

やはりそうでしたか。いいタイミングだったようですね。

「ありがとうございます。花一式『胡蝶』と『供花』でFAXお願いいたします。」電話が切れたとほぼ同時にFAX用紙が吐き出されます。この早さで見積もりが来るということは、電話の合間にパソコンで金額確認して見積もり入力してプリントするのを平行してこなしているということで……。本当に優秀です。FAXを受け取って金額確認すると、かなりの格安です。もちろんお客様にご提示する金額が変動することはありませんが、『格安』で仕入れたことで、全体の利益率が大幅にあがります。ありがたいですね。供花チューリップは『お安め』にしても充分利益がでますね。

「大変お待たせ致しました。こちらが仮のお見積もり書でございます。ご確認下さい。」プリントアウトした見積書を持ってロビーに向かうと、K島様は、住所録らしき帳面とお渡しした連絡先記入用紙のリストと格闘中でした。

「……あ、有難う御座います。ちょっとご相談したいことがありまして……」一見するとリストには、かなり『びっしり』とお名前が記入されています。今回の式場は『ローズ』または『リリー』ホール、想定人数は40名ほどの中ホールです。リストの人数を現時点の記入人数でざっくり見積もっても、完全にオーバーしているようですね。

「何かありましたか?」今回の祭壇『胡蝶』は、わりと奥行きよりも横幅が広いタイプですので、もう1つ大きい『パール』ホールでも十分見応えするものですから、あまりにも人数が膨らむようならそちらに変更しても良いですけどね。

「……あの……。一体どこまでお知らせするべきか、段々書いているうちに判らなくなってしまって……。母の友人は多いほうなので、特に合唱関係の皆様となるとちょっと……。」確かに持参された住所録はかなりボリュームのある型のものですね。

「そうですねぇ……。例えば、ご自宅に行き来があるようなごく親しいご友人と、合唱関係ならば各パートの代表者のみにご参列頂いて、あとの皆様は代表者様に取りまとめて頂くという方法を採られる方もおられますね。」式場がパンクする原因として挙げられるのが、『伝え方の失敗』です。特にこうした一定以上の年齢層の集まりに連絡した場合に起こりうる事態です。これが、『SNS』に熟達した若年層の集まりならば、連絡の間違いや伝達ミスが少なく、情報が“正しく”行き渡るのですが、故人様と同年代の『ご友人』となると、大抵『電話』でのご連絡ですからね。『伝言ゲーム』式にどこまでも、話が逸れて伝わってしまう可能性も否定できません。そこに『集団心理』と『同調圧力』が加わると、『〜さんが行くなら私も行かないと…』的な作用が働いて、蓋を開けてみたら当日全員出席なんてことにも……。

「……成る程……。パート代表者で取りまとめて……ですか。そうすれば大分スッキリしますね。」頷きながら住所録をめくるK島様。この分厚い住所録の中からはたして各パートの代表者を見つけられるのかと、一瞬思いましたが、どうやら故人様はかなりしっかりとした情報管理をされた、『マメ』なお方だったようですね。何やら住所録の中にもそういった書き込みが成されているようです。そういえば故人様のご職業は『看護師さん』でした。情報の管理と伝達はお手の物ですよね。『報、連、相』が患者さんの命にかかわる仕事ですからね。お渡しした新しい用紙にかなりの早さでリストを作成していく喪主様のために万が一のパンクを防ぐためのアイデアをもう1つお伝えしましょうか。

「……もし、代表者様以外で、お別れをされたい方には、後日にご自宅のほうでご弔問して頂くという風にお伝えしても良いかと思いますよ。」最近の流行で『家族葬』という形をとられたときに必ず出てくるのが、こうした“後日弔問”という問題です。これがなかなか曲者で、きちんと事前にアポイントメントをとって弔問されるかたもある程度いますが、かなりの確率で『アポなし突撃タイプ』が出現するのです。これをやらかすのはやはり、中高年以上の年齢層の、いわゆる“定年退職者世代”です。“自分が暇なら相手も暇”だと何故か思い込んでしまうんですね。突撃されても留守なら留守で諦めもつくのですが、一番困るのが『在宅だけど何も準備してない』というパターンです。休日の朝早くに部屋着にノーメイクの所に“ピンポーン”です。以前も当社で家族葬をされたお客様から早朝に電話があり、『町内の人が弔問にくるから今から返礼品持って家に届けに来て!』ということがありました。偶然前日に施行した他家のご葬儀の返礼品の残りが返品待ちでバックヤードにあったから良いようなものの、施行がなければ通常在庫していませんからね。ご高齢になると朝も早いですから、通常の常識では考えられない時間帯に電話が入ることもあるのです。これも“自分が起きて活動する時間帯には他の人も一緒である”という『思い込み』の一端ですね。A県S市の当社施行地域は何故かそういった“思い込み”の強い方々が多いようで、他地域ではちょっとあり得ないような事案がちょいちょい発生します。常識で考えたら、白々明けの6時に当日のアポイントメントの電話して、お店も開いていない朝の8時に弔問に来て、返礼品の用意が出来る筈もないですよねぇ。

「……そうですね。連絡するときにそう伝えます。どうせもう、僕一人しか住んでない家ですから。多少賑やかなほうが、気も紛れますし。」やはり、独身で母子二人暮らしだったようですね。

「あとはこちらのタイムテーブルに従ってCDを編集されるとの事でしたが、本日から控え室を使用されますか?ご自宅で編集作業されるのでしたら、安置料は1日追加になりますが、明日から控え室使用のほうが、多少費用のほうが抑えられますよ?」音楽を趣味にされている方ならば、きっとご自宅に編集機器などもお持ちでしょうから、友引で式施行出来ない明日1日は、霊安室の保冷庫内に故人様を安置して頂いて、ご自宅のほうで一晩編集作業をしながらゆっくり英気を養われてもいいのではないかと思いますね。いくら当社の遺族控え室が宿泊施設並の設備の整った部屋だといっても、くつろげるのはやはり、ご自宅だと思いますし。

「……確かにそうさせて貰うと、僕も助かりますね。ここにパソコンと機材を持ち込むのはどうかと思ってたので…。」私は機械のことには疎いので、今初めてCDをパソコンで編集出来るというのを知りましたね。永いこと生きてきましたが、まだまだ世間はひろいですね。

「では、そちらの方向でご安置料の追加と、控え室使用の日程を変更させて頂きます。あとは、参列者の予定人数と、会食室についてですが……」通常の仏式のお葬儀ですと、出棺、収骨の後に初七日法要を繰り上げて行い、その後精進落としとしての会食で参列者を労って終了するのが一般的ですが、今回は無宗派音楽葬ですので、出棺後の方針まで喪主様のお考えを確認しなくてはいけません。

「……普通のお葬式だと、火葬場に行った後に確かにもう一度式場に戻りますよね?あれにはどういう意味があるんですか?」やはり世代が若い(記入した書類によれば40歳代でしたね。)ので、他家の葬儀に“弔問客”として参列した経験はあっても、親族側などの身内施行する側としての全行程への参列の経験まではされていないようですね。そうなるとこうした私達葬儀社からすると“きほんのキ”のような初歩的で根本的な質問がでるのです。

「………意味……ですか。」あまりに基本的な質問に私がどう答えようかと考え込むと、K島氏は不思議そうな表情でこちらをじっと見ています。

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