第39話

「では、まずどのようなご葬儀のスタイルがご希望かをお伺い致します。」先ほど渡した資料と同じものをファイルから出して、机の上に置き、自分の分のコーヒーを口にします。そうすることで『お客様』に一息ついてもらう“隙”を作り出す作戦です。心理学とやらでいう『ミラー効果』を逆に利用して、緊張をほぐしてもらうためでもあります。大抵の人はそこで同じようにコーヒーや飲み物を口にしますからね。親密度も上がって一石二鳥です。案の定K島氏もコーヒーを口にします。

「……そうですね。実は家は特に寺や宗教なんかを意識して来たことがなかったので、葬儀のときだけ寺を探すのも違和感があるんです。」近年よくあるタイプですが、核家族化が進むにつれ、親戚づきあいや法事などに疎遠になっていくことで、従来の“本家”や“分家”等の仏教に端を発する価値観になじまない世代というのが増えてきています。先日のW田家様のように“うちは代々〜寺で”という『檀家制度』は近年崩壊の危機に瀕しているといっても過言ではないでしょう。寺院と付き合いがほとんど無いというだけでなく、そもそも『宗派』すら知らずに、葬儀に際して慌てて近隣の寺院を『適当に』葬儀社から紹介してもらうというパターンが最近増加の一途を辿っています。その結果『戒名』をつけてもらったはいいが、先祖の位牌と見比べてみたら『?何か違うね?』という具合になることもままあります。

この業界にいると当たり前のように思ってしまいがちですが、仏教の『故人様』につける“戒名”というものは、じつは宗派ごとに異なったスタイルが確立されているものなのです。例えば浄土真宗ならば戒名とは呼ばず、“法名”で、最初の一文字は『釈』、その下に漢字二文字の合わせて三文字が主流ですし、禅宗ならば“戒名”で、男性には最後に『居士』で漢字四文字から六文字位がその上につくことが多い等、普段通り現代的な生活を送っていると全く接する機会のない決まりごとですから、仏壇に位牌を並べてみて初めて『………?』と違和感に気付く。もしくは位牌を作るために仏具店に足を踏み入れて、店員さんに指摘されて初めて『……そうなの?』となることも。まぁ、もちろん当社では、そうなることを未然に防ぐべく、必ず寺院紹介のさいは『親族のかたに一度仏壇を見てもらってください』という一手間をかけるようにルールとして明文化しています。しかしながらお恥ずかしいことに全ての葬儀社がそこまで徹底しているわけではありませんからね。『仏教』とひとくくりにしても、かなりのバリエーションがあり、下手すると同じ宗派でも寺院ごとに微妙な違いがあったりする点を考えれば、“宗教離れ”の進んだ現在、そういったややこしい手続きや煩雑な寺院とのやりとりや、しきたりを無視して『無宗派』で。となるのは当然の成り行きのように思えますよね。

「…そうですか。では、御寺院へのご連絡やご紹介等はご不要ということでよろしいでしょうか?」あくまでも『仮に』ということで、葬儀相談の用紙には直接記入せずに、『メモ』にして記入していきましょう。無宗派葬には無宗派葬なりに細々とした手続きなどが発生しますからね。決めていくうちにだんだん面倒になって、定型のある仏教式のほうが、考える事決める事が少なくて『楽』だという方向に落ち着くこともありますし。

「はい。…実は母が生前、TVの芸能人の葬儀を観ながら言っていたことがありまして……」うわぁ…。『TV』と『芸能人』。嫌な予感を匂わせるキーワード、2つ来ましたね。私は内心覚悟を決めます。一体どんな無茶振りが来るのでしょうか?以前もありましたよ。『TV』で見て、『□○△さんのお葬式みたいに式場の祭壇を全部、白い薔薇で埋め尽くして』というご注文が。お見積もりをお出ししたら、金額を見た瞬間に諦められましたけどね。たった一言

『…あ、やっぱいいです。』仮でも見積書作成したんですけどね。無料サービスですけどね。以前のそんなことを思いましたが、

「……TVですか。どのようなお話をされたんですか?」表情には微塵もだしません。プロですからね。

「…はい。そのタレントさんのお葬儀が、いわゆる『音楽葬』だったのと、母の趣味が、毎年の年末の第九の合唱参加だったのもあって、『私の葬儀はお経じゃなくて“第九”で送って欲しいわねー。』と言ってました。」

そうきましたか。音楽葬。ベートーベンの“第九”。日本では年末にやる定番の曲ですね。音楽にどれだけ疎くても、さすがに第五と第九はだれでも知っています。

「…音楽葬ですか。ですが確か第九は長い曲ですよね?」うろ覚えですが、一時間では終わらないと思います。

「…あ、いえ、全部流さなくてもいいと思います。」……まさか、生演奏をご希望でしょうか。一応当社でもオプションでピアノやヴァイオリン、フルート等の生演奏をお付けすることが出来ますし、実際弦楽四重奏までは当式場でもやったことがありますが、さすがにベートーベンとなるとオーケストラですよねぇ……。

「そうですか。どのような感じをイメージされていますか?」先入観を捨てて、まずはお客様の考えを伺いましょう。

「僕が原曲を編集したCDを作りますので、それを式場内に流して頂くことは出来ますか?」

「はい。CDでしたら式場内のスピーカーからでよろしければ再生出来ますよ。」オーケストラ生演奏なんてことにならなくて幸いでしたね。どうにか実現可能になりそうです。

「ただ、ひたすらBGMのようにして流されるのでしたら、式進行を平行するのは若干難しい点があるかと思われます。」ここは正直に“出来ること”、“出来ないこと”を伝えておくべきでしょう。通常生演奏付きの葬儀の場合は、開式前に『故人様の想いでの曲リクエスト』として演奏して、閉式後出棺準備から出棺までの時間に再度演奏するという形が一般的です。通常の仏教式の前後に演奏が付属するということですから、今回の『お経の代わり』という音楽の使い方にはそぐわないですね。

「……あまりイメージがつかめないんです。すみません。」葬儀というものに参加する経験がなければ、それも仕方ない話です。

「…ご提案なんですが、一つ、音楽を葬儀のなかで使っている宗派があるんです。」編集したCDを式中で流すというイメージに合致する形式のご葬儀に、一つ思い当たるふしがありますね。

「……音楽を葬儀に使う宗派ですか?」不思議そうな表情でK島氏は首を傾げます。確かに日本国内ではあまり一般的に知られていないかもしれませんが、別にマイナーな新興宗教などではありませんよ。

「はい。参列するチャンスが稀なので、以外と知られていないんですが、キリスト教のプロテスタントという宗派のご葬儀は、合間に讃美歌を歌う形式になっているんです。」

「…合間に讃美歌ですか。…うーん…そうですね。そのプロテスタントの式の進行のタイムテーブル的な目安になる時間の表を頂ければ……。多分その時間に合わせて調整して編集したり出来るんじゃないかと思います。」

顎に手をあてて、考え込みながら意見を言ってくださるK島氏。

「…それでしたらご参考までに通常のプロテスタントの式進行のタイムテーブルをお出ししますので、少々お時間頂戴してよろしいですか?」決まったタイムテーブルに合わせてCDを流すだけならば『猫でも出来ます』からね。今回担当は私ではありませんので、『誰にでも出来る』音楽葬を目指します。

事務所に戻って自分のパソコンのファイルから、通常寺院や神父に渡すタイムテーブルを出すために吟味します。

「…何?鶴羅さん何しようとしてるの?」浅田店長が通りすがりに背後から覗きこみます。

「……K島様が音楽葬をご希望されてまして。〜〜〜という訳でプロテスタントのタイムテーブルに合わせてご自身でCDを編集してくださるというので………」なかなか普段使わないタイムテーブルなので、パソコンのファイルが見つけられません。

「うーん、なるほどねぇー。確かに無宗派だから焼香も引導も要らないし、讃美歌のタイミングになら第九、悪くないかもね。」浅田店長はそう言いながらパソコンを操作して、ファイルを開いてプリントアウトのプレビューを画面に呼び出します。

「……?2つありますけど?」画面を二分割して同じようにタイムテーブルが並んでいます。

「……うん。こっちがカトリックのタイムテーブル、こっちがプロテスタントね。カトリックだと司祭の受け持ち時間が長いし、この説教や聖書の朗読とかも必要ないだろうね。プロテスタントの神父の受け持ち時間のところに司会や弔辞を入れて、この“献花”の時間はそのまま残したらどうかな。」比較検討のためにわざわざ並べて見せてくれたんですね。さすがに亀の甲より年の功。(まぁ、私のほうが年は上ですが)浅田店長はさすがに業界長いですからね。ご葬儀の提案のセンスも良いんですね。プリントアウトした用紙を持って、再びK島氏の所に戻ります。

「お待たせ致しました。こちらがプロテスタントのご葬儀のタイムテーブルです。通常の葬儀では開式から出棺まで一時間となっていますので、それにあわせて時間の配分をこちらに記入してあります。」あくまでも時間配分の目安ですが、ご葬儀の流れを把握するにはちょうどいいでしょう。テーブルの上に置き、K島様の見易いように向きを変えます。

「……ありがとうございます。なるほど、なんとなくイメージが掴めて来ましたね。」

「無宗派ということでしたが、お焼香などはどうされますか?」先日の親族葬のように、僧侶は呼ばないが焼香はするというパターンもありますからね。まぁ、焼香にはやはり仏式のイメージが染み付いていますから。

「……うーん……。第九の流れるなかで焼香は似合わないような……。」考え込みながらタイムテーブルを眺めるK島氏。ふと、あるところに目を留めました。

「……あの、ここにある『献花』というのはどういう儀式なんですか?」

「はい。文字通り生花を参列者にお配りして、皆様で故人様とのお別れをしながらお棺に入れていくというものですね。」花の種類は色々選べます。多いのは白いカーネーションですね。ユリも白いですが、花粉が目立つのと、服等に付着すると落ちにくいので、事前に全て取り除く必要がありますので、あまり人気がありません。薔薇も人気ですが、棘の処理が一苦労です。まぁ、カーネーションも花首が折れやすいので取り扱いに注意が必要ですけどね。

「…それは……やりたいですね。母は花が好きだったので。」そんな気がしていました。

「では、こちらの『献花』はタイムテーブル通りに施行しましょう。花の種類と色等はどうされますか?」タイムテーブルの該当箇所に、鉛筆で丸を付けておきます。

「花は母の好きだったチューリップがいいです。いつも庭に沢山植えていたので。」意外な所ですが、チューリップは扱い易い花ですからね。

「毎年色々な色のチューリップを咲かせていたので、献花もカラフルにしたいんですが。」色指定なしでよければ、コストも大分抑えられそうです。

「わかりました。では、カラフルなチューリップをご用意します。何色が何本などのご希望はありますか?」参列者の予定人数にもよりますね。

「色味と配分はお任せします。人数はまだ今調整してますから……」

あとは通常と同じように棺の種類や祭壇のグレード、大まかな参列者の予定人数と香典返しの種類などの、細々とした所を決定して頂いて仮見積もりに移ります。

「では、只今お見積もり書を作成して参ります。よろしければ参考までに、こちらの『連絡先フローチャート』をご覧になって、参列者人数の目処を付けるのにご利用下さい。失礼致します。」

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