第38話

「ただいま戻りましたぁ。」バックヤードから霊安室へストレッチャーを運び込んで、枕飾りを済ませて線香を手向けてから、事務所へ戻ります。現在時刻は12時少し前、モニターを見ると、駐車場には相変わらず個性的な停め方のオレンジ色の軽自動車が見えています。その他にも2台、昨日はなかった車が停まっていますので、そちらがT山家様のご親族といった所でしょうか。式場のほうのモニターを見ると、参列者は7名。あのスウェット姿のお二人も、今日はさすがに喪服ですね。ご親族の皆様は、年齢層からみてどうやら故人様のご兄妹にあたるようですね。故人様と同年代くらいの男性とその奥様とお子様(といっても喪主様と同世代くらいですか)。そちらの三名はきちんと喪服を着て、静かに座っています。一方故人様の妹さんとおぼしき年齢の女性と、そのお連れ様の男性は何故か、黒色ではありますが上下ジャージ素材のパーカーとズボンです。『色が黒色ならいいでしょ』というような投げやりな様子がモニター越しでも見てとれます。さすがに靴はクロックスサンダルではなく、黒っぽい色に蛍光イエローのラインの入ったスニーカーです。髪もゴムで適当に束ねましたと言わんばかりの状態ですが、それでも喪主様達とは、親しげに会話しています。来社した時のT山家様を思い返すと、どちらのご家族と親しくされているかは一目瞭然ですけどね。同類は、やはり寄り集まる習性があるものですからね。

事務所のなかで、K島家様のための打ち合わせの準備をしながら、軽く昼食がわりのサラダサンドを摂りましょう。他の社員さん達も皆、“モグモグタイム”です。もちろん担当者の左橋さんは式場で待機していますので、昼食は出棺後までお預けです。常にお客様優先で、食事の時間帯も皆それぞればらばらに、“摂れる時に摂る”スタイルが葬儀社の基本です。自然と食事の内容も、サンドイッチやお握りなどの、軽くてすぐに食べられるものが増えますので、私のように“食事による栄養摂取”を基本的に必要としないアヤカシには、生活習慣に不審を抱かれにくい環境でもあるのです。これが普通のサラリーマンのように、“昼食”に一時間必ず皆一斉に休憩をとるスタイルの職場だと、『私』の食事の違いが際立って浮いてしまうことになります。下手すると、『同僚女子』でランチなんてことにでもなったら、『脂っこいもの』不可、『肉や魚』は食べない(食べられない訳ではないですが…)。少食ときたら三拍子、必ずや『ダイエットなの?』という集中砲火を浴びるのは目にみえています。人間は同調圧力を重視する生き物ですからね。大好物ですよね。『皆と一緒』という奴が。そういう意味でも今の葬儀社のような職場のスタイルが、私にとっては非常に棲みやすいのです。有難いことです。不関心、不干渉。マイペース。そうこうしている間にどうやら時間となったらしく、前机の香炉に香炭こうたんという火種となる“炭”が着火して置かれました。左橋さんの挨拶に引き続いて、促されてしぶしぶといった様子でT山家の喪主様が、面倒くさそうな表情で二言三言何やら挨拶をして開式のようです。喪主様から順に前机まで出て焼香して、お兄様のご家族、妹様のご家族へと順に廻っていき、全員が一旦着席したタイミングで左橋さんが、棺の蓋を開けてから一人ずつにお別れ用の小花束を配ります。

再度立ち上がってもらって、焼香と同じ順序で棺の中に花束を入れてもらい、左橋さんは顔布を取り出します。

『皆様で端々を持たれまして、故人様にお掛け下さいませ。』というのが、当社の顔布掛けの定番の言葉ですから、画面越しでも大体想像はつきますね。滞りなく儀式を済ませて、棺の蓋も皆様で閉めて合掌一礼、ゆっくりとご親族をエレベーターにご案内していますので、私も一階のエレベーター前で待機して、御遺族を誘導します。今回は親族のみ、寺院なし無宗派のため、普通なら配置するご案内のパートさんも、式場受付アシスタントのパートさんもいません。式の参列人数の少ない場合、スタッフを配置すると参列者よりもスタッフの人数のほうが多くなってしまうという事態が最近増えていますので、お客様からの『スタッフが沢山いて圧迫感を感じさせられた』等というクレームにつながります。それを踏まえてこうした小規模な式は、『社員のみ』で担当するという社内ルールが増えました。“手厚い”と“鬱陶しい”の匙加減が難しい所です。

という訳で、私がエレベーターからT山家様を ロビーに誘導している間に、左橋さんがバックヤードの専用エレベーター経由で棺をロビーに降ろします。結局お位牌は作られなかったので、遺影写真とお骨壺を喪主様達それぞれに持って頂いて、棺を先導して霊柩車まで向かいます。結局霊柩車にはお姉さんが同乗して、あとは喪主様が自家用車で、ご親族それぞれも各自の車で火葬場へと出発します。現在時刻は12時半、予定通りとなりました。最初の『うわぁ……』からの左橋さんの苦労が実を結びましたね。先ほどからの雨雲も、どうやら出棺まではなんとか持ちこたえてくれたようです。雨天時の出棺はなかなか手間ですからね。よかったですね。

霊柩車を先頭とした車列が角を曲がるまで一礼しながら見送って、式場の片付け(とはいってもほぼ祭壇の撤収と香炉の片付けのみですが。)を終えれば、ようやく左橋さんのモグモグタイムです。私は私で自分のカップを洗って片付けしている間にK島家様との打ち合わせの時間になりましたので、書類鞄をロビーのソファー横に置いて、ロビーで待機です。雲行きはどんどん怪しくなってきましたね。今回は私は搬送と葬儀相談までで、明日は友引のため、どのみち火葬場もお休みです。ですから、K島家様の施行は早くても明日の通夜、明後日の告別式ということになりますね。私は明後日から件の『女子会』のために申請した有給休暇に入りますので、この葬儀相談の打ち合わせで細かい所まできちんと詰めておかなくてはいけません。明日明後日のシフトから考えると、おそらく担当者は左橋さんになるでしょうからね。しっかり引き継ぎして、気分良く休暇と行きたいものです。

「お疲れ様です。お待ちしておりました。」

ロビーで待機していると、ほぼ予定通りの時刻に、紺色の軽自動車が駐車場に入ってきました。食事を取って身支度を整えられたせいか、先ほどの三割増しにはすっきり若くみえますね。

「…先ほどは有り難うございました。少し食べて休んだので、大分楽になりました。本日はよろしくお願いいたします。」きちんと立ち止まって一礼するあたり、育ちの良さが伺えます。

「こちらこそ、よろしくお願いいたします。本日搬送と、葬儀相談を担当致します。鶴羅清かくらさやかと申します。」すかさず打ち合わせ用ソファーセットにご案内して、座って頂きます。

「コーヒーかお茶がございますが、どちらになさいますか?」

「あぁ、コーヒーでお願いします。」ドリンクサーバーからコーヒーを準備して、早速葬儀相談を初めましょう。

「…では早速ですが、まずは故人様の死亡診断書等の書類一式と、御印鑑をお預かりさせて頂きます。こちらは役所関係のお手続きを当社で代行するために必要となります。」

「あ、はい。こちらですね。」K島氏が持参のバッグの中から書類一式と印鑑ケースを取り出します。中身を一旦、すべて出して並べて確認してから、

「ではこちらの書類のご記入をお願いいたします。印鑑等の預り証となっていますので、保管してください。ご葬儀終了後にすべてご返却致します。」こういった書類記入などの細々した手続きは、なかなか面倒ですが、当社の社内規定として、必ず記入していただくことになっています。何しろ『葬儀』という特殊な環境にあるとき、大抵皆さんの心理状態も通常と異なる状態におかれます。本人がしっかりしているつもりでも、慌ただしくしているうちにふとした時に不安に駈られることもありますからね。大切な書類などの紛失を防ぐ為だけではなく、親族などからの『あれどこやった?』などの問い合わせから始まるトラブル等の防止にも役立ちます。『人間はミスをするもの』ですからね。しっかり予防してし過ぎる事はありません。紛失は葬儀社の信用問題にも関わってきます。このような社内規定各種は当社の会長の考えに基づくものが多いようで、業界各社を長いこと渡り歩いてきた私にとっても、珍しい考え方であることも確かです。それはさておき、K島様に記入して頂いた預り証と、お預かりするものを隣に並べながら、見ている前でチェック欄にレ点を記入していきます。それらの確認を終えてから、ようやく本題に入ります。

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