第34話

「…どうかなさいましたか?…」少々面倒ですが、その場に居合わせてしまった以上、同僚を見殺しにはできませんからね。『ヒト』ではありませんが『人でなし』にはなれません。平和な毎日の為にも。助太刀いたしますか。

「だぁって、この人、会員じゃなかったら倍金払えって言うんだもん。無理だから。」だだっ子みたいな話し方しますねこの人。精神年齢かなり、低そうです。そもそも故人様が景品目当てに入退会を繰り返してきたところからして、金銭面でかなりシビアな感覚をお持ちのようですし。だからといって、搬送は済んでしまっていますから、料金は無しにはなりませんからね。人間心理として、先に『無料』だと思い込んでいたものが、『有料』だとなったとき、より一層金額を高く感じてしまうという事が起こります。

「……他社でのお見積りは取って見えましたか?」少し頭を冷やして貰いましょう。無理無理ばっかりでは、話が進みませんからね。私がそう提案すると、T山家の二人と共に、左橋さんまで驚いた表情でこちらを振り返りました。

「当社のご提示した金額で御納得いかれないようでしたら、よろしければお手持ちのスマホでも、ネット見積もりをしている同業他社がいくつかございますので、そちらをご確認、ご検討頂いても構いませんよ?」頭に血がのぼった状態で怒鳴り散らすタイプの人間は実は以外と小心者で、他人の視線を気にする一面を持っていることが多いものです。『他社の見積もりを目の前で検討する』というのはかなり、一般的にみて失礼と思われる行為ですから、それをこちらが提案することによって、頭から冷水を浴びせたような効果が期待できます。しかも、『売り言葉買い言葉』的に言われるのと違って、高圧性ゼロで『余裕の笑顔』でご提案することによって『当社には、あなた方に対して悪意等はありませんよ。』という無言のアピールになりえます。相手が怒鳴っているからといって、卑屈になる必要はないのです。予想外な提案だったのでしょうか。ポカンと口を開けたまま黙って立ち尽くした寝癖デブの隣で、女性のほうが決まり悪げにポケットからスマホを取り出して、操作しています。左橋さんがモノ言いたげな表情でこちらをみていますが、目配せをして、ここは少し、任せて頂きましょう。年の功という奴です。

「……いかがでしたか?他社の搬送車にこちらに来てもらうことも可能ですよ?」ちらっと見えた限りでは、地元の同業他社二社のロゴデザインが見えましたね。どちらも当社の競合地域です。いわゆる『ネットでカンタンお見積りサービス』をうたっている会社です。実は当社の搬送業務は、あくまでも『営業』の一環という位置付けで、それによって利益を出すという設定にはなっていません。ですので、そもそも非会員の搬送価格が同業他社の搬送価格よりも若干、安く設定されています。『地域最安値』あまり大きな声ではいいませんけどね。利益は他の部門が出しますからね。どこがどうとは言えませんけど。

「…………」決まり悪げにスマホ画面と左橋さんの見積もりを見比べるT山家のお二人。

「…どうされますか?」ニッコリを全開にして、だめ押ししてみましょう。左橋さんも作戦を理解してくれたみたいで、笑顔が戻って来ました。反対に、T山家のお二人は額がテラテラ光って来ましたね。脂汗ですねぇ。まるで合わせ鏡の中のガマのようですね。確か以前調べた時には当社の非会員の搬送価格は他社より2000円程度ですが安かった覚えがあります。もう一押ししましょうか。

「……以前から、故人様は当社の開催するイベントのファンでいらっしゃいますし、ご愛顧されていた方のご要望ですからね。もし、他社ではなくて、当社でご葬儀までされるおつもりが、まだお有りになるんでしたら、緊急避難的に今現在からご入会されて、会費納入のうえでお見積り、お支払という手段もないわけではないんですが……」もちろん他社ならば、他社なりに当然ある程度の出費が発生しますからね。自慢ではありませんが、地域最安値ですからね。あまり宣伝していませんが。しかも大きな声では言えませんが、当社の互助会の入会日は、各支店で引き受けてから、書類作成、本部に郵送して受理という段階を踏むため、入会申し込みから受理までに、約2日ほどのタイムラグが発生することになっています。これを逆手に取って、入会申し込み日を今日から2日遡って記入し、会費を支払いすれば、書類上搬送の日にはギリギリ入会されていたということにできるのです。真面目に以前から入会されていた方から見れば、少々ゴネ得な感が否めませんが、支払い能力を越えた請求で未払い案件になってしまうよりもマシです。最終手段ですよ?

「…え?そんなこと、出来るんですか?」どうやら左橋さんはそのシステムの『穴』を知らなかったようですね。素で驚いています。その反応が尚さらに『抜け道』感を演出しましたね。ナイスサポートです。

「……じ、じゃあその方法でぜひお願いします❗会費今すぐに払えばいいんですかね。」先刻までの不貞腐れた態度は見事に消し飛び、財布まで取り出してキョロキョロしています。あまりの変わり身の早さに左橋さんこめかみが若干ひきつっていますよ。

「…では、書類を持って参りますので、ご記入後、会費を2000円お支払お願いいたします。」こちらの時間も無限ではありませんからね。規定通りにするために無駄に時間を割くのは無意味です。簡単に言ってしまえば、面倒くさい客はとっとと帰ってもらうに限るということですね。事務所の中で心配そうにしていた志水係長に、かくかくしかじか状況を説明して、日付を遡った入会申し込み用紙をプリントアウトしてもらいます。さすがに『自称仕事の出来る男志水』この抜け道も知ってましたね。

「…では、ご入会日は2日前になっていますが、こちらの用紙のご記入をお願いいたします。」

「…誰の名前書きゃいいの?」

「故人様ですと、退会の記録が、残ってますので、お二人のどちらかで、お願い申し上げます。喪主をされるのはどちら様ですか?」故人様の搬送だけで終わる話ではありませんので、通夜葬儀を含めての現実的な見通しを考えて頂く必要がありますからね。テーブルの下でお互いに膝で押し付けあっているのが丸見えです。

「……では、俺で。」渋々自分の名前を記入する寝癖デブ。記入事項の家族構成欄に、“姉一人”と記入しましたね。ご夫婦というには雰囲気が違うように感じていましたが、ご姉弟だったんですね。

「ご記入ありがとうございます。」用紙と会費2000円をお預りして、一旦事務所に戻ります。領収書の用意をしながら、ついでに事務所にあった“家族葬プラン”の一番ランクの安いパンフレットも持って行きましょう。営業成績も売り上げも大切ですが、『不払い』のほうが怖いです。

「……大変お待たせ致しました。会費納入及び入会手続きが済みましたので、本日の搬送料金は、会員様として計上させて頂きます。」領収書を渡しながら、さりげなく左橋さんの手元の資料の上に事務所から持ってきたパンフレットをのせておきます。それを目にした左橋さんはお客様にわからない程度に小さく頷きます。

『今回のお客様は支払い重視で行きます。』という無言のメッセージです。先刻まで見せていたパンフレットは上中下で言えば中ランクのものですから、「高いものから安いもの」の順に見たならば心理的にも安いほうがお得な印象になるはずです。見たところご遺族二人とも既婚者ではないようですし、親族が沢山いるようにも見えませんからね。

親族が近くに沢山いる場合、大抵、外見に気を配り、多少見栄を張るような言動をするようです。“言いたいことを遠慮なく言う”人間が周囲にいることになりますから、外面を気にするようになるものです。T山家のお二人には、そういった傾向は見られませんから、質素な家族葬を選ぶ可能性が高いと診ました。まぁ、通常と違って積み立てがありませんから、それでも最低20万円は必要になりますけどね。

「……では、あらためて、ご葬儀のご提案をさせて頂いても宜しいでしょうか。」座り直して葬儀相談に入る左橋さんに内心エールを送りながら、私はここらで退散します。

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