第33話

「あ、お忙しい所すみません。W田の家内ですが、今度の忌明け法要の件で西光寺様からのご提案が有ったので、もう少し詳しく伺いたいのですが……。」予想通りですねぇ。話が早くて助かります。

「先日はお疲れ様で御座いました。本日は祭壇設営の予定時間まで特に何もありませんので、そちら様のご都合のつく時間帯でしたらいつでも結構です。どのようになさいますか?」現在時刻は10時半過ぎです。

「こちらこそお世話になりました。今ちょうど近くまで出てきてますので、鶴羅さんさえよろしければ、今から伺いたいのですが。」外出のついでにご相談に立ち寄られるということですね。

「何時くらいには到着出来そうですか?」

「……そうですね……。多分11時には到着できると思います。」電話の向こう側で誰かと相談している気配がありましたね。同行者がありそうです。

「大丈夫です。では、後ほど11時にお待ちしております。こちらには、どなたとおみえですか?」旦那様が同行者なら、少々見栄を重視したお料理のメニューを用意したほうが良いでしょう。想定価格帯をワンランク上げる必要性があるかも知れません。

「……あ、今長女と一緒に市役所に来ているので、長女と伺います。」打ち合わせの時の話を思い出しました。頼もしい娘さん達ですね。金額のランクアップは必要なさそうですね。

「承りました。お待ちしております。」私は受話器を置いて、お子様ランチの資料を追加します。初七日のあとの眠たそうなお子様達を思い出しながら。

「そろそろロビーで待ってましょうか。」現在時刻は10時45分。市役所からだと10分かからずに到着するでしょう。役所の混雑具合によりますが、二件時間帯が被っていますので、左橋さんと一緒にロビーで待機します。

しばらく待つと、車が一台、駐車場に入って来るのが見えました。オレンジ色の軽自動車、W田家葬儀では見覚えありませんね。私は一歩下がりながら左橋さんに、目で合図します。車内の人影は男女二人組、T山家様ですね。オレンジ色の軽自動車は、駐車場になかなか個性的な停めかたをして、エンジンを切りました。当社の駐車場は、一応一台ごとの白線が間に一本ずつ目安として引いてある、一般的な様式の駐車場なのですが、停められた車体の下中央に、白線が一本通っています。本日は他にW田家様が見えるだけで、すいていますので特に何か問題があるわけではないんですがね。要は2台分のスペースを使われてるというだけなんですが。

「……嫌な予感がします……。」小声で左橋さんが呟きました。型通りに行かない予感満載ですね。車から降りてきた二人組も、スウェットの上下にcrocsという、コンビニスタイルです。ごていねいに男性のほうは、頭に寝癖とおぼしきアクロバティックな髪型で。二人ともに恰幅のよい体型を左右に振る独特の歩き方で、ロビーに連れだって入ってきました。耳の奥で、大相撲の入場の太鼓の音が聞こえた気がしますね。私はさりげなく後ろに下がります。頑張れ、左橋さん。

「…T山家様ですね。お待ちしておりました。こちらのテーブルにてご相談をお伺いいたします。」内心の『うわぁ…』は表情に出さずににこやかにお声掛けする左橋さん。大分修行がなって来ましたねぇ。應庸おうように頷いてロビー奥の仕切りのついたソファーセットの相談コーナーに向かうT山家様。心の中で左橋さんにエールを送りながら一礼して顔を上げると、視界の隅に駐車場に入ってくる見覚えのある赤のセダンが見えました。

「お待ちしておりました。本日はよろしくお願いいたします。」駐車場まで迎えに出て誘導します。運転されていた長女さんは、式場正面に個性的な停めかたのオレンジの軽自動車があるのに気付いて、若干眼を見開きましたが、少し離れた所に誘導して駐車してもらいます。こういう停めかたの方は大抵運転技術が未熟ですからね。

「先日は本当にお世話になりました。今回もよろしくお願いいたします。」ロビーのソファーセットに座りながら、長女さん共々深々と一礼されます。

「こちらこそ早速のお越し有り難うございます。本日後ほど後飾り祭壇の設営にも伺いますね。お飲み物は、コーヒーか緑茶ですが、どちらになさいますか?」当社のドリンクサーバーは、その二種類しかありません。あとは水かお湯ですからね。

「では、コーヒーをお願いいたします。」先日も利用されてますから、奥様達もとくに何も異論はありません。私がトレイにカップをセットして運んでいると、ロビーの反対の端から、左橋さんが立ち上がるのがみえました。(ご相談が重なった時はプライバシー配慮の為席を離すという社内ルールがあります。)

「えー⁉️他の飲みもの無いの?コーラとか。」清涼飲料が無料サービスの葬儀社は見たことも聞いたこともありませんね。こちらまで聴こえる大きな声ですね。

「申し訳ございません。他のお飲み物のご用意はございません。」困惑した左橋さんの声も聴こえます。私はW田家様お二人の前にカップを置きながらちょっと苦笑いします。お二人もちらっとそちらを見やって苦笑気味です。頑張れ左橋さん。

「では、こちらのご相談用紙に必要事項の御記入をお願いいたします。」日程や人数、時間帯と一人あたりの予算希望などを確認して、そのご要望にできるだけ沿う形で見積書を作成しますからね。私は私の仕事に集中です。

「……では、ご予算等を考えて、この2種類のお料理のどちらかをお選び下さい。」人数が25名ですので、ご親族様のみということですね。私はお子様ランチの資料をファイルから出して、長女さんの前に置きます。

「お子様ランチは前回エビフライでしたが、今回どうされますか?」特に食べ残し等の報告はパートさん達からは上がっていませんが、お子様達の感想が気にはなります。

「…今回はハンバーグランチにしようかなぁ…」せっかく二種類ありますからね。奥様の意向も確認してから、私は正式な見積書作成の為に一旦事務所に戻ります。

「………ですので、申し訳ありませんが、故人様は以前既に退会されておりまして、解約手続きも、会費の返金も済んでおりますので……」事務所への通り道に小耳にはさんだ会話ですが、左橋さんのお客様、どうやらかなり、大変そうですね。会話の内容からすると、ご家族は故人様が当社の互助会の会員だと思って当社に搬送を依頼したのに、調べてみたら、解約済みで、『元会員』だったということのようです。ここで説明させていただきますが、当社には、お客様が毎月積み立てする形の互助会があります。入会手続きをしてから、毎月銀行引き落としか、集金で定額の積み立てをして、満期が10年と、5年がえらべますので、それぞれ満期の証書が発行されて、自分や家族の葬儀代金にあてることが出来るというシステムです。そのほかにもサービスの一環として、式場代金が無料になったり、祭壇が会員価格で使用できたり、病院から当社までの搬送料金が無料だったりという特典がついてきます。単なる積み立て預金よりも、サービスが葬儀寄りなのですが、解約に関して定期預金よりも縛りが無いため、イベントの入会特典目当てに入っては退会する『常連』が存在するのがシステムの弱点です。たまに見かけたことありませんか?『本日ご入会の方にはブランド米5㌔プレゼントキャンペーン』なんていう広告。ひょっとしたらT山家様、こちらの『常連』だった可能性がありますね。事務所でW田家の見積書を作成しながら、ふと、その可能性に気付いたので、小鳥さんに互助会の会員さんの退会記録をたどってもらうことにしました。ひたすらパソコンのモニターとにらめっこする小鳥さん。私の見積書がプリントアウトするのと、ほぼ同じようなタイミングで、小鳥さんが立ち上がります。

「………あった!!」画面を指差しながらこちらを手招きします。あわてて覗き込むと、確かにT山家様の名前で、今年の4月のイベントで入会して、2ヶ月後の6月の解約の記録が残っています。さらに同じ名前で検索してさかのぼると、ほぼ毎回のイベント毎に入会と退会を繰り返してきた履歴が残っていました。

「…………完全にお米目当てですね。この人。互助会の担当者何で止めなかったんだろう。……」小鳥さんが呆れたように呟きました。

「……そりゃぁー……、契約人数の頭数には入るからじゃないですかね?…」イベント毎の入会目標人数がありますからね。ノルマがあるのかもしれません。一人あたり何人入会とか。退会の人数はカウントして追跡しませんからね。こんなことでもないとわからないままなんでしょう。まさか、故人様ご本人も退会してから次にイベントで入会するまでに亡くなるとは思わなかったのでしょう。そして、ご遺族はきっと、よもや退会を繰り返しているとは思わなかったというのが今回のいきさつの原因でしょうか。どちらにしても、『元会員』では、搬送料金無料の特典は適用されません。もちろん式場などの割引もです。とりあえず私はW田家様の見積書を持って、いきさつを走り書きしたメモを手に握りしめてロビーに向かいます。とりあえず通りすがりに左橋さんにメモを渡してから、私はまず、W田家様に見積書の説明を致します。

「こちらが今回のお見積りです。今回は、法要は西光寺様の本堂をご利用されますので、当社の会食室利用料金は西光寺様からのご紹介ということで無料です。」それを見越して若御院わかごいんがお電話されたんですからね。

「そうなんですか。お食事代金のみなんですね。助かります。」奥様は娘さんと一緒に見積書を覗き込んで、頷いています。

「当日のご移動は、各々自家用車で宜しかったですか?」バスを移動に使用する場合、また料金が違ってきますので、お見積りが変更になりますからね。要確認です。

「はい、…自家用車が…六台になるかと思います。」指折り数えながら確認する長女さん。いい加減なことを言わないのも好感度が高いです。

「では、当日駐車場を確保させて頂きます。西光寺さんを出発される時にこちらにお電話をお願いいたします。料金の御精算は、こちらの見積書の金額プラス当日のお飲み物代で計算して、また、後日請求書をお出し致しますので、一月以内にご来店もしくはお振込でお願いいたします。」封筒に見積書を入れてお渡ししながら、立ち上がってお車までご案内します。

「当日までに、人数などのご変更がありましたら、また、お知らせください。前日夜22時まで変更可能です。」駐車場を出るまでお見送りしてから一礼して、ロビーに戻ります。

「だぁかぁらぁぁー、そんな話は聞いてないんだからぁ、そんなお金払えないって言ってんだろぉ?」ロビーに罵声が響き渡ってますね。床に散らばる書類を拾い集める左橋さんに向かって、立ち上がったT山家の男性(寝癖デブ…あ、ふくよかさん。)が怒鳴り散らしています。 先ほどから小耳にはさんだやり取りの内容から推察するに、ご遺族は故人様が『会員』だったと思って当社に搬送を依頼したのに、実は『元会員』だったがために、『無料』になるはずの『搬送料金』や、会場使用料、『半額』になるはずの祭壇料金など、もろもろの支払い金額がご遺族の想定していた価格よりかさんでしまうという点がなかなか御納得頂けないという状況のようですね。

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