第30話

「こんにちわー。」先日と同じ路のりですが、交通量の格段に多いところを通ってT市F病院裏口へたどり着きました。もちろん、手には、『りょう』の洗濯物の紙袋を持って。あえて、服だけでなく下着もあるのがわかるように無造作にいれてきました。事務所の受付には、来院者用の記入用紙があり、見覚えのある男性事務員が私の立場を判別しかねて困惑しています。今日はプライベートを強調するために、数少ない私服姿ですからね。あえて、地味な感じの服を選びました。

「…何かご用ですか?」奥の机から先日『見送って』くれた女性三人組のうちの一人が立ち上がって近づいて来ましたね。作戦実行です。出来れば社名等の証拠は残したくはありません。恐るべきは恋する乙女の行動力ですからね。会社に押し掛けられても困ります。

「…あのー。別に病院に用事ではないんですが…」暗に記入要らないですよね?個人的な用事ですけどね。という感じで。

「どなたかのお知り合いですか?」覚えてないはずありませんね。なかなか演技派です。

「…あ、はい。こちらの事務員の大原に用があって……。」案の定りょうの名前を出した瞬間、眼が泳ぎましたね。反応上々です。

「…どのようなご用件でしょう?」来院者名簿を記入の必要なしというように下げながらも、彼女の視線は私の身なりや持ち物などから、何かしらの情報を得る為にか素早く動いています。女は怖いですねー。私の手荷物の紙袋の上で、視線が止まったのを見計らって、『ニッコリ』を発動して、私は紙袋をカウンターの上に置きます。

「あのー。これを届けてくれと、頼まれたので…」

「…大変申し訳ありませんが、大原は、只今外回りに出ておりまして…戻りがちょっといつになるか判らないのですが……。」そう言いながらも、あからさまに袋の中を見ていますね。一見してはっきりわかるように『洗濯した』『男性物の』衣類一式を、もちろん下着も隠したりせずに入れてありますからね。気になるでしょうね。もちろん。

「あ、そうですか。じゃあ別に直接わたせなくてもいいので、あの人に机の上にでも置いて頂いてもいいですか?」多分にどうでもいい感じをだしながらも、呼び方は親しげに旧知の仲を強調してみせます。

「あ、はい。それでよろしければ、こちらはお預かりします。」やはり『あの人』という呼び方に反応して、顔をひきつらせながらもかろうじての笑顔で、紙袋を受け取り、事務所中央付近の机に持っていきます。机の上の片付きかたと、電話に下がったマスコットから察するに、そこは絶対『奴』の机ではなさそうですがね。紙袋を持って行ったタイミングで、女性二人が時間差を作って事務所から出ていきました。

「じゃあよろしくお願いします。失礼します。」内心次にどんな展開になるのかワクワクしながらも、そこはプロ根性で、表情を変えずに私は踵を返します。

時刻は現在13時過ぎ。奴の情報によると、来院者が落ち着くそのくらいの時間帯から、事務所の職員は交代で休憩するようですからね。どこで待ち伏せしてますかね。

「……ちょっと、そこの人。」そんな風に定番な声掛けをしてきたのは、さっき事務所から先に出て行った女性事務員ですね。仮名Aとしましょうか。駐車場までの通路の真ん中に仁王立ちです。

「…あの、ちょっとお話いいですか?」まるでテレビドラマのように、役割分担しているのか、私の背後からもう一人。仮名Bですかね。予想通りでしたね。

「…何でしょうか?」一人足りないですねなんてことは思っても口には出さずに、とりあえず網にかかったフリをしましょう。

二人に連れられて、病院の外来駐車場の隅にある喫茶店に入ると、先ほど受付で応対していた事務員の女性が座席を確保して、店内に待機していました。ご丁寧に周りに人気ひとけのない隅の席です。しかも、テーブルの上には、先刻私が預けた洗濯物入りの紙袋が置いてあります。三人目を仮名Cとしましょうか。

『…ワクワクしてきたー。』ここまではほぼ想定内です。

「座って下さい。コーヒーでいいですよね?」セルフサービス型のチェーン店ですが、三人で手分けして、既に飲み物が運ばれてきました。手回しは万端ですねぇ。座席も壁際のボックスソファーで、退路を完全に塞がれました。

「……何かご用ですか?」言い出しにくいでしょうから、先に口を開いてみます。

「…………」三人同時に口を開き、お互いに無言で顔を見合わせたあと、最終的にAが話をすることに、どうやら決まったようです。

「……あの、先日の夜、あなたこちらに来られましたよね?」A野家の搬送のときですね。そこから確認なんですね。

「…はい。仕事ですから。」ピンとこないフリで怪訝そうに頷いてみます。

「あの時、大原さんと親しげにしてましたよね?」特に思い当たらない風で首を傾げてみます。そもそも本当に偶然の再会ですから。

「今日のこの荷物は、服ですよね?大原さんのですか?」本当に聞きたいのはそこじゃないだろうと思いつつ、『それがどうした』という表情を作って頷きます。

「……大原さんと、どういったご関係ですか?」やっと核心に触れましたね。あっさり核心に触れてしまうなんて、まだまだ小娘ですねぇ。笑ってしまいそうになる顔面筋を総動員して、真顔を保ちつつ、

「……元夫ですけど?」と、爆弾投下します。

「………はぁぁっ?!」三人見事に揃いましたね。大声に驚いて店員さんまでこちらを見ています。爆弾の効果はてきめんです。三人ともに目をひんむいて口に両手を当てる、全く同じポーズで固まっています。

「………えー…。で、でも大原さんまだ若いです…よねぇ?元夫ってことは、大原さん“バツイチ”なんですか?」呆然自失から立ち直って、最初に質問してきたのは、意外にも強気の小娘Aではなくて、おとなしそうな小娘Bでした。

「…はぁ、まぁ、そういうことになりますね。まぁ、若気の至りですかね。…」本当は全然『若く』もありませんし、生活の必要上仕方なく夫婦のフリをしただけですが。というのはおくびにも出さずに、面倒そうに答えます。まぁ、実際面倒ですからね。

「……何年前の話なんですか?」これは小娘C です。そうきましたか。奴の今回の年齢設定は聞いていません。実際に同居していたのは、他の地域で20年以上前の話です。冷や汗が出そうですね。脳内フル回転で高速シュミレートして、対応を考えます。うっかり年数をミスしたら、本人未成年なんてことにもなりかねません。

「…えー、あの人何歳かご存知ですかー?」少し大げさに小馬鹿にするようにして、質問に質問で返します。

「……え、でも、履歴書にたしか29歳って書いてあったよねぇ…」三人で顔を付き合わせてゴニョゴニョ相談しています。しめしめ。今回奴は“29歳”なんですね。私は盗み読みした情報を元に、逆算しつつ、自分の履歴書と照合して矛盾のなさそうな年齢で……という複雑な計算を一瞬でこなし、その上、余裕そうな表情を作るというウルトラC(これも古い表現らしいですが。)をやってのけました。

「…もう、かれこれ8年になりますかねぇ……あれから。」現在の会社が入社7年目ですから、万が一、会社をたどって来られても、足はつきません。人間の好奇心を甘くみては痛い目に会いますから。奴もこの地域にきてまだ1ヶ月と少しですから、素人が遡って前歴を追いかけるのは不可能です。

「…失礼ですけど、ちょっと歳離れてますよね?」まぁ、この質問は想定内です。

「私のほうが、10歳歳上ですからね。」何でもないように答えてしまうのが、追及しにくくするコツですかね。さて、そろそろ奴との『歳の差婚』の“若気の至り”の“大失敗”とやらについて、彼女らが『奴』に抱いているイメージがガラガラと崩れて、崩壊してしまうように、がっつり『語って』あげましょうか。だれもが嫌がる“結婚相手”ですよ。

「……まさか、こんな所で、ばったり再会するとは思いませんでしたけど……。」まずは、『再会』はあくまで偶然であることを強調します。

「…まぁ、私も昔はお恥ずかしいことに、“面食い”でしたから。ご存じの通り、あの人“顔は”イケメンですからねぇ。年上なのにも関わらず、アタックして、振り向いて貰って舞い上がって、勢いで結婚までしましたけどねぇ……。」やけくそのように一息にまくし立てて、冷めてきたコーヒーを飲み干します。さぁ、作戦開始です。三人とも固まったままでいますからね。どんな過去が憧れの人から出てくることになるのか固唾をのんだという感じですか。

「…役所で入籍して、私のアパートで同居することに決めて、軽トラをレンタルしてあいつの家財道具を運ぶことになったんですけど、そこからもう……」わざとらしくため息をついて間を持たせます。さりげなく呼び方を“あの人”から“あいつ”に格下げしてみます。最初の『元夫』発言と、『バツイチ』のショックからようやく立ち直ってか、三人娘が口を開きます。

「……何があったんですか。」強気に見えた小娘Aの眼によく見るとうっすら涙がみえます。若い女性の『思い込み』を打ち砕く作戦ですからね。気の毒と思うゆとりは、こちらにもありませんからね。

「……どうして荷物が軽トラ一台ですむのかと思ったら、一人暮らしでも、 自炊も家事も一切やったことがないうえに、家電もパソコンとテレビだけ。あとは大量の段ボール箱だけなんだけど、その中身がまた強烈にスゴくて、部屋に洗濯機が無かったし、そもそも洗濯のやり方を知らないらしくて、使用済みの服がぎっちり。汚れたら箱に放り込んで、新しいのを買ってたみたいで、全部洗濯するのに2ヶ月かかってウンザリ。私だって仕事してるのにねぇ。どう思います?あいつ進歩しました?」すでに青ざめた顔をしてその光景を想像している三人娘。

「……でも……今は男子寮にも洗濯コーナーがありますし、洗濯、……してると思うんですけど……多分……。」それでも涙目で、一生懸命に弁護を試みる小娘A。段々声も小さくなりますね。

「……まぁ、昔と違って、今は放り込んで洗剤入れてスイッチするだけで乾燥までありますからね。小学生でもできますからね。」フォローしたように見せかけて『小学生レベル』と言ってます。さて、次は『嫌な男シリーズパート2』です。

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