第27話

「お疲れ様でございました。では、二階の会食室にて、精進落としとなります。」エレベーターで二階に移動して、皆様着席のなか、喪主様にご挨拶を頂戴して、お食事が始まります。現在時刻は18時、ほぼ予定通りですね。会食室はパートさん達にお任せして、私は三階式場の片付けと消灯を済ませます。

『……でね、………なのにね、…………だからね。』暗闇のなか、バックヤードの仏具置き場のほうから話声が聞こえます。いつもの木魚達磨達の話し方とは違いますので、多分式場にいた『気配』が無人の式場から移動して、木魚達磨達を話相手にしているのでしょう。また気をつけないと左橋さんが怯えますね。

三階の片付けを済ませて事務所に戻り、一旦タイムカードを切って、引き継ぎを済ませます。事務所には、ちょうど帰り支度をしている小鳥さんと、出社して体調チェック表に記入してから、アルコールチェッカーに拒否られている左橋さんがいました。

「あれぇ?…何でぇ?えー?…一滴も飲んでないのにぃ?」何度やり直ししても赤ランプが点灯していますね。当社規定では出社時のアルコールチェッカーの使用が義務付けられています。上部のセンサーに息を吹き掛けるタイプの『アレ』ですが、当社のアルコールチェッカー、別にアヤカシでもモノノケでもありませんが、日によってご機嫌があって、駄目な時は何をしても駄目です。ただし、『飲んでる人』が試すと、絶対に青ランプは点灯しなかったので、社員一同『…またか。』という感じです。『今日ダメの日なんだねぇ。』という事で、頼りになるのは自己申告です。

「もぉー。ヒドイ!」プンプンしている左橋さんの肩をポンポン叩いて、小鳥さんが帰っていきました。

「(笑)んじゃねー。お疲れ様ですー。お先に失礼します。」小鳥さんに手を振って、私は同じく帰り支度をしている山口係長に向き直ります。

「係長、W田家予定通り初七日法要終了しました。あとは、会食終了後、自宅届けで完了します。何か引き継ぎはありますか?」

ちなみにホワイトボートには本日のW田家の予定のみです。

「…あぁ、えーと…。T市のF病院からの電話相談で、御身内が危篤だそうで、今日、明日が山場なんだって。メモが僕の机の上にあるから、ホワイトボートに記入しておいて下さい。」タイムカードを切って、上着を着替えながら山口係長が帰ります。私は会食室のモニターを見ながらメモを手に取って確認します。T市のF病院、『りょう』の所ですね。先日の宿代のつもりでしょうか。

「左橋さん、もう三階の片付け終わってるから、良かったら先に休憩どうぞ。うちの会席も、もうデザート出してますから、終わるまで私待機しないと。」多分、左橋さんの性格上、決して『行きたくない』とは口に出さないであろう三階の片付けを、先制してまず、伝達しておきましょう。

「…あ、わかりました。じゃあ、お言葉に甘えて。」明らかにほっとした様子で休憩の準備を始める左橋さん。やっぱり気にしていたんですね。ホワイトボートに記入してから、もう一度モニターを確認すると、ちょうど皆様デザートを食べ終わっているようです。私も二階で待機しましょうか。

「…あ、ちょうどよかったです。今内線いれようとしてたとこです。」二階のバックヤードに入った瞬間に、中山さんが内線電話の受話器片手に振り返りました。

「喪主様が、お話があるそうで、お呼びです。」

「了解しました。ありがとうございます。」

会食室の喪主様の所まで進んで、喪主様と奥様の間に膝をつきます。

「…何かございましたか。」

鶴羅かくらさん、確か、今日この後に自宅に祭壇設置にみえるというお話でしたよね?」やはり用があるのは奥様のほうでしたね。しっかりと今後の予定を検討してみえたようです。

「…本日の何時くらいにお伺いいたしますか?」念のため、前提条件を変えずにまず確認します。現在時刻は19時半ごろ。お食事後挨拶を済ませて、参列者に分けものや花束をお配りして、自宅に戻られるのは、早くて20時を過ぎるかと思います。そこから、大抵のお宅では、祭壇の設置場所をあけるために、片付け作業が待っています。先日のA野家ほどのことではありませんが。祭壇設置に畳一畳、お参りのスペースにもう一畳。正味畳二畳分のスペースが必要です。きちんとした奥様なので多分ご自宅の片付け作業に小一時間として、お届け時間は21時頃になるでしょう。体力的にも限界ですかね。

「…そうですねぇ…もし今日中に来られるなら21時くらいですよねぇ。…でもねぇ…」さすがにしっかりした奥様ですね。きちんと自宅の祭壇設置場所を考えて、片付けの所要時間も加味して予測済みです。

「…お仏壇に、お骨壷とお位牌を安置するスペースはありますか?」私はあえてそちらから確認します。勘の良いかたならば、わかります。奥様は頬に手を当てながら考えています。

「……お仏壇ねぇ…。」ちらっと前机の上の白木位牌とお骨壷のサイズを目測されましたね。

「……いろいろ寄せたら入るかしらね。」

「…では、本日のとりあえずのご安置場所をお仏壇にして頂いて、祭壇の設置は後日のご都合のよろしい時にすることも可能ですが。」皆様強行軍でお疲れが溜まって来ていますからね。今日は早くお休みしたいでしょう。祭壇の設置を『疲れたから後日に』というのは簡単ですが、お位牌はともかく、お骨壷はその辺に置くわけにもいきませんからね。床の上にはちょっと置きにくいし、かといってモノがものだけに、ダイニングテーブルの上というわけにもいきません。『安置場所があれば、祭壇を後日に出来ますよ』ということです。

「……じゃあ、とりあえず仏壇に安置します。」ご先祖様には、少々窮屈してもらうことになりますけどね。

「わかりました。では、明日か明後日か、どちらかご都合のよろしい日をご指定下さい。請求書のお渡しもその時でよろしいですか?」明日私は夜勤明けで休日ですが、自分の担当は最後までお世話したいですからね。休日出勤でも仕方ありません。喪主様と奥様、娘さん達で相談です。

「…じゃあ…明後日の13時くらいでお願いいたします。」1日ゆっくり休んで片付けてといった感じですかね。

「はい。承りました。では明後日の12時頃に一度、お電話で確認後、祭壇の設置に伺います。」何とか明日の休みは確保出来ましたね。まぁ、休みでも大した用事はありませんが。

「…では、皆様お食事もお済みのようですので、喪主様、御散会の挨拶をよろしくお願いいたします。」奥様の機転のおかげで三方丸くおさまりました。やはり女性がしっかりしているのは大切ですよね。男は『矢面』に『立てて』おいて、危ない時の『弾除け』にでも使えれば十分です。女性より造りが頑丈に出来ているんですからね。それが正しい使い方です。

順調にお品物をお配りして、無事に散会となりました。残ったご家族の皆様、にこやかではありますが、やはり疲労の色は隠しきれません。お子様達は特に。妹さんの所のお子様はもう、半分以上夢のなか、目が半分閉じています。

「…3日間のあいだ、本当にお疲れ様でございました。どうかお疲れの出ませんように。ご自宅に戻られましたら、ゆっくりとお休み下さい。変更や質問等ありましたら、こちらの名刺に私の携帯番号も記載がありますので、いつでもご遠慮なさらずにどうぞ。お気をつけて、お帰りください。」『家に着くまでが遠足です』じゃあないですが、帰り道にこそ疲れがどっと出るのです。一般的に言うところの『曳かれる』という奴です。実際に故人様が『寂しがって』曳くことはありません。むしろ今日式場にいたような『モノ』につけこまれるというのが正しいようです。ああいったモノは、人の集まる所や『四つ辻』なんかにわりとよくフラフラしていますから、疲れていると意識を持っていかれます。私にしてみれば、交通事故なんかの御遺体は、損傷しているぶんだけはくも少ないので、あまり嬉しくありませんからね。自己防衛の一環として、こうして注意喚起をしています。決して御遺族に過剰な感情移入をしているわけではありませんからね。アヤカシはそこまで『お人好し』ではありません。お車が駐車場から見えなくなるまで一礼して見送ってから、私は事務所に戻ります。

「お疲れ様です。鶴羅さん今からお届けですか?」食べ終わったお弁当箱を洗いながら、左橋さんが尋ねます。

「明後日になったよー。今から会席のドリンク集計表貰いに行って、請求書を今日中に作成すれば大丈夫。」

「よかったですねー。」ほっとした様子で左橋さんがこたえます。一人お届けで出てしまうと、万一急な搬送が入った時の対応が難しいですからね。何故かそういうタイミングってよくあるものなのです。

「…さぁて。ドリンク集計表貰いに行って休憩しますかね。」モニター画面を見ると、会席担当の二人が食器の撤収作業中です。手伝いに行きますかね。

「お疲れ様ー。ドリンク集計表できてますか?」

「あー。お疲れ様ですー。そこのワゴンの上にありまーす。」中山さんが食器を集めながら振り返ります。会食室で使っているワゴンは金属製で、上下2段になっています。大抵どのパートさんも上段に空き瓶、下段に未開封と仕分けしてあります。集計表は上段の空き瓶の横に記入して置いてありましたので、ドリンクの用紙を持って事務所に戻りがてら、バンシーのお菓子の包み紙を回収しましょう。

『ありがとーサヤカ、今日はだれもコナイヨー。』バンシーは死人を予言するアヤカシです。彼女が言うならば、T市の危篤は持ち直しそうですね。

「バンシーありがと。じゃあ、ゆっくり休憩するね。」ちょっと気になって、三階のバックヤードまで階段で向かいます。これならモニター画面には私は映りません。

『……でね、………とか、………ってね。』

ひそひそと話し声が聞こえますねぇ。やはり『アレ』には、モノノケがちょうどよい話し相手になっているようですね。この調子なら、一週間もたたずに『薄まって』消えるでしょう。木魚達磨達もしばらくの辛抱ですね。退屈しのぎにはうってつけです。

『おとなしく“成仏”してください。』成仏といいますが、実際に『仏』に『成る』ところは、私はいまだに一度も遭遇したことが、ありません。今三階にいるモノのようなのは、いわば『残留思念』の集合体のようなもので、死後に『魂』として、身体から離れていくときに、何らかの要因が原因で、『自我』だけが剥がれて独り歩きしてしまったモノが吹きだまって形成されたような感じです。身体はもう機能停止して、魄は私がおいしく頂いて、そもそも戻ることは不可能なようで、身体から離れた魂とも分離してしまって、ただひたすらにさ迷って、時間の経過とともに集まって凝縮するか、薄くなって拡散するかという2つのパターンを辿ります。『幽霊』が生前の恨みを晴らす為に『化けて』出ると思っているのは多分、生きていく上で必要な『ロマン』のようなものでしょうか。私の感覚では、もっと機械的な感情の入る余地のない『自然現象』の一種という気がします。もちろんいわゆる宗教者がいうような、『生者が未練を持つと、死者の魂が浮かばれない』というような話もピンときません。アレは、何か話していますが、大抵脈絡なく、生前の記憶を呟いているだけです。話を聞いてやると段々拡散して存在が希薄になっていき、やがて霧散します。稀に吹きだまりが凝縮して方向付けされたときに『モノノケ』になるのです。身も蓋もありませんけどね。まぁ、大して実害なさそうですので、放置して事務所にもどります。

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