第26話

当社の事務所には、いつも何故かお菓子が常備されています。まぁ、大抵お寺様がお供えのお下がりを『食べきれないからどうぞ。』という理由で持参されるパターンがほとんどです。以前にいた地域の事務所には、何故か米菓子(お煎餅)が多かったので、ラインナップはどうやら地域性があるようです。現在の当社があるA県は県民性として、ブランド信仰が強めですので、特に『見栄』を重視するお寺様へのお供え物には一流店や有名店が好まれる傾向があります。つまりハズレはほとんどありません。『舌』が『肥えて』しまいますね。今日の差し入れ菓子も、大変美味しく頂きました。すかさず一番美味しかったお菓子のパッケージを写メしておきます。今度の『同窓会』の手土産にするつもりです。アヤカシは甘党が多いので。グルメも多いです。カップを洗って片付けてから、初七日法要の準備のために、少々早めですが三階式場へ向かいます。ポケットが多少ふくらんでいますが、まぁ、そこは気にせずに。

『バンシー、おやつだよー。』事務所を出て右の廊下の暗がりを通りしなに、小振りなクッキーを一つ、バンシーに手渡します。

『ありがとーサヤカ。いただきまーす。』小さな呟き声と共にカサカサと袋を開ける音。ま、ゴミは後で回収しましょうか。二階の会食室を覗いてから三階式場へ。エレベーターを降りると、やはり休み時間明けの教室のようなわざとらしい沈黙。私は呈茶用の湯呑みの置いてある食器棚から和菓子用の敷き紙を出して、各モノノケに焼き菓子を袋から出して一つずつ置いてやります。彼らは『食べ方』が『汚い』ので、後片付けのためです。

『飴』と『鞭』の使い分けですね。彼らが食べ終わるまでに、ざっくりひとまわり式場内を確認して行きます。式場担当の大山さん達は、初七日の支度までして、業務終了ですので、私が初七日で使用する範囲の照明を点灯してまわります。照明を点け終わってローズホールの座席を見ると、例の『モノ』は一番後ろの座席をまだ占領しています。椅子を多めに出しておいて正解でしたね。

式場の見回りを済ませたので、バックヤードに戻ってみると、案の定怪モノノケ達の周囲には、焼き菓子の食べかすが散らかっています。

「もー。もう少しお上品に食べなさいよ!」ぶつぶつ文句を言いながら、ホウキと塵取りで食べかすを掃き集めて捨て、念のためモノノケ達を見ると、木魚の『口元』や、経凛々のフチにも、食べかすが。それぞれをウェットティッシュで拭き取りしてから、念のためにひっくり返した乳鉢坊にも食べかすが。結局払子守まで毛の間に挟まったクッキーの欠片を取り除く羽目になりました。時間をとられているうちに携帯が鳴って、W田家様の火葬場出発の連絡が入りましたね。今度からあげる菓子の種類を考えなくては。

「W田家様火葬場出発されました。支度よろしくお願いします。」会食室に降りてパートさんに三階式場の準備をお願いしてから、私は一階ロビーでお出迎えします。

駐車場に車が入って来ましたね。まずは降りてきた喪主様のご家族から、遺影写真をお預りします。お位牌と骨箱は奥様とお嬢さんにお願いして、まずは三階の式場にご案内です。受付のカウンターから三階式場の内線を三コールして切ります。これで三階式場の脇野さんに御遺族到着の『合図』です。吹き抜けの二階部分から、中山さんが覗いていますので、そちらにも視線で合図して、私は喪主様達と一緒に三階式場へ向かいます。

「お疲れ様でございました。西光寺様がご到着されましたらこちらの式場にて初七日法要を執り行いますので、今しばらく、お楽にして頂いてお待ち合わせ下さい。」祭壇にはもう既に、蝋燭が灯され、香炉の火種も準備万端です。位牌とお骨壺まで所定の位置に支度済み、感謝を込めて脇野さんに黙礼すると、控えめにウィンクが返ってきました。お茶目さんですね。現在時刻は16時半、西光寺若御院は遅刻しないかたなので、エレベーター前にて待機しておきましょう。脇野さんも察して呈茶の準備をしにいきましたね。優秀なパートさんは目配り気配りが効いて、勘の鋭いひとが多いです。かといって繊細な人だと、式場の各種の独特の『気配』にやられ易いので、人材の確保が課題点です。新人パートさんの定着率が低いのも、この業界の特性でしょう。

「…あー。お疲れ様ですー。」エレベーターが開くと、西光寺さんが会釈します。まずは寺院控え室にご案内して、軽く打ち合わせをします。

「…えーと、『骨あげ』のお経のあとで、合図をしますので、喪主様から順に『初七日』のお経のあいだにご焼香のご案内をお願いします。法話を軽く10分くらい最後にしますので、その後忌明けの相談を兼ねて挨拶して45分くらいの予定ですねぇ。」

「わかりました。では、御支度よろしくお願いいたします。」呈茶セットを持って待機していた脇野さんに終了予定時刻を伝えておきましょう。お寺さん達の凄い所は、『体感時間』が非常に正確であるという点です。基本的に式場内には時計は設置していませんので、開式中は時刻の確認は出来ませんし、読経の時は時計は着けている寺院は見たことがありません。一説によると袈裟けさ金欄きんらんが時計と擦れて傷むからだともいわれますが、来る時に着けていた時計を、確かに僧侶は皆さん控え室で外して入場されます。同じお経でも、間の取り方、息継ぎや速さ等で、所要時間は様々に変化してもおかしくはないのですが、寺院さんは「〜分で。」と言ったら必ず誤差数分以内で読経どきょうを完了します。法話もしかり、宗教的な重々しい話をしながら時計をチラ見してしまっては、やはり幻滅ですからね。こちらの都合で『10分長く』とか、『5分短く』なんてお願いしても、『きっちり』とその時間を守る事が出来るのですから、本当に不思議な『特技』です。たまに新人僧侶さんはお経が長くなったり短くなったりをやらかしますので、これはきっと日頃の『修行』の成果というやつでしょう。たまにバラエティー番組でやっている、「〜秒経ったと思ったらスイッチ押す」とかいうゲーム、一度寺院様ばっかりでやってもらいたいですね。『僧侶の隠れた特技』なんてね。不謹慎ですかね。 以前僧侶の隠し芸の披露大会になった『#僧衣で出来るもん!』のSNSも以外な特技が盛り沢山でかなり楽しみましたが、多芸多才な僧侶が世の中には居るものですね。まぁ、それはさておき、あとは読経を終えてから二階の会食室で精進落としをして、葬儀にまつわるすべての予定は終了です。法要の後に予定していた今後についての説明は午前中に済ませましたので、あとは解散されてから私がご自宅に、後飾り祭壇の設置がてら請求書を持参して、金額明細のご説明をするだけです。

全体の明細が決まるのは会食のときの飲み物の代金が決まってからなので、このままのスケジュールでいくと、食事が終わって解散するのが19時半過ぎとなる予定ですから、今夜このまま当直業務に入ることになっている私としてはかなりハードな1日です。でもそれは私だけに関しての事ではなく、喪主様達を始めとする御遺族皆さんも強行軍であることは変わりません。今回は喪主様のご自宅が式場と同じ市内で、近いのが救いですけどね。以前に後飾り祭壇と、式場に飾った枕花四基とお供え物を喪主様のご自宅のあるS県H市までお届けしたこともありましたからね。ちなみにその時の打ち合わせの担当者は山口係長でしたね。リップサービスのつもりが、真に受けられて断れなかったらしいと風の噂に聞きました。普通やらないですよね。さすがに他県ですから高速道路使いましたけど。あれが一番しんどかった思い出ですね。

とりあえず初七日法要開式しましたので、二階の会食室に知らせがてらお手伝いしに行きます。

「W田家初七日法要開式しました。45分でお経終わります。その後法話で終了予定です。」会食室のバックヤードで中山さんに時間を伝えてから、食事のセッティングの最終確認をしている中山さんの邪魔にならないようにワゴンにドリンク類をセットします。

「あー。ありがとーございます。助かりますー。」話し方はゆっくりでとても丁寧な中山さんですが、手は止まりません。仕事は早くて、てきぱきしているのに、話し方と雰囲気のせいでお客様に急かされた感じを与えないのは中山さんの特技です。たまに逆パターンの人がいますね。紙や物の取り扱いが妙にガサツで、相手に何故か不快な印象を与えてしまうタイプです。物の受け渡しだけで、その人のひととなりが伝わってしまいますね。

二階の支度は順調なようなので、三階の式場へ戻って、脇野さんから進行具合の報告を貰います。

「…焼香はすべて終わりましたので、あとは西光寺さんの法話で終了です。」

「有り難うございます。西光寺さんが控え室に戻ってから、喪主様と奥様を寺院控え室にお連れしますので、その他の皆さんを先に会食室にご案内お願いします。」いつも大体同じパターンですが、その都度きちんと言葉で伝えるのは大切です。『言ってないけどわかるよね。』といういわゆる『忖度』というのは間違いの元凶ですからね。日本人大好きですけどね。『忖度』。閉鎖的な島国で、文化的な差違が余りないからこその『同調圧力』と『忖度』です。民族的な特性でもあるのかもしれません。まぁ、今時それほど通用しませんが。人間は、『覚り』の『怪』を恐れて、気味が悪いと忌避するくせに、『わかってるでしょ』と相手に理解を要求しますからね。不思議な感性です。そういう私も『覚り』の『ドヤ顔』には若干イラッとしますからね。アイツも最近どこにいるのやら。『覚りの怪』も私達と同じように10年〜15年単位であちこちを放浪している人型のアヤカシですからね。今度の女子会で、皆の近況もいろいろ聞けるでしょう。余り一ヵ所に集まらないように、程よく分散して、人間社会に紛れて暮らすのが、私達アヤカシにとってベストです。不審に思われないように、上手く立ち回らないとね。そんな事をつらつら考えているうちに、読経の終了の合図の磬子の連打が聞こえました。あとは西光寺さんの法話で終了です。西光寺さんの法話は、余り宗教色を前面に出さずに、法要の中で詠んだお経の説明と、四十九日の法要の紹介、あとは戒名の読み方とそこに込めた意味などで終わりです。余り法話として宗教色を押し出して小難しい説話などを話しても、初七日法要のあとでは皆さんお疲れがたまっていますので、『心に沁みない』ですからね。西光寺さんはその辺の空気を読むのめ上手です。その辺も人気の秘訣でしょうか。頼りがいのある若御院で、住職も安心です。

「…では皆様、お疲れ様でございました。」

西光寺さんが法話を終えて退席されましたので、私が皆様の前に出て一礼し、声掛けをします。

「この後は、二階会食室におきまして、皆様で精進落としを召し上がって頂いてから、御散会となります。喪主様と奥様はお寺様へのご挨拶が済み次第会食室に参りますので、皆様は先に二階への御移動をお願い致します。」脇野さんがすかさず皆様をエレベーター前に誘導してくれますので、私は喪主様達を伴って寺院控え室へ。この後はお布施をお渡しして、忌明けの日程を相談するだけですので、私は控え室から退室して式場の片付けを済ませながら喪主様達が出て来るのを待ちます。

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