第24話

「…失礼致します。本日もよろしくお願いいたします。」控え室に入ると、やはりご家族お揃いです。奥様とご主人、長女さん次女さんを伴って和室で説明させて頂きましょう。長女さんの娘さん達は身仕度中ですし、次女さんのお子様はパパが一緒にテレビを見せて下さるようです。助かりますね。イクメン。

「…では、本日のスケジュールと、今後の手続きのご説明を致します。」ふすまを閉めて皆様に本日の開式から出棺、収骨から初七日、御斎おときまでの行動の流れを一覧にしたものをテーブルに出して、指さしながら説明します。

「本日のスケジュールは以上のようになっております。出棺の時のお車の台数はどうなさいますか?」これも確認必須です。決めておかないと、出棺の遅れに繋がります。

「うちの車は余裕があるよ。」長女さんが考えながら発言します。

「行きは喪主様は霊柩車に乗車されますので、奥様だけどなたかに乗せて頂くことになりますよね。帰りは喪主様も自家用車になります。」それぞれが車の中の状況を考えながら指折り数えています。長女さん次女さん共にワンボックスなどの大きな車ではありませんので、せいぜい5人乗りでしょう。

「…あれ?そうすると、帰りはお父さんが歌奈んちのほうに乗ればいいんじゃない?」次女さんは歌奈さんというんですね。

「でも、うち三列シートだけど今チャイルドシートがあってめっちゃ狭いけど?」乗車制限的には子供さんは二人で一人とカウントされますけどね。

次女さんが立ち上がって襖を開けて、旦那様に何やら相談に行きましたね。

「…たか君が後ろに乗ってくれるって。2台でいけるね。」確かにかなりスリムで縦に長い旦那様ですが、大分狭そうですね。

「…大丈夫ですか?」確かにあまり台数を増やすと火葬場の駐車場の状況が不安ではありますが。そして喪主様はお骨壺を持ち帰るので、助手席がベストなんですが。まぁ、軽自動車じゃない分まだましですけどね。

「母は免許ありますけど、知らない道は危ないので、あまりおすすめできないんです。」

「普段も買い物行くくらいしか運転しませんからね。」長女さんと次女さんがお母様を見ながら口々に言います。奥様もちょっと恥ずかしそうに頷いています。では、その方がよさそうですね。

「その他の火葬場に同行される方の車の台数は、本日の開式までにできればご確認下さい。」当日の説明はこのくらいですかね。本題に移りましょうか。

「では、今後の手続きのご説明に移ります。…こちらの資料をご覧下さい。…」娘さん達にも資料を配ります。

「手続き関連で、日限があるものは赤字で、それ以外のものは黒字にしてあります。」

「……沢山あるんですね。」総数108種ありますが、急いで手続きするのは死後7日以内に提出する『死亡届』と、『死体火葬許可申請書』。こちらは当社の方で代行済みです。これを火葬場に提出しないとそもそも火葬が行えませんからね。他には最短で14日以内の手続きが必要なのは『世帯主変更届』と、『保険証の返却』くらいですね。どれも平日の昼間しか届け出窓口がやっていません。

「役所や銀行窓口などに行かれる機会が多くなりますので、平日日中に行動可能な皆様で分担されるとよろしいかと思われます。」奥様と娘さん達はリストを指さしながら真剣に相談を始めます。対して喪主様はやはり、一歩引いて眺めている感じですね。きっと介護のときも同じようだったのでしょう。娘さん達の全く省みない様子からもはっきりみてとれますね。ひとしきり相談して分担が決まったようですので、落ち着いたところで大切な『営業』です。

「…初七日の法要までは、本日繰り上げで行いますが、その後の大きな区切りとして、四十九日という法要が御座います。一般的には『忌明け』と呼ばれるもので、ご自宅の仏壇にお寺様を呼ばれたり、仕出し料理を頼まれたりする方もありますが、その他に当社の式場や、会食室も必要に応じて手配することができます。」

「…え…自宅で法事ですか。」案の定、女性陣はそこで眉を寄せられますね。これ、実は作戦です。まず、高いハードルを提示します。『自宅』で、『法事のために』片付けをし、『親族一同やお寺さん』を招待して、お茶を出したり食事を用意したりして『接待』する。たとえ仕出し料理を頼んだとしても、配膳後片付けは基本奥様達女性陣の仕事になることでしょう。一昔前には当たり前な風景でしたが、時代は女性陣に味方して移ろいました。自宅葬ははっきりいって『大変』で『面倒』なものです。自宅葬が当たり前な時代には、むこう三軒両隣の『弔い組』という組織もしっかり機能していましたし、町内のベテランの采配に従って決まった形が保たれていました。住宅の基本構造もさほど変わりはありませんでしたから、大抵どこの家でも必要なものは同じ、パターン化が進んでいたのです。今のように、玄関に鍵がかかっているのが当たり前、ましてや他人が台所まで立ち入ることなどよほど親しくなければありませんという時代には、こういう形式はまったくそぐわなくなりました。法事ももちろん親族一同ではありますが、同じように大変な苦労が女性陣に降りかかりますからね。その『大変さ』を見に染みて実感している女性陣の要望こそが、いわゆる『葬儀会館』の発達の原動力です。

「はい。まぁ、最近は皆様葬儀会館のホールを使用されるかたが多いですが。」上げたハードルを下げます。

「……そうなんですか。」女性陣が安堵のため息をつきながら法事のパンフレットに目を通します。作戦成功ですね。

「本日初七日終了後に、お寺様から忌明けの日程のご相談があるかと思います。大抵、参列の皆様のご予定とあわせて、四十九日丁度の日取りの前後の土日等が多いですが。もし、ご自宅以外での法事をご要望でしたら、御日にちが決まり次第で当社のホールを押さえることもできますので、お申し付け下さい。」ゴリ押しはしませんからね。控え目に営業します。

「有り難うございます。また相談してみます。」当社で葬儀を施行したお客様には、サービスの一環として、四十九日法要の際のホール使用料が無料になりますというのは、先ほどお渡ししたパンフレットの中に書いてあります。多分W田家の女性陣なら気付くでしょう。

「…では、あとは12時になりましたら、御棺を式場に移動に参ります。喪主様と奥様は同時に式場に上がって頂き、式次第のリハーサルと、ご弔問のお客様のお迎えをお願いいたします。その他の皆様は12時半ごろにはお支度を済ませていただいて式場へおいでください。こちらのお部屋は、開式時間にチェックアウトとなりますので、お部屋のお荷物はお車か、貴重品などは三階式場の遺族控え室へ御移動お願いいたします。」ホテルではありませんが、宿泊施設のお部屋を『明け渡す』というイメージの一番解りやすい伝え方として、私は『チェックアウト』と言っています。これをきちんと伝えておかないと、開式までのバタバタで、控え室内に忘れ物が大量発生しかねません。清掃に入るスタッフに恨まれますからね。

「…チェックアウトですね、わかりました。じゃあまた、後程よろしくお願いいたします。」どうやらTVを見ながら、お孫さん達は軽食を召し上がっている様子です。時間のやりくりが上手いのは奥様の薫騰でしょうか。こちらとしても仕事がしやすいいいご家族です。玄関で一礼して控え室を後にして、もう一度三階式場に向かって、パートさん二人と最終打ち合わせをしておきましょう。

「おはようございます。本日も西光寺様は若御院お一人で葬儀告別式です。初七日はホールを移動してパールホールからローズホールにて、年忌祭壇使用になります。枕花は一番内側の『孫一同』の一対を切らずに残してローズに移動して下さい。花束と『分け』は11セットでお願いします。」その他細かい伝達を終えると、エレベーターの到着音がして、振り返ると受付のご友人です。現在時刻は11時45分。時間にルーズなこの地域にしては、きちんとした方々ですね。有難いです。そちらにも本日の説明をひとしきりして、そろそろお迎えにあがりましょうか。

「杉田さん、一緒に棺のお迎えをお願いします。大山さんは御遺族のご案内をお願いしますね。」大山さんは心得たもので、説明の終わった受付のご友人に呈茶してくれてます。

バックヤードからエレベーターで一階に降りて、控え室カトレアの御棺と、祭壇前にお供えされていたお淋し見舞のお菓子や線香等を引きとって、

「では、皆様式場にてお待ちしております。」と声掛けして移動します。バックヤードのエレベーターの手前で、一旦棺の蓋を開けて、御遺体の状態の確認をしながらドライアイスを取り出します。棺にドライアイスを入れたままにして火葬すると、稀にですが、『二酸化炭素』の濃度が高くて御遺体が『生焼け』になることがあります。温度が上がりきらなくて、ちゃんとした『お骨』にならないのです。ちょっとスプラッタな感じの見た目になりますからね。

「…これでよし。」元どうりに布団を掛けて、 棺の蓋を閉めます。

「…そういえば、この間ドライアイス抜き忘れたのも、山口係長じゃなかったですか?」

杉田さんがふと思い出して呟きます。そんな事件もありましたね、先日。

「そうでしたね。あれは困りました。」確か『再焼成』という扱いで、追加料金が発生しましたが、御遺族のせいではないので当社負担になった上に、店長が菓子折持って火葬場にお詫びに行きましたね。

「次の出棺が私の担当だったので、出棺を伸ばすので、祭壇の花をゆっくり入れて中々大変でした。」思い出しても苦笑いが浮かびます。こちらはあるかどうかもわからない『胃』がキリキリしたような幻覚を覚えたほどでした。

「今日はいいお客様ですし、西光寺さんもめったに遅刻しないかたですからね。安心ですね。」恙無く終わると思いますけどね。今日の式には不安要素はありません。

「……只今より、W田家葬儀及びに告別式を開式致します。…」ご葬儀は、故人様の人柄を偲ぶような、和やかな、とても良い式となりました。

「…本日はご多用中にも関わらず、数多くのご弔問、誠に有り難う御座いました。これより出棺となりますので、お見送りの皆様方は一階ロビーにてお待ち合わせとさせて頂きます。…」棺はバックヤードのエレベーターから一階に移動してロビーへ向かいます。棺を乗せた霊柩車のハッチバックドアが閉まるのと合わせて手をあわせて深く一礼します。

「…合掌、…礼拝らいはい。…」クラクションの音と共に出発する霊柩車が角を曲がるまで見送って再び一礼します。参列の皆様にお礼のアナウンスを入れて、現在時刻は14時丁度。あとは式場の片付けと移動を済ませて、収骨を済ませた御遺族が式場に戻って来るのを待つだけです。

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