第23話

「お先に失礼します。特に式中問題はなかったと思いますが、もし、夜間喪主様からの連絡やお問い合わせがありましたら携帯にお願いします。」現在時刻は22時過ぎ。会社関係の弔問客の対応のため、通常よりも長く式場を開けていましたので、少々遅くなりました。その代わり、会社関係で仕事帰りの弔問があらかた片付いたので、御遺族にとってはゆっくり休んで頂けるはずです。明日も忙しいですからね、体調管理は大切です。本当は葬儀の一連の忙しさの後にも役所などへの事務手続きなどがしばらく続きます。法要の支度や位牌、仏壇の手配もありますので、半年ほどはかなり忙しくなります。W田家様では多分、ご主人はまた仕事を理由にされると思いますので、私としては、奥様が頑張りすぎないかが心配です。明日の初七日後にでも、今後の説明をして、さりげなく娘さん達に手伝ってもらえるように誘導しておいたほうがよさそうです。

『…はぁー。疲れた…。』『食事』はすんでいますが、頭を使ったので、『脳が糖分を欲しています』この言い方も、人間が解明した仕組みをもとにしたフレーズそのまま使わせてもらっているだけで、実際に私達アヤカシに『脳』やら『心臓』やらの器官があるのかどうかすら解りませんけどね。病院には仕事でしょっちゅう行きますが、患者になったことは無いですからね。国民的妖怪アニメの主人公K太郎も歌ってます。『お化けにゃ病気も何にもねぇ。』名言です。自分たちの『仕組み』を知りたいという欲求は人間独自のものです。動物しかり、私達妖アヤカシには、探求心は必要ないものです。大体、ごく一部のアヤカシを除いて、私達は『繁殖』しません。『死』もありませんし、『老化』という概念も存在しませんから、それらを『防ぐ』ために『原因』を調べるという発想も出てきません。』『わからない』まま、『ただ在る』のがアヤカシです。私達に対して『分類』して『命名』して何とか自分たちの理解の『範疇』に収めようとする人間の性質のおかげで、私達妖アヤカシは自分たちを表現する名称を得る事ができたといっても過言ではありません。

『……コンビニ寄ってかーえろ。』まあ、とりあえず欲求に素直に従って『糖分』を確保しましょうか。

「いらっしゃいませー。」普段は歩いて行くことが多い、自宅アパート最寄りのコンビニですが、今日は車を止めて歩いて出直しするのが億劫なので、そのまま寄り道します。顔馴染みの店員さんが、『にっこり』を全開しています。

『……うーん…』チョコレートは油脂分が高いので、あまり沢山食べるとお腹にきます。生クリーム系も同じくです。先日ケーキを食べましたからね。吟味しながら店内を一周したところで、ふと、和菓子に目がいきました。伝統の味ですね。たまに食べたくなりますよね。栗まんじゅうを手に取って、レジに向かう途中で『抹茶クリームあんみつ』も思わず手に取ってしまいました。

「ありがとぉございましたぁー。」店員さんに見送られ、車に乗り込み家に帰ります。久しぶりに大切に冷凍庫に保管してある玉露でも淹れましょうか。以前K都近郊に勤めていた頃に知りあった、呉服屋を営むアヤカシ『小袖の手』からの頂きものの高級玉露です。コンビニスイーツでは、ちょっと役不足かもしれませんが。明日への英気を養いましょう。大昔からお供物に『菓子』がつきものなのは、人間が経験則としてアヤカシ達が甘味を好むことを知っていたからでしょうね。私も『食糧』にありつけなくて困窮したときにはお世話になりましたからね。お墓のお供え菓子。近年はもっぱらアヤカシよりカラスがお相伴しているようですが。酒と甘味はアヤカシの餌の代替品です。まぁ、主食は人間ですけど。玉露を楽しみながら、饅頭を頬張りつつそんな事を考えます。美味しいですが、ちょっと『栄養不足』な感じがします。やっぱり私には『はく』が一番です。

明日も頑張りましょう。お休みなさい。


「お早うございます。」朝です。いつものように出勤して着替えてタイムカードをきります。

「お早うございます。本日W田家葬儀ならびに告別式、13時開式14時出棺です。昨夜の搬送は一件、T山家です。現在葬儀の日程を調整中ですので、本日10時頃にご来場される予定となります。担当は左橋さんで。その他の葬儀相談などは本日現在ありません。では、本日司令塔は左橋さんお願いします。今日も1日よろしくお願いいたします。」浅田店長があくびをかみ殺しながら一礼して朝礼が終わります。搬送は桑田さんが行っているようですね。

現在時刻は9時過ぎ。開式は午後からですので、昨日考えていた今後の手続きの説明を、ご家族揃っていれば、今のうちにしてしまおうと目論んでいます。最後に回すと、どうしても疲れていてなかなか冷静に頭に入りませんからね。控え室へ向かうと入口のガラス扉越しには、靴はご夫婦のぶん一組だけです。

「お早うございます。」インターホンを押してご挨拶します。応答までに少し間がありました。やはり少しお疲れでしょうか。

「お疲れのところ申し訳ありません、カクラです。お食事数等の変更点がないかご確認に伺いました。」インターホン越しで済む用件ですが、W田家の奥様はきちんと玄関を開けて応対してくださいます。

「おはようございます。昨日皆さんに確認しましたが、今のところ最初の注文から変更点は有りませんでした。」奥様はしっかりしてみえますが、やはり少しお疲れがみてとれますね。ご主人はまだお休みのようで、あまり気配がしませんね。

「…では後ほどまた、本日のご予定等の説明に伺いますね。」ついでに持ってきた法事のパンフレットとあわせて当社が提携している行政、司法書士グループの相続手続き案内のパンフレットを手渡ししておきます。

「…こちらは今後の必要な各種手続きなどの載ったパンフレットです。参考までに皆様で眼を通しておいて下さい。失礼します。」玄関から外に出て一礼した時、1台の車が駐車場に入ってくるのが見えました。運転しているのは長女さんですね。集合が早くてちょうど良かったですね。奥様も車に気づいた様子です。

「差し支えなければ、後ほどの予定の説明と併せて、今後役所関連などで必要な各種お手続きなども簡単にご説明いたします。パンフレットを一読していただくとわかりますが、役所関連は平日の日中ですので、ご主人のお仕事柄、奥様が手続き代行されることが、多くなると思いますので、できればお嬢様がたに負担を分担してお手伝い戴けたらと思っています。奥様からお二人に後ほどの説明に御同席お願い頂く事は出来ますか?」暗に奥様の負担を心配していることを匂わせながらご提案します。

「……そうですね。主人も忙しいので、頼めるだけ頼もうかしらねぇ…」介護の時を思いだしたのでしょう。苦笑いがうっすら浮かびました。ご苦労されましたね。

「…では、一時間後の10時半頃に伺いますね。」車を降りてこちらに向かってくる長女さんのご家族にも一礼して、私はバックヤードに向かいます。……お腹が空きました。

『……どれどれ…』周囲を見渡してから霊安室に入ります。線香の煙の漂う室内、昨夜の搬送の方は女性だったようですね。顔布がフリルのレースです。顔布をめくって額の辺りに塊状に漂う白い『もや』を吸い込みます。

『……ぷはぁ。ごちそうさま。…』顔布を元通りにして、線香を一本手向けて、手を合わせて顔色が元に戻るまで待ちます。やはり私の主食ごはんこれです。今日も1日頑張れそうです。今日はこの後このまま当直ですからね。長丁場です。

事務所に戻って書類整理しながら時間を過ごしていると、9時45分くらいに左橋さんがごそごそし始めました。そういえばT山家の打ち合わせですね。あちこちの引き出しを開け閉めして、書類を探しているようすなので、私は左橋さんを手招きします。

「左橋さん、よかったらこの書類カバン使っていいよ。こないだW田家に使ったばっかりだから、最新の数字入ったのが揃ってる筈。」一揃えプリントアウトしましたからね。

「…あ、ありがとうございます。助かります!」ファイルケースを抱えてお辞儀する左橋さん。

「故人様が女性だから生花祭壇をピンキリで比較するといいかもね。」価格をとるか見栄えをとるかはご遺族の考え方次第です。こちらの都合で売り上げ重視して、強気にゴリ押しするのは、確かに社内評価につながりますが、下手をうつと顧客の支払い能力を過大評価して、回収不能にもつながり得ます。不良債権という奴です。長期的視点で考えれば、できるだけ顧客の要望を実現する方向で行く方が、満足度という評価をもらえる分メリットがあります。昨今の『口コミ』は『力』を持っていますので。決して侮ることはできません。左橋さん頑張って。ですね。

「なるほど、じゃあこちらの20万の『団欒』祭壇と、40万の『睡蓮』の対でいってみます。」どちらも生花をメインに据えた華やかな祭壇です。

「先にお客様に左橋さんが推したいほうを見せるといいと思うよ。」これも心理的な作戦です。人間最初に見たものの印象を強く残す傾向がありますからね。もちろん引き際も肝心ですけど。

「作戦ですね!頑張って来ます!」駆け引きをそれと気付かれないようにするのもテクニックのうちです。私のほうもそろそろ一旦三階の式場をチェックしてから控え室へ向かいましょう。

エレベーターで三階に上がると、扉が開いた瞬間、さっきまで騒がしかった教室に教師 が入った時のような妙な沈黙がバックヤードを支配しましたね。まぁ、学校行ったことないですけど。相変わらず懲りませんね。元凶のいる仏具置き場に近づくと、経凛々の怯えて震える『チリチリチリチリ……』という小刻みな音が聞こえてきました。

「…昨日の今日で同じような失敗するなんて事はないだろうねぇ…」あまり経凛々を脅かすと、また謎の汁を分泌して辺りが汚れますからね。木魚達磨のほうに向かって圧をかけます。不満気な感じでふくらんだ部分の切り込みが波打ちます。人間でいうと『唇を歪めた』感じでしょうか。

「……わかってるわい。今日もあの小僧が回収に来るんだろうからな。」あの小僧というのは石上君のことですかね。彼なら多分呟きに気付くでしょうからねぇ。

「出番無いからって油断は禁物だからね。」しっかりと釘を刺してから式場の点検を済ませて、階段を通って一階へ向かいます。ロビーを通るついでに駐車場の車を確認すると、長女さん一家の他に次女さんもお揃いのようです。ロビーでは左橋さんが葬儀相談の対応中です。現在時刻は10時25分すぎ。そろそろ控え室へ行きますか。

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