第21話

「…失礼します。鶴羅です。お時間少々よろしいでしょうか?」遺族控え室カトレアのインターホンを鳴らして、扉の前でしばらく待ちます。ガラス扉越しに、靴が大小入り交じって増えているのがみえますね。先ほど奥様が言ってみえた『娘さん』のご家族が来ているようです。

「…はい。少々お待ち下さい。」インターホンの返答にも子どもさんらしきにぎやかなざわつきが混ざっています。少しして奥様が和室から出て玄関を開けてくれました。玄関の靴は男性二足と女性用三足、可愛らしいフリルの靴が大小各一足です。きちんと揃えて隅に寄せてあるのがW田家様らしいですね。

「皆さんお揃いですか?」今朝確認した会席の人数に若干足りない気がしますが。

「…あぁ、長女の娘達は今日は一旦登校してますので。今は長女と、二女の家族です。」

「お通夜には皆さんお揃いですね。」

「そうですね。ところで何かありました?」やっぱりしっかりしたかたでも、バタバタするとこのくらいの度忘れはよくある話のうちです。確認に来て正解でした。

「今朝お願いしました供花の並び順位表と、弔電の読み上げ順を頂きにあがりました。」

絵に描いたように手のひらに握りこぶしを打ち付けて奥様がご主人を呼びにいかれます。一瞬頭上に電球が点った幻覚がみえました。

和室からご主人が供花の注文表と、弔電の束を持って現れます。何故か足元にお孫さんを引き連れて。おじいちゃん大人気です。ニコニコしながら襖の向こうで覗いている男性が二女さんの旦那様でしょうか。かなり背の高い方ですね。頭が鴨居かもいスレスレです。どうやらご家庭はかなり円満なようですね。

「いやぁ、すみません。わざわざありがとうございます。この順序で上座から並べて下さい。弔電はフリガナをいれてありますので、これも上から順に読み上げでお願いします。ちょっと今から皆で食事に出てきます。」それで盛り上がっていたんですね。

「わかりました。式場を確認して頂きたいので、16時くらい迄にこちらにお戻り下さい。16時半にお迎えに上がります。」

「礼服は着ておいたほうがいいですよねぇ?」開式は19時ですからね。ちょっとフライングです。

「…開式の一時間半前にご親族共々お棺を迎えに参りますので、その辺までに礼服を着られれば十分間に合うかと思います。」そう伝えると、以外と時間に余裕があるのに気づかれたか、ほっとした表情で頷きます。それはそうですよね。『喪主』というのは誰しも必ず経験するものではありません。よほど身内に不幸が続くような事態にでもならない限り、大抵の人は一生に一回あるかないかというくらいのものです。緊張して当たり前です。初めて尽くしで不安だらけのご親族をサポートして、安心してお別れしていただくのが私達葬儀社の仕事ですからね。まぁ、開式までの時間でご家庭水入らずのリラックスする時は大切です。ゆっくりしていただくのがベストでしょう。お孫さん達もしっかり話を聞いていたようで、ニコニコしながら

「お時間有るんだってぇ。良かったねぇ。」なんて言いあっていて微笑ましいです。私も看板挿しがありますので、一礼して早々に退散します。背後で、お孫さん達と、『どこでご飯食べる?』『ふぁみれすー!』というやり取りが聴こえます。悲しみの中に囚われるよりもほのぼのしながら進んでいって頂くのが一番何よりです。このご家庭は大丈夫そうですねぇー。

『…さて、と。』弔電の束と、供花の注文表を持って私は三階式場へ。先ほど石上君が念のため価格の順に上座から並べておいてくれたので、どうやら花の並べ替えは最小限で済みそうです。最も上座の祭壇横には一基二万円の供花スタンドが左右それぞれ二基ずつあります。それらはどうやら喪主様のお勤め先の代表取締役からと、会長からのものでよさそうです。番号と値段に従って間違いのないように看板を差したり、並べ替えたりして、ひとしきり作業を済ませてロビーまで下がって全体のバランスを確認していると、ボタンを押してもいないのに、エレベーターが開きます。エレベーターのなかには、一足の男性用の革靴が。『エレベーターさん』です。『足』ではなく、『靴』というところで私はいつも若干笑ってしまうのですが、これも当社の古くから『いる』ものです。呼んでいないのに、勝手に開くエレベーターと、そこに見えたり見えなかったりは個人差があるようですが『靴』というだけの、実害の全くないモノノケです。バックヤードの使用禁止のエレベーターに比べれば微笑ましい部類に入ります。まぁ、これに怯えて辞めてしまったパートさんも過去にはいたようですが。ちなみに左橋さんは『靴』が見えていないようですから、安心ですね。それはさておき、供花の順序は決まりましたので、事務所で弔電のフリガナ確認と、順序をチェックしておきましょう。そんなことをしている間に、現在時刻はまもなく16時半です。先ほどもご案内してありますが、1度喪主様に式場の供花の順序を実際に見て確認して頂きたいので、再度控え室に向かいます。

「失礼します。式場のご確認をお願いしたいので、お迎えにまいりました。」

インターホンを押して、カトレアの玄関で待ちます。扉越しに皆さん食事から戻ってみえるのは、並んだ靴からもわかります。

「あぁ、わかりました。今行きます。」

喪主様と、奥様も出てこられました。常識をわきまえた奥様が一緒ならば、こちらも心強いですね。式場でひとしきり供花注文表と照らし合わせながら無事、OKを頂きました。

「では、開式一時間半前、17時半にお迎えに上がります。それまでにお支度下さいますようにお願いいたします。」

本日からのW田家の通夜、告別式を担当するパートさんは大山さん、杉田さんです。どちらもベテランさんで、明るくて、仕事はきっちりこなす、頼りになる 姉御肌の二人です。噂などの情報収集に関してもこの二人の右にでるものはありません。杉田さんは既婚者で、現在婚カツ中のお嬢さんが一人と大学生の息子さんがいます。たまに息子さんはうちの式場で設営のアルバイトをしにきてくれます。大山さんはバツイチ子持ちですが、お子さん二人はそれぞれ独立しています。二人とも、突発事項にも冷静に対処できて多少の事では動じないタイプです。出勤して来た二人に、今日の流れと宗派、喪家様のお人柄や予想参列者の人数等を含めて説明し、打ち合わせを行います。これを怠ると、何かあった時に方針の統一性がなくなって指揮系統が迷走します。『葬儀』は『生物なまもの』です。その時にならないと何が起きるか分かりませんからね。説明してから遺族控え室に三人で出向いて玄関からご挨拶を済ませて、一人が御遺族を式場へご案内し、私と大山さんで遺族控え室から式場にお棺を移動します。玄関側はオートロックですが、棺を出し入れする側の裏口はオートロックではありません。喪主様達のお荷物が控え室内には置いてありますので、しっかり施錠を確認しましょう。

「…それにしても最近の子供服ってカワイイの多いですねぇ…」お孫さん達のシックなワンピース姿を見て、大山さんがしみじみと呟きます。

「…うちの子達が小さいときにはあんなおしゃれなワンピースとか子供サイズなかったのにー。いいですねー。」そういうものなんですかね。子供に興味が全くないもので、そんなふうに考えたこともありませんでした。子供服みてキャーキャー大騒ぎするのは、『めーちゃん』こと『姑獲鳥うぶめ』だけで十分です。彼女は産婦人科医院と保育園を行ったり来たりして生計をたてています。趣味と『実益』を兼ねているのは私達の共通点ですね。『めーちゃん』の『主食』は子供の『鳴き声』もとい『泣き声』に含まれるエネルギーです。彼女によれば、一番『美味しい』のは『産声』だそうです。もちろん永い年月生きてますから、産科医の資格も助産師の資格も、看護師、保育士の資格も持っています。戸籍も顔も転職の度に変えますが、経験値は蓄積されますからね。『経験豊富』本当です。その彼女にいわせると、『ここ30年くらいの育児グッズの進化がはんぱない』とのことで、『便利すぎてテンション上がっちゃう!レベルの高さ。』だそうです。

まぁ、その反面、『親のレベルの下がりっぷりもハンパないー。』とも嘆いていますからね。たまにスーパーなんかでも見かけますよね。『放牧』されてる幼児。放し飼い状態で店内荒らしてます。大抵『親』はスマホに夢中です。歩けない年齢の子供だと、ベビーカーに取り付けた『スマホ』がお守りをしています。どんどん脳の機能が後退さがって来てますね、人類。うつろな瞳で画面を追ってる赤ちゃん見てると他人事ながら将来心配ですねぇー。まぁ、所詮『餌』です。頭の出来不出来は『はく』の味には関係ないので。死んだら一緒ですよ。今回のW田家様のお子様達はお行儀の良い子だといいですね。以前に担当した式で、子供さんが式中、式場の椅子の下をずーっと『背泳ぎ』状態で移動し続けた時は、本当正直どうしてやろうかと、思いました。パートさんがたまりかねて、

「…あの…お子様のお背中汚れてしまいますので…」とその子の親御さんにお声掛けしましたが、

「……あぁ、そうですねぇ…」で終わってしまい、その子は誰にも止められずにそのまま式中ずーっと背泳ぎのまま『子供服モップ』で掃除して帰って行きました。近年稀にみる『強者親子』でしたね。『育児放棄』というよりは『しつけ』の放棄です。

『世間体』という日本語が絶滅寸前です。他人の目という締め付けが厳しくなくなって、他人に対して無関心なのは、私達アヤカシにとって棲みやすいともいえますが。多少うっかりボロを出しても昔のように村八分になったりすることは、もう、ありませんからね。いいやら悪いやら。

葬儀という『古い決め事』で構成された形も、その形に落ち着き定着するまでに要した時間よりも、その形に決まった由来や理由を忘却してなし崩しに変化していく時間のほうが遥かに短いのは、永年『葬儀』という形を見守っているからこそわかることです。人はどんなに長生きしてもせいぜいたかだか百年。どんなに知識を蓄積してもその人が死んだら文字通り『灰塵かいじん』に帰します。儚い存在だからこそ、人類は『文字』や『書物』で風化する記憶と闘ってきたのでしょうね。私達妖アヤカシが、独自の文字をもたなかったのも『必要性』という原動力がないせいでしょう。亡くなったかたの思い出話が通夜葬儀、法事などの席で語り継がれることによって、『故人様』という記憶の伝達が行われて、直接故人様を知らない世代の子供達が故人様のことを『知っている人』として認識するという現象が起きるのを見聞きする度に、『記憶の風化』こそが『人の死』であるとさえ思います。お孫さん達と、おじいちゃんとしての喪主様をみて、ちょっと柄にもなくしみじみしましたね。棺を載せたバックヤードのエレベーターが三階に到着しました。頭の向きが客席から向かって左側になるように式場の中に棺を運び入れます。仏教では一般的に左側が頭部になることが多いです。棺を搬入して、前机の蝋燭を灯して線香に火を点けます。浄土真宗大谷派ですから線香は『三本』で立てずに横向きに寝かせて置くことになっています。宗派によるそれぞれの細かい約束事を知っているのも葬儀社員として必須です。実はそこにも変遷があるんですけどね。流行りすたりと言いましょうか。

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