第20話
「…うわぁ。ヤバかったぁ。」石上君にはアヤカシの技が全く通じませんからね。さっきまでの左橋さんが頑張って通夜返しを作ることができたのはアヤカシが石上君を警戒していたからですね。まるで子どもがやる『だるまさんがころんだ』の最中のようにどうやら固まっていたらしいアヤカシが、ぶつぶつ呟きながら
「…油断してるとうっかり返事してボロが出るからね!わかった?」さすがに私のことは大丈夫だとは思いますが、今後も気をつけて行きましょう。エレベーターが上がってくる気配がしましたので、供花の一覧を見ながら式場の確認を続けます。仏具達のざわめきも扉が開くと同時に静まりかえります。
「お待たせしましたぁ。追加の看板四枚ありました、ここに置きますねー。並び順のほうはまだ仮ですね。お願いしまーす。」石上君はどうやらまだやることが沢山あるようで、エレベーター扉前に看板の追加を置き去りに、そのまま二階へ降りていきました。「あ、石上君ありがとー。あとはやって置きまーす!」エレベーター前に向かいながら私は一応声をかけます。聴こえているかどうかはわかりませんが。追加の看板を手に、再びざわついている仏具達の所へ行きます。
「ちょっと、うるさいんだけど?」まさか左橋さん一人のときに、その音量でざわついてないだろうね。
「…わかってるけどよぉ…。暇なんだよぉ。」私の顔に怒りマークでもみえたんでしょうか、ツカツカ歩み寄って覗き込むと、木魚達磨はガタガタと小刻みに身体を揺らしながら後退りします。横の棚では、こないだの恐怖を思い出したのか経凛々が『ジリジリジリー…』と小刻みに震えて音をたてています。
「暇なのは仕方ないでしょう!宗派が違うんだから出番はない!大事な社員脅かして暇潰ししないで!」腕を組んで看板を持ち替えて仁王立ちです。
「毎回毎回手間掛けさせるんだったら、この会社辞めるときに全員木っ端微塵にして処分してやるからね。」脅しだと思って甘く見られつては困ります。私が庇うことができるのもせいぜいあと三年です。自分たちが危機的状況だという自覚を持ってもらわないと。
「……ひぃぃぃぃ~…」経凛々が悲鳴をあげてジリジリと身震いします。知らぬ降りで薄目をあけてこちらを伺っている乳鉢坊にも、脂汗を浮かべ始めた木魚達磨にも、現実を思い知ってもらわなくては。うっかり調子に乗りすぎた挙げ句、人間達に気味悪がられて先日の『人形供養』でゴミに出されて間一髪焼却される所だった市松人形の表情が脳裏をよぎります。私が気付いて隠さなければ、市松人形はゴミ収集車の金属部品で首を引きちぎられてバラバラにされる所でした。それくらいならまだしも、様々な動物達がされてきたように『研究』と称して切り刻まれて晒し者にされるのは、誰でもまっぴら後免です。私達は『弱者』『マイノリティ』です。あくまでも『人間社会』の片隅を借りて生きているに過ぎません。
「共存共栄って言葉があるでしょ。節度を守ってちゃんと考えて行動してよね。無駄に二百年行き長らえてきたんじゃないでしょう?」わかっています。『永く生きてきた』からこそ『退屈』が嫌いなのだということも。
「……わかっているけどよぉ…」不満そうですが、こればっかりは聞き入れてもらわないと。案の定、膠着した雰囲気を感じとって、払子守が笑い声をあげました。
「…ふぉっふぉっふぉっ…。現代では我らは『まいのりてぃ』じゃ。か弱き立場じゃからな。せいぜい坊主をからかうのが限度じゃな。木魚の。本気で拒絶する人間には我らの『遊び』は通用せんな。まだ『死にたくない』じゃろう?」さすが『最年長』(私のほうが大分年長ですがね。)亀の甲より年の功、不満はあるものの沈黙する仏具達。あのとき間一髪助け出した市松人形は未だにトラウマから抜け出せず、すっかり人間恐怖症になってしまいました。テレビですら人間を目にするので嫌と言って、うちのクローゼットに引きこもっています。『
事務所では、先に降りていた左橋さんが流しでお弁当箱を洗っていました。そういえば左橋さんもお弁当派ですね。
「…左橋さんのお弁当って、自分で作ってるの?」ふと、疑問に思って聞いてみます。
「…あ…。えーと…母が作ってます。」
「そうなんだ。」単なる質問で、特に深い意図はなかったんですがね。何故か若干恥ずかしそうに答える左橋さん。
「…ほ、本当は自分でも作ろうかなー…とはたまに思うんですけどね。」そもそも私が一切料理というものをしませんからね。恥ずかしそうにする理由が全くわかりません。ですが、ここで不用意な発言をすると、『地雷』を踏むというのは長年の経験からわかっています。関心の感じられない『ふうん。』もNGです。自分で踏み込んでおきながらちょっと面倒くさいことを…と、若干後悔しながら、ベストアンサーを脳内シュミレートします。実際以前の職場でうっかり『作れる人がやれば』発言で爆発炎上しましたからね。『料理』は『女性』がやって『当たり前』という
「そうなんだ…時間がなかなか取れないもんね。」相槌をうって同意しつつ、気持ちをくんで出来ない理由を推察する。なかなか困難な課題ですか、ベストアンサーではないかと自画自賛です。これで『危険な』料理の話題を乗り越えたと思った瞬間、山口係長からの無神経な発言です。
「え、じゃあこんど皆さんの手料理持ち寄って試食会でもしたらどうですかー?」この場合ほぼ100%自分含めた男性陣の手料理は考慮していないと思ったほうがいいですね。
「…えっ……。」追い詰められた左橋さんの絶句した様子に、小鳥さんが一言そえて反撃です。
「じゃあ男性がたもぜひ自慢の一品を作って持ってきて下さらないと!」当然あんたも作れるんでしょう?という含みをしっかり利かせます。私も自分の為に尻馬に乗りましょう。
「うわぁ。山口係長作れるんですね?私は一切料理出来ないので尊敬しますー。」さあ、どうするつもりでしょう。
「…う…えっ……。あっ…いや、僕は、や、僕も作ったことは余りなくって…」やっぱり自分は一切カウントに入っていない無責任発言でしたね。まぁ、お昼にカップ麺夜にSトウのご飯とレトルトカレーの食生活知ってますからね。私も小鳥さんも。暗に『メンドクサイこと口走るな!』というアイコンタクトが小鳥さんとの間に成立しました。
「…な、なかなか、皆さん忙しいデスカラネー……」ひやっとした空気を感知して、左橋さんが若干引きつった笑いを見せながら事態の収集に努めます。閑話休題ですね。
「お疲れ様でーす。これ、W田家様の納品伝票ですー。会席の食事数は仮で入ってますんで、また変更連絡お願いしまーす。んじゃ。」事務所の扉をあけて、石上君が小鳥さんに伝票を手渡しして帰って行きます。何で自分が事務所の女性陣を苛立たせたのか今一つ理解が追い付かない山口係長を置き去りにして、それぞれ業務に戻ります。
私は自分のサラダを冷蔵庫から出して、紅茶と一緒に頂きます。もちろんコンビニのサラダですよ。食べたら喪主様の指示で供花の看板を立てますからね。もう一頑張りです。
ちょっとお行儀が悪いですが、サラダを片付けて紅茶を片手に新聞を斜め読みします。お客様との会話には、最低限の常識と社会情勢が必要不可欠です。どんな会話のキャッチボールが発生するかは予測不可能、情報収集も大切な業務であるというのが当社の会長の方針なので、うちの事務所には、地方紙と全国紙各種が揃っています。私はお客様との会話に必要ですのでご当地購読数No.1の地方紙をもっぱら読みます。社会欄は後回しにしてまずは地方欄です。
『原因不明の卒倒者、緊急搬送続く。』下段の片隅の記事が目にとまります。先日追い払った『うわん』の仕業でしょう。記事の場所はS市ではありませんので、こないだの脅しがきいたのでしょう。さっさと遠くへ行ってもらいたいですね。忌々しい気持ちがつい、眉間のシワになってしまったようです。
「あれ?何か難しい事件でも載ってました?」少し長く一つのページを眺めすぎましたかね。小鳥さんが通りすがりに新聞を覗き込みます。
「…あぁ、今年もまたこんな事言ってるなぁ…と思って。」他に無難な記事というと、
『交通事故死亡者数現在全国一位!』という太字の見出しくらいなので、それを指さします。当社のあるA県は車社会なので、当然交通事故が多発します。一昔前までは全国ワースト一位は北の大地H道でしたから、不名誉な一位を奪取してから連続して何年間一位を維持しているのでしょうか。単に乗用車の保有台数が多いというだけではなく、県民性という言葉では片付けていけないほどに、運転に関してマナーがなっていないと感じることもしばしば。以前も霊柩車にぶつけられたこともありますし、火葬場に向かった御遺族の車が迷わないように、信号の黄色で後続車を待って停止した霊柩車をクラクションをならしながら右折レーンから追い越しして直進する車などもこの地域ではよくある話ですからね。これはドライバーのモラルの問題です。
「毎年このくらいの時期に大騒ぎしてるよねー。」案の定車通勤組の小鳥さんも日々思うことがあるようです。何故か例年年末間近になって、今さら大騒ぎして注意喚起して抑制しても他府県に一位を譲りようのない数字になってから交通安全のキャンペーンを開始するのは本当に腑におちません。
「今さらですよねぇー。」無難な相槌をうち、食器と新聞を片付けます。現在時刻は13時半過ぎです。そろそろ喪主様の所に供花の順序を確認しにいきましょうか。
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