第19話

朝です。今日も出社していつものように着替えてタイムカードを切って、アルコールチェッカーをクリアしてと、一連のルーティンをこなします。昨夜は特に会社からの連絡有りませんでしたから、御遺族はゆっくり休まれたようですね。ホワイトボードも特に変化は有りません。昨日の当直は夜勤専門の桑田さんと志水係長ですが、平和な夜だったようで、二人とも眠そうです。

「おはようございます。昨日何か有りませんでしたか?」

「…うん。追加で供花の注文が4件来たくらいかな。あと、弔電が5、6枚来てるね。供花発注はしてあるから、明日の食事数確認ついでに、弔電お部屋に届けておいてねー。」

瞼は上下引っ付いて目がまったく開いていませんが、仕事は早いですね。お礼に自分のも合わせて三人分コーヒーを入れましょう。

「お疲れ様です。コーヒーどうぞ。」飲んでいるうちに、左橋さんと浅田店長、山口係長が出勤してきましたので、引き継ぎと朝礼です。

「おはようございます。本日19時よりW田家通夜式、三階パールホールにて行います。昨夜は危篤連絡なし、搬送なし、葬儀相談等の本日の予約はありません。エアコン設備点検が13時よりありますので、対応お願いいたします。では本日司令塔は山口です。よろしくお願いします。」

「よろしくお願いします。」朝礼後当直組は着替えて帰宅、私はモニターを見て、W田家様の自家用車が停まっているのを確認してから、山積している打ち合わせと、昨夜届いた弔電を持って御遺族控え室に向かいます。

「おはようございます。カクラです。本日もよろしくお願いいたします。」応対に出てきたのは奥様です。平服ではありますが、身支度もきちんと済ませてあります。さすがです。以前、担当したかたは、朝の打ち合わせを事前にお伝えしたにも関わらず前のはだけた備品の浴衣で出てこられて、内心『温泉宿じゃないんだけど…』と思ったことがあります。やはりきちんとした喪家様は違いますね。

「昨夜はお休みになれましたか?」今日明日と喪家様は多忙ですからね。まずはお身体の具合を確認です。決めて頂くことはまだまだ沢山ありますし、気力の充実はます、体力からですからね。大切なのは『生きているひと』です。

「…あ、はい。大丈夫です。」『大丈夫』にも色々ありますが、奥様の大丈夫は『空元気』ではなさそうです。

「では、まずこちらに昨夜届いた弔電をお持ちしましたので、差出人をご確認下さい。後程弔電の拝読順序を決めて頂きます。その他に打ち合わせがございますが、お部屋に失礼してもよろしいでしょうか。」さりげなく和室の閉めてある襖に目を向けます。ご主人やご親族がまだ就寝中だったり、お着替えされていたりということもありますから。まぁ、玄関の靴は男女一組ですし、どうやら洗面所から物音がしますから、ご主人は支度中だとは思いますが。

「どうぞ。」

「…失礼致します。」奥様に続いて和室へ入ります。テーブルの上には昨日支度した呈茶セットが置いてあります。使っていただいて何よりです。コンビニの袋が端に寄せてありますので、朝食もお済みのようですね。昨夜紹介した各種案内の入ったファイルが、テーブル中央にだしてあります。これから決めて頂く事柄は全てこのファイルに入っています。さすがですね。まずは奥様のほうが詳しいだろう『お齊』の数から決めて行きましょうか。親族とご町内で最後まで参加されるかたを把握しているのは、大抵どこのお宅でも奥様です。

「…では、まずは明日の初七日終了後のお食事会、『おおとき』ですが、参加して下さるかたの人数はお決まりでしょうか。」ファイルのなかには下書き用の用紙が実は入っています。奥様はおもむろに鞄の中から記入したその用紙を取り出されました。ちゃんと『御一読』下さったんですね。嬉しいです。

「…えーと、親族のほうが、主人は一人っ子でしたが、義父の弟妹がありますので、昨夜確認してあります。それぞれご夫婦と子どもさん二人ずつですが、子どもさんは通夜式のみで帰られるそうですので、計4名、私の母と弟家族は最後まで参加するので、5名、町内会の方で、義父と一緒に役員をやられた皆さんが5名最後までお付き合い下さるそうです。」一覧表を確認しながら説明して下さる奥様。

「では、4名5名5名と喪家様2名で16名ですか?」確か娘さんが二人いたような気がしますね。

「…あら、そういえば、うちの娘達の家族が入っていませんねぇ。」

「娘さん二人と、ご家族は合わせて何名様になりますか?」頬に手を当てて微笑みながら奥様は人数を数えます。

「…長女の所が、4人家族、二女の家族は5人家族ですね。」

「合わせて9名様ですね。小さなお子様などには、お子様ランチもご用意出来ますが、宜しかったですか?」すかさずファイルの中のお料理のページをお出しします。今回のお料理は単価4000円の会席料理です。煮物や魚介が多めですので、お子様は余り喜ばれないかもしれません。味は当社の料理長が一流なので、保証できます。お子様ランチはワンプレートにオムライスと、ハンバーグかエビフライの選択式で、わりと好評です。

「…そうねぇ。長女のところはもう中学生なので、大人用で、二女のところは三人とも小学生ですので、お子様ランチにします。」

「では大人のお料理が22食、お子様ランチが3食でよろしいですね。また、本日の通夜式終了後に皆様にご確認頂いて、最終変更の締め切りは告別式の日の朝9時になりますので、またお知らせ下さい。」身支度を終えたご主人が和室に入って来られましたので、会席の人数を記入した用紙をお見せして確認して頂きます。

「昨日より当社に届けられましたお供えと、供花のご注文表です。本日の通夜からそれぞれ式場内にお供えさせていただきます。喪主様に見て頂きたいのはご注文者のお名前の読み方と式場内での並び順です。他にこちらの弔電のほうも、読み上げ順と、お名前の読み方のご確認をお願いいたします。」喪主様が鞄の中から老眼鏡を引っ張り出しました。

最近は供物、供花の読み上げは省略される所が多くなりました。大抵会社関係の場合、弔電と重複することが多いので、お客様が延々同じ名前を繰り返し聞かされる破目になり、式の時間も長引きがちなため、社内の力関係への配慮が必要な場合以外は式場入口に『ご供花御供物は順不同です』の看板を建てて対処するようにしています。ただ、こちらの判断ですることではありませんし、親族の多い旧家などでは親族の中に序列があることもありますからね。そういう理由で当社では面倒でも必ず『確認』をすることが決まっています。もちろん弔電は読み間違いは出来ませんし、拝読順や読むもの読まないものなども決めて頂く必要があります。

「そうですね…じゃあまず、花とお供えの並び順を上座から順に番号ふりますね。」

「弔電のほうも上から読み上げ順に並べて下さいますか。」喪主様は真剣な表情で書類とにらめっこをしながら、頷きます。こういう場合に一番困るのは『お任せします』と、『適当でいいです。』という『丸投げ』です。本当に適当でよかったためしがありません。当然『順不同』看板に頼るしかありません。ご主人が書類とにらめっこなので、もう一つの確認事項は奥様にお願いしましょう。

「あともう一つ、決めておいて頂きたいのが、受付の人選です。もし、会社関係者やご町内の方で、お引き受け下さるかたが見えるようなら、ご連絡をお願いいたします。受付担当の方は、開式一時間前に式場にお集まり頂いて、お手伝いの内容ややり方などをこちらでご説明させて頂きますので、初めてでも大丈夫です。もちろん、ご親族様等で慣れてらっしゃるかたがお見えであればその方でもかまいません。ただ、御香典を取り扱いますので、お子様には難しいかとおもいますが。どなたかお心当たりはございますか?」ご主人はまだ供花の順位にかかりきりなので、奥様に確認しましょう。

「……そうですねぇ。私のお友達が、町内会の役員をしてますので、慣れているかと思いますから、お願いしてみます。2日間同じ人の方が良いですよね?」さすがに勘の良い。

「説明が二度手間になり、行き違いが発生する原因となることがありますので、皆様お忙しいですが、2日間通しが間違いないかと思いますね。」現金を取り扱うのに伴って責任が生じますので、人手はむやみに多くしないのがベターです。混乱の原因は大抵、指示が錯綜さくそうすることに端を発します。指揮系統は一本化するのが望ましいです。

「分かりました。何人位必要ですか?」

「最低限三名様でお願いします。」会社関係一人町内会親族で一人、香典返しの管理で一人ずつですね。

「2日間通しで開式一時間前に式場に来られる人ですね。連絡しておきます。」

「よろしくお願いします。」

これで今出来る打ち合わせ事項は全て終了しました。あとは喪主様が悩んでいる供花の並びは奥様と相談すれば午前中には決定するでしょう。とりあえず私は遺族控え室を辞去して、式場の方をチェックしに行きましょうか。今回は先日の臨済宗とは宗派が違いますので、使用する仏具は香炉、燭台花立は金色、鳴り物は磬子けいすだけです。今回は三馬鹿トリオに邪魔はさせませんよ。現在時刻は11時半です。先ほどバックヤードに系列の供花担当の子会社のトラックが到着していましたからね。事務所に入って会席の発注書を小鳥さんに渡して、W田家供花の発注書の控えを持って式場に向かいます。

「お疲れ様でーす。よろしくお願いしまーす。」エレベーターを降りると、コンテナに満載した供花を軽々と抱えて移動しながら子会社の『若いほう』(確か名前は…石上君でしたか。)が明るく挨拶してくれました。エレベーター前のスペースが何故か普段よりも混雑しています。何とかコンテナの隙間を通り抜けると、混雑の原因を発見しました。左橋さんが三段ラックに香典返しの袋詰めをしているのです。もっと奥にスペースが…と思ってから、はたと気付きました。エレベーターホール前には、大きな窓があり、明るいのです。それに引き換え、奥のスペースは仏具棚で窓が潰れているため、昼間でも薄暗いのです。その上そこにいるのは『仏具』です。まぁ、仕方がありませんね。本来は香典返しの袋詰めも担当者の業務です。手伝ってもらえるだけ有難いです。狭いところで供花のセッティングをしている石上君には気の毒ですが。今日の通夜式までに通夜返し、香典返しともに合わせて200ずつを用意しておかなくてはなりません。現在時刻はもうすぐ12時です。そろそろ日差しが陰ってくる時間帯でもありますし、左橋さんには食事休憩に行ってもらいましょう。

「…左橋さん、今いくつ出来てます?」

「……えーと、今通夜返しのほうが150

組上がってます。」恐怖に耐えて頑張ってくれましたね。あとはお任せあれ。

「ありがとー。じゃあ交代するので、ご飯行って下さい。お疲れ様でーす。」私は昨日『ごはん』頂きましたからね。まだまだ元気です。ほっとした表情でエレベーターに乗り込む左橋さん。やっぱり怖かったんですね。アヒル口になってます。

「…左橋さんって怖がりなんすね。」エレベーターが閉まってから、石上君がボソッと呟きました。ばれてますよー。

「…そうだね。三階が怖いらしいよ。石上君は大丈夫?」子会社の流通担当者は当社の系列他店舗も受け持ちます。うちはわりと建物新しいので、バックヤードも明るめですからね。他店舗にはもっと雰囲気のあるバックヤードをお持ちの所もありますからね。

「あー。全然大丈夫ですねぇー。僕お寺の三男なんで。」それは心強い話ですねぇ。

「だぁって自分ちに帰るのに墓場横切って帰りますし、ガキのころから墓場が遊び場ですから。古い寺なんで、蔵もヤバいカンジだったし。ここの仏具、似てますよ、うちのと。」『ばれてますよー。』今のは心の叫びです。『奴ら』にたいしての。こういう人もたまにいるのがこの業界です。まぁ、本人が気にしてないので危険人物ではなさそうですねぇ。

それはさておき、石上君は生花のセッティング、私は香典返しの袋詰めとそれぞれの作業に勤しみます。ひとしきりラックに詰めた通夜返しを式場の受付後ろに移動しながら、生花祭壇の仕上がりもチェックします。

「なかなかいい感じですねぇー。」高さを変えて工夫したアレンジメント用スポンジに土台が見えないようにびっしり花を挿して作る生花祭壇は、使い回しができませんので『故人様のためだけに』使うというスペシャル感がウリです。もちろん生花の種類は指定することが出来ますので、まぁ、季節にもよりますが『故人様の好きな花』をふんだんに使うという方法も人気です。

「今回結構いい菊が入ったんで、きれいになってますよ。」時期によってつぼみのままの菊しか入荷しなかったりすると、挿してから咲いてくるので、高さが揃わなかったりしますからね。ある意味巡り合わせです。僧侶の座るステージ上の前机や仏具、香炉なんかのセッティングもすませて、石上君が持ってきた供花の名札の誤字脱字を確認しながら全体のバランスを指示します。名札の並びはまだ喪主様から決定稿がきていませんので、仮置きにしときましょう。

「…あれ?立て看板足りないなぁ。追加でてました?」

「あ、今朝4件追加してますね。」石上君がエレベーターで一階の立て看板置き場に看板を取りに行くと、とたんにバックヤードで何やらざわめく気配が。

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