第18話

『…ちゃんとしたお写真があるといいけどなぁ…。』目下の心配はやはりそれです。写真のアングルが良ければ小さくても、服がいまいちでも当社の『加工技術』で何とかなります。が、さすがに帽子の代わりに髪の毛とか、薄毛を写真で増毛とかは出来ません。(やってもいいんですが、多分お客様から違和感は拭えませんからね。『…誰?』って感じですかね。)駐車場に車が入って来ましたね。時間通りです、こういうお客様ばかりだと本当に助かりますけどねぇ。

「お疲れ様です。お食事などは済まされましたか?」先ほどこちらを出られたのが丁度お昼過ぎでしたからね。まずは喪家様のお身体が心配です。まだまだこれから忙しくなりますから。

「…あぁ、はい。有り難うございます、先ほど軽く食べました。」ペコリと頭を下げるご主人と奥様を先ほどのソファーにご案内します。

「コーヒーは飲まれますか?」

「…あ、頂きます。」ドリンクディスペンサで三人分支度して、テーブルに置きます。

「よろしければどうぞ。私も頂きます。」

早速ですが、本題に入りましょう。

「ところで、早速ですが、故人様の『遺影』になるようなお写真はございましたか?」

奥様が持ってきた手提げから封筒を出しました。集合写真といったサイズです。

「…すみません、あちこち探したんですが、どうしても病気して以降のものは無くて、やっと見つけた写真がこれなんですが…」封筒には有名な温泉町の名前と旅館のロゴ入りです。中をひきだして確認させて頂きます。

「……えーと…こちら…ですか?」私が見たのは『病後』で『御遺体』ですので、生前の面差しがはっきりとは判別できかねます。お二人に見せて、間違いのないように故人様を指さして頂きます。

「…この、後列端から三番目が義父です。町内会の温泉旅行で、珍しく笑顔なんです。」

運の良いことに日差しがさほど強くなかったせいか、皆様無帽ですし、変な陰も射していません。ただ、いかんせんお顔のサイズが親指の爪サイズと小さいので、拡大することはできても若干ピントが甘くなりそうですね。

「…やっぱり小さ過ぎますかね?」ご主人もそこが気になる様子です。通常の遺影写真のサイズは30㎝×40㎝ですからね。引き延ばししてピントの甘くなった部分を補う修正加工はやむを得ないでしょう。

「まぁ、少々加工させて頂きますが、使用可能です。ご町内の皆様にも、お元気だった頃のお写真のほうが、馴染み易いですからね。ではこちらのお写真をお預かり致します。」丁寧に封筒に戻し、担当者専用の施行ファイルにお預かりします。

「あとは、死亡診断書とご主人の印鑑をお預かり致します。当社のほうで、市役所への死亡届けはこちらの印鑑を使用して代行致しますね。こちらの書類が預り証となりますので、ご署名捺印お願いいたします。」必要な事務手続きが終わりましたので、御遺族控え室にご案内します。先ほどご案内した霊安室の入り口手前に当ホールの遺族控え室は2つ並んでいます。どちらの部屋も入り口はオートロックで、キッチンバストイレと、和室と、洋室、ベッドルームというつくりになっています。

「こちらの『カトレア』がW田家様の遺族控え室となります。二名様用となっておりますが、もし、ご親族様などが泊まって頂くことになる場合は、お布団を追加で貸し出す事も出来ますのでお申し付け下さい。冷蔵庫の中の飲料はご利用分のみ後程精算となります。」この辺りはまぁ、持ち込みなどにはあまり細かく言わない土地柄なので、あえて可とも不可とも言いません。近所にスーパーもありますからね。宅配ピザをとる強者もいました。中に入って、和室をご案内しながら説明していきます。

「…お部屋の設備等の案内はこちらのファイルに、それと、これからの式施行の流れや、注意事項、御遺族ご親族の心得などのご案内はこちらのファイルに入っておりますのでご一読下さい。」バインダータイプになったファイルの中には供花等のパンフレットや、火葬場使用上の注意、レンタル喪服のご案内や、周辺施設案内地図、通夜から告別式、初七日法要までの御遺族の動きの説明等の他、喪主挨拶の定形例文集や、焼香のマナー、連絡先フローチャートと、相続手続き一覧などが入っています。

「……はぁ、…わかりました。」お疲れのところ酷ですが、設備の説明は義務ですので、あとひとしきりしゃべらなくてはいけません。

「日本茶はサービスですので、お好きなだけご利用下さい。お湯も足りない場合は事務所にお申し出ください。本日18時より西光寺さんがこちらのお部屋で枕経を執り行います。それまで少しですが、おくつろぎ下さい。」現在時刻は17時半です。呈茶セットをテーブルに出して、蝋燭に火を灯して線香を手向けます。先ほどお部屋に搬入した棺は蓋をした状態ですので、お顔が見えるように蓋についた窓を開けておきます。そちらに手を合わせて一礼し、私は一旦控え室を退出します。ロビーに戻って携帯に着信が有るのに気付き、あわてて確認してみると、『りょう』からでした。

『ねー!まだ仕事終わんないの?喉乾いたよー。』ほとんど幼児並みですね。

『お茶かコーヒーなら好きに飲んでいいから自分でやれ!』『怒』マークをつけて返信しておきます。金輪際こんりんざい奴の世話をするのは御免です。世間の女性陣は凄く我慢強いですね。私には理解不能ですけどね。メールを返信してから眉間によった縦皺を伸ばしていると、自動ドアが開いて西光寺の若が入ってみえました。

「こんにちはぁー。あれぇ?カクラさんお疲れ?」眉間を伸ばしているのが見えていたようです。

「あ、大丈夫です。控え室ご案内しますね。」『ニッコリ』を発動して若御院を『カトレア』へご案内します。外は日が暮れて真っ暗になっています。途中で何となく喫煙所を見やります。さすがにもう、『うわん』はいないようです。その視線を誤解してか、

「…最近の愛煙家は肩身が狭いねぇ。僕も父も『煙』は線香で毎日吸ってるけどねぇ。』私も似たような『モノ』が主食ですけどね。若御院のジョークはたまに高等すぎて分かりにくいので、檀家さんには不評です。父上の住職はオヤジギャグ(若干吉本新喜劇寄り)を頻発しますし。まぁ、緊張した喪家様を和ませる効用は確かですが。御寺さんも、ユーモアのセンスのある方の『お説法』はやはりわかりやすくて人気があります。聴いていても眠くなりませんし。下手な僧侶のお説法は、お経よりも睡魔をよぶものです。以前当社にアルバイトに来ていた学生さんが、自分の大学の教授の講義が睡眠学習かと思う程眠気を誘うのを理由に、教授の渾名あだなを『仏教』と呼んでいたのを思い出しました。(ちなみに彼はよく、式施行中にバックヤードで船を漕いでいましたね。よほどお経と相性がいいのでしょう。まぁ、ここで私が働いているのでも判るように、本当は『お経』や『お札』には私達『怪』に対する効果は特に何もありません。唱えたら苦しむとか、『お札』が貼ってあると入れないとか、そんなのは人間の側の希望的観測でしかありません。じつはあれらは、昔からの人間とアヤカシの共存の知恵から生まれたもので、『僧侶』や『神職』という『格好』の人間が『お経』や『祝詞のりと』を唱えたり、『お札』などを貼って廻ったときは、『今アヤカシがやっていることは私達人間にとって嫌な事ですよ。』という意味だという『決め事』なのです。そういう事態が起きた時に、『決まり事』を理解するアヤカシは、『あ、じゃあやめよかな。』と移動するので、あたかも人間の側からみると『祓った』体になるというわけです。多分僧侶の皆様等も、大昔はちゃんと『解って』儀式を行っていた筈ですが、歳月が経つにつれて形骸化して、形だけ、様式だけが残っているものがほとんどです。また、アヤカシの中には人語を解しないモノもおりますので、祝詞などの中に残された現在意味不明なフレーズに、『それら』に対してのメッセージ的な役割のものがいくつか含まれているのです。長い間絶えずに伝わっている呪文には伝えられるだけの実績と理由があるのです。若御院が今唱えている枕経の中にもアヤカシに対して『これは私達の大切なモノなのです。餌ではありません。』というアピールが含まれているんでしょう。まぁ、私は先に頂きましたが。

「お務め有り難うございました。告別式ですが、明後日の13時開式14時出棺となりましたが、宜しかったですか?」枕経を終えた若御院を車までお見送りして、告別式の時間帯をお伝えします。指定はありませんが、その後予定などが入っていないか確認です。

「はいはーい。13時開式14時出棺ね。じゃあ初七日法要は17時ですね。『お齊』は?」若御院は懐から出した懐紙にボールペンでメモをとります。

「初七日法要の後に予定しています。」

「…じゃ、初七日は寺の本堂じゃないほうがいいね。ホール借ります。」喪家さんの移動が少ない方向でご配慮頂きました。お気遣いに感謝です。

「じゃあまた明日。」駐車場で一礼して若御院の車を見送り、もう一度カトレアに戻ります。明日の予定の確認と、ご挨拶です。

「失礼致します。明日の9時半にまた伺います。故人様ゆかりの品等、お別れの時に棺にお入れしたいものはございますか?ファイルにも注意点として記載がございますが、プラスチック製品、ゴム製品、金属製品は火葬場の規定で副葬品とすることは出来ませんので、ご了承下さい。アルバムはまるごとは入れられませんので、写真だけを外して入れて下さい。果物は少量なら大丈夫です。」棺の窓を閉めながら、ご案内しておきます。

「…はい。分かりました。」

「では、夜間何かご用望がありましたら、こちらの備え付けの内線電話で、お呼び下さい。ご弔問のかたがみえた場合はこちらの棺の側の扉は施錠してしまいますので、入口のインターホンでの対応をお願いいたします。玄関はオートロックですので外出時は必ず鍵をお持ち下さい。明日明後日とお疲れが出ませんように、本日はゆっくりお休み下さい。失礼致します。」玄関から一礼して出て、事務所に戻ります。

「お疲れ様です。枕経終了しました。」現在時刻は19時半です。タイムカードを切って帰ります。携帯にまたメールが入っていますね。『まだ終わらないの?何か甘いもの飲みたい❗ココアが飲みたい❗』確かに私も疲れました。コンビニに寄って帰りますか。

帰り道車を走らせていく途中に、そういえばスーパーがありましたね。車を停めてココアとテナントのケーキ屋さんのプティガトーの詰め合わせを買って帰りましょうか。

「…ただいまぁ。」玄関を開けると、今朝とまったく同じ形で奴の靴が転がっています。どうやら一歩も外に出ていないんですね。20年程前の悪夢がフィードバックしました。リビングにはまるで自宅であるかのように寛いでいる奴の姿。インスタントコーヒーの粉は台所に飛び散り、テーブルの上には使ったカップが出しっぱなし。

「あーお帰りー。遅いじゃん。ココアまだ?」このまま居座られたら地獄です。

「……まだいたの。」これは本音です。テレビを見ながらスルーするのも昔からです。とりあえず自分の為にテーブルと台所を片付け、お湯をわかしてココアの支度をします。私はケーキがあるので紅茶にしましょう。

「わぁ。いっぱい入ってんねぇ。色んな種類あるなぁ。」テーブルに置いていたケーキの箱はさっそく奴に開けられています。アヤカシは甘いものが大好きですからね。沢山食べるとお腹が受け付けなくて、下しますけどね。一度やってみたいけどできないのが『ケーキバイキング』です。ぜいたくに一口づつなんてね。勿体ないです。

「俺この赤い奴と黄色い奴。」アヤカシは食材に興味がない為に、ケーキの素材の名前が判りません。覚える気も無さそうですけど。

「…はいはーい。黄色と赤ね。」お皿に取り出してフォークを沿えて渡します。私はチョコレートケーキと苺のミニタルトです。6個セットですから、残りは明日ですね。

「…そういえば、りょう。いつまで居座るつもり?」居座られたら困りますからね。

「……明日仕事だから、これ食ったら帰りますよぉー。」以外と引き際が良いですね。今回の職場は女性陣以外の条件は良いんですかね。

「……洗濯物どうするの?置いてかれても困るよ。」今日帰るなら朝洗濯していけばよかったですね。

「あー……。乾いたら悪いけど届けて。そんでついでに、彼女達に俺の悪口吹き込んでよ。諦めてもらえるようにさぁ。」なるほどね。そういう作戦で行くんですか。じゃあ離婚の理由を含めて『くそ野郎』になってもらいましょう。『色魔』の『浮気性』の『駄目男』にしてやります。

「…うわぁ。悪い笑い方。こっわぁ…」明日は私が担当者ですからね。忙しくなりますから食べ終わったら奴にはとっとと帰ってもらいましょう。

「…その着替え代は?宿代は?」払うわけないのは判ってますが、一応聞いてみます。

「…こんど新鮮なのが出たら連絡するからさぁ……」人間で言うところの『メシ奢るからさぁー。』という感じでしょうか。玄関を出てからエレベーターホールまで見送ります。近所の目がありますからね。接触したら面倒です。さて、明日に備えて私もさっさと休みましょう。

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