第17話
「…大変お待たせ致しました。こちらが正式なご葬儀お見積書となります。あと、只今搬送車が到着致しましたので、よろしければ霊安室へご案内致します。」本当は事務所内を通り抜けしていくのが最短ですが、お客様をご案内するので、一旦ロビーから外へ出て、建物の周りを回って裏側の遺族控え室入口隣からご案内します。お二人が霊安室のストレッチャーに安置されたお父様の枕元で線香を手向けて、手を合わせられている時に、携帯に着信がありました。画面をみると『西光寺。若』です。霊安室から廊下に出て電話を取ります。
「はい、お世話になっております。カクラです。」前置きが長いのがキライだというのは知っていますので、挨拶は簡単に済ませます。
「あ、どーも西光寺の若ですー。お世話様ですー。W田様ですけどー、そちらの式場さえ大丈夫なら、明日通夜でどーでしょー?」電話だと何故かものすごく『軽い』物言いになる若御院、法話の時の朗々とした美声との落差が凄いと密かに有名です。
「今ちょうど喪家様がお見えなので、確認します。」今の携帯は高性能ですからたいして意味はありませんが、一応手のひらで電話を覆ってW田様に確認します。
「あの、西光寺さんからですが、明日のお通夜の施行が可能だそうですが、それでよろしいですか?」先程までの打ち合わせで、兄弟や遠方の親族はいない事や、親族一同に連絡済みなことは確認してありますし、当社の式場も空いています。ご主人は一応手帳を確認してから、奥様に了解をもらいます。
「あ、大丈夫です。よろしくお願いいたします。」
「もしもし、お待たせ致しました。明日通夜で施行可能です。何時開式にしますか?」
通夜の開式時間は通常18時からと、19時からです。御遺族の意向もありますが、ほとんどの場合、ご寺院側のスケジュールの都合で決定します。
「そーですねぇー…えーとねぇー。じゃあ19時からでお願いします。あとねぇ、今日の18時からが空いてるんで、枕経今日の18時に伺いまーす。伝えて下さいねぇー。」
「はい、本日18時より枕経、明日の19時通夜開式ですね、承りました。火葬場の時間枠とれ次第、またご連絡します。」
「あ、んー。それは今日枕経の時に。じゃあまたねー。」軽いです。その辺のあんちゃんみたいです。まぁ、若御院、まだ30代ですからね。既婚三才女児の父ですが。
「…本日の18時よりこちらの控え室カトレアにて、西光寺の若御院様が枕経を執り行われるそうです。一旦、ご自宅に戻られて、御支度や連絡等を済ませられてから、お写真と印鑑等をお持ちになって17時頃までに再度ロビーへお越しくださいますでしょうか。それまでに、当社のほうで火葬場の空き状況等確認して、明後日の告別式の開式時間を決定致します。」お二人に説明しながら、駐車場まで移動して、現在時刻は12時少し前です。通常平均三時間はかかるところを、しっかり者の奥様のファインプレーでスムーズに完了しましたが、御遺族にはまだまだ沢山やらなくてはいけない事が残っています。もちろん担当者の私にも。一礼してお車を見送ってから急いで事務所に戻ります。
「明後日の火葬場の枠、何時が空いてますか?」事務の小鳥さんがパソコンを操作します。最近の火葬場はIT化が進んでいますから
「えーと、ちょっと待って下さいねぇ。今なら…うーん、9時出棺か14時出棺ですね。」
「じゃあ、14時出棺で予約入れて下さい。」パソコン画面上でワンクリックで予約受付完了します。以前までならば、直接火葬場の事務所に電話して空き状況を確認して押さえておくのが、朝の一仕事だったのですが、それだと各社式場からの予約の電話が殺到して、厳粛な火葬場の雰囲気がぶち壊しになる上に、その日に葬儀が入らなければ再び火夫長の怒鳴り声を聞きながらキャンセルの電話をいれなくてはならず、各社事務方の皆さんの少なからぬ負担となっていましたからね。神経をやられて退職する事務方の多さにさすがの業界もライバル同士結束して自治体にIT化要望書を提出しました。おかげで最近はめっきり平和に予約完了しますので、非常に助かります。ちなみにキャンセルもワンクリックですが、そちらはさすがに火葬場から確認の電話が入ります。簡単過ぎて、『うっかりキャンセル』が当初頻発しましたからね。まぁ、いずれにしても、告別式の14時出棺はベストです。先ほどの西光寺さんの口振りだと、明後日の寺院側の予定は特に詰まってなさそうです。予定があるときは事前に『できれば~時で。』と指定がありますからね。出棺時間が決まれば自動的に開式時間はその一時間まえの13時、お客様の集合時間は更にその一時間半前になります。軽く昼食をとってから開式なので、お客様にも喪家様にも負担が少ない時間帯です。そして、出棺してから拾骨、初七日までが、約3時間。その後『精進落とし』としての会食で早めの夕食となり、すべて終了して大体19時ごろになりますから、喪家様は家に帰ってゆっくり休めますので、人気の時間帯でもあります。空いててラッキーでした。あとは社内の祭壇の設置手配と、葬儀担当者の決定。食事は当社の場合、専門の系列会社に発注しますし、祭壇の生花も同じく系列の専用部門がありますので、外注はありません。外部発注がないということは中間マージンが発生しませんから、利益率は同業他社よりいいのです。そこが当社が売り上げよりも顧客満足度を優先出来る秘訣でしょうか。通夜葬儀の時間帯と、使用するホールの規模が決定しましたので、本日の司令塔、志水さんにパートさんの人員配置をお願いします。
「…うん、わかった。明日の19時通夜開式ならパートさんは17時30分出勤の人ね。明後日は13時開式なら10時半出勤だね。了解、手配します。担当者は…鶴羅さんそのままやったげて。控え室カトレア、式場は…パールホールでしょうね。祭壇は生花祭壇の『百合』4号、出しときます。」パソコン画面に必要事項を入力しながら発注を並行してこなしていく志水係長は、見た目二世俳優M氏似のこざっぱりした外見で、話し方がオネエですが、実はかなりの切れ者です。話し方のせいで見くびられる事が多いですが、どんなに繁忙期で業務が建て込んでも笑顔が絶えることなくさくさく仕事を片付けます。自称『花の』40歳独身。噂ではお見合い回数は二桁だそうです。興味ありませんが。
「…左橋さんパールホールの祭壇設置お願いします。生花は発注したので、16時頃までに到着します。鶴羅さんは納棺お願いね。」的確な指示をさくさく出していく志水さん。私も会食の発注と看板の準備をしてから、納棺の支度を始めましょう。
「…あ、納棺の前に鶴羅さんお昼休憩してね。このまま残業して18時枕経でしょう?」時計を見た私に気付いてか、志水さんから指示変更です。勘の鋭い人ですね。時々ヒヤッとします。 気付かれるようなヘマをした覚えはありませんが、気を引き締めて行かなくては。
「…有り難うございます。」財布を持って事務所を出て、買い物に行くフリをします。
『よし、チャンス!』カメラに写らないところで周囲を見渡し、霊安室へ。一晩経って鮮度は落ちていますが、顔布の下にはまだ白い『もや』が残っています。手を合わせて頂きます。キレイに吸い込んでから線香を手向けて一礼して、皮膚の色が肌色に戻るのを待ちます。せっかく財布を持って出ましたし、手ぶらでは戻れないので自販機を物色します。
『…何これ。面白いかも。』新商品のポップが貼られているのは一体何かというと、『お汁粉~餅入り~』です。衝撃的すぎて思わず4本衝動買いします。気分転換ですね。みんなで飲んで盛り上がってみましょう。事務所に戻る途中で左橋さんが祭壇を台車に積んでいましたので、早速渡します。
「左橋さんお疲れさん!新製品だよ!」左橋さんも缶を受け取ってから二度見します。
「……餅…入り?ってなんですか!初めて見たっ!」迷わずに缶を開けて飲みますね。勇気ありますね。
「………うわぁ。本当ですね!あずきの他にも何か粒っぽいものが入ってますよ!」ごくごくぷはぁーって以外とチャレンジャーな左橋さんです。次は事務所です。せっかくホットで買ったので、冷めないうちに。
「お疲れ様ですー。冷めないうちにどーぞー。」それぞれ受け取って、まず缶を二度見し、笑いながらごくごく飲むのは 事務の小鳥さん。缶を開けて中をこわごわ覗きこんでからおそるおそる口を付けるのは志水さん。私も思いきって飲んでみます。
「…うわ、あずきの大きさの食感の違う『何か』が時々ぷにっと入って来ますね。」不思議な物を考え出すのも人間だからです。まぁ、みんなで和んで気分転換ですね。クスクス笑いながら飲み終わったタイミングでFAXの受信音です。どうやら供花のご注文が入っている様子です。喪主さんの会社関係でしょうか。FAX用紙をめくった小鳥さんが、思わず顔をしかめます。
「うわぁ。これ、注文者名が汚なすぎて判読不能ですよー。鶴羅さんこれ、確認お願いしますー。」たまにありますね。幸い電話番号は何とか判読出来ましたので、とりあえずは供花の看板に必要な文字を間違いのない状態で印刷するために問い合わせ確認します。
「…はい、×××××支社です。お電話ありがとうございます。」元気なのは構いませんが、早口過ぎて、肝心の社名が聞き取れません。
「もしもし、お忙しい所申し訳ありません。H葬祭の鶴羅と申します。先ほどこちらの番号から当社にFAXが届いたんですが、その件について、どなたか判る方はお見えでしょうか?」早口だからといって必ずしも頭の回転が早い人であるとは限りません。誰が聞いても判るようにが基本です。
「あ、はい。少々お待ち下さい。H葬儀社ですね。」がさがさ、プツーという音の後に保留音に切り替わります。パッヘルベルのカノンのメロディが二巡したところで保留音が止みました。
「大変お待たせ致しました。お電話代わりました、ウノと申します。先ほど当社のW田課長のお父様のご葬儀に供花を注文させて頂きましたが、何か有りましたでしょうか?」
女性の声です、想定外ですね。判読不能な『悪筆』から勝手に男性を想定していました。『達筆』だったんですね。
「…大変申し訳ありません。当社の機器の『調子が悪くて』原稿が『文字化け』してしまいまして…。お手数おかけして申し訳ありませんが、再度FAXの送付をお願いいたします。」『達筆』すぎて判読不能なんて先方に言うことは出来ませんので 、会社の機器の不調ということにします。まぁ、これは一種の賭けですが、大抵新しく原稿に記入してもらえることが多いのです。稀に同じ原稿を再送付されることもありますが。『達筆』タイプの判読不能をするかたは、大抵プライドが高いですから無駄に刺激しない方向で。
「……分かりました、再度送付致します」
「よろしくお願いいたします。」再送付された用紙には、丁寧な楷書で社名、部署名『一同』で御丁寧に社名はんこまで捺してありました『これでどうた!』とでもいうようなプライドの高さが透けて見えます。さすが当地域の老舗一流企業です。もしかしたら『お父様』も同じ会社にお勤めだったかもしれませんね。その後も何件か、同じ社名で『~一同』や、『代表取締役』名の供花発注が入ります。パールホールにして正解でした。スペースに余裕がありますので、供花が飾りやすいのです。あとは当日どの程度の人数が参列するのかですね。今回は問い合わせの電話は今のところ入っていませんね。以前式場が参列者でパンクした時は問い合わせが多いのを担当者が把握していなかったのが原因でした。今回は現時点でFAXは稼働していますが、開式時間等の問い合わせはありませんので、喪主様の連絡した先からの弔問のみで『想定内』で収まる気配です。多分奥様の采配でしょう。届いたFAXから注文表を作成して系列会社に発注を繰り返している間に現在時刻は16時すぎ。そろそろ控え室をセッティングしてから、霊安室の御遺体を納棺する時間です。
「後のFAXよろしくお願いします。控え室行ってきます。」事務所の小鳥さんにあとを頼んで、控え室をセッティング後、棺台に棺を支度して、納棺セットを持って霊安室へ。ちょうどトイレから戻ろうとしていた志水さんにお手伝いしてもらいましょう。さすがに一人で死後硬直の進んだ御遺体を納棺するのは大変ですからね。ストレッチャーに敷いた防水シートには、実は納棺の時に持ち上げ易いように持ち手が付いています。左右両方を持つとちょうど御遺体の肩の所と、足首の所をホールドする形になっています。棺の中のドライアイス保冷枕に合わせて納棺して、消臭剤を仕込んだ花束を顔周りに入れておきます。両手は既に硬直が始まるのを見越して組んだ状態にしておきました。ですので、数珠を持たせて完了です。棺の蓋をして控え室へお連れします。当社の遺族控え室はお客様の出入りする玄関とは別に棺の搬入口がありますので、お部屋は和室でも、台車のままで棺の移動が出来るようになっています。そのため担当者一人でも、式場への棺の移動が行えますので、御遺族のご案内がスムーズに行えます。棺の前にセットした香炉に火を灯した線香を三本寝かせて置きます。W田家の宗派は浄土真宗大谷派ですからね。線香の立て方の知識は葬儀社員には必須です。花立に樒を入れて準備完了、現在時刻は16時40分です。そろそろロビーにてW田家様が戻って来られるのを待ちましょう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます