第14話
「ただいま戻りました。」車を駐車場に戻し、制服に着替えて事務所に戻って店長に声を掛けます。パトロールの業務には、報告書の提出が必須事項です。パソコンを立ち上げて書式を呼び出していると、店長がコーヒーを二つ持って近づいてきます。
「お疲れ様ー。T社担当者どうだった?」
「あ、はい。川野という男性でしたね。」
「あー、あいつか。あいつ遣り手だけどゲスいよね。どうりで。」さすが店長、他社の担当者の人格まで把握しているんですかね。
「他はどう?」パトロールの業務内容のメインは他社の施行状況です。
「A社施行一件、T社施行一件I社施行0件S社施行0件F社施行一件ですね。」メモを見ながら応えると、店長は腕を組ながら、
「…規模はどう?」式場の施行の想定人数の事を聞いています。
「…中規模から、小規模の家族葬がほとんどですね。T社のA野家は式場は大きくても参列者30人規模でした。」最近の傾向ですね。核家族化が進み、高齢化が進みして、昔ほど『葬儀』というものを生前に考えておくのが『タブー』ではなくなってきたのと、『バブル期』の自分達の親世代の『見栄』と『世間体 』に支えられた盛大な葬儀を経験して、それを反面教師とした成果でしょうか。『自分の時は質素に』というのが昨今の流行語のようです。実際昔の様に一族郎党集まっても、少子化の折りですからね。親戚一同でも精々20人から30人、ご町内も昔のように葬儀のお知らせを自治会の回覧で廻すような地域も少なくなっているようです。会社関係も、弔問よりも供花や供物などで弔意を示す形に変化してきていますから、一般葬儀でも参列者百人まではなかなかいきません。
ましてや昨今流行りはじめた『家族葬』になると、本当に親族にすら告知しないで葬儀を施行しますからね。10人にも満たないことがままあります。
「…どこも一緒かなぁ。お疲れ様ー。あとで報告書お願いね。」机にコーヒーカップを一つ置いて店長は自分の席に戻ります。
「お疲れ様でした。通常業務に戻ります。」
店長の入れてくれたコーヒーを飲みながら、報告書を仕上げます。ファイルを保存して印刷し、何気なくモニター画面を眺めていると、画面の端に遺族控え室前に設置してある灰皿が映っています。喫煙人口は減少傾向にあるものの、『建物内禁煙』を完遂するには、屋外喫煙所が必須です。もちろん当社の利用者を対象にしたサービスの一環なので、通りすがりの通行人が利用しているのを、目にすれば、お断りするのも必要です。そんなに目くじらたてるような事ではないとはいえ、最近常習の通行人が目に余ります。今もちょうど常習犯の通行人が敷地に入ってきたのが映りこんでいます。
「…あ、山口係長、例の『黒さん』入ってきてますよ。」吸殻だけでなく、飲み物のカップやゴミを灰皿の上に捨てていく常習犯です。再三やられているため、山口係長は何とかして現場を押さえて注意したいようなので、お知らせします。
「よっしゃ!今日こそ現行犯押さえてやる!」急いで事務所から飛び出していきました。しょっちゅうものの言い方でお客様にクレームをもらっている山口係長ですからね。もめ事にならなければいいんですが。
「…あ、鶴羅さん、来月の休み希望出しておいてねー。」事務所を飛び出した山口係長を見送って、事務の小鳥さんが声を掛けます。そういえば『女子会』がありました。携帯のカレンダーを確認しながら、ホワイトボードに貼ってある予定表に女子会の日と前後1日ずつ計3日休みマークをつけておきます。
これから年末にかけては、葬儀の繁忙期です。業界の黒い都市伝説で、正月までもたない患者を『送り出す』らしいと言われることもあります。あくまでも伝説ですからね。けれどゴールデンウィーク前にも繁忙期、お盆休み前にも繁忙期があるとなると、若干疑います。まあそれはさておき有給休暇の申請書も記入して小鳥さんに提出します。
「あれ、珍しいねぇー。鶴羅さんが有給なんて久々じゃない?」入社以来片手の指で足りる位しか、有給を利用した覚えがありませんねぇ。何しろ仕事イコール食事ですからね。休んでいる間に搬入があったら食いっぱぐれです。ある意味ワーカーホリックといったところでしょうかね。アヤカシが一番働き者です。もちろん家族もいませんからね。
「どっかに旅行でも行くの?」ちなみに小鳥さんの趣味は旅行と食べ歩きです。
「あぁ。同窓会です。」用意してきた言い訳通用するでしょうか。そういえば履歴書にどこの学校卒業と書いたか確信がもてません。急な追求を恐れて胸がどきどきします。
「えー、いいなぁー。行ってらっしゃい。」特に疑問を持たれないであっさりスルーされました。やはり事前準備は大切ですね。冷や汗をかきました。何とか無事に店長印を押してもらって、正々堂々と『同窓会』に参加出来る運びとなりました。
「お疲れ様です。おはようございます!」事務所のドアを開けて本日の夜勤担当者の井山さんが入ってきました。気付けば現在時刻はまもなく17時です。あと一人の当直は山口係長ですから、戻り次第引き継ぎと終礼で、本日に業務終了です。
「あれ?山口係長まだ戻って来ないですね?」浅田店長の呟きに、皆が一斉にモニターを見ます。
「どこにも映ってないみたいですね。」リモコンを操作して、普段画面に出さないカメラも確認しますが、山口係長も『黒さん』も見当たりません。
「…ちょっと見てきます。」先日から風の噂で気になることもありますので、私は率先して手を挙げます。店外のモニターの死角から順に見回りしてみます。
「…やっぱり。」三ヶ所ほどチェックした時に建物の陰から山口係長のものとおぼしき足先が見えました。近寄って行くと建物の壁に寄りかかって座り込んだ状態で両手両足投げ出したまま、ぐったりしているようです。目は閉じて顔色は真っ青ですが、どうやら呼吸はしているようです。命に別状はなさそうですね。良かったです。
「山口係長!大丈夫ですか?」近寄って肩を揺すりながら声を掛けます。
「……あっ?何で?」目を開けて自分が座り込んでいることに気づいた山口係長に、
「終礼しますよー。」と伝えて、事務所に戻ってもらいます。若干ふらふらしながら係長が事務所に戻っていくのを見届けてから、私は建物の横の植え込みに向き直ります。
「ここで食事しないでくれる?」植え込みのなかから薄く黒い煙のようなものが立ち上ぼります。人形をとると一瞬で『黒さん』の形に変化します。肩をすくめる仕草は人間臭いですが、これも当然アヤカシです。名前は『うわん』本性は煙のようなもので、煙草の煙に紛れて漂いながら、隙をみて人間を驚かせて気絶したところで『魄』を掠めとる性質のアヤカシです。命に別状のない程度の魄を喰うのですが、私にとっては『餌』が被るので放置も無視も出来ません。気配を『強めて』相手にぶつける事で『うわん』の力を削ぎます。最近新聞の地方欄にあった『昏倒』事件は多分こいつの仕業です。
「~!~!」音にならない悲鳴のようなものが、聞こえ、『うわん』が煙に戻って漂っていきました。縄張り争いはとりあえず私の勝ちですね。事務所に戻りましょうか。ついでに吸殻のたまった灰皿も回収して時間差の言い訳にします。洗った灰皿を持って事務所に戻ると終礼が始まりました。
「…本日通夜施行0件、明日はS市T病院からの搬送予定が、朝9時に予定です。式施行は未定ですが、御遺族が10時に葬儀相談に見えます。その他は現在ありません。本日当直は井山さんと、山口係長、大丈夫ですか?」店長はまだ顔色が若干悪い状態の山口係長の顔を覗き込みます。
「…はい。大丈夫です。」掠めとられた魄は食事で回復することが多いです。夕食を摂れば回復するでしょう。
「では本日は業務終了です。お疲れ様でした。」タイムカードをきって、更衣室に向かう途中で、念のため『バンシー』にも『うわん』のことを伝えておきましょう。携帯を耳にあてて通話を装いながら、バンシーの隠れている棺置き場で話します。
「今日裏の喫煙所にうわんが出たからね、うっかり館内に入り込まれないように気をつけてねぇ。」何しろ人を驚かして魄を掠めとる性質のアヤカシですからね。うっかり建物に棲み付かれたら最後 、お化け屋敷状態になってしまいます。従業員だけの被害なら、箝口令をしいてなんとかなるかもしれませんが、うわんが従業員と客の識別をするはずはありません。今日び、SNS等で悪い噂は瞬く間に拡散していきます。S市H葬祭に『お化け』が出るなんて情報はごめんですからね。
「…わかったよサヤカ。もし近づいてきたらおもいっきりカミツイテやる。」棺の隙間から顔を出してバンシーがニヤリと笑いました。心強いですね。今度また紅茶を淹れてあげましょう。うわんは生きた人間から魄を掠めとることが出来ますが、陰摩羅鬼は死体からしか魄を取り出せません。悪評拡散で閑古鳥がなくと食事に差し障りが出ます。携帯をしまいながら更衣室へ向かい、着替えて家に帰ります。
「お疲れさん。お先にー。」重低音のエンジンを響かせながら、アメリカンな大型バイクに跨がって店長が帰って行きます。あれで4歳女児の父ですからね。人は見た目ではわかりません ね。先日も娘さんとスーパーのガチャガチャコーナーでゴネて泣き出したところで抱え上げた瞬間に幼児誘拐と勘違いした警備員に取り囲まれたと笑っていました。ちなみにその日も今日と同じ黒い革ジャンの上下だったそうですから、世間の一般的な『お父さん』像からは程遠い外見ですね。笑い話で済んでいるのは、警備員に囲まれた所に奥様がきたお陰だそうで、警察沙汰になったら笑えないことになるところでした。そんな話を思い浮かべながら駐車場で車に乗り、家路を急ぎます。
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