第13話
「おはようございます。」本日も仕事ですね。いつものように出勤してタイムカードを切って、朝礼と引き継ぎです。昨日の当直は左橋さんと、夜勤専門の契約社員桑田さんです。ホワイトボードは白いままですが、問い合わせや葬儀相談はメモで貼ってあります。貼ってあるメモを端から見ていくと、中に一枚赤ペンで、『カクラ様』と書いたものがあります。受付日時を見ると昨日になっています。私が首を傾げながらメモを見ているのに気付いたのでしょう。左橋さんがやって来ます。
「鶴羅さん、昨日鶴羅さんの名刺を持って女子高生が来社されたんですよ。」
「これ、A野さんって、おととい搬送したお宅のお嬢さんですよね。」良く見るとメモの裏に何か封筒がついていますね。
「すごくしっかりしたお嬢さんですね。手紙を預かったんですよ。カクラさんにって。」
「…開けてみますか。」面倒ごとでなければいいのですが。可愛らしいウサギのシールを剥がして中を確認すると、ピンクの便箋の他に何枚かの用紙が入っています。広げてみると、同業他社の見積書です。広げて絶句している私を見て、左橋さんが覗き込みます。
「…何でした?」添えられた便箋には、女子高生らしくないきちんとした字で来社の理由が記されていました。
『先日は大変お世話になりました。あの後鶴羅さんのアドバイスで見積りをとって、比較検討をと思っていましたが、やはり母の心労と、ご町内さんとのしがらみで、結局ご近所のかたのおすすめにしたがって告別式をすることになりました。T社の式場で、×日11時開式です。お世話になった上に大変恐縮ですが、ぶっちゃけこれ以上母が心労につけこまれて、『ぼったくり』されないように私の知人のふりをして、直接見守って頂けたらとお願いにあがりました。』娘としての歯痒さが滲みでるような手紙です。本来私情を挟むのはいけないのですが、心配していた通りになってしまったようですね。左橋さんと二人で同封された見積書を目を皿のようにして、隅々までチェックします。
「……これ、ちょっとひどくないですか?」
「………うん。なかなか凄いねぇ。」A野さんの場合、ご主人が現役で、会社関係者が弔問に来ますし、ご町内もなかなか強い結束が残っているようですが、それでも想定人数500名は多く見積りすぎでしょう。参列者の人数に応じて大きいホールに見合ったかなり高いグレードの祭壇が設定されています。他にも細々といろんなオプションが盛り込まれた為か、結構な高額になっています。分かりやすく言うとざっくり私が先日渡した見積りの約3倍ですね。私と左橋さんが見積書をのぞきこんで顔を見合わせているのを見て、
「…どれどれ…へぇぇ。スッゴいねぇ。T社さん。取れるだけ搾り取るかんじ。」ついに店長まで近づいて覗き込みます。残念ですが告別式は今日の11時開式です。私は今日は勤務ですからね。施行は入っていませんし、司令塔は店長です。見積書をまだ眺めている店長をチラ見すると、店長は往年のジャニーズアイドルKM氏似だと言われる顔をしかめて、顎に手を当てて考え込む素振りを見せました。
「……鶴羅さん、本日施行がありませんので、本日はパトロール業務をお願いいたします。S市内各社式場を廻って来て下さい。私服で私用車ね。よろしく。」これはつまり、『心配なら仕事ついでに見に行ってあげればいいよ。』という店長の采配です。
「…行って来ます。」深々と店長に一礼して、パトロール用に置いてある私物の喪服に着替えていると、当直明けで帰宅する左橋さんが更衣室に入って来ます。
「……あの。…私もご一緒してもいいですかね。勉強がてらですけど。」他社の施行を見るといろいろ参考になりますからね。それに、やっぱり私情をはさんでは駄目だとは言いつつ仕事だとして割りきれるかどうかはその人次第です。それが赦されるという辺りが当社が地域売り上げNo.1になれない理由でしょうか。私はそんな社風が気に入ってますが。
「いいですよ。一緒に行きますか。ついでに左橋さんの自宅近くのF社にも行きますよ。」電車で一駅の隣の市との境界に最近出来た式場にも視察するついでに送って行けたらちょうどいいでしょう。
「では、パトロール業務出発します。」店長に声を掛けて自分の車でまずはT社式場へ。途中の生花店で小ぶりなアレンジメントの花を購入して、ついでにコンビニで左橋さんの朝食と不祝儀袋を支度して、現在時刻は10時少し前。式場の駐車場はがらがらですね。
まぁ、今日は平日ですから会社の関係者は昨夜の通夜で参列をほとんど済ませているはずですし、今日参列するのは、よほど親しくされていた方達くらいでしょう。あとは見積書によれば、町内の皆さんが『町内バス』で会場に到着する予定のようですが、現時点では、とても500名相当の式場が埋まるようには思えません。
「…今どき、『町内バス』はないですよねぇ。…」同じように考えていたのでしょう、左橋さんが呟きます。このS市周辺は、車社会ですので、基本住宅一軒につき駐車場は2台が当たり前、スーパーからコンビニ、飲み屋さんにいたるまで駐車場完備が当たり前です。かなり高齢者でも自家用車で移動する地域なので、自由度の低い送迎バスは不人気なため、遺族が用意しても利用者が少なく無駄になることがほとんどです。当社では近年ほとんど利用されないオプションとなっています。何人利用しても、ましてや誰にも利用されなくても、時間になれば町内と式場を運行するので、無人でも料金は発生します。
「…行きますか。」これまたオプションとして用意している駐車場警備の暇そうなあくびを横目に見ながら式場内へと進みます。
入口の案内盤には、『A野家式場』は三階とありますので、エレベーターで三階へ進み、受付で記帳して香典を渡してから広々した式場を見渡します。開式まであと40分という頃ですが、やはり空席が多いですね。受付の係も暇そうです。会社関係という札の受付ファイルは空です。あまりあからさまにキョロキョロすると同業者とばれますので伏し目がちに見回して、一般参列者の席中程に座ります。親族側の最前列喪主さんの席にぐったり座っているお母様が見てとれます。隣の席に心配そうに寄り添っている娘さんがこちらを向いたので、左橋さんと二人で会釈します。気付いてくれたようですね。こちらへと向かって歩いて来ましたので、手招きしながら目立たない隅に移動します。
「…来て下さったんですね。ありがとうございます。…何だか誰も私なんかの話を聞いてくれなくて、母はずっとあんな状態ですし、どんどんと色々決められてしまって、もうどうしたらいいのか……」涙目になりながらも気丈に振る舞う娘さんです。予想はしていましたが、やはり大変だったようですね。T社は『遣り手』ですからね。
「…昨夜は会社関係者とかはどうでしたか?沢山見えました?」まぁ、ロビーの受付後ろの返礼品の残り具合を見ればだいたい予想はつきますが。
「…代表して何人かという感じでした。預かった御香典が沢山あったみたいです。」だから見積り多過ぎですよねぇ。
「…御親族のほうはまだお見えじゃないんですか?」空席が目立つのは一般参列者だけではありません。こうした時に頼るべきなのは、本来同業他社の行きずりの私達等ではなく、末永いお付き合いの親戚でしょう。あと開式まで30分余りというのに親族席が空です。通常あまり見ない光景です。
「…母の親戚はどうやら縁が切れてたみたいなんです。詳しくは知らないんですが。父のほうは昨夜は叔父夫婦と、そのお子さん二人で、今日はもうすぐその人達が遠方から到着する叔母を迎えに行って到着する予定みたいです。」まだ間に合うでしょうか。見積書のなかで気になっていたのはそこでした。
「親族はその5人とA野さん二人ですか。」お嬢さんがこくりと頷きます。
「ご町内の方は『お
「…担当者はどなたですか?」娘さんが指差した背広姿の中年男性が、司会者と式進行の打ち合わせをしています。幸い私達の知らない担当者ですね。娘さんでは多分太刀打ちできないですからね。
「…一緒に行きましょう。近所のお姉さんということに。」お世話焼きなお姉さんです。
「…あのー。すみません。ちょっといいですか?」まずは娘さんに声を掛けてもらいます。
「…はい、何でしょう?」ちょっと迷惑そうに銀縁眼鏡を指先で上げながら、担当者は不審そうにこちらを見ました。
「…さっき町内のお姉さんがお知らせしてくれたことがあって。」やっと正面を向いて話を聞く気になりましたね。私の出番です。
「『お齊』の人数を変更して下さい。親族と町内であわせて10人ですから。間に合いますよね?」『ニッコリ』を発動させて担当者の眼を眼鏡越しにじっと見つめます。案の定、視線が泳ぎます。黙っていたらそのまま確認せずに食事を余らせて料金を払わせる積もりだったのでしょう。小狡いやり方です。
ちらっと腕時計を見たところからも間に合う可能性が大です。もう一度念押しします。
「…間に合いますよね?」
「…連絡して確認します…」後回しにして忘れたことにされてはたまりません。もう一押しです。
「今、お願いできますか?」しぶしぶポケットから携帯を出します。『ニッコリ』のまま真横で立って『圧』を掛けておきます。
「…はい、A野家懐石です。変更です。30食から10食に。…はい、…はい、わかりました。よろしくお願いいたします。はい、失礼します。」すかさず電話を切るのに被せ気味にしてお礼をします。
「ありがとうございます、もったいないですからね。」強調するのは、食事の無駄についてですから。あくまでも町内のお姉さんです。これで15万円が5万円に減りましたね。雀の涙程度ですが、今後のことを考えれば何かの足しにはなるでしょう。
結局開式までに参列したのは、喪主さんと娘さん、叔父夫婦と子供達二人、遠方の叔母さん、町内の10名に私達二人と、開式直前に会社関係のかたが二名、受付の手伝いをしてくれたお母様のご友人2名の合計23人で、500人規模のホール使用となりました。本当、『遣り手』ですね。宗派はこの近辺に多い、浄土真宗大谷派、寺院は当社でもお馴染み西光寺です。
あとは私達に出来ることはありません。喪主挨拶はお母様の替わりに娘さんが時折声を詰まらせながら一生懸命代読して、時間通りに出棺となりました。今後の注意事項を書いたメモを作って、出棺見送りの時にタイミングを見計らって娘さんに手渡しします。
「…本当にありがとうございました。」瞳をうるうるさせて娘さんは気丈に微笑みます。本来なら、情に絆されて他社の営業妨害なんて駄目ですけどね。
「…鶴羅さん、メモに何書いたんですか?」霊柩車を見送って車に戻ってから、我慢出来なくなったらしく、左橋さんが聞きます。私はニヤリと笑って、
「…とりあえず、香典返しは全部返品で。」実は一番利益率が高いのが返礼品ですからね。ちなみにその次が食事です。
「…わぁ。一番敵に廻したくないタイプの人が営業妨害してますー。」左橋さんも苦笑いです。他にもいろいろ書いたのですが、あとは秘密です。
「…さぁて、次はA社に廻ってI社とF社に向かいますか。」告別式は『悲しい』場ですが、遺された人達は前を向いて、『日常』の生活を続けていかなくてはなりません。『遺された』人の為にこそ、『告別式』はあるのです。『区切り』をつけて、『前向きに』進んで行くために。人間は儚いものですからね。F社のパトロールが済んだところで左橋さんを降ろして、社に戻ります。帰りの道すがら、儚くて、脆くて、すぐに死んでしまう癖に、パワフルで探究心に満ち溢れて様々なものを造り出す『人間』という生き物について色々と考えてしまいました。私達アヤカシは、長命で頑丈にできていますが、自分たちの名前を考えたり、何かを造りだしたりはしません。そういう必要性を感じたこともありません。あらゆる物事や現象を分類し、命名して、記録しその内容を暴いて調べる事をするのは人間だけです。謎を謎のままには出来ない性分なのでしょう。おかげで便利で快適な生活の恩恵を、私達アヤカシまで被ることが出来ますからね。有難いことです。
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