第4話

さて、自己紹介はこのくらいにして、たまった事務作業を始めましょう。モニターには、霊安室の枕経が写し出されていますね。館内のモニターは霊安室前廊下と、玄関ホール、二階会席室と三階の式場が事務所のモニターから見えるようになっています。これによって事務所に待機しながら必要な時にタイミングよくフォローに入ることが出来るようになっています。幸いにしてというか残念なことにというか、バックヤードはカメラの範囲外なので、木魚が何やらかしたとしても映りません。そんなことを考えながら事務作業を進めていくうちに、30分ほどで枕経は終了。御遺族と棺はそのまま隣の遺族控室へと移動です。通夜の開式は18時半ですからそれまでに、式次第や、明日の告別式の説明などの諸々を担当者からしなくてはならないのです。他にも親族の参列者の人数や、食事の数、一般の参列者はどのくらい来る予定か、返礼品はどうするのか等悲しみにくれている暇がないのが日本の一般的な葬儀です。葬儀社の担当者は、御遺族の気持ちに配慮しつつも必要なことを決めていくというなかなかなハイスキルを要求されるのです。今回の御遺族は比較的良識的なかたが喪主さんで、奥様を亡くされたばかりですが気丈にふるまっていますし、地元に昔から住んでる方達なので、寺院との関係も活きています。なので式進行などの説明で戸惑うこともなく、スムーズに進んだようで、左橋さんがファイルを抱えて事務所に戻ってきました。

「お疲れ様ですね。食事数決まった?」

「何とか決まりました。」パソコンの発注画面とにらめっこしながら左橋さんは応えます。ファイルの中に、席次表せきじひょうが見えました。「席札と席次表は作っておくから、通夜開式前に何か食べた方がいいよぉ。」

現在時刻は17時半。通夜開式中にお腹が鳴ったら結構恥ずかしいです。

「ありがとうございます。そうさせてもらいます。これ明日の会席の席次表と席札の原稿です。」受け取って自分のパソコンソフトを起動させていると、コーヒーが置かれました。左橋さんはコーヒー党なので、持参のお弁当を温めるあいだに自分のとあわせて入れてくれたのです。

「あ、ありがと。通夜開式したら後半にフォローいる?」席次表は約20名ほど。つまり親族がそのくらい参列するということです。一般の会葬者の人数は読めないことが多いので、ざっくり見積もると2倍として、まぁ、今日のパートさんならさばききれない人数ではありません。通夜のお経が終わる前に全員の焼香が終わるようにしてくれるでしょう。

「あ、多分大丈夫です。喪主さん定年退職してますから。会社関係者はせいぜい二組くらいで、あとは町内のかたが少しだけです。」

「それならまた、合図もらえたらフォローする感じでいいかなぁ?」モニターを示してそう言うと、左橋さんはお弁当を頬張りながら頷きます。事務所には通夜が終わるまでの勤務の日勤組と夕方から出勤した当直組とで現在5名詰めています。私と左橋さん、山口係長は今日は日勤、夕方から出勤したのは浅田店長と志水係長です。時刻は18時になろうという頃、左橋さんは食事を済ませて遺族控室に向かい、棺を式場に移動して、通夜開式準備です。

道明寺の若御院が到着してますね。枕経の時とは違い、袈裟をまとって若干威厳らしきものがあるようなないような。明日の告別式は父親の住職が執り行うのでしょう。なんにせよまもなく開式です。

モニター越しに見ているぶんには木魚はおかしなことにはなっていませんね。おとなしくばちで叩かれています。参列者の人数も予想の範囲内です。席札と席次表を作成しながら、通夜式進行を見守ります。

どうやら無事に通夜式は終わりそうですね。大昔、まだ「はく」というものの作用が知られていなかったころ、屍が通夜の最中に『起き上がる』という現象が稀に見られました。『魂魄こんぱく』という言い方、聞いたことはありませんか?人の身体には、死後すぐに身体から離れていってしまう性質の『魂』と、死後もしばらく身体に留まって残る性質の『魄』とが宿っています。昔から所謂『起き上がり』と呼ばれる現象の原因になるのが『魄』です。『魄』の量には個人差があり、量の多い人が亡くなると、棺の蓋を跳ね飛ばしたり、寝返りしたりといった現象がおきるようです。『魄』を使いきると動かなくなるので、びっくりするだけで実害はありません。ゾンビとは全く違うモノです。ちなみに私が食事を済ませたご遺体は、それはもうすっかり綺麗になっているので、『起き上がり』は発生しません。アヤカシがホラーを防ぐなんて、ちょっと面白い話です。

「以上をもちまして、K藤家通夜式を閉式いたします。尚、明日の告別式は午前10時の開式とさせていただきます。本日はご多用中にもかかわらずご参列頂き誠にありがとうございます。故人さまとの御対面希望のかたは…」左橋さんもスムーズにアナウンスをしています。三々五々帰って行くお客様を横目に見ながら、私はさりげなく立ち上がって三階式場へ向かいます。エレベーターで棺を遺族控室に運んでいる隙に、どうしても『奴』に釘をさしておかなくては。衆目の有るところで「やらかした」ら居場所が無くなることを理解してもらわないと。

明日は特に臨済宗、つまり禅宗の告別式です。うちの式場の仏具達のなかには、はっきり言って『問題のある』モノがいて、それらが集まってしまうのが、禅宗の告別式なのです。

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