第3話

今日の棺は、亡くなった方が女性で生前花が好きだったということで、白地に桃色の花柄を散りばめた棺。重くはないのですが、布張りは傷が目立ちやすいので、二人がかりで慎重に外箱から棺台に移します。

「式場の設置終わった?」棺台を霊安室の近くまで移動させながら、私は左橋さんにそれとなく聞きます。確か、先刻事務所のホワイトボードを見た時、宗派が「臨済宗りんざいしゅう」と貼ってありましたからね。

「あ、祭壇は、終わりました。」案の定、左橋さんはちょっと言い難そうに呟きます。

「?仏具と前机は?」

「…まだです…。」納棺作業をしながらも、うつむき加減になっていますね。もう晩秋に近づき、この時刻でも室内はすでに薄暗くなっています。一人でバックヤードで作業をするのが、実は怖がりの彼女にはつらいのです。まぁ実際彼女が嫌がる理由が当社のバックヤードには本当にあるのです。

清拭せいしゅくと含め綿、メークを終えて、着物を着替えて胸の上で手を組んで数珠じゅずを持たせ、ドライアイスの設置を完了し、棺を閉めて今から枕経までの時間は約20分余り、私は彼女と一緒に三階のバックヤードに設営の手伝いに上がることにしました。枕経の時は御遺族と僧侶が集まりますから、担当者も同席しなくてはならないのです。のんびりしている暇はありません。三階エレベーター前は既に薄暗い状態ですが、私はさっさとエレベーターを降り、すたすた歩いて電灯のスイッチをいれました。視界の隅で何かしら動いたような気もしますが、そこは無視して必要な仏具に手をかけます。今日は臨済宗なので、木魚と馨子けいすが必要ですね。あと、軽便けいべんと呼ばれる寺院用の椅子も。香炉と前机は左橋さんが支度しています。

「…痛ぇ。」運び出す拍子に靴の爪先が木魚の台座に当たったようですね。靴音に紛れて、今のは左橋さんに聴こえてないといいな。と思いながら無視して式場に木魚を運び込みます。『問題』があるのはこの木魚だけ。もう一方の仏具である馨子には何の問題もありません。さっさと設置して式場のチェックを済ませて再び左橋さんと共にエレベーターに乗り込みます。何とか間に合いましたね。ドアの閉まる向こう側で呟きのような声がしているのは気のせいにしておきましょうか。知らん顔をしながら左橋さんを盗み見ると、唇が『アヒル口』になっていますね。これは怖い時の彼女の癖。私は何も知らない風で笑いながら、左橋さんに話掛けます。

「ふぅ。何とか間に合いそうだねぇ。」

左橋さん気持ち顔色も蒼いですね。『奴』め一体左橋さんに何をやらかしたんですかね。『失敗する』と自分たちの『居場所』がなくなっていくだけなのに、考えなしですね。これだから『お化け』は困ります。そんな風に考えている事などおくびにも出さずに私はにこやかに雑談を続けます。少しでも気を逸らしてもらわないと仕事に差し障りますからね。スムーズな式進行に努めて大切です。

「今日のパートさんは中山さんと脇野さんだったね。ベテランさんで心強いねぇ。」

今夜の通夜担当のパートさんは二人共に「全く見えない人」です。業界にはよくいるタイプで、本人が『強い』のでアヤカシが付け入る隙がありません。当然バックヤードの『連中』もそういう人相手には単なるモノと化します。むしろこちら側から言わせてもらえば左橋さんのような反応は奴らの『大好物』。嬉しくなってしまうらしいのです。かえって調子に乗っていろいろサービスしたくなるようです。余計なお世話ですが。今日のパートさん二人なら、「事件」も起こらず平穏無事に通夜は終わると思います。

「…そうですね。あの二人なら、安心して任せられるので心強いです。」無意識にわかっているのでしょう。左橋さんがやっとアヒル口をやめて笑顔になりました。

エレベーターの扉が開くと、ちょうど今日の通夜を取り行う道明寺の若御院の車の音が聞こえて来ました。霊安室前にもパイプ椅子が並べてあります。どうやら御遺族を山口係長が既にご案内してくれているようですね。

「あ、大変。ファイル事務所にあるんだった!」左橋さんがダッシュで走り出すのを見送って、私は入れ違いに三階の準備にあがるパートさん二人に会釈しながらエレベーターを譲って事務所に戻ります。久しぶりに『食事』も出来たし、仕事も完了。事務所でモニターを見ながらたまっている書類仕事を片付けましょう。軽く伸びをしながら事務所に通じる暗い通路を通ると、ズボンの裾を引くモノが。大抵いつもここにいて、通る人の爪先を引っかけて遊ぶ奴で、特に問題ありませんのでそのまま通り過ぎます。「なんだサヤカか。チェッ。」これも反応する人が大好物ですからね。相手が悪かったですね。

この辺で自己紹介でも。ここは某地方都市の近郊にある、中規模のいわゆる『葬儀会館』チェーンの一店舗。昔風に云うと『葬儀屋』というところです。そして私はそこの社員をしています。昨今の超高齢者社会、『安定した』職場って奴ですね。自分でも天職だと思います。名前は少々変わっていて、鶴に羅で鶴羅、下の名前は清の一文字であわせて『カクラサヤカ』といいます。外見はさっき説明しましたね。年齢は数えても意味がないので不詳です。見た感じは30代〜40代と言われる事が多いですね。しばらく『食事』にありつけないとどうやら40代に見えるようです。そうそう、私、もう気づいた方も多いかと思いますが、所謂いわゆる『人類』ではないようです。存在する最初からこの形を保っていて、名前は自分の事を記した書物を基に付けています。私の名前の由来になる一番有名な書物は、江戸時代の絵師『鳥山石燕とりやませきえん』の『画図百鬼夜行がずひゃっきやこう』のなかの一冊、『今昔画図続百鬼こんじゃくがずしょくひゃっきみそか〜』です。

『新なるしかばねの気変じて陰摩『羅』鬼となると云えり、そのかたち『鶴』の如くして色くろく、目の光灯のごとく、羽をふるひて鳴声たかし、と『清』尊録にあり。』という訳で、「私」ことカクラサヤカは実は陰摩羅鬼おんもらきなのです。昔は墓地の周辺に棲んでいれば、土葬する死体から出る『はく』は食べ放題だったのですが、仏教の伝来で土葬は火葬に移り変わり、火葬の後には『魄』は散逸していますからやむを得ず就職しました。「働かざるモノ喰うべからず」という訳ですね。まあ、形としては人型になるのは得意ですし、物覚えも良いほうなので、葬儀業界を転々としています。

モノノケの一種ではありますが、日中出歩くのに不自由はありませんし、飲み物としての水分補給と、軽食程度なら食べてみせることもできますので、今のところ正体を見抜かれたことはありません。まぁ、歳はとらないので余り長く一つ所には留まらないように気をつけています。

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